S.アッツォーニとA.リアブコが創った愛のストーリーバレエ『EOL(イー・オー・エル)』に二山治雄が加わって2025年5月に上演される

ワールドレポート/東京

香月 圭 text by Kei Kazuki

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ハンブルク・バレエ団プリンシパルとして長年活躍しているシルヴィア・アッツォーニとアレクサンドル・リアブコが愛をテーマとするストーリーバレエ『Echoes of Life』を創り上げた。ピアノの生演奏に合わせて、二人が様々な愛を舞踊によって描き出すこの作品は、2022年4月にイタリアのヴィチェンツァ市立劇場で初演され、ヨーロッパ各地で好評をもって迎えられている。日本では『EOL(イー・オー・エル)』という邦題で日本の観客のための特別版として、2025年5月に彩の国さいたま芸術劇場小ホールにて上演されることになった。二山治雄が出演するパートが新たに加わり、公演全体のクリエイティヴディレクションは『BALLET TheNewClasic』で注目を集めた写真家・井上ユミコが担う。待望の日本公演を前に、アッツォーニとリアブコの二人に『EOL(イー・オー・エル)』について話を聞いた。

――『Echoes of Life』はシルヴィアさんが初めてプロデュースした作品とのことですが、この企画が生まれたきっかけについて教えてください。

アッツォーニ:ピアニストのミハウ・ヤウクとは以前から友達なのですが、彼と夕食を共にしたときに「彼の音楽と私たちのダンスを一緒にした舞台をやりたいね」と三人で話したのです。そのときから、三人の舞台を実現するためにいろいろ考え始めました。

――ミハウ・ヤウクさんとは、お二人はハンブルク・バレエ団の舞台で何度も共演されていますね。

シルヴィア:ミハウは『椿姫』『ベートーヴェン・プロジェクト』『ニジンスキー』の曲を私たちと一緒に演奏してくれました。彼は、ニジンスキー役を踊ったサーシャ(リアブコの愛称)と美しい関係を築いていました。時は流れ、私たちは本当に親しい友人になり、お互いの仕事や芸術を常に高く評価し合っていました。

リアブコ:ミハウは、ハンブルク・バレエ団に初めて来たときから、バレエに対して強い関心を持っていました。私たちが「もっと速く演奏してほしい」と言うと、演奏速度を速め、「もっとゆっくり演奏してほしい」と言うと、彼は速度を緩めて演奏してくれます。バレエの伴奏に徹するだけにとどまらず、力強い演奏でパフォーマンスの一部となる能力を、彼に対して常に感じていました。彼なりに、バレエが音楽に何を求めているかを本能的に理解しているのです。音楽家がこのような特別な方法でダンサーとコラボレーションできるというのはめったにない稀な資質で、彼にはそのような能力があると私たちは最初から感じていました。

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ハンブルクでのリハーサルにて、シルヴィア・アッツォーニ、アレクサンドル・リアブコ、二山治雄 © Silvano Ballone

――この作品をどのように創り上げていきましたか。

アッツォーニ:ハンブルク・バレエ団の元プリンシパル・ダンサーだったティアゴ・ボルディンにこのプロジェクトに参加して作品を作ってくれないかと打診しました。ギリシャ神話のナルキッソスとニンフのエコーの物語はどうだろうと思い、彼にそのアイデアを話しました。ティアゴが創作のためのリサーチを始めたところ、通常のストーリーと異なる美しいヴァージョンを発見したのです。ナルキッソスが池の水面に映る自分自身の姿に恋をして、池に落ちて溺れてしまうという話は皆さんにもおなじみのものだと思います。ナルキッソスには双子の姉がいたという設定のヴァージョンは、2世紀に活躍したギリシャの地理学者パウサニアスによるもので、二人は一心同体のようにして過ごしています。ある日、双子の姉がナルキッソスのもとを去ってしまいます。彼が姉を探してさまよううち、池の水面に目をやると、彼にそっくりの姉が彼に向かって手を差しのべます。すると、ナルキッソスは姉に手を差し出して溺れてしまうというポエティックで物悲しくも美しいストーリーです。ティアゴによると、この双子のソウルメイトのような関係が、サーシャと私のイメージに重なって見えたそうです。素敵なアイデアだと思いました。

――『Echoes of Life』という題名となったこの作品の振付には、ティアゴ・ボルディンさんのほかに元ハンブルク・バレエ団のダンサーだったクリスティーナ・パウリンさんとマーク・ジュベテさんが参加しています。

アッツォーニ:ティアゴとのクリエーションからさらに多くのアイデアが生まれ、もう一人、フランス人の振付家クリスティーナ・パウリンにも創作に参加してもらうことにしました。彼女には、ナルキッソス姉弟の両親についてのデュエットを作ってもらいました。3人目の振付家マーク・ジュベテについてですが、彼ともう一人のダンサーによるデュエット作品を観て「これは私たちの舞台にぴったりの作品だ!」と思い、この作品を私たちのためにアレンジしてもらいました。母と子をモチーフにしたパートになっています。
私たちは双子という設定でもありますが、二人の人間は時には恋人、親子、兄弟姉妹の異なる関係を表す、様々なデュエットを通して、この世に存在する人間関係における愛やその思い出を想起させる作品となっています。大切な相棒が亡くなっても、私たちにはその人の思い出があり、山のこだま(エコー〈echo〉)のようにその存在は残り続けるのです。結末はポジティブに終わるほうがいいと私たちは考え、この世で失われた魂は宇宙のどこかに存在して一緒にいるという展開で終わります。クリスティーナ・パウリンが創作した最後のデュエットはまさに希望を表しています。

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© Silvano Ballone

――『Echoes of Life』はどのように初演を迎えたのでしょうか。

アッツォーニ: 三人で創った作品を世界のいくつかの場所で上演する計画を立てました。クアラルンプールで初演する予定で準備はすべて整っていましたが、コロナの脅威が来て公演は中止になりました。イタリアで上演する予定もありましたが、その後もコロナが続いたためキャンセルとなりました。私たちはあきらめずにオンラインでもミーティングやリハーサルを続けていたところ、イタリアのヴィチェンツァ市立劇場のディレクターが私たちのリハーサル動画を見て作品を気に入ってくれ、劇場で上演されることになりました。1,000人が収容でき、イタリアの劇場にしては規模が大きかったのですが、私たちはやってみようと思いました。結果は大成功で、スタンディング・オベーションも起きました。観客の反応はとても温かく、私たちは、この作品をさまざまな場所や劇場で上演する価値があると思いました。今度は日本へこの作品をお届けできることを嬉しく思います。

――『EOL(イー・オー・エル)』と題した日本公演では、二山治雄さんが参加して新たなパートが加わっての世界初演となりますが、この日本ヴァージョンについて説明していただけますか。

アッツォーニ:私たちはハンブルク・バレエ団のツアーだけでなく、プライベートでさまざまなプロジェクトで何度も日本を訪れていますが、ダンスとバレエの愛好家の方々が私たちのことを常に追いかけてくださるのは特別なことです。私たちが日本で披露するクラシック・バレエからモダンダンス、コンテンポラリーまで受け入れ、音楽やステップの背後、物語の背後にある深い意味を探究していらっしゃる、そうした鑑賞の姿勢を私はいつも尊いと思っています。
私たちの大きな願いは『Echoes of Life』を日本に持ってくることでした。そんな日本の皆様には、作品やストーリー、そして作品に対する私たちの情熱をご理解いただけると信じています。そして、この作品を気に入っていただけるのではないかと思います。日本側のプロデューサーは、初めからとても熱心に私たちの話を聞いてくれました。ドイツと日本でのオンライン・ミーティング、それから私たちが来日した折りには、実際にお会いして話し合いを重ねました。サーシャは甘いものが好きだから、コーヒーとスイーツをつまみながら(笑)。日本チームは素晴らしい情熱的なチームです!

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© Silvano Ballone

――日本版を計画するにあたり、どんな相談を進めていきましたか。

アッツォーニ:大劇場で大勢の観客に披露する以外の見せ方があるのではないかという意見をいただきました。また、新たなセクションを追加して、日本からの出演者としてハルオ(二山治雄さん)を推薦してもらいました。当初は彼のことは知りませんでしたが、会ってみると、彼は美しいダンサー、素晴らしいアーティストと感じました。私たちもそのアイデアを採用し、クリスティーナにこの新しい部分の振付を担当してもらいたかったので、ハルオにハンブルクに来てもらいました。そして私たちは、非常に短い時間で新しい部分を作り上げました。ハルオが新しい舞踊言語、新しいステップを即座に習得し、これまで触れ合ったり一緒に踊ったりしたことのない私たちと協力してくれたことは、本当に驚くべきことでした。クリスティーナは最初から彼のことを気に入りました。私たちが彼と一緒に過ごした時間は濃密なものでした。私とサーシャは彼と一緒に一つのパートを作り、その後は出演を予定していた公演があったので、クリスティーナはハルオと二人きりでハンブルクに残りましたが、彼と一緒に過ごした時間がとても深いものだったと語りました。この試みは『Echoes of Life』に新たな一章を作ったと思います。日本では作品タイトルを『EOL(イー・オー・エル)』と呼ぶことになりました。この素晴らしいアイデアをくださった日本チームの皆様に感謝します。
ハルオが演じる役は、親が子供を待ち望む気持ちを体現しているように感じられます。子供が欲​​しいと願うとき、不安や期待、これから起こることへの関心も生まれます。ですから、ハルオが演じる役の子どもはまだ宇宙にいて、おそらく間もなく私たちの世界に現れるのであろう子どもを体現しているのかもしれません。これが、彼とのプロセスを通じて生まれた最大かつ最も重要なアイデアだと思います。

リアブコ:ハルオはリハーサルを通して、大きく変貌していきました。短時間だったにもかかわらず彼が発揮した表現力は印象的で、今後どのように進化していくのか楽しみにしています。

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――『EOL(イー・オー・エル)』と題した日本版では、井上ユミコさんがクリエイティヴディレクションを担当されます。

リアブコ:『EOL(イー・オー・エル)』の公演チラシを作ったときも、作品に対する私たちの気持ちをどう視覚化するかが大きな課題でした。撮影の過程やメイクの過程で、彼女の創造的なアイデアがどう導かれるのかを感じることができました。私たちは舞台のときと同じ衣裳、同じ雰囲気で撮影に臨みましたが、彼女の創造性によって、とても新たなヴィジョンや新しい外観が与えられました。私たちは新しいヴィジュアルに最初は驚きましたが、特別なものだと気に入っています。彼女は、一旦完成した作品に新風を吹き込み、さらに前進させていくうえで大きな役割を果たしています。

アッツォーニ:ユミコは日本公演の演出にも参加する予定です。彼女と初めて会ったのは、ユミコがサーシャに「VOGUE JAPAN」の写真撮影をオファーしたときでした。出来上がった写真をすばらしいと思いました。彼女は美しいダンスの写真を撮れるだけでなく、バ​​レエを本当に愛する目があることがわかりました。ユミコの写真には、温かさと創造性、そしてダンスに対する情熱を感じます。

――『EOL(イー・オー・エル)』はどのような方向に進化していきそうでしょうか。

アッツォーニ:方向性自体はオリジナル版と変わらないと思います。ユミコが公演の演出に加わり、ハルオが新しくキャスティングされ、日本のクリエイターの方々との協働によってパフォーマンスの幅に広がりが出てきたと思います。『Echoes of Life』は、ある意味、非常に柔軟なパフォーマンスなので、いつでも新しい要素を取り入れることができます。今回、私たちが敬愛する日本の文化を取り入れてみたいと考えています。

――ハンブルク・バレエ団では、ジョン・ノイマイヤーが50年間在任した芸術監督を退任し、デミス・ヴォルピが後任になりました。カンパニーでは何か変化がありましたか。

アッツォーニ:私は31年間、サーシャは28年間、ハンブルク・バレエ団に在籍しています。私たちは主にジョン・ノイマイヤーの作品を踊ってきて、彼特有のやり方や舞踊言語に慣れていました。そして今年ジョンは去り、新しいディレクターが来るという発表がありました。
今シーズン、私たちは幸運にもバレエ団に残ることができました。そして、新たなスタートは新鮮で、やりがいのあるものでした。私たちはピナ・バウシュ、ジャスティン・ペック、ハンス・ファン・マーネン、デミス・ヴォルピの四つの新作プレミアを準備しています。そのうちの一人は新しい芸術監督デミスです。彼はこれまで何度もハンブルクに足を運び、ハンブルク・バレエ団の公演を見に来てくれました。団員のことだけでなく、カンパニーのことも長年知っています。しかし、他の振付家やアシスタントはハンブルク・バレエのことをまったく知りませんでした。そこで、私たちは一作ごとにオーディションを受けました。私たち団員全員がスタジオに入って、毎日何百ものステップを覚えなければなりませんでした。ある時は、ピナ・バウシュのダンスを裸足で5時間踊りました。YouTubeでたまに見る以外、目に見たしたことがなかったジャスティン・ペックのダンスは、スニーカーを履いたモダンでアメリカンなスタイルで、これまでとまったく異なる舞踊言語に挑戦したのは楽しい経験でした。別の日にはハンス・ファン・マーネンのクラシック作品やデミスの作品に取り組みました。12月に予定されているウィリアム・フォーサイスの新作のオーディションもありました。休暇明けの新シーズンの始まりの時期に、団員が皆アドレナリン全開で様々な振付家の作品を学ぶことはやりがいがあり、刺激的な日々でした。

リアブコ:団員たちは皆、気合を入れて様々なスタイルのダンスに挑戦し、いつもより慌ただしい新シーズンを迎えました。先日、上演予定の演目の一部をワークショップで少数のお客様の前で披露したところ、上々の反応を得ることができたので、団員一同、新シーズンへの期待が高まっているところです。もちろん、長年に渡ってバレエ団の中心だったジョン(・ノイマイヤー)が引退したことで、ある種の悲しみもあります。もちろん、そういった感情が心の大きな部分を占めていますが、それでも、今シーズンには、まだ彼の作品が数多く残っています。それはハンブルク・バレエ団の主要部分であり続けるでしょう。

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上左よりアレクサンドル・リアブコ、シルヴィア・アッツォーニ、二山治雄、下左よりティアゴ・ボルディン、シルヴァノ・バローネ、クリスティーナ・パウリン ©Silvano Ballone

――お二人のパフォーマンスを楽しみにしている日本のお客様にメッセージをお願いします。

シルヴィア:長年私たちを応援してくださっている皆様に、新しくも刺激的な経験をお届けします。日本のお客様が新しいものに対してどれほどオープンであるか、またアーティストとお客様との間のより親密な、新たな相互コミュニケーション方法に対しても受け入れる素地があることを私たちは知っています。皆様にお越しいただいて、この新作とともに美しいひとときを体験していただけることを願うばかりです。

リアブコ:『EOL(イー・オー・エル)』は愛の探求をモチーフとしたプロジェクトです。この作品により、愛にまつわる様々な感情を体験することを通して、皆様の心に残ることを願っています。その体験を皆様と共有したいと思います。

『EOL』(イー・オー・エル)

2025年5月23日~25日 彩の国さいたま芸術劇場小ホール
出演:シルヴィア・アッツォーニ (ハンブルク・バレエ団プリンシパル)
アレクサンドル・リアブコ (ハンブルク・バレエ団プリンシパル)
二山治雄
演奏:ミハウ・ヤウク(ピアノ)
振付:クリスティーナ・パウリン、ティアゴ・ボルディン、マーク・ジュベテ
クリエイティヴディレクション:井上ユミコ

公式サイト:www.eol-japan.com
10月11日(金)より先行発売開始

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シルヴィア・アッツォーニ

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アレクサンドル・リアブコ© Kiran West

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二山治雄 ©Yumiko Inoue

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ミハウ・ヤウク(ピアニスト)©Piotr markowsk

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