多彩なジャンルのダンスと融合して進化を続けるスペイン舞踊、アントニオ・ナハーロ舞踊団 初来日公演
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ワールドレポート/東京
香月 圭 text by Kei Kazuki
アントニオ・ナハーロ舞踊団
Aプログラム:ALENTO『アレント』Bプログラム:QURENCIA『ケレンシア』アントニオ・ナハーロ:振付
フィギュアスケートの振付や昨年のディズニー100周年記念映画『ウィッシュ』の冒頭のダンス・シーンの振付など、幅広い分野で活動するアントニオ・ナハーロ。スペイン国立バレエ団の芸術監督を退任した後、自身の名を冠した舞踊団を率いて初めての日本公演を行った。
Aプログラムの『アレント』は全8曲で構成されていた。
1曲目の「ORIGEN 源」は、男性群舞の力強い靴音と手拍子で始まり、スペイン舞踊の世界に一瞬で引き込まれる。光沢のあるピンク色のロングドレスをまとった女性ダンサーたちのしなやかな踊りも加わると、舞台がパッと華やぐ。ペアになった男女が強い視線を交わし合う様も絵になる。衣裳のデザインを担当したのは、「オテイサ」というマドリッド発の新進ファッション・ブランド。このパートでの男性の衣装は立襟のブラック・スーツで、ピンク色のラインがアクセントに入っており、女性のドレスとリンクさせている。ファッションに興味があり、本作の衣装も手掛けたナハーロのこだわりが感じられる。
『アレント』の音楽を作曲したフェルナンド・エゴスクエ(ギター)とミュージシャンたち©Yuki Omori
『アレント』より「ORIGEN 源」©Yuki Omori
2曲目「LUZ 光」はソリストの男女(エタン・ソリアーノ、セリア・ニャクレ)による、コンテンポラリー・スタイルの甘美なパ・ド・ドゥだった。後半、音楽が盛り上がっていくにつれて、男性が靴音を鳴らして気持ちの高まりを表現するサパティアードが、スペイン舞踊らしいリズム感に満ちた舞台を現出した。
3曲目「ANIMAS 魂」は後ろの裾が尻尾のように長く引くタイプのフラメンコ衣裳(バタ・デ・コーラ)をまとった女性たちによる群舞。足を後ろに蹴り上げると、フリルの長い裾が華麗に翻る。裾が取り外されると、女性たちはしがらみから解放されたように下半身の動きも軽快になった。
『アレント』より「LUZ 光」エタン・ソリアーノ、セリア・ニャクレ©Yuki Omori
『アレント』より「ANIMAS 魂」©Yuki Omori
4曲目「ACECHO 待ち伏せ」は、男性たちによるタップダンス・ミュージカルのようなナンバー。『ウエスト・サイド・ストーリー』のように、夜の街を仲間と徘徊しながらライバルの相手を待ち伏せる若者たちの姿が描かれているかのようだ。
5曲目「SER あるがままに」はバタ・デ・コーラの女性のソロ(セリア・ニャクレ)で、時にカスタネットを掻き鳴らしながら、雄弁な腕の動きを交えて心の叫びを語る。後半はバタ・デ・コーラ付きのロング・ジレとカスタネットを外し、表情も晴れやかになり、伸びやかな舞となる。ニャクレはポーズの美しさ、テクニックの正確さに加えて、現代的な軽やかさも合わせ持つ。
『アレント』より「ACECHO 待ち伏せ」©Yuki Omori
『アレント』より「SER あるがままに」セリア・ニャクレ©Yuki Omori
6曲目の「INSTINTO 本能」は、新ヴァージョンで追加されたナンバー。男たちがマントを巧みに操り、広い舞台空間に赤いマントが翻る様は、闘牛士のイメージと重なり、「これぞスペイン!」と思わせるパフォーマンスだった。
コンテンポラリーダンスとスペイン舞踊が融合したような7曲目の男性のソロ「LIBRE 自由」は、文字通り、ナハーロの真骨頂というべきフリースタイルの踊りだった。ソリストのダニエル・ラモスは、闘牛士のような仕草、スペイン舞踊らしい腕や手先の生き生きした動き、タップダンスのような足踏み、バレエ・ダンサーのような高い跳躍や回転を交えながら舞台を縦横に駆け回り、心から舞踊を楽しんでいる自由闊達さが伺えた。
最後のナンバー「ALENTO」では、ダンサー全員が椅子に腰かけ、カスタネットと靴音をリズミカルに響かせながらの大団円の豪華なフィナーレとなった。
『アレント』より「INSTINTO 本能」©Yuki Omori
『アレント』より「LIBRE 自由」ダニエル・ラモス©Yuki Omori
アントニオ・ナハーロ振付の『アレント』は、2015年にスペイン国立バレエ団で初演され、その後の来日公演でも上演されている。スタイルの異なるスペイン舞踊とバレエやコンテンポラリーダンスなど他ジャンルの舞踊が融合した、ナハーロが言うところの「ダンサ・エスティリサーダ」である。アントニオ・ナハーロ舞踊団による改訂版は、コロナ禍の2020年、グラナダの国際音楽舞踊祭で初演された。これまで使用されてきたオーケストラの録音音源に代わって、作曲したフェルナンド・エゴスクエがギターを担当し、ほかにピアノ(ラウラ・ペドレイラ)、ヴァイオリン(トマス・ポティロン)、コントラバス(ミゲル・ロドリガニェス)、ドラム(ピエル・ブルエラ)の合計5名のミュージシャンが舞台で演奏するスタイルに置き換わった。彼らだけのパフォーマンス・タイムもあって、観客は息の合った素晴らしいライヴ演奏を堪能した。ダンサーたちが音楽に乗って軽快に踊り、ミュージシャン達もダンサーの反応に刺激されて、演奏はさらにエキサイトしていくといった、ライブならではの盛り上がりが圧感だった。日本公演に参加したダンサーは12名で、スペイン国立バレエ団のダンサーが勢揃いするヴァージョンよりコンパクトになった。
『ケレンシア』より「情景4」セリア・ニャクレ、ダニエル・ラモス、©Yuki Omori
『ケレンシア』より「情景6」©Yuki Omori
Bプログラムの『ケレンシア』は、スペイン語で「故郷への愛着、(動物の)帰巣本能」という意味。ナハーロは、多彩なスペイン舞踊の原点に立ち返り、その魅力を11の情景として構成し、モダンな衣裳や照明、洗練された振付で伝えている。初演は2022年マドリッド。衣裳はヤイサ・ピニージョス。照明を受けて輝く、金と黒で彩られた重厚で豪華な色使いが印象的だった。最大の見どころは、2012年にユネスコの歴史遺産・文化遺産にも登録された、「エスクエラ・ボレーラ」と呼ばれるスペインの古典舞踊だろう。ボレーラは17世紀にイタリアやフランスの宮廷舞踊の影響を受けて生まれ、スペインの民族舞踊と融合して発達した。カスタネットでリズムを取りながら踊るので、さらに難易度が増す。「情景4」では、ソリストのセリア・ニャクレとダニエル・ラモスが鮮やかな足さばきでエスクエラ・ボレーラのパ・ド・ドゥを披露した。ピルエットやシェネといった回転技、グラン・ジュテやアントルシャといった跳躍技など、バレエのテクニックが現存しているのが、興味深い。ロマンティック・バレエの時代にタリオーニのライバルだったエルスラーもエスクエラ・ボレーラの名手だった。彼女が人気を博したのは、ジャン・コラーリ振付『足の悪い悪魔』(1836年)のボレーラ舞踊「カチューチャ」である。
『ケレンシア』より「情景9」アレハンドラ・デ・カステロ、アルバロ・マドリード、アレハンドロ・ララ©Yuki Omori
『ケレンシア』より「情景10」ダニエル・ラモス、©Yuki Omori
『ケレンシア』にはスペイン舞踊の歴史と多様性が伺える。サパティアードとパルマ(手拍子)でリズムを刻みながら、艶やかに情熱的に踊られるフラメンコ、白いドレスを着た女性たちが、マントンとよばれるカラフルな大判ショールを華麗に振り回す踊りや、マントやつば広帽子といったスペイン舞踊ならではの小道具を手にした伊達男たちの踊り、カスタネットを手に踊られる、素朴な味わいの残る民族舞踊、そしてスペインの聖週間を想起させる、黒装束の女性と男性従者二人による強い悲しみを表現した踊りなどが繰り広げられた。これらの舞踊はナハーロが得意とする現代的な振付が加味されている。独自の個性を放つ「情景10」の男性ソロ(ダニエル・ラモス)のコンテンポラリーダンスに至っては、ナハーロの革新的な舞踊観に基づいた、現代スペイン舞踊のひとつの到達点が伺える。
ソリストとして大活躍したラモスは、スペイン国立バレエのダンサーとして、小松原庸子スペイン舞踊団や、へレスのフェスティバルで小島章司作品の舞台にも立っている。彼だけでなく、ナハーロ舞踊団のメンバーは全員、クラシック・バレエの素養の上にスペイン舞踊の技術が積み重なっている、と感じた。
世界各地の音楽や多彩なジャンルのダンスと融合して進化を続けるナハーロの舞踊スタイルは、現在のグローバル時代を象徴するものかもしれない。スペイン舞踊の奥深い世界にさらに分け入ってみたい、と思わせる舞台だった。
『ケレンシア』終演後、舞台で挨拶するアントニオ・ナハーロ©Yuki Omori
アントニオ・ナハーロは1975年マドリードに生まれた。王立マリエンマ舞踊学院でクラシック・バレエとスペイン舞踊(エスクエラ・ボレーラ、クラシコ・エスパニョール、民族舞踊、フラメンコ)、コンテンポラリーダンスを学び、優秀な成績で卒業。15歳のときにプロのダンサーとしてデビュー。1997年、スペイン国立バレエ団に入団。2002年、プリンシパルに昇進するとともに、自身の舞踊団を旗揚げし、『タンゴ・フラメンコ』『セビリア組曲』などの話題作を発表していく。2002年ソルトレイクシティ冬季五輪でマリア・アニシナ&グウェン・ペーゼラのアイスダンス・ペアに振付けた『フラメンコ/タンゴ』は金メダルを獲得した。ステファン・ランビエールのための『ポエタ』や、ハビエル・エルナンデスに振付けた『マラゲーニャ』の振付でも広く知られている。2011年~2019年には、スペイン国立バレエ団の芸術監督を務め、3回の来日公演を行った。2020年より自身の舞踊団の活動を再開させ、世界各地でツアーを行っている。今年1月、2023年度スペイン文化省による芸術功労名誉章を受章し、名実ともに現代スペイン舞踊を代表する存在となっている。
(2024年7月6日 渋谷区総合文化センター大和田 さくらホール)
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