ファヴローをはじめダンサーたち全員のベジャールへの愛、ベジャール作品を守る固い決意が現れた『バレエ・フォー・ライフ』

ワールドレポート/東京

佐々木 三重子 Text by Mieko Sasaki

モーリス・ベジャール・バレエ団

Aプロ:『バレエ・フォー・ライフ』モーリス・ベジャール:振付

モーリス・ベジャール・バレエ団(BBL)が3年振りに来日した。今回は、ベジャールの没後、16年にわたり芸術監督を務めてきたジル・ロマンに代わり、新たに芸術監督に迎えられたばかりのジュリアン・ファヴローに率いられての来演である。芸術監督の交代は突然だったようで、詳しい事情は分からないが、今年2月にBBL財団が、ジル・ロマンに代わってバレエ団の看板ダンサーであるファヴローが3月から暫定芸術監督を務めることを発表した。そして、新シーズンが開幕した9月、正式に芸術監督のポストに就いた。ファヴローは、1994年にBBLの付属バレエ学校・ルードラに入学すると、翌95年にはベジャールに認められてBBLに入団。以来、ベジャールの薫陶を受けながら、師の多くの作品で重要な役を演じてきた。ジル・ロマンの芸術監督時代には彼の振付作品も踊ってきた。BBLの芸術監督に就いた今は、多種多様なベジャールの作品をベストな形で上演することを第一に考え、さらに、いろいろな振付家を招いて新たなクリエーションを行う場にもしたいと語っている。ただ、ファヴローの体制が本格的に始動するのは来シーズン以降になりそうだ。生前のベジャールを知るメンバーは少なくなり、ダンサーの入れ替わりもある中で、ベジャールの遺産をどう受け継ぎ、いかにベジャール・ダンサーを育てるか、芸術監督が抱える課題は山積している。加えて、46歳という年齢も考慮し、ファヴローは今年一杯でダンサーを引退し、芸術監督の任に専念するという。残念ではあるが、今回が日本でファヴローの舞台が観られる最後の機会になった。

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Photo:Kiyonori Hasegawa

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Photo:Kiyonori Hasegawa

東京では2種のプログラムが4回ずつ上演された。Aプロはベジャールがロックとバレエを融合させた大作『バレエ・フォー・ライフ』で、Bプロはベジャールの傑作『ボレロ』やジル・ロマンの近作『だから踊ろう...!』など4作品からなるミックス・プロだった。ファヴローは、Aプロの『バレエ・フォー・ライフ』ではフレディ役で出演し、Bプロではベジャールの『2人のためのアダージオ』のほか、1公演だけ『ボレロ』の"メロディ"を踊った。なお、来日したダンサーには、アシスタント・アーティステック・ディレクターも務めるベテランのエリザベット・ロスや、故国コロンビアのバレエ団の芸術監督などを経て2022年にBBLに復帰したオスカー・シャコン、そして大貫真幹や大橋真理ら4人の日本人もいた。ここではAプロの公演に絞り、Bプロは別項で取り上げる。

『バレエ・フォー・ライフ』は、ロック・バンド、クィーンの象徴的ヴォーカリストだったフレディ・マーキュリーと、ベジャール・バレエの最高の具現者とされるジョルジュ・ドンという、同時期に45歳の若さで亡くなった二人の稀有のアーティストへのオマージュとして創作された。クィーンの数々のヒット曲の間に、35歳で亡くなったモーツァルトの曲が挿入され、妙趣に富んだ刺激的な展開と、ジャンニ・ヴェルサーチの白と黒を基調とした大胆な衣裳の効果も相まって、人気の高い作品である。ベジャールは『バレエ・フォー・ライフ』について、「これは若者と希望についてのバレエ作品だ」と述べているが、実際の舞台からは、「生」「死」「病」「愛」「転生」といったベジャール好みのテーマが散りばめられているのが感じ取れる、奥深い作品だった。

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Photo:Kiyonori Hasegawa

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冒頭、スモークが立ち込める舞台で、白い布を被って寝ていたダンサーたちが、一人、また一人と布から顔を出して起き上がり、動き始める。「イッツ・ア・ビューティフル・デイ」の曲にのせた、爽やかな目覚めのシーンだった。フレディ役のファヴローは、パワーよりも柔軟性を活かしてロック・スターのカリスマ性を発揮し、舞台を牽引していった。次々に変わる音楽に伴い、ダンスもソロやアンサンブルなど目まぐるしく切り替わっていったが、シーン毎に変転するダンスを生み出すベジャールの奔放な発想に圧倒されるばかりだった。大きな羽根を持った天使や、奇妙な箱型の靴を履いた天使の登場は何を意図したのか分からなかったが、モーツァルトの歌劇「コジ・ファン・トゥッテ」の恋人たちの別れの音楽によるシーンでは、2組の男女を歌劇の物語とダブらせた演出が面白かった。また、モーツァルトの「エジプト王タモス」への前奏曲では、オスカー・シャコンのしなやかで瑞々しいソロが印象的だった。彼は、モーツァルトの「フリーメーソンのための葬送音楽」でも、人体のレントゲン写真が映し出されるスクリーンの下で、シャープで力強いソロを披露していた。

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Photo:Kiyonori Hasegawa

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モーツァルトの「ピアノ協奏曲第21番」では、2台のストレッチャーにのせられた男女と医師たちが、現実と幻想が錯綜するような不可思議な展開をみせ、余韻を残した。「Radio Ga Ga」では、白い壁で囲まれた狭い空間に男性ダンサーたちがすし詰め状態になる様をユーモラスに表出したが、その壁の外で、岸本秀雄は溌剌とした見事なソロを踊ってみせた。続く「ウィンターズ・テイル」での、大貫真幹の美しく端正なソロも見応えがあった。カンパニーのダンサー全員で「ボヘミアン・ラプソディ」を賑やかに踊った後、「ブレイク・フリー」でジョルジュ・ドンのビデオが上映された。ピエロのメイクをしたドンが十字架に打ち付けられ、血を流す様は衝撃的だったが、素で踊る姿も含めて、ダンスに殉じた生き様が浮かび上がってくるようだった。ドンのビデオ上映に、全員が登場して踊る「ショー・マスト・ゴー・オン」をつなげたベジャールの意図は明確だ。どんなことがあっても、我々はショーを続けなければならない、というメッセージが音楽と共に強く響いた。
そして最後、ダンサーたちは最初と同じように白い布を被り、床に横たわった。この幕切れに、ベジャールが好んだ「転生」のイメージが重なった。アンコールでは再び「ショー・マスト・ゴー・オン」が流された。舞台奥にベジャールの大きな写真が置かれ、左右から現れたダンサーたちが、一人ひとりベジャールの写真に近づき、手を差し伸べたり、お辞儀したりして、敬意を表した。ベジャールの写真と共に、ファヴローやダンサーたちが静かに整然と前方に歩んでくるのを見ていると、自然に胸が熱くなった。初めて『バレエ・フォー・ライフ』を観た時のフィナーレでは、ベジャールが舞台奥から前方へ歩み出てくるのに合わせ、両脇からダンサーたちが次々に現れてベジャールと握手するという形で、ジル・ロマンもこのスタイルを受け継いでいた。ファヴローは、芸術監督になったばかりだからか、自分一人が目立つことは避けたようで、皆と一体になる演出に変えたのだろう。けれどそこに、ファヴローをはじめダンサーたち全員のベジャールへの愛、ベジャールの作品を守るのだという固い決意が感じ取れた。
(2024年9月21日 東京文化会館)

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