子どもたちの喜びが弾け舞台を駆け巡ったファブリス・ブルジョワ版『くるみ割り人形』、京都バレエ団

ワールドレポート/京都

関口 紘一 Text by Koichi Sekiguchi

京都バレエ団

『くるみ割り人形』ファブリス・ブルジョワ:構成・演出・振付・指導

「子どもは誰でも芸術家だ。問題は、大人になっても芸術家でいられるかどうかだ。」とピカソは言ったそうだが、パリ・オペラ座バレエのメートル・ド・バレエを務めるファブリス・ブルジョワが振付けた『くるみ割り人形』は子どもたちが主役だった。チャイコフスキーの美しい旋律とともに、子どもたちが呼吸して、見て、生きて、遊んだクリスマス・イブを活き活きと描いていた。
主役である子どもたちはじつに闊達。パーティの始まりから終りまで思いのままに動き回り、ふざけあったりからかったり、縦横無尽に走ったり、喜び合ったり、不満を発したり、泣いたり、勝ち誇ったり、果てはケンカまで始まる。ドロッセルマイヤー(クリスタップス・リンティンシュ)の手品に嬌声をあげて驚き、プレゼントのおもちゃを手にすると狂喜して、たちまちその世界に浸る。三つ編みを左右に水平にピンと伸ばした女の子などもいて、衣裳も色とりどり。女の子は感情を身体を上手に使って表し、男の子は力強く身体を動かして気持ちを訴える。

1幕パーティー-(1).jpg

1幕 撮影:田中 聡(テス大阪)

1幕パーティー-(2).jpg

1幕 撮影:田中 聡(テス大阪)

藤川.jpg

藤川雅子 撮影:田中 聡(テス大阪)

クリス.jpg

クリスタップス・リンティンシュ 撮影:田中 聡(テス大阪)

この特別な一夜の子どもたちの興奮の渦中にいたクララ(藤川雅子)は、名付け親のドロッセルマイヤーにプレゼントされたくるみ割り人形を大切に抱いて、ベッドに行く間も無く、大広間のソファで瞬く間に眠りに墜ちてしまった。
すると大広間の隅からねずみたちが姿を現し、傍若無人に駆け回り、大きなねずみの王様まで姿を現した。そこに制服の鉛のおもちゃの兵隊たち規律正しく登場して、ねずみたちと激しい戦いが始まる。夢の中のクララにもねずみたちが迫ってきたので、逃げ回り、おもちゃの兵隊たちを指揮する、くるみ割り人形が変身した凛々しい王子(鷲尾佳凛)を懸命に応援する・・・。ブルジョワは、この戦闘シーンを「ウエストサイドストーリー」のジェット団とシャーク団が睨み合う、ように振付けたそうだ。
ファブリス・ブルジョワは1980、90年代にパリ・オペラ座でスジェとして踊り、1985年にはルドルフ・ヌレエフがオペラ座に『くるみ割り人形』を振付けた際に立ち会っている。そして音楽の解釈では細部への正確さが不可欠であること学び、ヌレエフの音楽性に大きな影響を受けた、という。(パリ・オペラ座バレエ団のヌレエフ版『くるみ割り人形』は、昨年から今年にかけて10年ぶりにオペラ・バスチーユで再演され、同時に「ヌレエフ回顧展」も開催されている。
ブルジョワ版では1幕と2幕の初まりと終わりにナレーションが入り、幼い子どもにも物語がわかりやすくなるように説明している。これは、幼い時に絵本を読んでもらいながら、いつの間にか眠ってしまった時のように、物語の世界へと自然に入っていくための演出でもあるという。

ねずみ、兵隊.jpg

撮影:田中 聡(テス大阪)

藤川、鷲尾1.jpg

藤川雅子、鷲尾佳凛 撮影:田中 聡(テス大阪)

雪.jpg

撮影:田中 聡(テス大阪)

ねずみの軍隊を破った王子は、クララを雪の結晶が舞い踊る美しい庭園に案内し、さらに旅を続けていく。
そして、二人が「不思議なお菓子の国」に着くと、幸福をもたらすお菓子と言われるドラジェの精(北野優香)がクロワッサンに乗って登場し、素敵な踊りでクララを歓待する。
中国の踊りはブルーとグリーンの水兵帽を着けた男の子二人(妹尾充人、岸言和)で、これは大麦糖(16,7世紀にフランスの宮廷で珍重されたお菓子)の踊り、スペインはホイップクリームとレモンシャーベットの踊り、ロシアの踊り(池田梨菜、朝野菫子、塚本士朗)はベルランゴ飴(フランスの伝統的なキャンディ)、パストラルはピンクのキャンディボンボンで、大きなリボンを両方の耳の位置に着けた8人の女の子が踊った。アラビアの踊り(伊藤大地、越川真帆、浜田真由)は、なんと "美食家" のねずみの王様が、コックの帽子を着けて大きなケーキに抱きついたり、鼠の動きを巧みに組み入れて踊り、観客の笑いを誘った。ワルツは、砂糖菓子(フリアンディーズ)の踊り。これは純白のチュチュにトッピングを表したような赤や黄色、グリーンなどな小さな形を胸とスカートに付けた、とても可愛らしく、いかも美味しそうな踊りだった。
そして、クララと王子の華やかなグラン・パ・ド・ドゥが舞台いっぱいに踊られて、素晴らしい一夜の夢にもついに幕が下ろされたのだった。
美術も1幕では、ユーモラスにデフォルメされたクリスマスツリーやクラシックな大時計が18世紀のヨーロッパの家庭の雰囲気を巧みに表し、2幕の巨大なショートケーキを飾ったドラジェの国のデザインも優しく華やかなポップ調で、なによりも可愛らしかったし、ユーモラスでウィットに富んだ演出ともよくマッチしていた。
最後に、こんな言葉もある。――「大人と子どものちがいは 持っている玩具の値段のちがいだけである。」開高健
(2023年12月24日 ロームシアター京都 メインホール)

ネズミの王様 伊藤.jpg

ネズミの王様:伊藤大地
撮影:田中 聡(テス大阪)

スペイン 榊原他.jpg

スペイン:榊原奈美、酒井美穂、前野詩織 椎山一輝、長谷川元志、福島元哉
撮影:田中 聡(テス大阪)

パストラル(ピンクのキャンディボンボン).jpg

パストラル(ピンクのキャンディボンボン)の踊り
撮影:田中 聡(テス大阪)

ロシア 朝野、池田、塚本.jpg

ロシア:池田梨菜、朝野董子、塚本志朗撮影:田中 聡(テス大阪)

中国 妹尾、岸.jpg

中国:妹尾充人、岸言和
撮影:田中 聡(テス大阪)

砂糖菓子(フリアンディーズ)のワルツ.jpg

砂糖菓子(フリアンディーズ)のワルツ
撮影:田中 聡(テス大阪)

鷲尾、藤川パドドゥ-(1).jpg

藤川雅子、鷲尾佳凛
撮影:田中 聡(テス大阪)

2幕全体.jpg

撮影:田中 聡(テス大阪)

ドラジェの精 北野-(2).jpg

北野優香 撮影:田中 聡(テス大阪)

鷲尾、藤川パドドゥ-(3).jpg

藤川雅子、鷲尾佳凛 撮影:田中 聡(テス大阪)

記事の文章および具体的内容を無断で使用することを禁じます。

ページの先頭へ戻る