〈第17回世界バレエフェスティバル〉の掉尾を飾って、1回限りの【ガラ・パフォーマンス】が開催された

ワールドレポート/東京

佐々木 三重子 Text by Mieko Sasaki

〈第17回世界バレエフェスティバル〉ガラ・パフォーマンス

『海賊』マリウス・プティパ:振付、『スプリング・アンド・フォール』より ジョン・ノイマイヤー:振付、他

3年に一度のバレエの祭典、〈第17回世界バレエフェスティバル〉の掉尾を飾って、1回限りの【ガラ・パフォーマンス】が賑やかに開催された。コロナ禍の影響を受けた第16回の前回では【ガラ】公演が見送られただけに、ファンの期待は倍増したようだ。今回の〈バレエフェス〉には世界各国から総勢34人の精鋭ダンサーが集結したが、Aプロ終了後に帰国したオリガ・スミルノワらや、Bプロから参加した大橋真理ら、また【ガラ】には出演しなかったアレッサンドラ・フェリがいたことを、念のため記しておきたい。【ガラ】では、ダンサーたちはAプロとBプロで踊ったのとは異なる作品を上演したが、演目そのものに目新しいものはなかった。なお、この項ではダンサーの所属バレエ団の名称は省かせていだいた。

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『眠れる森の美女』© Kiyonori Hasegawa

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『コンセルト・アン・レ』© Kiyonori Hasegawa

第1部のオープニングは、マリアネラ・ヌニェスとワディム・ムンタギロフによる『眠れる森の美女』(振付:マリウス・プティパ)より第3幕のグラン・パ・ド・ドゥ(GPDD)。輝くばかりの白い衣裳で登場した二人は、繊細にステップを踏み、華やかな跳躍や回転技を披露し、すべてが模範的なパフォーマンスを繰り広げた。ただ、オーロラ姫と王子の結婚式なのだから、もっと喜びを溢れ出させても良いのではと思った。モーリス・ベジャールの『コンセルト・アン・レ』より主役のパ・ド・ドゥ(PDD)を踊ったのは、大橋真理とアレッサンドロ・カヴァッロ。ストラヴィンスキーのヴァイオリン協奏曲ニ長調にのせて、手をつないだまま踊ったり、寄り添っては離れたりと、独特のニュアンスを醸していた。『ロミオとジュリエット』(振付:ケネス・マクミラン)より第1幕のPDDでは、ロミオのリース・クラークがしなやかな跳躍で喜びを伝え、ジュリエットのヤスミン・ナグディもたおやかな身体のこなしで彼の情熱を受け止め、互いに愛を確かめ高揚していく様を瑞々しく演じて爽やかな印象を残した。

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『ロミオとジュリエット』© Kiyonori Hasegawa

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『アダージェット』© Kiyonori Hasegawa

マーラーの交響曲第5番の第4楽章を用いたジョン・ノイマイヤーの『アダージェット』では、シルヴィア・アッツォーニとアレクサンドル・リアブコが甘美で抒情的な旋律に協和するように、しっとりと秘めやかに睦み合っていく。円熟のカップルならではの境地が感じられた。オニール 八菜とジェルマン・ルーヴェが踊ったのは『シルヴィア』で、パリ・オペラ座バレエ団の元エトワール、リセット・ダルソンヴァルが振付けたヴァージョンによるもの。月の女神ダイアナに仕えるニンフのシルヴィアと羊飼いのアミンタの愛を描いた物語である。凛とした姿で登場した八菜は、小さなミスからすぐ立ち直ったものの、心なしか慎重な脚さばきになったようだが、力強いジャンプで愛を伝えるルーヴェに応じるように、息の合ったコーダへとつなげた。

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『シルヴィア』© Kiyonori Hasegawa

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『スプリング・アンド・フォール』© Kiyonori Hasegawa

第2部はノイマイヤーの『スプリング・アンド・フォール』よりで始まった。ドヴォルザークの哀愁を帯びた「弦楽セレナーデ」にのせて、アレクサンドル・トルーシェと菅井円加のそれぞれのソロに続いて、二人でしっとりと抒情を紡いでいった。菅井の引き締まった振りに込められた繊細な表現が印象的だった。墨で描いたような背景の抽象画が、モスグリーンやグリーン、深みのあるブルーなど、色調を変えていくのも詩情を高めていた。次は、ベジャールの『ブレルとバルバラ』。タイトルにある二人のシャンソン歌手の歌に振付けられた作品で、「孤独」など2曲をジル・ロマンが小林十市と組んで踊った。白い打掛を羽織った小林が歌舞伎風の所作を交えて踊り、ロマンと向き合い絡み合うと、どこか倒錯的なイメージが匂った。続いて『ジゼル』(振付:ジャン・コラーリ、ジュール・ペロー)より第2幕のPDD。ドロテ・ジルベールは繊細な脚さばきや軽やかな跳躍をみせ、アルブレヒトへの変わらぬ愛を透明感のある演技で伝えた。ユーゴ・マルシャンも、ジゼルへの愛を貫こうとするように、難度の高いジャンプやステップを鮮やかにこなした。

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『ジゼル』© Kiyonori Hasegawa

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『悪夢』© Kiyonori Hasegawa

マッケンジー・ブラウンとガブリエル・フィゲレドが踊ったのは、マルコ・ゲッケの『悪夢』。キース・ジャレットとレディー・ガガの曲にのせて、二人は切れの鋭い振りをみせたが、どこかギクシャクした関係性を漂わせていた。続いて、『ル・パルク』(振付:アンジュラン・プレルジョカージュ)より、男女による恋愛の最終段階の作用を表す"解放"のPDDが上演された。AプロとBプロでも異なるカップルにより踊られたが、【ガラ】ではディアナ・ヴィシニョーワとマルセロ・ゴメスが取り組んだ。ヴィシニョーワは妖艶さを滲ませてゴメスに寄り添い、相手から感情を引き出そうとし、ゴメスも相手を包み込むように応対し、彼女のキスを受けたまま高速で旋回する"フライング・キス"も滑らかにみせた。ある種の生々しさの匂い発つパフォーマンスだった。現代ものが続いた後は古典作品。『海賊』(振付:マリウス・プティパ)では、永久メイが、柔らかい腕の動きや端正なポアント・ワーク、鮮やかなフェッテをみせれば、キム・キミンもダイナミックなジャンプや回転技など盤石なテクニックを披露。二人の爽快なPDDは会場を沸かせた。

第3部 は『カジミールの色』で始まった。マウロ・ビゴンゼッティが、ロシアの画家カジミール・マレーヴィチの画に触発されて振付けた作品で、エリサ・バデネスとフリーデマン・フォーゲルにより踊られた。ショスタコーヴィチの音楽に合わせて色彩の微妙な変化を身体の動きで象徴するように連ねていく、緊張感のある作品だった。続く『レ・ブルジョワ』は、ベン・ファン・コーウェンベルグがジャック・ブレルの同名のシャンソンに振付けた小品で、年取った男が酔っ払って踊る様をユーモラスに描いたもの。踊ったのはダニール・シムキンで、ふらつき、転びそうになりながらも合間に見事なジャンプや回転技をこなし、抜群のコントロールの良さをアピールした。まだ若さが先に立っているが、渋みを増してからのシムキンの演技が見てみたい。『シンデレラ』(振付:フレデリック・アシュトン)からは、シンデレラと王子が舞踏会で踊るシーンが上演された。サラ・ラムは清楚なシンデレラそのもので、ウィリアム・ブレイスウェルのサポートを受け、エレガントに踊った。二人とも一つ一つのステップを丁寧にこなし、逆さリフトもきれいにみせたが、あまりに短いシーンだった。

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『レ・ブルジョワ』© Kiyonori Hasegawa

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『シンデレラ』© Kiyonori Hasegawa

ロベルト・ボッレはリアブコと組んで『作品100~モーリスのために』を踊った。ノイマイヤーが盟友ベジャールの70歳を祝うガラ公演のために創作した2人の男性のための作品である。サイモン&ガーファンクルの「旧友」と「明日に架ける橋」を用いたのが効果的で、がっしりした体格のボッレと細身のリアブコが、視線を交わしながら、肩を組み、動作を受け渡し、互いを高め合っていくうちに固い絆で結ばれていく様がリアルに伝わり、余韻を残した。締めの『ドン・キホーテ』(振付:プティパ)を踊ったのは、マリーヤ・アレクサンドロワとヴラディスラフ・ラントラートフ。男女ともに高難度の技が随所に織り込まれている人気の演目で、片手リフトはなかったものの、二人はパワフルなジャンプや豪快な回転技で目を奪った。見せ場の"32回転"になると、アレクサンドロワはグラン・フェッテではなく、高速のピケ・ターンでステージを回り始め、ラントラートフが踊り終えるまで速度を落とすことなく続けた。これがボリショイ・スタイルなのだろうか。一味異なるパフォーマンスに会場は沸いた。

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『ドン・キホーテ』© Kiyonori Hasegawa

以上で予定されていた16演目は終わったが、【ガラ】では、予定された演目に加えて、ダンサーたちの独自の企画による趣向を凝らした〈ファニーガラ〉を上演することがいつしか恒例となった。男性ダンサーがトゥシューズで踊ったり、男女が役を入れ替えたりと、弾けたシーンの続出が話題となり、今や【ガラ】の一種の"呼び物"になっているほどだ。ダンサーたちは全員が何らかの形で出演しており、いつもとは勝手が違う自分のパートをそれぞれ楽しんでいるようにみえた。〈バレエフェス〉は、ダンサーたちにとって、バレエ団の枠を超えて交流できる貴重な機会になっていることが見て取れた。
フィナーレでは全員が舞台に並ぶと、背後の壁にプロジェクションマッピングで花火が打ち上げられた。その花火を見ながら、ダンサーも観客も、3年後のバレエフェスティバルを待ち望んでいるように思えた。
(2024年8月12日 東京文化会館)

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