イダ・ヴィキンコスキー「異例な事態が続くパリでも、お客様への感謝を忘れずに」
- ワールドレポート
- ワールドレポート(その他)
掲載
ワールドレポート/その他
インタビュー=矢沢ケイト
世界からバレエの舞台が消えた時<7>
イダ・ヴィキンコスキー(パリ・オペラ座バレエ団 / スジェ)=インタビュー
WOWOWで放送されていたパリ・オペラ座バレエ学校の日々を収めたドキュメンタリーシリーズ「明日のエトワール。〜パリ・オペラ座バレエ学校の一年〜」に登場していたイダ・ヴィキンコスキー。その後パリ・オペラ座バレエ団に入団し、スジェとして活躍している。ストライキや劇場閉鎖など、異例な事態が続いたパリ・オペラ座バレエ団の今シーズンについて語ってもらった。
マッツ・エック版『カルメン』 © IIsabelle Auber
----ご自身のことを少しお話しいただけますか。
フィンランド出身で、現地のバレエ学校でバレエを始め、16歳まで在籍しました。(WOWOWで放送されていた)ドキュメンタリーシリーズが撮影されていた2011年にパリ・オペラ座バレエ学校に移り、2年後に卒業してそのままパリ・オペラ座・バレエ団に入団したので、今年で7年目になります。
----ご自身のように卒業ギリギリにオペラ座のバレエ学校に転入される方は多いですか。
少しずついますが、多くはありません。そのような場合は、上から2つ目のクラスに入って3年は在学して卒業することが多いです。
私の場合は少し特殊かもしれません。16歳の夏休みにフィンランドのヘルシンキで受けていたマスタークラスに、エリザベット・プラテル(現パリ・オペラ座バレエ学校校長)が教えに来ていました。最終日に彼女から、パリ・オペラ座バレエ学校のオーディションを受けてみない? と声をかけてもらいました。もうその時は8月だったので、慌てて準備をして9月の初めに両親と一緒にパリに飛んだのですが、もう学校の新学期は始まってしまっていて(笑)。同じ年齢の女子のクラスを受けて、その日の終わりに、来たかったら入学して良いと許可をもらいました。それでまた大急ぎでフィンランドに帰って、荷物をまとめて、急いでパリに戻りました。突然、夢が叶ってしまって、半分わけがわからないうちに全てが決まりました。いつか外国のバレエ学校で勉強したいとは考えていたけれど、まさか自分がパリに行くなんて思ってもみませんでした。でも本当に嬉しかったです。
----外出制限期間はご無事でお過ごしでしょうか。
はい。フランスの郊外に移って過ごしていました。パリのアパートは狭いので。ここは広いし、庭もあって気持ちが良いです。フランスでは、食料品の買い出しや薬局、医療機関へ出向くこと以外は所定の用紙が必要で、外出先や目的を記入して持ち歩きます。少しずつ緩和されると聞いていますが、パリのレストランやバーはまだ閉まっているでしょう。
----バレエ団の再開については、いかがでしょうか。
オペラ座でクラスができるようになるのは、早くても夏以降になるのではと思っています。現在はバレエ団が配信するZoomのクラスに参加していて、バレエ以外のトレーニングも参加しています。3月の初めからこの状態ですね。
さすがにここまで長い間、劇場が閉まるとは思っていなかったので、驚いています。世界中の誰にとっても初めての事態だと思います。ダンサーが床やバーを入手しなければならなくなるなんて、誰も想像しなかったことでしょう。
----その他には何かエクササイズをされていますか。
ヨガのクラスを週に何度か受けています。友人がピラティスの先生をしているので、彼女と一緒に週に1度ピラティスもしています。ガガのクラスも受けています。ボーイフレンドと一緒にいるので、二人で作品作りをすることもあります。楽しみとしてやっていますが、脳をアクティヴに保つためにも、振付を考えることは良いと思います。彼がいてくれると助かることは他にもあります。1人だと、レッスンに集中できなくなってしまう時もありますが、隣で一緒にやっている人がいると、私も頑張らないと、と励みになります。バレエ団から支給してもらったバレエ床を敷いて使っています。3週間前くらいに届いて、滑っていた家の床から救ってもらいました。広さは足りませんが、このスペースでできる限りの練習をしています。
----ダンスの他に始められたことはありますか。
ダンスとは違いますが、庭に台を広げてピンポンをしているんです。
それから絵を描いています。今一緒に住んでいるボーイフレンドのお母さんが学校の先生をしているので、小さい子供が使う画材をたくさん持っているんです。イラストを書いたり、絵の具を使って塗ったり、手のひらを使って書いたり。時間がある今だからこそできることで、とても楽しいです!
----ご自身ではバレエのクラスを配信されることはありますか。
実は、シンクロナイズドスイミングのナショナルチームにバレエを教えています。彼の最初のバレエの先生が、そのチームの指導を受け持っている関係から、私たちにお話をいただきました。床を使ったエクササイズと、簡単なバーレッスンを教えています。シンクロ選手たちも、練習する場所に行くことができなくてショックを受けています。家にいて寂しくトレーニングをしているようだったので、私たちのクラスを通じてオンラインでみんなでエクササイズができるのは、彼らの楽しみにもなっているようです。あまりバレエをやったことがないようなので、とても簡単にしていますが、爪先を伸ばすことも脚のラインを重視して伸ばすこともバレエと共通しているので、役立つ点は多いと思います。
レッスン時間の半分くらいをフロア・バーに割いて、その後にバーについて、ジュッテやロンデジャンプなど、もう少し大きな動きを練習するように組んでいます。バーの後には、お楽しみとして、私がオデットのヴァリエーションを教えています。トレーニング的なエクササイズが多くなりがちなので、踊ること自体の楽しみを伝えたくて、取り入れました。選手たちからも好評です。彼らもアスリートなので、地道なトレーニングの積み重ねがあって初めて形になるのは理解してくれるのですが、バレエが単なるエクササイズ以上の価値があることを実感してもらうには、自分で作品を踊ってみるという体験が分かりやすかったようです。
----オンラインでクラスを教えたり受けたりして、感じられることはありますか。
教えること自体はとても楽しんでいます。今まではなかなか機会がなかったので、新しい挑戦ですが、引退しても教えはやってみたいなと思っています。
教える際、実際に触れられないのはストレスです。伝えるのが難しくて、スタジオで教えている先生のことを思い出すと、私はずっとしゃべり続けているような気がします(笑)。でも実際に取り組んでみると、想像していた時よりは、できるものだなという印象を受けています。
受ける方としては、先生が全員を見渡せないことが気になります。いくらプロであっても、ちょっとした修正は毎日必要で、見ていてくれて必要な指摘をくれる先生の存在は必要です。
----この外出制限期間に、フロア・バーのエクササイズを取り入れるダンサーも増えたと思いますが、フロア・バーはパリではメジャーな教育のでしょうか。
いえ。オペラ座のバレエ学校でもバレエ団でもフロア・バー(※)のクラスはありません。受けたい人は自主的に外部でレッスンをしていると思います。バレエ団で受けられるそういったエクササイズは、ピラティスとヨガのみです。
床で行うメリットはいろいろあると思いますが、外足にすることに集中できるし、お腹を入れて姿勢を保つことを意識するのは、立っているより床の上で行う方が簡単だと思います。脚への負担も軽いはずです。立っている時と重心のかかり方が違うので、腰への負担も軽くしながら、関節を外足に回したり内足に回したりという運動をすることができます。バレエのことをよく知らない人や始めたばかりの人にも、足先や脚を意識しながら背中を意識しやすくてオススメです。
※フロア・バーのクラスの一例。
ステファン・ファヴォラン(元パリ・オペラ座バレエ団)のインスタグラムでは、ライブでクラスが定期的に配信されている。
https://www.instagram.com/stephanephavorin/
----今シーズンは、ストライキもあったと思います。劇場の前で披露された『白鳥の湖』にも参加されていたと思いますが、外国籍でいらっしゃりながらも参加されたのは、どういった背景があったのでしょうか。
このバレエ団では、フランス国籍でなくても、ダンサーには定年以降に年金制度が適応されます。40歳から年金がもらえる62歳まで年金が支払われます。ダンサーは踊るのを辞めてから新しい職業を探したり、新しいビジネスの基盤を整えたりする必要があります。退団した途端に収入がゼロになってしまっては、家族を養うことはもちろん、自分たちが食べていくのも大変です。このデモは、フランス政府がこの40歳からの年金制度を廃止しようとしたことに対する反対運動で、外国籍の私にもフランス人同様に大きく影響がある問題でした。ですので私も『白鳥の湖』に参加しました。それに、もし制度が変わってしまったら今後ダンサーになりたいと思っている次の世代にも影響が出てしまいます。
ずっと公演ができないのは、ダンサーにとってもストレスでしたし、何よりもチケットを買ってくださったお客様に申し訳ない気持ちでいっぱいでした。『ライモンダ』がほとんど全てキャンセルになってしまったんです。公演を楽しんでいただけなかった方々に何か贈り物をしたいと思い、あの『白鳥の湖』の実施に決まりました。ちょうどクリスマスの時期だったので、ダンサーからのギフトのつもりでもあったし、公演のチケットをクリスマスギフトとして買ってくれていたお客様も多かったと思うので、何かしたかったんです。バレエ団は一般のお客様に支えられて初めて成り立ちます。お客様がいらっしゃらなかったら私たちは踊り続けられないので、あの『白鳥の湖』を通して、感謝の気持ちが伝わっていれば良いなと思います。
(パリ・オペラ座の特別年金はhttps://www.chacott-jp.com/news/worldreport/paris/detail015681.htmlを参照)
コンクールより『白鳥の湖』オデットのヴァリエーション © Tommaso Giuntin
----年が明けてから、新型コロナウイルス感染症の騒ぎが大きくなってしまいましたが、デモの件は、その後決着したのでしょうか。
当時は解決しました。政府は躊躇していた支払い金を全て支払うことになったのですが、本来ならばもうすぐ動きがあるはずだったところに、コロナの騒ぎが大きくなってしまい、延期されていて、一時的に止まってしまっているように思います。
----公演ができていない期間も、パリ・オペラ座バレエ団はダンサーに給与を支払っていますか。
はい。今のところは支払ってもらっているので、本当に感謝しています。これが長引けば、少し減額など変更があるかもしれませんが、まだ何も聞いていません。
公演に出た分だけ支払いを受ける、という取り決めの下で活動しているダンサーは多いと思うので、公演の実施自体を制限されてしまうこのような状況下では、劇場関係者にとって非常に複雑な問題です。ダンサーだけでなくて音楽家や俳優さんなど、多くの人に関わることです。
私が育ったフィンランドのバレエ団も、政府に支えられているバレエ団なので、パリ・オペラ座と同様に支援が出ているはずです。詳しくは分かりませんが、同じであることを祈ります。
----最後に日本のバレエファンへのメッセージをお願いいたします。
今年の日本ツアーに参加できなくて残念だったので、次に日本に行ける機会を心待ちにしています。日本のお客様はパリ・オペラ座の大きな支えです。これからも良い舞台をお届けしたいし、そんな私たちのことを応援してくださったら嬉しいです。
記事の文章および具体的内容を無断で使用することを禁じます。