ロシア、ヨーロッパ、アメリカの主要バレエ団のオンライン配信をご紹介します

ワールドレポート/その他

香月 圭 text by Kei Kazuki

令和3年へと年が改まったが、依然として劇場での上演・観劇が自由にできない厳しい状況が続いている。そうした中でオンライン配信の試みをたゆまず続けている世界各地の劇場やバレエ・カンパニーのコンテンツをいくつかピックアップしてご紹介。

ボリショイ・バレエ

『Tchaikovsky. Genius of the place(チャイコフスキー 〜地霊)』

公式YouTubeチャンネルで「Tchaikovsky. Genius of the place(チャイコフスキー〜地霊)」を公開中。チャイコフスキー生誕180周年を迎えた2020年に制作されたドキュメンタリー映像である。チャイコフスキーの音楽の魅力を熟知し、それを最大限に引き出す術を心得るプロフェッショナルが一同に会するボリショイ劇場を舞台に、チャイコフスキーとボリショイ劇場の関わり、現在上演されているチャイコフスキー作曲のオペラやバレエの上演に至る過程の舞台裏や関係者のインタビューなどで構成さている。音楽監督兼首席指揮者トゥガン・ソヒエフとバレエ芸術監督マハール・ワジーエフ、そしてダンサーたちがどのように舞台を創り上げていくのか、その舞台裏に迫る。ボリショイ・バレエのアルテミィ・ベリャコフ、アルチョム・オフチャレンコ、アナスタシア・デニソワ、マルガリータ・シュライネルなども出演している。ロシア語/英語字幕

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ボリショイ・バレエ『くるみ割り人形』© damir yusupov

パリ・オペラ座バレエ

昨年末に既報のとおり2020年12月8日より始動したデジタル・プラットフォーム「L'Opéra chez soiオペラ・シェ・ソワ」で年末の『ラ・バヤデール』全幕が有料ライブ配信され、ブロンズ・アイドルを演じたポール・マルクがエトワール昇進したの瞬間に遭遇した。舞台に登場したアレクサンダー・ネーフ総裁によって昇進が発表されるとマルクの驚きと嬉しさの入り混じった表情が画面いっぱいに映し出され、その様子を世界中のバレエ・ファンが見守った。今回のオンライン配信には劇場の観劇とはまた異なった新たな可能性が感じられた。エトワール任命というパリ・オペラ座バレエにとって最重要行事のひとつがオンライン配信されたことで、「オペラ・シェ・ソワ」の知名度は急上昇した。
パリ・オペラ座バレエには「オペラ・シェ・ソワ」以外にさらに3つのデジタル・コンテンツ・プラットフォームが存在する。

「OCTAVE MAGAZINE(オクターヴ・マガジン)」バレエ・ページ

パリ・オペラ座で上演されるオペラやバレエの演目に関連する特集コンテンツを配信するWebマガジンで、演目が上演されるまでの舞台裏やプロデューサー、芸術監督、指揮者、振付家、ダンサーなど劇場関係者のインタビューやリハーサルの様子や演目の予告編などが随時アップされる。

「Parcours d'Étoile(エトワールへの道のり):ヴァランティーヌ・コラサント 」

バレエを始めた幼少時代からエトワールへ到達した道程や今後の夢について語る。このシリーズにはドロテ・ジルベール、アマンディーヌ・アルビッソン、ユーゴ・マルシャン、ステファン。ビュリヨンなどの特集号がある。

 

「Souvenirs de scène(思い出の舞台) : セ・ウン・パク」

セ・ウン・パクがアンヌテレサ・ドゥ・ケースマイケルの『弦楽四重奏第4番』を踊ったときの思い出を語る。このシリーズもマチュー・ガニオ、ユーゴ・マルシャン、アマンディーヌ・アルビッソン、ヴァランティーヌ・コラサント、ジュリエット・イレールなど多数のコンテンツが存在する。

 

「3e Scène(トロワジエム・セーヌ)」

1875年に創立されたガルニエ宮、1989年に開場したオペラ・バスティーユに続いて2015年9月にスタート。インターネット上の「第三の舞台」という意味合いがタイトルに込められている。このプラットフォームに映像作家や写真家、振付家、作家などあらゆるジャンルのアーティストたちが参加し、あらゆるフィクション、アート・ビデオ、ドキュメンタリーといったアートワークが展開されている。パリ・オペラ座は世界各地に散らばるグローバルで幅広い観客層の新たな開拓を目指す。

『A NIGHT AT THE OPERA(オペラ座の夜)』

50〜60年代のパリ・オペラ座ガルニエ宮のアーカイブ映像をセルゲイ・ロズニツァSergei Loznitsaが編集し当時のオペラ座の賑わいを再現している。エリザベス女王、女優のブリジット・バルドー、アヌーク・エーメ、シャルル・ド・ゴール大統領など世界各地の名士たちが観劇のためガルニエ宮を訪れる。最盛期のマリア・カラスが1958年パリ・オペラ座デビューした伝説の舞台、ロッシーニの歌劇『セビリアの理髪師』より「今の歌声は」の表情豊かな歌唱も堪能できる。

 

『PABLO PARIS SATIE(パブロ パリ サティ)』

プルミエ・ダンスール、パブロ・レガサが屋外でエリック・サティ「グノシエンヌ第1番」を踊る。映画監督ミシェル・オスロが原案、監督を手がける。

 

『Breathing(呼吸)』

マーサ・グレアムの『エクスタシス』をヴィルジニー・メセーヌが振付再構成。出演はオーレリ・デュポン。現代美術作家 杉本博司が自身の設計による小田原の江之浦測候所でロケーション、映像も杉本自身が手掛けた。2018年7月撮影、2019年3月より3e Scèneで映像公開中。杉本博司はこのプロジェクトに続いて2019年秋オペラ・ガルニエにてバレエ『鷹の井戸』の演出を手がけている。この静謐な映像を前にすると平和な世の回復を祈念する思いが強まる。

 

『DEGA ET MOI(ドガと私)』

画家エドガー・ドガの書簡や伝記を基に年老いたドガが若い頃を回想する形式をとった短編映像。ドガが若かりし頃『踊り子』シリーズを描いていた頃のパリ・オペラ座のダンサーたちの練習風景も、彼が描いた絵画そのままに再現されている。アルノー・デ・パリエール監督。

 

「ARIA(アリア)」

2020年4月9日リリースされたモバイル端末向けのアプリ。オペラやバレエ、パフォーミング・アーツに対するより深い関心を喚起することを想定している。中国のファーウェイやフランスのKeyrusといったIT企業のサポートを受けて開発された。AI(人工知能)を搭載しており、ユーザーとのチャットや閲覧されるコンテンツが自動的に分析され、ユーザーの好みが最適化されたコンテンツが各個人に表示されるような設計になっている。ポップ・ミュージックや映画とオペラやダンスとの繋がりを解説するコンテンツもある。クイズに正解していくとポイントが貯まり、そのポイントはパリ・オペラ座で使える。従来のクラシック愛好家の枠を超えて若年層や社会階層・地域や国の枠を超えたパリ・オペラ座サポーターの掘り起こしに効果的なマーケティング・ツールといえそうだ。バレエ・ファン向けには「ローラン・プティにまつわる5つの質問」「バレエ:フランス派」「バレエ・コンクール」などのコンテンツが多数用意されている。「ノエラ・ポントワ」の項ではパートナーを組んだヌレエフとのパ・ド・ドゥやリハーサル動画が掲載されている。YouTubeでARIAに収録されているパリ・オペラ座メンバーの解説動画の一部を視聴することができる。
「ARIA」のデモンストレーション動画

 

イングリッシュ・ナショナル・バレエ

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イングリッシュ・ナショナル・バレエ"Nutcracker-Delights"よりナターシャ・マイヤー、アイトール・アリエタ©Photography-by-ASH

『Nutcracker Delights(くるみ割り人形 特別版)』

ロンドンの新型コロナウィルス感染拡大防止のための制限措置がより厳しくなったため、劇場興行の代わりにカンパニー設立70周年を締めくくる観客へのギフトとして2021年1月23日まで無料で配信されている。

『くるみ割り人形 特別版』はロンドン・コロシアムにて2020年12月18、19日に収録した映像に加えてアニメーション絵本のスタイルでプロローグ、エピローグがナレーション入りで進行する。ウィーン国立バレエから今シーズンより移籍したナターシャ・マイヤーがクララを、高橋絵里奈が王子役のジョゼフ・ケイリーをパートナーに金平糖の精を優雅に演じる。猿橋賢がトレパック(ロシアの踊り)でアクロバティックなコサック・ダンスを披露する。視聴時間:1時間1分48秒。

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イングリッシュ・ナショナル・バレエ"Nutcracker-Delights"より「トレパック(ロシアの踊り」猿橋賢©Photography-by-ASH

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イングリッシュ・ナショナル・バレエ"Nutcracker-Delights"より高橋絵里奈、ジョゼフ・ケイリー©Photography-by-ASH

モンテカルロ・バレエ

「BMC Stream (BMCストリーム)」

モンテカルロ・バレエ は年末にコロナウィルス陽性者3名を出し、年末年始のモンテカルロの劇場興行を中止したが、デジタル・プラットフォームの整備を進めており、オン・デマンド配信システム 「BMC STREAM」を1月5日からスタートさせた。表示画面には舞台正面・舞台袖・舞台中央・楽屋など4箇所の映像が一覧表示されている。その中から視聴者自身が見たいアングルの映像を選ぶとその映像がクローズアップされるという双方向インターフェイスを特徴としており、選択したカメラ・アングルによっては、舞台の上で出演者の隣にいるような臨場感を味わえる。コンテンツ完全版を視聴するには定額制で1ヶ月4.99ユーロ(約634円)もしくは年間49.99ユーロ(約6,352円)となる。

「BMC STREAM」のラインナップ
「BMC STREAM」サンプル動画

 

『DOV'E LA LUNA & CORE MEU』

4方向インタラクティブ・ マルチカメラ映像によるジャン=クリストフ・マイヨー振付『DOV'E LA LUNA』『CORE MEU』の2作品。『DOV'E LA LUNA』は7人のダンサーがスクリャービンのピアノ曲とともに、月夜を思わせる弱い光と暗闇の中で生と死、そして再生へと踊り続ける。『CORE MEU』は2017年の夏のフェスティバルでダンサーと観客が一体となって屋外で踊ったイベントをさらに発展させたもの。南イタリアのサレント出身の音楽家アントニオ・カスティリヤーノによるタランテラやピッツィカといった南イタリアの民族音楽を採用し、さらにエネルギッシュな作品になった。(下記リンクにて実際の画面が30秒間表示され、カメラ・アングル切り替え動作を試すことができる)
DOV'E LA LUNA & CORE MEU - MULTI CAMÉRA INTERACTIF

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モンテカルロ・バレエ『DOV'E LA LUNA』©Alice_Blangero

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モンテカルロ・バレエ『CORE MEU』© Alice_Blangero

「ヤニック・ボカンによる舞台上のクラス」

三方向インタラクティブ・カメラ映像(下記リンクにて実際の画面が30秒間表示され、カメラ・アングル切り替え動作を試すことができる)
LA CLASSE SUR SCÈNE AVEC YANNICK BOQUIN: INTERACTIF

そのほか、マルチ・アングルではない通常の映像コンテンツとして、マイヨーやダンサーによるインタビュー映像や『ラ・ベル(眠れる森の美女)』『 LE SONGE(夢)』『LAC(白鳥の湖)』『ダフニスとクロエ』のマイヨー作品の舞台映像やドキュメンタリー、バレエ団サポーターなどに創作の過程の一部を公開している「NEVER SCENE SERIES(創作の舞台裏)」シリーズなどが見られる。

サンフランシスコ・バレエ

「2021 Digital Season(2021デジタル・シーズン)」

サンフランシスコ・バレエの「2021デジタル・シーズン」(2021年1月〜6月)はキャシー・マーストンの『Mrs. Robinson(ミセス・ロビンソン)』(1967年のダスティン・ホフマン主演アメリカ映画『卒業』の原作であるチャールズ・ウェッブによる同名小説『The Graduate』を基にしている)を含めた3作品の世界初演とバランシン『真夏の夜の夢』『ジュエルズ』、ヘルギ・トマソン版『ロミオとジュリエット』『白鳥の湖』を含むクラシック作品のラインナップとなっている。アレクセイ・ラトマンスキー、デイヴィッド・ドーソン、ユーリ・ポソホフの近作も公開される。プリンシパルの倉永美沙やソリストの山本帆介、コール・ド・バレエの松山のりかの出演も楽しみだ。7番組全てのデジタル・パッケージは289ドル(約3万円)、1プログラム毎の購入は29ドル+技術料5ドル(合計日本円で約3,537円)。

「2021デジタル・シーズン」プログラム・リスト

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『Mrs.Robinson』のリハーサルにて、左からキャシー・マーストン、ジョゼフ・ウォルシュ、マディソン・キースラー© Erik Tomasson

『真夏の夜の夢』(ジョージ・バランシン振付)2021年1月21日〜2月10日
・「デジタル・プログラム02」2021年2月11日〜3月3日
『LET'S BEGIN AT THE END』振付:ドゥワイト・ローデンDwight Rhoden
「MYLES THATCHER WORLD PREMIERE」世界初演/振付:マイルズ・サッチャー(サンフランシスコ・バレエ ソリスト)
『SANDPAPER BALLET』振付:マーク・モリス
・「デジタル・プログラム03」2021年3月4日〜3月24日
『Symphony #9』振付:アレクセイ・ラトマンスキー
『Wooden Dimes - WORLD PREMIERE』世界初演/振付:ダニエル・ロウDanielle Rowe
『Swimmer』振付:ユーリ・ポソホフ
『ジュエルズ』(ジョージ・バランシン振付)2021年4月1日〜24日
・「デジタル・プログラム05」2021年4月22日〜5月12日
『7 FOR EIGHT』振付:ヘルギ・トマソン
『MRS. ROBINSON- WORLD PREMIERE』世界初演/振付:キャシー・マーストン
『ANIMA ANIMUS』振付:デイヴィッド・ドーソン
・『ロミオとジュリエット』(ヘルギ・トマソン振付)2021年5月6日〜26日
・『白鳥の湖』(ヘルギ・トマソン振付)2021年5月20日〜6月9日

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『白鳥の湖』左からティルト・ヘリメッツ、ヤンヤン・タン© Erik Tomasson

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サンフランシスコ・バレエ芸術監督ヘルギ・トマソン© Erik Tomasson

なお、1985年就任以来35年間カンパニーを牽引してきた芸術監督ヘルギ・トマソンは2022年6月を持って任を退くと発表した(2021年1月6日付プレスリリース)。次期芸術監督の選任はこれからとなる。カンパニー初となる2021年1〜6月のデジタル・シーズンも無事始動したのを受け、トマソンは2022シーズン番組編成と2023年の新作フェスティバルの企画を進めている。

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