秋山瑛のジュリエット、大塚卓のロミオ、宮川新大のマキューシオが表情豊かに踊り、見事にドラマに集約された、東京バレエ団『ロミオとジュリエット』

ワールドレポート/東京

佐々木 三重子 Text by Mieko Sasaki

東京バレエ団

『ロミオとジュリエット』ジョン・クランコ:振付

東京バレエ団が、シュツットガルト・バレエ団の創設者で、物語バレエの巨匠とうたわれるジョン・クランコの傑作『ロミオとジュリエット』を再演した。2022年に、日本のバレエ団として初めて上演したばかりだが、シェイクスピアの戯曲を基に、言葉を話すように踊りで演じるダンサーたちが、それぞれの心の動きを手に取るように伝え、真に迫るドラマティックな舞台を現前させたことが高い評価を受け、今回の再演につながったのだろう。主役の二人は沖香菜子&柄本弾、秋山瑛&大塚卓、足立真里亜&池本祥真のトリプル・キャスト。大塚以外は皆、初演で踊っている。前回は沖&柄本ペアで観たので、今回は、躍進目覚ましい秋山と、ロミオ役に初めて挑んだ大塚が組んだ日を観た。

プロコフィエフの音楽を用いた『ロミオとジュリエット』のバレエでは、1940年にレオニード・ラヴロフスキーがレニングラード(現サンクトペテルブルク)のバレエ団に振付けた版が基盤とされている。クランコは1950年にこれがロンドンで上演されたのを観て触発されたという。クランコ自身は、1958年にミラノ・スカラ座バレエ団の依頼でこの作品の振付けを手掛けたが、この時は野外劇場での公演だった。そこで、彼はシュツットガルト・バレエ団の芸術監督に就任した翌年の1962年に、『ロミオとジュリエット』を劇場版として完全な形で初演した。クランコが世界的評価を確立するきっかけになった作品であり、高度なテクニックが散りばめられた踊りや劇的効果を高めるような演出は、後のケネス・マクミランやジョン・ノイマイヤーらに影響を与えたと言われている。なお、シェイクスピアの原作では、ロミオは毒薬を飲んで死ぬが、クランコ版ではロミオもジュリエットも短剣で自らを刺して命を絶つ形にしている。また、クランコ版ではユルゲン・ローゼによる効果的な舞台装置も特筆される。後方に二層のアーチを設け、その手前と後ろ側、上と下を上手く使い分けることにより、異なる状況を提示し、速やかな場面転換を可能にした。ヴェローナの市場の橋梁を表していたのが、キャピュレット家の舞踏会場の回廊やジュリエットの部屋のバルコニーに変わり、最後は地下の納骨堂として使われている。

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撮影:松橋晶子

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撮影:松橋晶子

第1幕は、明け方、モンタギュー家のロミオ(大塚卓)が憧れのロザリンド(三雲友里加)に愛の告白をする場面で始まり、続いて活気に満ちたヴェローナの市場の賑わいが描かれた。慌ただしく行き来する人々や物売り、悪戯な子どもたち、夫をめぐるジプシーの女と妻の争いなど、あちこちで小さなドラマが息づいていた。ロミオは、マキューシオ(宮川新大)とベンヴォーリオ(樋口祐輝)とジプシーの女たちとふざけあうなど、ここではヤンチャな若者という感じで描かれていた。ふとしたことから敵対するキャピュレット家とモンタギュー家の者同士の争いが始まり、死者も出る騒ぎになるが、ヴェローナの大公の警告により、両家は敵意を抱きながらも和解に応じた。場面はジュリエットの次の間に一転。ジュリエット(秋山瑛)は勢いよく跳びまわったり、乳母(菊池彩美)におぶさったりと、元気で無邪気な少女そのもの。母親から舞踏服を渡され、翌日、フィアンセを紹介されると聞いて、もう少女ではないのだと自覚する。

キャピュレット家の舞踏会に潜り込もうとするロミオとマキューシオとベンヴォーリオの仲良しトリオは、独特な身体の振りを交えて高度なジャンプを繰り返すなど、エネルギーを発散させるように踊ったが、ここでもマキューシオの宮川がリード役のようで、他の二人を引き込むように踊りを盛り立てていた。三人は仮面をつけて舞踏会に入り込む。舞踏会では厳かな"クッション・ダンス"なども見ものだが、ジュリエットの秋山が婚約者のパリス(生方隆之介)に紹介され、はにかみながら一緒に踊る姿がいかにも初々しく映った。最初のうちはロザリンドばかり追っていたロミオだが、ジュリエットと目が合うと、たちまち彼女に心を奪われてしまう。ジュリエットもロミオに惹きつけられてしまい、互いに近づいてしまうのを抑えられず、群舞の中にいても二人は危ういやりとりを繰り返した。それだけに、人目を忍んでの二人だけのデュエットには爽快感があった。ティボルト(安村圭太)がロミオに気付いたと悟ると、マキューシオの宮川は豪快なジャンプやおどけた動作で人々の注意を引き付け、ベンヴォーリオの樋口も続けて爽快に踊りまわり、ロミオを窮地から救った。キャピュレット公(木村和夫)は、もてなしの慣習に従ってティボルトを説得し、ロミオを受け入れた。第1幕の最後は恋人たちによる"バルコニーのパ・ド・ドゥ"。クランコ版では、バルコニーに階段がついていないので、ロミオがジュリエットを抱えて庭に下ろし、別れる時は彼女を抱えて上に戻すことになる。ロミオの大塚が恭しくジュリエットの秋山を抱き下ろすと、二人は抑えていた情熱をほとばしらせるように流麗に踊った。大塚が秋山の身体を何度もリフトし、空中で回転させるようにして受け止めれば、秋山はしなやかに身を任せることで喜びを伝え、互いの愛を確かめ合った。大塚は秋山を抱き上げてバルコニーに戻すと、縁に手をかけて、ぶら下がったまま秋山に別れのキスをした。美しく、忘れ難い"懸垂キス"だった。

第2幕の幕開きは市場のカーニバル。派手な衣装のカーニバルのダンサーたちによるアクロバティックな演技が見ものだった。ロミオはジュリエットの手紙で僧ローレンスの礼拝堂に行き、彼女と密かに結婚する。広場に戻ったロミオの大塚は、ジュリエットとの結婚で夢心地だが、浮ついたところはなく、一途な青年に成長していた。ティボルトに執拗に絡まれても、決闘を仕掛けられても、やんわり退けたが、マキューシオがこれを受ける形で戦いが始まった。ロミオが必死に止めようとするうち、マキューシオは隙をついてティボルトに刺されてしまう。マキューシオの宮川は痛みを隠して立ち上がり、笑みを浮かべて平気な振りをしてみせるが、ロミオに抱かれるようにして崩れた。死ぬ間際に、宮川が不甲斐なさをなじるような眼差しをロミオに向け、無念の思いを訴える様が胸を突いた。ロミオは怒りと悲しみのあまり自制心を失い、ティボルトに戦いを挑み、殺してしまう。恨みは晴らしたものの、絶望感に襲われるロミオの姿は何とも痛ましく、救いようがない。第2幕での浮き沈みの激しいロミオの心情を、大塚はリアルに伝わるように演じていた。知らせを受けて駆けつけたキャピュレット夫人(奈良春夏)は髪を振り乱してティボルトにすがりつき、ドレスの前をはだけて嘆きを露わにし、ティボルトに覆いかぶさるようにして遺体を運ぶ台に乗ったが、この演出にはやはり違和感が残った。

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撮影:松橋晶子

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撮影:松橋晶子

第3幕は、秋山と大塚によるジュリエットの寝室での"別れのパ・ド・ドゥ"で始まった。愛する喜びを分かち合った後だけに、ロミオが眠っているジュリエットの髪をやさしくなでる様や、救いようもなく抱き合う様、旅立とうとするロミオをジュリエットが必死に引き留める姿などに、互いを思い遣り、いとおしむ心が響き合い、美しくも狂おしいデュエットになった。
ジュリエットは、パリスとの結婚を強いる両親に激しく抵抗するが、僧ローレンスから仮死状態になる薬をもらって戻ると、両親に結婚を承諾すると告げて従順に振る舞ってみせるものの、パリスがひざまずいてジュリエットのスカートに触れようとすると、拒むように退くなど、屈折した胸の内を繊細に表現した。同時に、依存から自立へと成長した一面ものぞかせていた。そんなジュリエットの態度に戸惑い、傷つくパリスの心のうちを、生方もうまく伝えていた。ジュリエットは全身を震わせて薬に怯えもしたが、ロミオへの愛のためと覚悟して呑み干し、ロミオと過ごしたベッドに這い上がって倒れた。
真相を知らされていないロミオは、仮死状態のまま埋葬されたジュリエットの納骨堂に駆けつけた。明らかに傍らで死ぬことしか考えておらず、悲嘆にくれるパリスを見つけると即座に殺してしまう。動かないジュリエットを思い切り抱きしめて慈しむロミオの姿は何とも痛ましい。ロミオは潔く自身の短剣で胸を刺し、彼女の傍らで息絶えた。目覚めたジュリエットはロミオを見つけて喜ぶが、死んでいると知り驚愕する。パリスが死んでいるのを見つけ、さらに絶望感にとらわれたジュリエットは、パリスの短剣でロミオの後を追うように自刃し、ロミオに覆いかぶさるようにして息絶えた。
キャピュレット家とモンタギュー家という敵対する家同士の争いを背景に、純粋に愛し合い、燃え尽きた恋人たちの最期は、静かな哀しみに満ちていて感動を誘った。前回も感じたことだが、主役の二人をはじめ、脇役やコール・ド・バレエのダンサーに至るまで、皆がそれぞれ表情豊かに踊り演じており、それがドラマとして見事に集約されていくのに目を見張った。今回は2年振りの再演ということで、舞台の精度は一段と高まったようだ。
ところで、東京バレエ団は、2010年にクランコ版の『オネーギン』を上演している。斎藤友佳理・芸術監督は、『ロミオとジュリエット』を通してロミオやジュリエットを踊ったダンサーたちの成長を図り、将来的には『オネーギン』で、より円熟した演技が求められるオネーギンやタチヤーナを演じられるように持っていきたいという。時間をかけての計画だが、実現されるその時を期待して待ちたい。
(2024年5月25日 東京文化会館)

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撮影:松橋晶子

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