『ライモンダ』は初日のみ上演、『ル・パルク』は全公演中止となった、パリ・オペラ座のストライキの実情

ワールドレポート/パリ

三光 洋 Text by Hiroshi Sanko

Ballet de l'Opéra national de Paris パリ・オペラ座バレエ団

Rudolf NOUREEV « RAYMONDA » & La grève à l'Opéra national de Paris
ルドルフ・ヌレエフ振付『ライモンダ』& パリ・オペラ座のスト

12月はバスチーユ・オペラでルドルフ・ヌレエフ振付『ライモンダ』、ガルニエ宮でアンジュラン・プレルジョカージュ振付『ル・パルク』が予定されていた。マリウス・プティパ晩年の振付をもとにヌレエフが振付・演出を行った『ライモンダ』は十年間、上演されることがなかっただけに、クラシック・バレエのファンは待望していた。一方、プレルジョカージュの傑作『ル・パルク』はエトワールのエレオノーラ・アバニャートがアデュー公演の舞台に選んでいた。
ところが、予定通りには全くいかなかった。永年の懸案だった年金改革にとうとうフランス政府が踏み切り、現在42ある特別年金(オペラ座の特別年金はその一つ)を廃止し一本化する方針を提示した。これに反発した国鉄、パリ地下鉄公団、パリ・オペラ座、コメディー・フランセーズなどの労働者が12月5日から交通機関をはじめとした多くの部門で無期限のゼネストに入り、正月明けになってもパリの日常生活は完全にマヒ状態となっている。
この事態はフランスの多くのメディアが大きく報じており、今回はその概要を報道記事から拾ってご紹介しよう。

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© Opéra national de Paris/ Svetlana Loboff

オペラ座では12月5日から31日までの『ライモンダ』21公演(バスチーユ・オペラ)、12月6日(プルミエ)から31日までの『ル・パルク』全公演(23公演 ガルニエ宮)、バレエ学校のデモンストレーションの全公演(6公演 ガルニエ宮)が中止となった。『ライモンダ』は12月2日のゲネプロと12月3日のプルミエだけが行なわれた。バスチーユ・オペラでもボロディン作曲のオペラ『イゴール公』も12月5日以降、最終日まで一切上演はなかった。
オペラ座のストは稀ではないが、今回のストが長期にわたっている大きな理由は、従来のストが大道具や照明担当者によるものだったのに対し、バレエダンサー、オペラ座管弦楽団の奏者たちも揃ってストに参加している点にある。
12月5日には154人のダンサーのうち、ほぼ8割に当たる120名(コール・ド・バレエからエトワールまで)がダンサーのための特別年金制度廃止に反対するデモ行進を行った。参加者の一人カドリーユのアレクサンドル・カルニアート(フランス労働総同盟CGT組合員、オペラ座年金担当責任者)は、AFPフランス国営通信の記者に「20年間オペラ座のダンサーを務めていて、初めてのことだ」と語っている。
この特別年金は太陽王ルイ14世によって1698年創設された。国王が王立アカデミー(オペラ座)が高水準の公演を行えるように、ダンサーと音楽家に与えた保障だった。オペラ座ダンサーの定年は現在42歳だが、希望すれば40歳から年金を受給することができる。通常の職業では62歳が定年だが、怪我の危険にさらされ、キャリアも短いダンサーという職業の「困難さ」が勘案されており、現在もこの年金基金の半分に当たる年額1400万ユーロ(約16億8千万円)を政府が負担している。
この制度について、エトワールのジェルマン・ルーヴェは「ガルニエ宮という宮殿で仕事をしているからといって、ダンサーは王侯貴族の生活を送っているわけではありません」(「Regards」紙)と語っている。コリフェのアドリアン・クーヴェーズもツイッターで「将来の働き手を8歳から養成している雇用者はオペラ座以外にはありません。仕事中の事故(怪我)もあらゆる業種の中で最も多いのです。16歳で入団してから、朝9時から夜11時半までの就業時間です。年齢が高くなるにつれ、定年までもつだろうか、とだんだん不安になります。40歳になった時点で腰がチタン(鉱物)のようにカチカチになってしまっている人がいます」として、特別年金制度が「特権」ではないと主張している。
現在41歳のカルニアート(カドリーユ)は「1067ユーロの年金で市立のダンス学校に職を得て1200ユーロの月給をもらえれば、定年後も新しいスタートをきることができます」という。月額2267ユーロ(約27万円)あればフランスでは普通の暮らしを送ることが可能である。
ちなみに現在のオペラ座ダンサーの月給はカドリーユで2932ユーロ(45万円)、エトワールは6400ユーロ(77万円)以上となっている。日刊紙「ル・モンド」12月14日付の記事によれば、24年間務めたダンサーの年金はカドリーユで1800ユーロ(21万6千円)、スジェで2400ユーロ(28万8千円)、エトワールで最低3000ユーロ(36万円)である。
ダンサーたちは12月24日に、ガルニエ宮前の階段上のスペースで『白鳥の湖』の抜粋を踊って、実情を訴え、多くのメディアが報道した。
こうしたオペラ座のダンサーたちの主張に対して、地方歌劇場のバレエ団の一つ、ニース歌劇場バレエ監督のマルク・リボーは「パリ・オペラ座のダンサーは42歳で引退できる特権を持っているが、フランスでは他に例がない。他のバレエ団のダンサーたちは雇用も無期限契約でなく、退職後には何ももらえない」と批判している。現在オペラ座以外にフランスのプロフェッショナルのダンサーは四千人いるが、そのうち無期限契約の月給をもらっている人はわずか五百人に過ぎない。その五百人はリヨン、ニース、トゥールーズ、ボルドー、アヴィニョン、メッツ、ストラスブールで踊っているダンサーで、市の職員となっているが、退職後に市の別の仕事への再就職が保証されているわけではない。(「ル・モンド紙」)
こうした批判に対してオペラ座総監督のステファン・リスナーは「パリ・オペラ座の卓越した水準と栄光は(特別年金制度が廃止されれば)修復不可能な打撃を受けるだろう」と警鐘を鳴らしている。前述のカルニアートも「オペラ座のダンサーの待遇を地方オペラ座のダンサーの水準に引き下げるのではなく、その反対であるべきだ(地方オペラの水準を引き上げるべきだ)。オペラ座が現在の国際水準を保持するには特別年金制度は必要だ。そうしないと、優秀なダンサーたちはオペラ座より三倍以上の収入が得られる海外のバレエ団に出て行ってしまうだろう」と懸念している。
年末になってフランク・リースター文化相は「新しい年金制度は2022年以降に入団するダンサーにのみ適用される」という譲歩案を遅まきながら提案したが、ストを継続しているダンサーたちは「自分たちだけが救われて、次代のダンサーたちを犠牲にすることは受け入れられない」(カルニアート)として提案を拒否している。
公演中止によって最低でも8百万ユーロ(9億6千万円)という年間入場券収入の約6分の1が失なわれたことは、オペラ座の将来にとって大きな不安材料だ。

正月休暇明け1月11日にはオペラがバスチーユ・オペラでロッシーニの『セヴィリヤの理髪師』、20日からはガルニエ宮でパリ・オペラ座アカデミーの若手によるバレエ『牧神の午後』(アンヌ・テレサ・ドゥ・ケースマイケル振付)とラヴェルのオペラ『子供と魔法』の二本立て、1月31日からはガルニエ宮で『ジゼル』の公演が予定されているが、公演が再開されるかどうかは、今のところ全く見当が付かない状態だ。

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© Opéra national de Paris/ Svetlana Loboff

最後になったが、12月3日に見た『ライモンダ』の初日について簡単にふれておきたい。5日からのストを見越した関係者が詰めかけ、平土間後方の席だったため、ダンサーの細かな仕草や視線が見えにくかったのは残念だが、曲がりなりにも公演を見られたことは幸いだった。
ダンサーは当初ライモンダにリュドミラ・パリエロ、ジャン・ド・ブリエンヌにマチアス・エイマンが予定されていたが、当日配役表を見るとドロテ・ジルベールとユゴー・マルシャンに代わっていた。(パリエロの怪我のためと思われる。)
すでにヒロインを踊ったことのあるドロテ・ジルベールは第1幕「ライモンダの夢」のヴァリエーションから第3幕結婚式でのグラン・パ・ド・ドゥに至るまで、一貫して優れた技法を活かして躍動感のある踊りで観客から喝采された。ユゴー・マルシャンもジルベールと呼吸がぴったり合って、許婚者の騎士ジャン・ド・ブリエンヌにふさわしかった。ステファーヌ・ブリヨンも堂に入った演技でサラセンの王子アブデラフマンにオリエント風の雰囲気を与えていた。
オニール 八菜は伸び切った硬さのない跳躍、しなやかな身のこなしで優雅なクレマンス(ライモンダの友人)を華やかに演じていた。
次回には彼女のライモンダをぜひ見てみたいものだと思ったのは筆者一人ではなかったろう。
(2019年12月3日 バスチーユオペラ プルミエ)

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© Opéra national de Paris/ Svetlana Loboff

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© Opéra national de Paris/ Svetlana Loboff

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© Opéra national de Paris/ Svetlana Loboff

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© Opéra national de Paris/ Svetlana Loboff

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© Opéra national de Paris/ Svetlana Loboff

『ライモンダ』 3幕バレエ
筋 リディ・パシュコフ、マリウス・プティパ
音楽 アレクサンドル・グラズノフ
演出・振付 ルドルフ・ヌレエフ
衣装・装置 ニコラス・ジョージアディス
照明 セルジュ・ぺラ
配役
ライモンダ ドロテ・ジルベール
ジャン・ド・ブリエンヌ ユゴー・マルシャン
アブデラフマン ステファン・ブリヨン
アンリエット セ・ウン・パク
クレマンス オニール 八菜
ベランジェ フランソワ・アリュ
ベルナール ポール・マルク
ドリス侯爵夫人 サラ・コラ・ダヤノヴァ
白い貴婦人 リュシー・フェンヴィック
ハンガリー王アンドレ二世 ヤン・シャイユー

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