10年目を迎え、ダンサーの成熟と新たな才能を発見した「横浜バレエフェスティバル2024」

ワールドレポート/東京

香月 圭 text by Kei Kazuki

2015年から始まった「横浜バレエフェスティバル」が今年、10年目を迎えた。2020年を除いて毎夏開催されてきたこの祭典では、国内外で活躍中のソリスト達から、若いダンサーたちまで勢揃いし、古典バレエの名場面から現代作品まで多彩なパフォーマンスを繰り広げる。芸術監督の遠藤康行が「10年間続けて来られたからこそ、そこから巣立ったダンサー達が輝いている姿を見ることは嬉しいこと」とプログラムに寄せたメッセージが語るように、初々しい姿を見せていた若いダンサーたちは年月を経て、成長した姿となって世界の舞台に羽ばたいていった。出演者オーディションに合格し、2016年の第2回に初登場した中島耀はドレスデン国立ゼンパーオーパー・バレエの団員となった。二山治雄は2014年国際バレエコンクール第1位となった翌年の2015年にフェスティバルに初登場、また2014年にハンブルク・バレエ団に入団した管井円加がフェスティバルに初出演したのは、ソリスト昇進前の2016年だった。フェスティバルの舞台では、彼らをはじめ数々の新星ダンサーたちがさらに成長を遂げていく姿を見ることができた。

今回のプログラムは3部構成。出演者オーディションやYBCコンクールで選ばれた若手ダンサーたちが登場する第1部 「フレッシャーズガラ」に続いて、第2部と第3部の「ワールドプレミアム」では、プロフェッショナル・ダンサーたちによる古典・現代バレエのパ・ド・ドウやコンテンポラリーダンス作品などで構成されていた。
「フレッシャーズガラ」は『スーブニール・ドゥ・チャイコフスキー』(振付:遠藤康行)で開幕した。2017年に出演者オーディションの参加者のなかから選抜されたジュンヌバレエYOKOHAMA1期生のメンバーによって2018年に初演された作品だ。チャイコフスキーの「弦楽六重奏曲《フィレンツェの思い出》」第4楽章「アレグロ・ヴィヴァーチェ」に乗せて、ジュンヌバレエYOKOHAMAのダンサーたち7名(朝倉凛、斉藤真結花、三宮結、周藤百音、芹澤一加、藤原仁椛、水上怜香)が細かいステップの連続で構成される難易度の高い踊りを機敏に踊った。ワイヤーでピンと張られた2段チュチュは裾が揺れ、下段がカラフルで、視覚的にも楽しめた。

Coppelia_Shinoe.jpg

『コッペリア』より フランツのヴァリエーション 四戸智紀
横浜バレエフェスティバル2024 撮影:フォトクリエイト 白井力丸

Gulnala_Kokuryu.jpg

『海賊』よりギュリナーラのヴァリエーション 國立 桃菜フローラ
横浜バレエフェスティバル2024 撮影:フォトクリエイト 白井力丸

続いて新人4人のヴァリエーションが披露された。四戸智紀(YBCバレエコンクールGrand Prix 2024準グランプリ/NBAバレエ学校)による〈『コッペリア』よりフランツのヴァリエーション〉には青年らしいエネルギーが感じられ、國立 桃菜フローラ(YBCバレエコンクールGrand Grix 202グランプリ/BALLET・LE・COEUR)は〈『海賊』よりギュリナーラのヴァリエーション〉を優美に踊った。『エスメラルダ』より、ジプシーの悲哀が感じられるタンバリンのヴァリエーション(岸琴音/2024出演者オーディション第2位/HAGAバレエアカデミー)と、リズミカルなカスタネットのヴァリエーション(斉藤佑衣奈/2024出演者オーディション第1位・神奈川県民ホール賞/Ayumi Ballet Studio)を並列させて見せるプログラム編成も魅力的だった。
第1部の最後は〈『チャイコフスキーの旅』より パ・ド・ヌフ 振付:遠藤康行〉。『白鳥の湖』のロットバルトの踊りの曲など印象に残る音楽が使われており、チェコ国立ブルノ歌劇場バレエの井関エレナとジュンヌバレエYOKOHAMA8名のメンバー(岡村あずさ、工藤沙久、小林咲穂、髙橋真彩、田中優歩、バーンズ慈花、山下沙羅、山下栞)が踊った。井関はラインが優雅で、ひとつのポーズを極限まで保ち、次のステップに入るまでの一連の動きが一際丁寧だった。

Esmeralda_tambourine_Kishi.jpg

『エスメラルダ』よりヴァリエーション タンバリン 岸琴音
横浜バレエフェスティバル2024 撮影:フォトクリエイト 白井力丸

Esmeralda_castanet_Saito.jpg

『エスメラルダ』よりヴァリエーション カスタネット 斉藤佑衣奈
横浜バレエフェスティバル2024 撮影:フォトクリエイト 白井力丸

TchaikovskyNoTabi.jpg

『チャイコフスキーの旅』
横浜バレエフェスティバル2024 撮影:フォトクリエイト 白井力丸

LeCorsaire_Shibamoto_Mimori.jpg

『海賊』より グラン・パ・ド・ドゥ 芝本梨花子、三森健太朗
横浜バレエフェスティバル2024 撮影:フォトクリエイト 白井力丸

第2部「ワールドプレミアム」のオープニングはスウェーデン王立バレエ団のファーストソリスト、柴本梨花子とプリンシパルの三森健太朗出演の『海賊』より グラン・パ・ド・ドゥ。柴本はウィーン国立バレエ時代にマニュエル・ルグリに薫陶を受け、三森はスウェーデン王立バレエ団芸術監督だったニコラ・ル=リッシュによってプリンシパルに任命された、共に注目株の若いペアである。ヨーロッパ仕込みの芝本の踊りが醸し出す気品と三森の野性味あふれる跳躍が印象に残った。
カンパニー・ウェイン・マクレガーやアクラム・カーン・カンパニーなどで活躍してきた高瀬譜希子は、和太鼓奏者の佐藤健作と自作の『Mirror of Sarasvati』を踊った。Sarasvatiとはヒンズー教の女神サラスヴァティを指し、日本では弁財天に該当する。インドの伝統的なカタック舞踊に見られるようなエキゾチックな動きもあり、佐藤の踊るような演奏も素晴らしかった。高瀬は佐藤の動きと鏡のように連動したうねりを見せたかと思えば、ソロパートでは力強い踊りで独自の魅力を見せた。
続いて、秋の新シーズンからベルリン国立バレエのプリンシパルとなる佐々晴香が、〈『グラン・パ・クラシック』より ヴァリエーション〉で堂々とした佇まいで古典バレエの様式美を端正な踊りで示した。
柳本雅寛振付〈『Lilly』より抜粋 Ver.2024〉はコミカルなダンス作品。前半、柳本が寝ている大宮大奨の腕を掴んで離し、ひじが床にぶつかる音をリズムとして捉え、後半では体格差のある二人のアクロバティックなデュエットなどの見せ場も作りつつ、客席の笑いを誘った。
第2部の結びは、二山治雄と東京バレエ団プリンシパルの秋山瑛による『ドン・キホーテ』のグラン・パ・ド・ドゥ。ヴァリエーションで見せる数々の二山の超絶技巧には伊達男バジルらしい自信に満ちた風情が表れていた。それに呼応するかのように、秋山も早いテンポの曲に合わせてステップを快活に紡いでいく。キトリのヴァリエーション終盤のつむじ風のような秋山の回転技、そしてコーダにかけての二人の踊りの勢いは、花火が打ち上がるように増していった。

MirrorOfSarasvati_Takase_Sato.jpg

『Mirror of Sarasvati』高瀬譜希子、佐藤健作
横浜バレエフェスティバル2024 撮影:フォトクリエイト 白井力丸

GrandPasClassic_Sassa_Haruka.jpg

『グラン・パ・クラシック』より ヴァリエーション 佐々晴香
横浜バレエフェスティバル2024 撮影:フォトクリエイト 白井力丸

Lilly_Yahagimoto_Omiya.jpg

『Lilly』より抜粋 Ver.2024 柳本雅寛、大宮大奨
横浜バレエフェスティバル2024 撮影:フォトクリエイト 白井力丸

DonQ_Akiyama_Niyama.jpg

『ドン・キホーテ』より グラン・パ・ド・ドゥ 秋山瑛、二山治雄
横浜バレエフェスティバル2024 撮影:フォトクリエイト 白井力丸

第3部「ワールドプレミアム」は、イングリッシュ・ナショナル・バレエのリード・プリンシパル、加瀬栞と来シーズンよりファーストソリストに昇進するエリック・ウルハウスによる『ディアナとアクティオン』より グラン・パ・ド・ドゥで始まった。加瀬の安定したテクニックと舞台で見せる華は、やはりプリマ・バレリーナならではのもの。狩を楽しむ女神ディアナの生き生きした様子は、神話の世界を覗いたようだった。昨年のタマラ・ロホ版『ライモンダ』のロングドレスの衣装で隠されていた彼女の美しい脚さばきが、今回見られたのも眼福だった。ウルハウスも狩人アクティオンをダイナミックに演じた。
続いて、小池ミモザがジャン=クリストフ・マイヨー振付の『Entrelacs』で、すらりとした長身を活かしてヤン・マレシュの現代音楽に合わせた抽象的な舞踊を披露した。
高瀬の振付による『ボレロ』では、二山治雄のしなやかな身体が最大限に活かされたなめらかな踊りに目を奪われた。
佐々晴香と三森健太朗のペアによる〈『ジゼル』よりグラン・パ・ド・ドゥ〉では、佐々がアルブレヒトを守る精霊ウィリとなって暗闇をふわりと漂った。
フェスティバルの大トリは、イングリッシュ・ナショナル・バレエのリード・プリンシパル、高橋絵里奈とファースト・ソリストのジェームズ・ストリーターのコンビによるリアム・スカーレット振付『ノー・マンズ・ランド』よりパ・ド・ドゥ。昨年に続いて今年も再演された。戦争に出かけた夫の幻影と踊る妻の悲哀が、数々の美しいポーズやリフトなどを散りばめた、流れるような振付の中に現れる。人物の心理を克明に描くこのドラマチック・バレエは、平和の大切さを人々の心に訴えかける。

DianaActaeon_Kase_Woolhouse.jpg

『ディアナとアクティオン』より グラン・パ・ド・ドゥ 加瀬栞、エリック・ウルハウス
横浜バレエフェスティバル2024 撮影:フォトクリエイト 白井力丸

Entrelacs_Koike.jpg

『Entrelacs』小池ミモザ
横浜バレエフェスティバル2024 撮影:フォトクリエイト 白井力丸

Bolero_Niyama.jpg

『ボレロ』二山治雄
横浜バレエフェスティバル2024 撮影:フォトクリエイト 白井力丸

Giselle_Sassa_Mimori.jpg

『ジゼル』より グラン・パ・ド・ドゥ 佐々晴香、三森健太朗
横浜バレエフェスティバル2024 撮影:フォトクリエイト 白井力丸

フィナーレは佐藤健作の和太鼓演奏で始まり、客席にダンサーたちが現れ、舞台に上っていった。間近で見る出演者は皆引き締まった身体でほっそりとしているが、舞台では大きな光を放って一段と大きく見える。金の紙吹雪が降りしきるなか、観客は過去10年間のフェスティバルの数々の名演をも惜しむように、万雷の拍手を送った。神奈川県民ホールは2025年3月末をもって休館となり、来年は鎌倉芸術館での開催が予定されている。横浜バレエフェスティバルの新たなステージに期待したい。
(2024年8月4日 神奈川県民ホール 大ホール)

NoMansLand_Takahashi_Streeter.jpg

『ノー・マンズ・ランド』よりパ・ド・ドゥ 高橋絵里奈、ジェームズ・ストリーター
横浜バレエフェスティバル2024 撮影:フォトクリエイト 白井力丸

finale_ybs2024.jpg

フィナーレ
横浜バレエフェスティバル2024 撮影:フォトクリエイト 白井力丸

記事の文章および具体的内容を無断で使用することを禁じます。

ページの先頭へ戻る