アリーナ・コジョカル、近藤亜香などとともに韓国バレエアカデミー、新国立劇場バレエ研修所のダンサーたちが踊ったバレエ・アステラス2024

ワールドレポート/東京

関口 紘一 Text by Koichi Sekiguchi

新国立劇場

バレエ・アステラス 2024
~海外で活躍する日本人バレエダンサーを迎えて世界とつなぐ~Ballet Asteras 2024

「バレエ・アステラス」も、今回で14回目となった。国外で活動している日本人ダンサーを中心とした公演を継続して開催していくことにより、今回でいえばフインランド、ポーランド、クロアチアの国立バレエあるいはクィーンズランド・バレエといった、あまり接することのないカンパニーの舞台を見る機会を提供している。このバレエ・アステラスを契機として、私たちのバレエを観る視野がいくらかでも広がっていけば良いと思う。また、今回は恒例のバレエ学校招待として、国際的に活躍するダンサーを輩出している韓国の韓国芸術総合学校バレエアカデミーが出演した。

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「Une Promenade」撮影:鹿摩隆司

全体は2部構成だったが、第1部のオープニングは韓国芸術総合学校バレエアカデミーの『Une Promenade』。キム・ヨンゴル(元パリ・オペラ座ダンサーで韓国芸術総合学校バレエアカデミーの教師)の振付でキム・ジヨン(ゲスト出演)、チョン・ミンチョルが踊った。ジョン・クランコの『オネーギン』の出会いのシーンをモティーフにしたショパンのピアノ演奏(シン・ジェミン)による舞台。オネーギン役であろう長身で魅力的な身体を持つチョン・ミンチョルは、マリインスキー・バレエに入団が決まっているダンサーだそうだ。若さとエネルギーが溢れる踊りだったが、ちょっとナルシスト風の雰囲気も上手く表していた。彼は巧みな踊りでタチアナの心をとらえていると確信している。タチアナ役を踊ったのは、韓国国立バレエ団元プリンシパル、キム・ジヨン。経験豊かなバレリーナらしく、優しくオネーギンを包み込むようにパ・ド・ドゥを踊る。そこに予想外のハプニングが・・・。確かにオネーギンとタチアナにの出会いにこんなシーンがあったら、悲劇も起こらなかったかもしれない。会場の笑いを誘っていた。
『The Prejudice』はキム・ヨンゴル振付で、サン=サーンスの音楽にフォーキンが振付けた『瀕死の白鳥』にインスパイヤされたもの。韓国芸術総合学校バレエアカデミーを卒業したアン・セウォン(ゲスト出演)のソロ。スポットが当てられた、黒い切り裂かれたようなチュチュを着けたバレリーナがバーを持って、さまざまに不規則な動きを見せる。黒いチュチュは、叛逆や反抗といった動きの造型をイメージさせるのだろう。奇妙に身体をくねらせ、尻を突き出し脚を無理に上げるなど、黒にまつわる叛逆のスピリットを表し、最後に叫び声を上げる。バレエを白と黒、という視点から捉えようとした試みで、今日のクラシック・バレエが抱える困難な問題に迫った作品と思われる。

『海賊』第1幕より奴隷のパ・ド・ドゥ(プティパ/オルデンブルク公)を踊ったのは、フィンランド国立バレエの升本結花と有水俊介のファースト・ソリストのペア。美しいギュルナーラを奴隷商人のランディゲムが金持ちたちに披露するシーンである。ギュルナーラの升本結花はミステリアスな雰囲気の腰まである長いヴェールを纏って登場した。ランデゲムの有水俊介は俊敏な動きで舞台いっぱいに踊り、ギュルナーラの美貌を目いっぱいに売り込む。活力に満ちたランデゲムと売り物として晒されるギュルナーラの悲哀を滲ませた表現がコントラストを描いて表されていた。

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「ロミオとジュリエット」撮影:鹿摩隆司

次はデヴィッド・ドウソン振付、プロコフィエフ音楽の『ロミオとジュリエット』よりバルコニーのパ・ド・ドゥ。ドウソンといえば、新国立劇場バレエ団が2023年の「ニューイヤー・バレエ」で踊った『A Million Kisses to my Skin』の音楽と融合した流麗なステップが未だ印象に残っている。ドレスデン国立歌劇場バレエ、プリンシパルの綱木彩葉と同じカンパニーのセカンド・ソリストのジョセフ・グレイが踊った。音楽と振りが細く整って表現を作っており、同時にキャラクターの気持ちがのっていて、素晴らしい振付だった。綱木のリフトされて、初めて知った恋の嬉しさを表す表情がとりわけ可愛いらしかった。ジョセフ・グレイは終始一貫、動く音符のように音楽にのって、ピュアな愛の喜び表して好演した。

クロアチア国立劇場の『白鳥の湖』3幕のパ・ド・ドゥ(プティパ/チャイコフスキー)は、ミルナ・ミチウと吉田司門のプリンシパルのペアが踊った。細く速い動きを織り込んで踊り、独特のニュアンスがあり、ミスもあったが、小気味よい踊りだった。レオ・ムジクが振付けた『ハムレット』は、昨年、プリンシパルの鈴木里依香と住友拓也の主演によりクロアチア国立劇場で初演された。音楽はチャイコフスキー、カミーユ・サン=サーンス。王であった父を暗殺した犯人を知って、"To be, or not to be・・・という苦悩の中、狂気を装ってオフィーリアに突き放すシーン。テンポの速いかなり激しい動きで狂気と理性のせめぎ合いが表現されていた。オフィーリアの鈴木里依香は、黒いロングドレスにポワントを着け、狂気に立ち向かう健気さを表し、ハムレットの住友拓也は視線を少しずらし、仮装した狂気を表した。レオ・ムジクはベジャールのルードラで出身。東京シティ・バレエ団に『死と乙女』(2015年)を振付けている。

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「ハムレット」撮影:鹿摩隆司

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「ラプソディ」撮影:鹿摩隆司

『ラプソディ』よりパ・ド・ドゥ(アシュトン/ラフマニノフ)はアリーナ・コジョカル(ハンブルク・バレエ ゲストダンサー)と吉山シャール ルイ(チューリッヒ・バレエ ファースト・ソリスト)が踊った。アリーナ・コジョカルはブカレスト出身だが、キーウでバレエを始め、ロイヤル・バレエ学校に入学したが、再びキーウ・バレエ団に戻りプリンシパルとして踊った。さらに英国ロイヤル・バレエ団に移るのだが、いろいろな局面で難しい判断に迫られるなど苦労を重ねて、ロイヤル・バレエの大スターとなった。そうしたコジョカルの体験とロシア革命後に故国から離れたラフマニノフの音楽は、どこかで魂が響き合っているのではないか、と感じさせるような見事な踊りだった。コジョカルは舞台に立っただけで、その脱力した身体が、『ラプソディ』の奏でる美しい情感を指先にまで表して、観客の胸に伝えてきた。
第一部のラストは柴山紗帆と井澤 駿の『眠れる森の美女』第3幕のパ・ド・ドゥ(イーグリング/チャイコフスキー)。格調高く美しいメロディーとともに踊られた素晴らしいパ・ド・ドゥだった。

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「Conrazoncorazon」撮影:鹿摩隆司

第2部は、<世界中で引っ張りだこ>と言うスペインの人気振付家カィェターノ・ソトが、2021年新国立劇場バレエ研修所が日本初演した『Comrazoncorazon』(スペイン語の「理性」と「心」を掛けた造語)で開幕。乗馬帽を被り、ブルーグレイのトップにはネクタイのように同じ色のリボン。ショートパンツに黒いロングブーツのようなソックス。11人(男性5人、女性6人)のダンサーが同じ衣裳で、古いポピュラー・ミュージックなどをアフロビートを混じえてコラージュした音源に合わせてリズミカルに踊る。(音楽家は特に記載されていない) ソト振付独特の自由で解放的な一体感のあるカッコいい動きが、自在に展開し、テンポの速いフォーメーションも斬新で魅力的。何よりダンサーが溌剌として踊る喜びを発散しているところがいい。これが感覚的な一過性としてではなく、21世紀の新たな作品として結実することを願う。
続いて『ライモンダ』第3幕より、ジャン・ド・ブリエンヌのヴァリエーションを韓国芸術総合学校バレエアカデミーのイ・カンウォンが踊った。

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「コッペリア」撮影:鹿摩隆司

『コッペリア』第3幕のパ・ド・ドゥ(サン=レオン/ドリーブ)はポズナン歌劇場バレエのソリスト、玉井千乃とポーランド国立歌劇場バレエのファースト・ソリスト、北井僚太が踊った。『コッペリア』は1870年にパリ・オペラ座で初演されたが、そのサン=レオンの振付を尊重する素朴で愛らしい丁寧な踊りだった。人形に惑わされながら、めでたく結ばれたスワニルダとフランツの結婚式のパ・ド・ドゥである。衣裳も民族風の雰囲気を表したもので、オリジナルに敬意を込めて踊られた好感の持てる舞台だった。

クィーンズランド・バレ・バレエはリアム・スカーレットの『デンジャラス・リエゾンズ』第2幕より寝室のパ・ド・ドゥ。プリンシパルの吉田合々香とチューリッヒ・バレエのソリストで元このカンパニーのプリンシパルだったジョール・ウォールナーが踊った。原作は18世紀フランスの書簡小説として知られるラクロの『危険な関係』。作為的に仕掛けた愛の遊戯が次第に情感が心に届いていく様をサン=サーンスの曲にのせて描く。吉田合々香の見事な無垢の官能表現に惹き込まれるように、髭を蓄えたジョール・ウォールナーの感情が滲み出てくる。スカーレットの巧みな心象描写が光った。

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「デンジャラス・リエゾンズ」撮影:鹿摩隆司

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「チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ」撮影:鹿摩隆司

オーストラリア・バレエのプリンシパル、近藤亜香と中国出身のプリンシパルのチェンウ・グオが『チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ』(バランシン/チャイコフスキー)を踊った。舞台空間全体に大きくラインを描き闊達にのびのびと踊った。近藤亜香のおおらかな踊りと、グオの小柄ながらエネルギッシュな踊りが調和した大きなラインが印象に残った舞台だった。
最後の演目は『マノン』第1幕より寝室のパ・ド・ドゥ(マクミラン/マスネ)。アリーナ・コジョカルと吉山シャール ルイが踊った。コジョカルはムッシュー G.Mの金銭の呪縛から解放され、デ・グリューと二人きりになれた喜びを身体の隅々の動きに合わせて表す。真面目なデ・グリューも控えめながら幸せなひと時を味わう。しかし、この一時的な幸福は将来の悲劇の兆しを孕んでいた。マノンがデ・グリューの手から奪って軽く投げた羽根ペンのゆらゆらと床に落ちる様子が、二人の未来の悲惨な終焉を暗示していたのかもしれない。
フィナーレは『バレエの情景』の音楽とともに出演ダンサー全員が観客との別れを惜しんだ。
(2024年8月3日 新国立劇場 オペラパレス)

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「マノン」撮影:鹿摩隆司

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