『エチュード』から『ボレロ』まで、成長目覚ましいダンサーたちの見事な舞台が展開した、東京バレエ団〈ダイヤモンド・セレブレーション〉

ワールドレポート/東京

佐々木 三重子 Text by Mieko Sasaki

東京バレエ団60周年祝祭ガラ〈ダイヤモンド・セレブレーション〉

『エチュード』ハラルド・ランダー:振付、『ドリーム・タイム』イリ・キリアン:振付、『かぐや姫』金森穣:振付、『ロミオとジュリエット』ジョン・クランコ:振付『ボレロ』モーリス・ベジャール:振付

東京バレエ団が、今年8月30日に60回目の創立記念日を迎えるに当たり、〈ダイヤモンド・セレブレーション〉と題した祝祭ガラを2日にわたり開催した。3部構成のプログラムは、両日ともハラルド・ランダー振付『エチュード』で始まり、モーリス・ベジャール振付『ボレロ』で締めくくる形で、間にイリ・キリアンや金森穣の作品を並べたもの。初日の公演を観たが、60年の輝かしい歴史を網羅的に提示するというよりは、成長目覚ましいダンサーたちの美質をアピールするような作品を選んだように見受けられた。それぞれの演目に触れる前に、東京バレエ団の足跡を振り返ってみたい。

1964年に設立された東京バレエ団は、翌65年1月に『白鳥の湖』で旗揚げ公演を行い、66年8~9月に早くも第1次海外公演としてソビエト連邦(当時)を訪れた。70年の第2次海外公演ではソ連に加えて西ヨーロッパを巡演、72年の第3次海外公演では東南アジアを回った。その後もほぼ定期的に海外公演を実施し、この春までに33か国156都市で計786回の公演を行った。日本のバレエ団として驚異的な記録である。さらに、この11月には、第36次海外公演としてイタリア・ツアーが予定されている。公演会場に、パリ・オペラ座をはじめ、英国ロイヤル・オペラハウス、ミラノ・スカラ座、ボリショイ劇場など、世界の名門歌劇場が含まれていることも、バレエ団にとって誇りだろう。一方で、海外から卓越したダンサーを招いて共演を重ねた実績も大きい。70年代前半までにソ連のマイヤ・プリセツカヤ、キューバのアリシア・アロンソ、英国のマーゴ・フォンテインら今や伝説の名花たちと共演し、80年代以降はジョルジュ・ドンやシルヴィ・ギエム、ウラジーミル・マラーホフ、マニュエル・ルグリなど、世界のスーパースターと共演を重ねたことも、バレエ団の成長に繋がった。
東京バレエ団の特質の一つに、精緻な群舞が挙げられる。群舞に磨きをかけたのは、欧米のバレエ団に太刀打ちできる美質を得ようとする狙いがあっただろうが、今や東京バレエ団の一糸乱れぬコール・ド・バレエは、特に"白いバレエ"で常に高い評価を得ている。なお、海外の優れたダンサーと共演すること、海外に進出して成果を得ること、緻密な群舞で確固たる評価を得るなどの方針は、東京バレエ団の創始者・佐々木忠次の意向によるものだろうが、今日のバレエ団の礎になっている。

レパートリーの豊かさでも、日本のバレエ団の中で突出している。"チャイコフスキーの三大バレエ"や『ジゼル』『ドン・キホーテ』『海賊』『ラ・バヤデール』など古典の演目を充実させるのと並行して、海外の振付家に作品を委嘱してきた。創設まもない60年代に、ソ連からバレエ教師として招いたアレクセイ・ワルラーモフとスラミフィ・メッセレルの振付による民族バレエ『まりも』を発表し、またパリ・オペラ座の振付家、ミッシェル・ディスコンベに委嘱した『曼荼羅』を世界初演してもいる。世界的な振付家に意欲的に作品を委嘱するようになったのは80年代以降だが、とりわけモーリス・ベジャールとの出会いはバレエ団にとって飛躍のきっかけになった。82年にジョルジュ・ドンと『ボレロ』で初共演すると、翌年には〈ベジャールの夕〉と題した3つのベジャール作品による公演を行い、ベジャールとの親交を深めた。それが、86年の『ザ・カブキ』、93年の『M』という日本を題材にしたオリジナル作品へと繋がった。委嘱作とは別に、ベジャールの代表作『春の祭典』や『火の鳥』をレパートリーに加えてもいる。ほかに注目すべき委嘱作として、ジョン・ノイマイヤーの『月に寄せる七つの俳句』『時節(とき)の色』や、イリ・キリアンの『パーフェクト・コンセプション』が挙げられる。ついでながら、ベジャール、キリアン、ノイマイヤーという"三大巨匠"に作品を委嘱するというのも、創始者・佐々木が計画したことだった。日本の振付家に委嘱するようになったのは最近のことで、2019年に勅使川原三郎の『雲のなごり』を初演、2023年に金森穣のグランド・バレエ『かぐや姫』の全幕初演を行っている。

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『エチュード』Photo:Kiyonori Hasegawa

さて、肝心の〈ダイヤモンド・セレブレーション〉。幕開けは、通常は公演の最後に置かれるハラルド・ランダーの『エチュード』で、10年振りの上演だった。チェルニーの練習曲を用いて、基礎的なバー・レッスンに始まり、センターに移り、次第に高度なテクニックを披露していくため、バレエ団のダンサーのレベルを知ることもできる作品である。
まず、一人のバレリーナが舞台前方に進み出て、5つの足のポジションを取り、プリエして去る。落ち着いて見えたが、さぞ緊張したに違いない。続いて、クラシック・チュチュのダンサーたちによる基本のバー・レッスンが始まった。最初のグループ、次のグループ、またその次とレッスンに加わるが、異なる振りが輪唱のように連ねられていく様は、動きが機械のように精確な上、照明が脚に当てられていることもあり、軽快そのもの。シルエットで見せるシーンもあり、芸術性を感じさせた。
センターでは、ソロやパ・ド・ドゥ、パ・ド・トロワ、アンサンプルと様々な形をとり、跳躍や回転などテクニックの見せ場も増えるが、皆、卒なくこなしていた。中でも、ダンサーが舞台を対角線上にグラン・ジュテで猛烈な勢いで交差する様は圧巻だった。
エトワールは秋山瑛、宮川新大、秋元康臣が務めた。秋山は身体のラインも美しく、端正にステップを踏み、宮川はクラシックの技法を丁寧に踊ってみせ、洗練された表現になっていた。ゲストとして参加した秋元もジャンプなど、的確にこなしていた。何とも見応えのある『エチュード』で、これだけで公演を堪能した気分にさせられた。

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『ドリーム・タイム』Photo:Kiyonori Hasegawa

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『かぐや姫』より Photo:Kiyonori Hasegawa

第2部は、イリ・キリアンが武満徹の音楽に振付けた『ドリーム・タイム』で始まった。キリアンは武満と共にオーストラリアでアボリジニのダンスを観察しており、その時に感じたことが作品に投影されているという。
冒頭、無音の状態のまま、裾長のワンピースの沖香菜子と金子仁美、三雲友里加がゆったりと踊り始め、床を転がりもした。息づかいで振りを合わせているのだろうか。時は流れているのに、それを感じさせないような不思議な感覚にとらわれた。やがて宮川新大と岡崎隼也も加わったが、滑らかな流れの中に複雑な振りが織り込まれた沖と宮川のデュエットに引き込まれた。たゆたうような展開の中、アブストラクトな音楽や美術も相まって、異次元の夢幻の世界に浸っているように思えた。
続いては、金森穣の『かぐや姫』より第1幕のかぐや姫と道児のパ・ド・ドゥ。ただ、ここで踊られたのは、今年6月にモスクワで行われたブノワ舞踊賞のガラ公演で披露するためコンサート用に手直しされたヴァージョンで、かぐや姫はトゥ・シューズだった。踊ったのは秋山瑛と柄本弾の初演時のカップル。満月を眺めて涙ぐむかぐや姫に道児が優しく寄り添い、互いに心を通わせて高揚していく様が抒情豊かに綴られた。秋山のしなやかな身体の美しさが際立ち、柄本の繊細な思いが込められたリフトも印象を深めた。
次に予定されていたのは、ジョン・ノイマイヤーの『スプリング・アンド・フォール』だったが、足立真里亜と共にキャスティングされていた大塚卓がケガで降板したため変更された。代わりに、ジョン・クランコの『ロミオとジュリエット』より"バルコニーのパ・ド・ドゥ"が足立と池本祥真により踊られた。心の高まりを溢れ出させて庭を疾走するロミオの池本と、初々しく応じるジュリエットの足立。互いに絡み合い、池本がリフトを繰り返すうちに次第に熱を帯びていき、二人で愛を確認するまでが瑞々しく演じられた。ただ急な演目変更のためか、バルコニーのセットがクランコ版のものではなく、ロミオがジュリエットをバルコニーから抱いて下ろしたり、別れ際にロミオがバルコニーの縁にぶら下がったままジュリエットにキスするシーンがなかったのが残念ではあった。

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『ボレロ』Photo:Kiyonori Hasegawa

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『ボレロ』Photo:Kiyonori Hasegawa

第3部はベジャールの『ボレロ』で、「メロディ」は、これをライフワークにしているゲスト・プリンシパルの上野水香が踊った。赤い円卓の上で、小太鼓の刻むリズムに共振するように身体を大きく上下させ、様々な楽器にメロディーが受け渡され、増幅していくのに呼応して、脚を高く振り上げ、鋭くジャンプし、内側からエネルギーを放ってヴォルテージを上げ、極限で「リズム」の男性陣に吞みこまれるように崩れた。よく踊り込んでいるだけに、上野の演技は以前より力みが取れ、自然体で臨んでいるようにみえた。いつも「メロディ」に注意が集中してしまうので、今回は「リズム」の男性陣も注意を向けた。円卓の周りで踊り始めるダンサーが、二人、また二人と増幅する音楽に比例して増幅し、反復する動作を含め、力強く踊り続ける男性ダンサーは、「メロディ」を煽り、また支えているようで、改めて「リズム」の存在感を感じた。ともあれ、絶大な人気を誇る『ボレロ』で会場はいつものように熱気に包まれた。
カーテンコールでは、『ボレロ』を踊ったダンサーだけでなく、第1部と第2部に出演したダンサーたちも登場し、そろって観客に挨拶した。
こうして祝祭ガラは華やかに幕を閉じたが、60周年を機に、東京バレエ団の新たな体制が発表された。2015年から芸術監督を務めてきた斎藤友佳理が、前団長の飯田宗孝が亡くなってから空席のままだった団長に就任し、バレエ・ミストレスを務めてきた佐野志織が芸術監督を兼任することになった。基本路線は変わらないだろうが、節目の年を経て、さらにどう発展していくか、期待しつつ見守りたい。
(2024年8月31日 NHKホール)

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Photo:Kiyonori Hasegawa

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