フェリ、ロマンからヌニェス、ムンタギロフ、八菜、ルーヴェ、ヴィシニョーワ、スミルノワ、ナグディ、ジルベール、フォーゲル他、34名の各国のトップダンサーが競演した
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ワールドレポート/東京
佐々木 三重子 Text by Mieko Sasaki
〈第17回世界バレエフェスティバル〉Aプログラム
『空に浮かぶクジラの影』ヨースト・フルーエンレイツ:振付、『ドン・キホーテ』マリウス・プティパ:振付、他
3年に一度のバレエの祭典、〈第17回世界バレエフェスティバル〉が東京文化会館で開催された。コロナ禍の影響で規模が縮小された2021年の前回と異なり、今回は世界各国から総勢34人のトップダンサーが集い、おりしもパリ五輪と開催時期が重なったこともあり、大いに盛り上がった。参加したのは、大ベテランのジル・ロマンとアレッサンドラ・フェリを筆頭に、英国ロイヤル・バレエ団からマリアネラ・ヌニェス&ワディム・ムンタギロフら3組のペア、パリ・オペラ座バレエ団からオニール八菜&ジェルマン・ルーヴェら2組、シュツットガルトとハンブルクのバレエ団からも2組ずつ。また、ロシアのウクライナ侵攻で心配されたロシアのバレエ団からもディアナ・ヴィシニョーワやキム・キミンら計5人が来日し、国際色豊かな顔触れとなった。公演は、全幕特別プロ『ラ・バヤデール』で始まり、Aプロ、Bプロ、〈ガラ〉の各公演が行われたが、ここではAプロに絞り、『ラ・バヤデール』と<ガラ>については別項で記す。
東京文化会館のロビーにはゴージャスな花が飾られ、天井からはダンサーたちの踊る姿がプリントされた布が吊るされるなど、賑やかな雰囲気に溢れていた。客席に入ると、舞台脇の左右の壁面に大きなモニターが設置され、開演前や休憩時間に、〈世界バレエフェスティバル〉の歴史の紹介や出演するダンサーのインタビュー映像が上映された。また、各演目が始まる前に、作品のタイトルと出演者の名前がモニターに映し出された。今までは、暗い中、プログラムで演目などを確認できなかったので、とても助かった。そして、その演目などが、最初は日本語と英語で、次に中国語と韓国語で掲示されたのには驚いた。多言語での表示は、日本で創設された〈世界バレエフェスティバル〉が海外でも知られるようになり、国外からの観客が増えていることの証しであろう。誇らしいことだ。
『白鳥の湖』より"黒鳥のパ・ド・ドゥ"
© Kiyonori Hasegawa
『クオリア』© Kiyonori Hasegawa
Aプロでは、全17作品が4部に分けて上演された。第1部のオープニングは、シュツットガルト・バレエ団のマッケンジー・ブラウンとガブリエル・フィゲレドによるジョン・クランコ振付『白鳥の湖』より"黒鳥のパ・ド・ドゥ(PDD)"。ブラウンは、鋭い眼差しで王子を射すくめ、妖艶さを漂わせて力強く舞い、王子の心を惹きつけていくオディールを好演。グラン・フェッテなど、テクニックも確か。フィゲレドは、そんなオディールに押し切られてしまう王子という感じで、高いジャンプや回転技はみせたものの、緊張のせいか、やや安定性を欠いていた。英国ロイヤル・バレエ団のヤスミン・ナグディとリース・クラークの初登場のペアが踊ったのは、同バレエ団の常任振付家ウエイン・マクレガーが2003年に創作した『クオリア』。小柄なナグディが大柄なクラークの身体に絡み、肩にリフトされと踊りつないでいったが、特にナグディの強靭な身体性が目に付いた。
『アウル・フォールズ』© Kiyonori Hasegawa
『くるみ割り人形』© Kiyonori Hasegawa
現在はフリーで活躍するダニール・シムキンは、同じくフリーのマリア・コチェトコワと組み、デンマーク国立バレエ団出身のセバスチャン・クロボーグ振付『アウル・フォールズ』を踊った。二人が、今年2月にロンドンのサドラーズ・ウェルズ劇場で行われたチャリティ公演で世界初演した作品である。洒落たコステュームの二人は別々に踊る部分が多かったが、回転やマネージュなど、高度なクラシックの技法をモダンな感覚で爽快にこなしていった。ボリショイ・バレエからオランダ国立バレエに移ったオリガ・スミルノワが、同じオランダ国立バレエの新鋭ヴィクター・カイシェタと踊ったのは、ジャン=クリストフ・マイヨー振付『くるみ割り人形』で、物語の舞台はクラシックダンスのカンパニーに置き換えられているという。ここでは、若い男女が互いの愛を高揚させていく様が、高いリフトなどを交え、流麗な展開の中で瑞々しく表現された。パリ・オペラ座バレエ団のドロテ・ジルベールとユーゴ・マルシャンは、ジェローム・ロビンズがラヴェルのピアノ協奏曲ト長調を用いて振付けた『アン・ソル』を踊った。白い衣裳の二人は向き合い、ユニゾンで踊るなど、心を響かせ合うように穏やかにデュオを紡いでいった。
『アン・ソル』© Kiyonori Hasegawa
『ハロー』© Kiyonori Hasegawa
第2部はジョン・ノイマイヤー振付『ハロー』(音楽:ジョージ・クルポス)で始まった。ハンブルク・バレエ団の菅井円加とアレクサンドル・トルーシュが、舞台上で演奏されるピアノとチェロに合わせて踊った。赤いユニタードの菅井とカジュアルな半袖シャツに短パンのトルーシュは、キスしようとして顔を背け合い、触れ合っては離れるといった具合で、複雑に身体を操りながら、タイトルとは関係なさそうな展開を続けた。終盤、チェリストがチェロのボディを叩く音に合わせ、二人は戸を叩く振りをしながらもすれ違う。屈折した男女の関係性を提示したのかもしれないが、冗長に感じた。英国ロイヤル・バレエ団のサラ・ラムとウィリアム・ブレイスウェルが踊ったのは、ケネス・マクミラン振付『マノン』より第1幕の出会いのPDD。マノンと出会う前のデ・グリューのヴァリエーションから始めたのは、初参加のブレイスウェルを引き立てる狙いがあったのだろうが、しなやかな身体性を見せてはいたものの情感は淡泊。清楚な雰囲気で、たおやかに踊るラムとのPDDでは、互いに心をときめかせて高揚していく様を素直に表していた。
『ハロー』© Kiyonori Hasegawa
『マノン』より第1幕の出会いのPDD
© Kiyonori Hasegawa
パリ・オペラ座バレエ団のオニール八菜とジェルマン・ルーヴェはアンジュラン・プレルジョカージュ振付『ル・パルク』から"解放"のPDDを踊った。モーツァルトのピアノ協奏曲第23番のアダージオ楽章を用いて、男女の恋愛の最終段階を描いたPDDである。八菜はルーヴェに身体を絡ませ、互いの反応を確かめながら官能性を刺激していき、ルーヴェも八菜が彼にキスしたままの状態で旋回し続ける"フライング・キス"をこなしていたが、二人の燃焼度は今一つに感じた。このPDDに取り組むには、テクニックに加え、色々な意味でのダンサーの円熟味が求められるのかも知れない。今回が初参加のマリインスキー・バレエの永久メイは、同じバレエ団のキム・キミンと組んでバランシン振付『チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ』を踊った。華麗なテクニックが満載のPDDだが、永久は繊細な腕の動きや足さばきで印象付け、キムはダイナミックなジャンプに加えて着地も見事に決めていた。端正な、エレガントな二人の演技だった。
『ル・パルク』から"解放"のPDD
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『チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ』
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第3部は、スミルノワとパリ・オペラ座バレエ団のユーゴ・マルシャンによるハンス・ファン・マーネン振付『3つのグノシエンヌ』で始まった。どこか物憂いサティの曲にのせて、マルシャンがスミルノワをリフトする姿も美しく、澄んだ抒情をたたえたデュエットが繰り広げられた。ボリショイ・バレエのマリーヤ・アレクサンドロワとヴラディスラフ・ラントラートフは、ローラン・プティがボリショイの依頼でバレエ化したチャイコフスキーのオペラ『スペードの女王』より、伯爵夫人とゲルマンのPDDを踊った。アレクサンドロワは、終始、凄みのある存在感で威圧し、ラントラートフは野心をたぎらせたゲルマンをパワフルに演じ、火花を散らすようなPDDを展開してみせた。
『3つのグノシエンヌ』
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『スペードの女王』より 伯爵夫人とゲルマンのPDD
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ハンブルク・バレエ団の看板カップル、シルヴィア・アッツォーニとアレクサンドル・リアブコは、ノイマイヤー作品ではなく、クリストファー・ウィールドン振付『マーキュリアル・マヌーヴァーズ』を踊った。ショスタコーヴィチの音楽が奏でる滑らかな旋律のままに、二人の心が紡ぎ出す端正な踊りが連綿と続き、温かみのある情緒を醸していた。今年2月末にモーリス・ベジャール・バレエ団の芸術監督を退いたジル・ロマンは、盟友ともいえる小林十市と組み、オランダのヨースト・フルーエンレイツが二人のために創作した新作『空に浮かぶクジラの影』を披露した。フルーエンレイツは仏教を研究しているそうで、「無常なる現象を永遠のものとして扱うことは、空にクジラの姿を掲げるようなもの」「私たちは鮮やかな虚構の薄暗がりに生きている」といった彼の言葉は、鑑賞の手掛かりになりそうだ。冒頭、ロマンと小林が背中合わせで挟んでいた風船は、二人が向かい合うと割れてしまい、踊りが始まる。その後も風船は暗示的に用いられ、膨らんだり、しぼんだり、割れたりと、その実体は捉えどころがない。二人は踊るというより、身振りや手振りで語るように綴っていくのだが、それぞれが実体と虚構を表しているわけでもない。実体のない虚構を追い求めるのを止めれば自由になれると示唆しているようでもあり、哲学的な広がりが感じられた。強い訴求力のあるロマンの演技と彼の感性に寄り添う小林の演技が噛み合ってこそ成り立つ作品に思えた。
『マーキュリアル・マヌーヴァーズ』
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『空に浮かぶクジラの影』
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第4部は、フェリとロベルト・ボッレによるクリストファー・ウィールドン振付『アフター・ザ・レイン』で始まった。柔らかな曲線のように身体をしなわせるフェリと、ギリシャ彫刻のような逞しい身体で支えるボッレが、静かに語り合うように綴っていくデュエットは、二人だけの秘め事のようにも見え、心に沁みた。マリインスキー・バレエのディアナ・ヴィシニョーワは、ドレスデン・バレエの芸術監督を務めるマルセロ・ゴメスと組んで、トワイラ・サープ振付『シナトラ組曲』を踊った。「マイ・ウェイ」などシナトラが歌う3曲にのせて、タキシードのゴメスと洒落たドレスのヴィシニョーワがロマンティックに愛を紡ぎ、喧嘩を始めて相手に当たり散らし、最後に仲直りするという、一組の男女の人生の異なる3つのステージを踊りつないだ。粋なステップと演技のやりとりで男女の機微を描いてみせた、正に大人の演技だった。
『アフター・ザ・レイン』
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『シナトラ組曲』
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ノイマイヤー振付『椿姫』より第1幕のPDDを踊ったのは、シュツットガルト・バレエ団のエリサ・バデネスとフリーデマン・フォーゲル。無垢な青年アルマンが高級娼婦マルグリットに愛を告白し、何度もたしなめられながら、ようやく受け入れてもらい、喜びを溢れさせるシーンである。フォーゲルがマルグリットに甘える仕草などは可愛らしく映ったが、バデネスは調子が良くなかったのか、マルグリットの心の揺れがあまり伝わってこないため、もどかしく感じた。公演の締めは恒例の『ドン・キホーテ』のPDDで、踊ったのは英国ロイヤル・バレエ団のマリアネラ・ヌニェスとワディム・ムンタギロフ。二人は、なんとも典雅にステップを踏み、ダイナミックなジャンプや鮮やかな回転技で目を奪い、高度なリフトも優雅にこなし、華やかに舞い終えた。良く見受けられる超絶技法を誇示するような踊り方ではなかったが、むしろ二人の気品のある洗練されたパフォーマンスが際立つこととなり、公演を締めるにふさわしい舞台になった。Aプロは、3回の休憩をはさみ、4時間半という長丁場の公演になったが、個性豊かなトップダンサーたちによる名演が堪能できた。
(2024年7月31日 東京文化会館)
『椿姫』より第1幕のPDD
© Kiyonori Hasegawa
『ドン・キホーテ』
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