溌剌とした若手ダンサーたちが名作バレエの名場面を踊った「親子で楽しむ夏休みバレエまつり -ヨーロッパ名門バレエ団のソリストたち-」
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ワールドレポート/その他
香月 圭 text by Kei Kazuki
「親子で楽しむ夏休みバレエまつり -ヨーロッパ名門バレエ団のソリストたち-」
『眠りの森の美女』第1幕よりローズ・アダージョ M.プティパ:振付、『ラ・シルフィード』第2幕よりパ・ド・ドゥ A.ブルノンヴィル:振付、他
ヨーロッパの名門バレエ団ソリストによる、バレエの名場面を集めた「親子で楽しむ夏休みバレエまつり -ヨーロッパ名門バレエ団のソリストたち-」が8月3日と4日、東京国際フォーラム ホールCで行われた。ヨーロッパ各地のバレエ団よりソリストとコール・ド・バレエ、合わせて28名が出演した。ハンガリー国立バレエ団のソリスト、ボリス・ジュリーロフが今回のキャスティングとマネジメントを担当した。本公演と平行して、ミハイル・フォーキン振付の『レ・シルフィード』(全1幕)と名作バレエのハイライト・シーンを組合せた「バレエの妖精とプリンセス -ヨーロッパ名門バレエ団のソリストたち-」も同様のメンバーで、7月末~8月上旬、全国各地を巡演した。
MCを務めたのは、ロシアのカレリア国立音楽劇場のファースト・ソリストの藤室真央。"まおちかchannel"で発信するYouTuberとしても知られる存在だ。彼女は現役バレリーナならではのコメントを織り交ぜながら作品の見どころやあらすじなどの解説を行った。会場は親子連れで賑わっており、子どもたちはバレエの本場ヨーロッパのソリストたちの優雅に踊る姿を熱心に見入っていた。また、舞台のバレエ・ダンサーと一緒にレヴェランスをするコーナーもあり、子どもたちも楽しめる工夫が随所にあった。彼らにとって夏休みの忘れがたい思い出のひとつになったのではないだろうか。
『眠りの森の美女』左よりラファエル・ヴェドラ、カロリーナ・バストス、ボリス・ジュリーロフ(写真は8/4公演より)
Photo: Hidemi Seto©2024 KORANSHA Inc.
『ラ・シルフィード』三浦のぞみ、ウラジスラフ・バセンコ(8月4日公演)
Photo: Hidemi Seto©2024 KORANSHA Inc.
第1部は〈『眠りの森の美女』第1幕よりローズ・アダージョ〉(M.プティパ:振付)で開幕した。オーロラ姫はブラジル出身でバイエルン国立バレエのカロリーナ・バストス。健康的な美しさを醸し出すダンサーで、彼女が演じたオーロラ姫は生気に満ち溢れていた。4人の王子はジュリーロフのほか、日本初お目見えの若いダンサーたち〈ソーレン・サカダレス(バイエルン国立バレエ)、ラファエル・ヴェドラ(バレエ・アム・ライン)、 ルカ・アブデル=ヌール(オランダ国立バレエ) 〉。背の高い王子たちが「さあ、お手をどうぞ」とオーロラ姫に向かって次々と片手を差し出すシーンを見るたびに子どもの頃、自分自身が王女になった気分になり、胸がときめいたのを思い出す。バストスは、王子のサポートの手が入れ替わるたびにアチチュードでのバランスを保ち続けて最大の見せ場を盛り上げ、本公演の華やかな幕開けとなった。
続いて〈『ラ・シルフィード』第2幕よりパ・ド・ドゥ〉(A.ブルノンヴィル:振付)では、タイトル・ロールをハンガリー国立バレエのディアナ・コシェレワ、シルフィードの虜になる青年ジェームスをスロバキア国立バレエのウラジスラフ・バセンコが演じた。コシェレワは、バセンコから身をかわして森の中をふわりと飛び回り、妖精のような浮遊感を感じさせた。腕や上半身を大きく動かすロシア式の踊りは、ブルノンヴィル本来の自然なスタイルよりドラマチックな印象を生む。バセンコは高い跳躍や幾度も繰り返すアントルシャや細かく刻むステップが軽やかだった。
〈『白鳥の湖』第2幕よりアダージョ〉(M.プティパ、L.イワノフ:原振付、K.セルゲーエフ:改訂振付:)は、バイエルン国立バレエのファースト・ソリストのエルビナ・イブライモヴァとバイエルン国立バレエより今秋からバレエ・アム・ラインに移籍するラファエル・ヴェドラのコンビによって踊られた。イブライモヴァは長い手足を活かして、白鳥さながらの腕の優雅な動きをもって、心を通わせたジークフリート王子にゆったりと身を委ねて踊った。ヴェドラも美しいオデット姫を優しく受け止め、美しいポーズを引き立てるサポートに徹した。群舞も欧州から集められたメンバーで、欧州の劇場にいるかのような贅沢な気分を味わった。
『白鳥の湖』エルビナ・イブライモヴァ、ラファエル・ヴェドラ(8月4日公演)
Photo: Hidemi Seto©2024 KORANSHA Inc.
『くるみ割り人形』ニノ・サマダシヴィリ、パーヴェル・サーヴィン(8月4日公演)
Photo: Hidemi Seto©2024 KORANSHA Inc.
第1部の最後を飾ったのは、ニノ・サマダシヴィリ(ジョージア国立バレエ)、パーヴェル・サーヴィン(クロアチア国立バレエ)のペアによる『くるみ割り人形』第2幕よりパ・ド・ドゥ(A.ファジェーチェフ、N.アナニアシヴィリ:振付)。ファジェーチェフとアナニアシヴィリによるオリジナルの振付に新鮮な印象をもった。サマダシヴィリはトビリシ生まれで、学生の頃からジョージア国立バレエの舞台に立っていた、いわば、アナニアシヴィリの秘蔵っ子的存在。舞台では鷹揚とした存在感がある。相手役のサーヴィンも跳躍や回転技に力みがなく、サマダシヴィリを高々と掲げ、背中からのダイブ・アンド・キャッチもしっかりと決めた。12月に控えるジョージア国立バレエの『くるみ割り人形』全幕公演が今から楽しみだ。
第2部はバレエ・リュスのモンテカルロ・バレエ公演でニジンスキーとカルサーヴィナによって初演されたミハイル・フォーキン振付の『薔薇の精』で始まった。英国ロイヤル・バレエ団のスタニスラウ・ウェグリジンがタイトル・ロールで薔薇の香りが漂うような柔らかさをもって舞台の中を華麗に飛翔する。少女役のマリナ・マタ・ゴメス(バイエルン国立バレエ)は初めての舞踏会の思い出に浸りながら心地よい眠りにつき、夢の中で現れた薔薇の精に誘われ、ドレスの裾をなびかせながら可憐に舞った。なお、ウェグリジンは秋の新シーズンよりドレスデン国立歌劇場ゼンパー・オーパー・バレエのソリストとして契約したと英国ロイヤル・バレエのWebサイトでも発表された。新天地での活躍に期待したい。
『薔薇の精』スタニスラウ・ウェグリジン、マリナ・マタ・ゴメス(8月4日公演)Photo: Hidemi Seto©2024 KORANSHA Inc.
『人形の精』左よりソーレン・サカダレス、ディアナ・コシェレワ、ラファエル・ヴェドラ(8月4日公演)
Photo: Hidemi Seto©2024 KORANSHA Inc.
続く〈『人形の精』第2幕よりパ・ド・トロワ〉は、1903年にニコライとセルゲイのレガート兄弟による振付、レオン・バクストの衣裳と美術で、マリインスキー劇場で上演された。コンクールでも踊られるヴァリエーションとあって、メロディーを口ずさむ子どももいた。真夜中の店で、フェアリー・ドール(人形の精)を巡ってピエロ2人が競い合う。三浦のぞみ(スロバキア国立バレエ)は確かなテクニックで愛らしい人形の精を好演し、ピエロのコンビ、ソーレン・サカダレス(バイエルン国立バレエ)とラファエル・ヴェドラは、ライバル同士のコミカルな掛け合いを表情豊かに演じた。楽しいストーリー展開と長身のピエロ役の二人が繰り出すダイナミックな技の数々に観客は大きな拍手を送った。
〈『ジゼル』第2幕よりパ・ド・ドゥ〉 (J.コラーリ、J.ペロー、M.プティパ:振付)では、オルガ・チェルパノヴァ(スロバキア国立バレエ) が登場。すると、ウィリたちが彷徨っているかのような森の冷気が舞台から感じられるようだった。チェルパノワは赦しの感情を清廉な踊りに込めていた。2021年のローザンヌ国際バレエコンクールで第2位、観客賞、ベスト・スイス賞のトリプル受賞を果たして注目されたルカ・アブデル=ヌール(オランダ国立バレエ)は、しなやかな上半身と長い脚で美しいラインを描きながら、ジゼルを不運にも死なせてしまったアルブレヒトの苦悩を演じた。この役のデビューとなった今回の舞台を見られたのは幸運だった。
『ジゼル』オルガ・チェルパノヴァ、ルカ・アブデル=ヌール(8月4日公演)
Photo: Hidemi Seto©2024 KORANSHA Inc.
『白鳥の湖』直塚美穂、ボリス・ジュリーロフ(8月4日公演)
Photo: Hidemi Seto©2024 KORANSHA Inc.
最後は『白鳥の湖』第3幕より黒鳥のグラン・パ・ド・ドゥ(M.プティパ、L.イワノフ:原振付)を直塚美穂(新国立劇場バレエ団)とボリス・ジュリーロフのペアが踊った。黒鳥オディールに扮した直塚は颯爽と舞台に現れ、腕の羽ばたきも派手で大きく、力強いステップでジークフリート王子に迫っていく。自信に満ち溢れた表情でグランフェッテなどの大技を決めた。ジュリーロフは、オディールの大胆さに驚きつつも次第に彼女に魅入られていくジークフリート役を気品ある佇まいで演じた。トリにふさわしい華麗なコーダを見事に決めた二人に会場は大いに沸いた。
日本で見る機会の少ない、東欧を中心としたヨーロッパのバレエ団の実力あるソリストたちや、将来が嘱望される若いダンサーたちの舞台を存分に堪能した一夜だった。
(2024年8月3日 東京国際フォーラム ホールC)
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