モーリス・ベジャール・バレエ団芸術監督ジュリアン・ファヴローが日本公演を語る「ベジャールのDNAを繋いでいきたい」
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香月 圭 text by Kei Kazuki
モーリス・ベジャール・バレエ団(BBL)が9月から10月に日本公演を行う。Aプロ『バレエ・フォー・ライフ』(ベジャール振付/東京、西宮、北海道)と、東京公演のみのBプロではのベジャール振付『ボレロ』『2人のためのアダージオ』『コンセルト・アン・レ』と前芸術監督ジル・ロマン振付の『だから踊ろう... ! 』が上演される。コロナ禍の2021年に行われた日本公演から3年ぶり、20世紀バレエ団という名称だった1967年に初来日を果たしてから今回で19度目となる。
モーリス・ベジャール・バレエ団は今年3月からジル・ロマンに代わって、トップダンサーのジュリアン・ファヴローが暫定ディレクターを務め、9月から正式に芸術監督の任に就いた。
ファヴローは1994年にカンパニーの付属校ルードラに入学し、翌年にBBLに団員として入団した。それ以来、約30年に渡ってBBLを代表するダンサーとして活躍してきた。今回の監督就任に伴い、ダンサーとしての活動を今年限りで終了すると表明している。
今回モーリス・バジャール・バレエ団公演は、ファヴローのリーダーシップの下での初公演となる。同時にファヴローは自身でも思い入れのある『バレエ・フォー・ライフ』『ボレロ』、そして『2人のためのアダージオ』の3演目に出演し、ダンサーとして日本の観客に別れを告げる。
ジュリアン・ファヴロー ©BBL-Jennifer Santschy
8月27日に行われたファヴローのオンライン共同会見では、芸術監督の交代劇について質問が飛んだ。ファヴローは当時の様子を「ジル・ロマンと財団はお互いにコミュニケーションが取りづらいような状態が続いており、両者の関係はここ数年悪化していたことが背景にあるのではないかと考えています。2月に財団側から私のほうに連絡が来て、シーズンが終わるまで芸術監督を引き継いでほしいという提案をいただき、24時間以内に返事することを求められました。すでに始まっていたシーズンを成功裏に終えなければいけないという気持ちがまず先にあり、私はその提案をすぐに受け入れました。私が暫定的に芸術監督を務めるということが発表されるや、ダンサーたちからは拍手が沸き起こりました。皆安心した様子でした。退団した人は誰もいませんでした。ダンサーたちはこの新体制に対して満足してくれたのだと思います」。
芸術監督を引き受けたのは「17歳で入団し、モーリス・ベジャールの時代、そしてジル・ロマンの時代を生きてきた自分の歴史的な存在を強く自覚したからです。団員たちを一つにまとめ、モーリスの作品を上演し続けていくことが自分の役目なのだ、という実感が湧いてきました。この組織変更によって何事も滞らず、決まっていることを全て順調に進めていきたいということも、強く意識した点です」と述べた。
芸術監督となってからの変化について「ツアーのシーズン中、自分が重要な役で出演する作品が上演されていたため、まず自分のパフォーマンスに集中しなければなりませんでした。さらに芸術監督として様々な業務が加わりました。リハーサルの立ち会いやスタッフとの確認作業、スポンサーとの面会、資料のチェックなどに追われ、最初の数週間は仕事が一挙に3倍に増えたような状態でした。初めは慣れないことが多くて大変でしたが、幸いなことに(アーティスティック・チームの)エリザベッド(・ロス)、小林十市、ドメニコ(・ルヴレ)が一緒にいてくれたので、彼らに助けられました。この仕事が好きだと自分自身でも気がつき、今は楽しんで取り組んでいます」。
ダンサーとしての今後について「芸術監督とは時間とエネルギーを必要とする仕事なので、その後の出演については見送り、自分の新しい仕事に専念することにしました。6月にローザンヌで『ボレロ』を踊りましたが、それがバレエ団本拠地での最後の『ボレロ』になりました。東京でも踊る予定ですが、こちらも日本で最後の『ボレロ』ということになるでしょう。2024年末をもってダンサーのキャリアからは身を引くために調整をしています」。
ダンサーを引退するという決断に後悔はないか、と聞かれて「ダンサーのキャリアを30代で止めるダンサーたちもいるなかで、私はもうすぐ47歳にもなるのに、幸運にもまだ踊ることができています。とはいえ、ダンサーとして踊るためにコンディションを整えるということが、だんだんと難しくなってきています。2021年の前回の日本ツアーの後にアキレス腱断裂という怪我に見舞われ、1年間踊れない状態が続きました。その時、ジル(・ロマン)には、今回は復帰するが、そろそろダンサーのキャリアを終わらせることを考えていきたい、と話していました。コーチやレペティトゥールなど何らかの形で残ってほしいという話もジルからいただいていました。ダンスをやめることは、自分にとって、ごく自然な流れで進んだように感じています。6月にローザンヌで初演された元団員の振付家ヴァレンティナ・トゥルクの『ハムレット』には演技中心の役があり、そういった作品にはタイミングを見て出演できるのではないかと考えています」。
『バレエ・フォー・ライフ』©Kiyonori Hasegawa
世界的ロックバンド、クイーンの音楽にベジャールが振付けた『バレエ・フォー・ライフ』で、ヴォーカル、フレディ・マーキュリーを彷彿とさせる役を今回の日本公演でも踊る予定のファヴローは、ベジャールとのエピソードを含めて役作りについて語った。「この作品が創作されている頃に入団し、フレディ役だったダンサーが 1、2シーズンぐらいで退団したので、モーリスからフレディ役に抜擢されました。<ロックスターとしてのジュリアンを舞台の上で見せてほしい>と言われ、自分はフレディと見かけが違うので、ロックスターのオーラについてアプローチしました。フレディ・マーキュリー自身の身振りやヴェルサーチの衣装もインスピレーションを与えてくれました。さらにデヴィッド・ボウイやミック・ジャガーなど、自分のイメージするロックスター像を自分なりに混ぜ合わせて、役を作り上げてきました。最初の頃はまだ足りない部分もあり、身体的に突き抜けた表現ができていない部分もあったのではと思われますが、モーリスやジルが私を導いてくれました。思い出すのはモーリスが〈それはちょっとやり過ぎだ〉とか〈この方向性は良くない、別のやり方でやってみよう〉と私に親身にアドバイスをくれたことです。優しいときもあれば、アグレッシブになることもある役で、感情の面でもコントラストをつけなければいけないと言われました。この役を演じることによって、様々な感情を取り合わせたパレットを得られたと思います。自分のキャリアを振り返っても重要な役で、日本や南米でもたくさん踊った役です。私も歳を重ね、フレディが亡くなった頃の年齢に近づいてきました。これまでの経験を含めて踊りに活かしていければと考えています」。
ファヴローは9月27日の東京公演で『ボレロ』のメロディ役を踊る予定となっている。初めて配役されたときの思い出について「2011年、イタリアのアオスタのフェスティバルでジルから試しにメロディ役を踊ってみないかと言われました。ここでうまくいったら、3ヶ月後のパリのパレ・デ・コングレで再びメロディを踊ってもらうと。そのときは、いつか踊りたいと夢見ていた役をパリの檜舞台で踊れる機会をいただいて、天にも昇るような気持ちでした。当時を振り返ると、コントロールがうまくできていなかったのではないかと思われますが、『ボレロ』は、どこか神話的で魔術的な力を持ち、ダンサーはそれに打ち勝つことができないような作品です。踊るたびに、ラヴェルの音楽とモーリスの振付が一つになるためにそれぞれ生まれてきたのではないかというふうに思わせてくれます。毎日繰り返し踊ったとしても、その都度、違う感覚が立ち現れてきます」と振り返った。
ファヴローが日本で『ボレロ』を踊る最後の機会になるが「17歳の入団以後、早い時期から日本のお客様の前で踊らせていただくことができ、約30年間のダンサーとしてのキャリアの円環をここで閉じることができることも幸福なことだと思います。この作品にはたくさんの象徴があり、感慨が込み上げます。思いを込めた踊りを東京でお見せできることを、とても嬉しく思います」と『ボレロ』のラスト・ステージに向けての想いを語った。
『ボレロ』©BBL- Lauren Pasche
ファヴローは「BBLの存在価値とは、カンパニーのレパートリーであるモーリスの作品を継承していくことです。世界中の他の多くのカンパニーで、ベジャール作品は踊られていますが、彼の作品を観るのであれば、最初に観てもらいたいカンパニーとして、ベジャールのDNAを繋いでいくということを大切に考えています。カンパニーにとって大事な作品や、長く上演されていないけれども今のカンパニーが踊るのに適した作品というものを選んでいきたい。ディレクターとして心がけているのは、ベジャール作品の価値を高め、それに加えてダンサーの価値も高めていくことです。ダンサー自身がベジャール作品を我がものにして、彼らが自分自身を表現していけるようになるということが大事です」と語った。
ファヴローは「BBLの2024-25年シーズンは日本ツアーで始まるので、とても素晴らしいシーズンになるでしょう。私達のカンパニーにとって日本に行くのは特別なことで、皆モチベーションも上がっており、とてもエキサイトしています。西宮・札幌でも上演の機会をいただいた日本公演を楽しみにしています」と語る。
そして最後に、ファヴローはベジャールの言葉を引いて会見を締めくくった「困難は必ずあり、変化のときも訪れます。けれども、そこには革命(レボリューション)ではなく、進歩(エボリューション)があります。何としてもショーは続けなければいけない="The Show Must Go On ! " 」。BBLの芸術監督に専念するという使命感で貫かれたファヴローの表情は、一貫して晴れやかだったのが印象的だった。
モーリス・ベジャール・バレエ団 2024 日本公演
https://www.nbs.or.jp/stages/2024/bejart/index.html
Aプロ『バレエ・フォー・ライフ』
振付:モーリス・ベジャール 音楽:クイーン/ W.A. モーツァルト
9月21日(土)13:30、22日(日)13:30、22日(日)18:00、23日(月祝)13:30 東京文化会館(上野)
【西宮】10月2日(水)17:00、兵庫県立芸術文化センター
【札幌】10月6日(日)14:00、札幌文化芸術劇場hitaru
Bプロ
『だから踊ろう... ! 』
振付:ジル・ロマン/音楽:ジョン・ゾーン、シティパーカッション、ボブ・ディラン
『2人のためのアダージオ』
振付:モーリス・ベジャール/音楽:ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン
『コンセルト・アン・レ』
振付:モーリス・ベジャール/音楽:イーゴリ・ストラヴィンスキー
『ボレロ』
振付:モーリス・ベジャール/音楽:モーリス・ラヴェル
9月27日(金)19:00、28日(土)13:30、28日(土)18:00、29日(日)13:30
東京文化会館(上野)
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