アントニオ・ナハーロ インタビュー「私自身の舞踊団と来日できるのは、夢のようです」

ワールドレポート/東京

香月 圭 text by Kei Kazuki

スペイン舞踊の伝統を踏まえた鋭い現代感覚により、華やかにショーアップされた舞台を創って観客を魅了する振付家アントニオ・ナハーロが、7月に自身の舞踊団による初来日公演を行う。2002年に立ち上げたナハーロの舞踊団は、彼がスペイン国立バレエ団芸術監督を務めた(2011年~2019年)休止期間を経て、本格的に活動を再開した。スペイン国立バレエで2015年に初演され、来日公演で上演されるリニューアルされた『ALENTO』(アレント)と新作『QUERENCIA』(ケレンシア)について、また、スペイン舞踊に目覚めたきっかけ、母校のマリエンマ王立舞踊院、そして様々な分野に及ぶ舞台活動などについて語ってもらった。


――『アレント』の音楽は、今回、小編成のミュージシャンが舞台上でライブ演奏するスタイルになっていますね。

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Antonio Najarro © Javier Naval

ナハーロ スペイン国立バレエ団で上演した『アレント』は、私にとっては完全版ではないという認識でした。そこで、私のプライベート・カンパニーではフル・バージョンを上演しようと決めました。『アレント』の音楽を作曲したフェルナンド・エゴスクエには、ギター、ピアノ、コントラバス、ヴァイオリン、ドラムの5つの楽器用に編曲してもらいました。従来のスペイン国立バレエ版の『ALENTO』の音楽はオーケストラ演奏でしたが、今回の音楽はリズムとアクセントが強調されて、より強い印象が残るアレンジとなり、気に入っています。

――作曲・ギタリストのフェルナンド・エゴスクエさんとは長い付き合いですね。

ナハーロ スペイン国立バレエ団を監督する以前の2000年に、個人の舞踊団を立ち上げた時から、彼らと一緒に仕事をしています。 アルゼンチン・タンゴとフラメンコが融合した第一作目の『タンゴ・フラメンコ』では、フェルナンド・エゴスクエに音楽を作曲してもらいました。また、彼らには舞台で演奏もしてもらいました。『タンゴ・フラメンコ』は、世界中で大成功でしたので、『アレント』のツアーにも、もう一度彼らを連れて行きたいと思いました。彼らの音楽はとても素晴らしいのです。今回の新演出版では、彼らだけが舞台で演奏する曲が2つあり、音楽がお好きなお客様にも楽しんでいただけると思います。彼らが演奏している姿は、まるで踊っているように見えて、生き生きとしています。
私は世界中のさまざまな音楽とダンスを組み合わせるのが大好きです。これまで、アルゼンチン・タンゴやオリエンタルの音楽、ジャズ、ブルース、ソウルなどアメリカの音楽に合わせてスペイン舞踊の振付を試みてきました。『アレント』は、これらすべてのジャンルの音楽が融合しています。

――あなたの舞踊作品が先進的と言われる秘密はどんな点にありますか。

ナハーロ 私たちが生きる現代社会の息吹をファッション、音楽などと共に、革命的なスペイン舞踊の振付を通してお見せしたいのです。私はファッションも好きで、衣装のラインの優美さにも惹かれます。 私は自分のクリエーションに対して非常にオープンなマインドを持っており、創作するときのルールはありません。モダンでファッショナブルな衣装と新しい音楽、コンテンポラリーな振付で構成された最先端のスペイン舞踊を楽しんでいただけると思います。

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ALENTO © JESUS VALLINAS

――『アレント』では、スペイン舞踊の難易度の高いテクニックを軽々と踊りこなすダンサーたちの身体能力の高さが際立っていました。

ナハーロ 最高のスペイン舞踊ダンサーの一員でなければ『アレント』を踊りこなすことは不可能です。フラメンコが上手いだけではなく、カスタネットの演奏も同時に上手くこなさないといけないからです。また、クラシック・バレエのテクニックも身についている必要があります。私は脚の位置が正確かどうかを重視し、ピルエットなどのバレエのテクニックにも熱心に取り組んでいます。この振付は非常に難しいため、完璧に踊れるダンサーはほとんどいないと言っていいくらいです。

――ダンサーたちに、より難易度の高い振付に挑戦してもらうことはよくあるのでしょうか。

ナハーロ  はい(笑)。私たちは日々、技術を磨き、すべて調和した美しい動きになるまで練習しています。ダンサーから「もうこれ以上は無理です...」と言われると、彼らに「もっとできる!」と教えてあげたいのです。できなかったことができるようになると、彼らは実に満足気な表情を浮かべます。ダンサーたちは、これらすべての苦労を経験して舞台に立ちます。彼らはテクニックの難しさを忘れ、練習中に最悪だった頃も忘れて、表現の世界に入っていきます。ダンスの表現には美しさがあり、だからこそ、彼らは美を表現することを幸せに思うのです。彼らがステージに立っているのを見届ける、この瞬間は格別です。

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ALENTO © JESUS VALLINAS

―― 『ケレンシア』では、エスクエラ・ボレーラという古典舞踊に感銘を受けました。女性ダンサーは短めのスカートとバレエシューズを履き、カスタネットを鳴らしながらクラシック・バレエの影響も感じられるダンスを踊っています。美しい踊りですが、とても難しそうです。このダンスについて教えてください。

ナハーロ 『ケレンシア』におけるエスクエラ・ボレーラは、 冒頭で、10人のダンサーが踊るナンバーと、男女2人のダンサーによるパ・ド・ドゥのナンバーがあります。とても難しい踊りで、カスタネットの演奏とピルエット、フェッテ、ジャンプなどのバレエの動きをミックスしました。ロシアのボリショイ劇場でこの作品を上演したとき、プリンシパル・ダンサーたちは「クラシック・バレエのような動きと同時にカスタネットも演奏しているなんて、信じられない! どうしたら、彼らのように踊れるのだろう」と感動して泣いていました。

――ダンサーだった頃、アントニオ・ガデスやホセ・アントニオをはじめとする様々な振付家の作品を踊ってこられましたが、それらの経験からどんなことを学びましたか。

ナハーロ 振付家にはそれぞれ、さまざまな個性があります。創作のスタイルやステップの振付など、人によって作風がまったく異なります。アントニオ・ガデスの作品は、『カルメン』などで見られるように、ダンスによって紡がれた演劇作品のようなものだと言えるでしょう。一方、ホセ・アントニオの作品はガデスとは全く逆で、ダンサーたちがひたすら踊り続けます。私の目標は、彼らの影響から脱却して自分自身の舞踊スタイルを確立することでした。そこで、彼らと一緒に踊っているときに、彼らがどのように振付し、ダンサーとどのように接するかを観察しました。実を言うと、彼らのダンサーたちへの接し方については疑問を感じるところがありました。最終的には、彼らの長所を取り入れて、自分の舞踊スタイルを作り上げたのです。

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QUERENCIAよりエスクエラ・ボレーラのシーン © EDUARDO LOPEZ

―― スペイン舞踊に興味を持ったきっかけを教えてください。

ナハーロ 私の家族はスペイン南部のマラガ出身です。6歳のときに一週間ほどその街に滞在したときにフェリア(祭り)に参加しました。人々は皆、きれいなフラメンコの衣装をまとって通りに繰り出し、ギターやパーカッションの伴奏に合わせて皆いっせいに歌い、セビジャーナス(セビリア周辺地域の民謡や踊り)やマラゲーニャ(マラガ周辺地域の民謡や踊り)を踊ります。私はとても引っ込み思案な子どもで、他人の目を見られないほどでした。ところが、フェリアで人々が楽しげに踊っている様子を見て、私は通りで踊り出したのです。そのとき、えも言われぬ自由を感じたことを覚えています。7歳のときにスペイン舞踊のステップを習ってからは、街で踊っていました。8歳のときには、踊りに夢中になっていました。その頃には引っ込み思案ではなくなっていて、通りで踊っていると皆の注目の的でした。そこで、両親は、私の内気な性格を克服するにはダンスを習うのがいいだろうと判断し、私をあるダンス・スクールに入れたのです。その後、マドリッドのマリエンマ王立舞踊院を卒業しました。男性ダンサーの親の多くは、自分の息子がダンスを踊ることを好まなかったという話をよく聞くので、私はラッキーでした。

――ご両親はダンス関連のご職業に就いていますか。

ナハーロ いいえ、ダンサーになったのは私だけです。

――昨年、ローザンヌ国際バレエコンクールで、あなたの母校の後輩のミヤン・デ・ベニートが第1位となりました。この学校では、スペイン舞踊やバレエ、コンテンポラリー・ダンスなどあらゆる種類のダンスを学べるそうですね。この学校での経験は役に立っていますか。

ナハーロ ええ、もちろん。このマリエンマ王立舞踊院は、世界最高峰の舞踊学校です。とても良い先生方がいらっしゃいます。この学校ではバレエから始まり、古典舞踊、フラメンコ、民族舞踊などあらゆる種類のダンスの基礎レッスンが6時間ほどみっちり行われます。その後、学校から招かれた著名な振付家と共に作品を創ります。外部から来られた振付家からは新しい動きも学ぶことができ、プロを目指す学生にとっては貴重な機会になっています。

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QUERENCIA

――フィギュアスケートやアーティスティックスイミング、最近ではディズニー映画『ウィッシュ』など幅広い分野で振付を提供していらっしゃいますが、現在はどんなプロジェクトに携わっていらっしゃいますか。

ナハーロ フランスのトゥールーズ・キャピトル・バレエの "TOILES ÉTOILES Picasso et la danse" が6月に再演されるため、現地にて総仕上げを行っています(注:このインタビューは6月初旬に行われた)。2022年2月に初演されたこの作品は、ピカソが手がけたバレエ・リュスの3つの舞台幕からから想を得て、3人の現代の振付家が創作したものです。『牧神の午後』(ヒップホップ〈ホンジ・ワンとセバスチャン・ラミレス〉)、『青汽車』(コンテンポラリー・バレエ〈カィェターノ・ソト〉)、そして私が担当したのは1921年の『クアドロ・フラメンコ] 』の幕で、『タブラオ』という題名です。ロシアのペルミ出身のエトワール、ナタリア・ド・フロベルヴィルをはじめ、バレエ団のダンサーたちに大変難しい振付を施しましたが、彼らは稽古を楽しんでいます。

――来日公演を楽しみにしている日本のお客様にメッセージをお願いします。

ナハーロ  これまで15回くらい来日したでしょうか。最初はスペイン国立バレエのダンサーとして、その後、プリンシパル・ダンサーとなってからも日本の舞台を踏みました。そして、スペイン国立バレエ団の芸術監督となり、再び日本を訪れました。アイスショーの仕事でもハビエル・フェルナンデス、荒川静香、安藤美姫などと共に仕事をする機会に恵まれました。そして今回、私のアイデアを私独自の舞踊言語で表現してくれる、私自身の舞踊団と来日できるのは、夢のようです。ダンサーやミュージシャン、技術スタッフも来日を楽しみにしています。日本の方々には、私のダンスのビジョンを堪能していただけると確信しています。

アントニオ・ナハーロ舞踊団

https://miy-com.co.jp/najarro_company/
7月5日~7月7日 渋谷区総合文化センター大和田 さくらホール
演目『ALENTO』(アレント)、『QUERENCIA』(ケレンシア)

7月9日 小田原三の丸ホール
演目『QUERENCIA』(ケレンシア) 

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