バレエ『セントルイス・ブルース』、堀内元のリードにより日本とアメリカのアーティストたちが力を合わせて創った唯一無二の舞台

ワールドレポート/東京

関口 紘一 Text by Koichi Sekiguchi

堀内元 BALLET FUTURE 2024
~バレエ『セントルイス・ブルース』by セントルイス・バレエ&フレンズ~

バレエ『セントルイス・ブルース』堀内元:振付ほか

周知のように堀内元は2000年にセトルイス・バレエの芸術家督に就任している。そして2010年に兵庫県立芸術文化センターで「堀内元 バレエ USA」を開催して以来、日本とアメリカのバレエ、さらにバレエを通したジャズやミュージカルなどの舞台芸術との交流に心をくだいてきており、夏になると日本で公演やセミナーを行なってきた。さらに昨年から「堀内元セントルイス・バレエ プロフェッショナル・トレーニング・プログラム・イン・東京」という企画を立ち上げた。これはオーディションにより選ばれたダンサーがセントルイス・バレエの団員とともに練習し、現地公演に参加する、というプロフェッショナルのダンサーの育成を目的とするもの。今回公演はそのプログラムの一環ともなっており、自身が率いるカンパニー、セントルイス・バレエのダンサーたち(堀内を含め10人)が初来日し、日本のダンサーたちとともに踊る「堀内元 BALLET FUTURE 2024」が開催された。そしてまた、この機に本拠地のセントルイスにちなみ自身が振付け、日本とアメリカのアーティストたちが共演する新作バレエ『セントルイス・ブルース』を日本初演した。これは堀内元のクロスオーバーシリーズ第2弾<バレエ×ブルース/ジャズ>となっている。

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「Valse-Fantaisie」竹内菜那子,上村崇人
© Hidemi Seto

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「In-Reel-Time」© Hidemi Seto

舞台は2部構成となっていて、第1部の開幕はジョージ・バランシンが、故国の作曲家ミハイル・グリンカが1893年にピアノ曲として作曲、現在は管弦楽曲として知られる「幻想的ワルツ」に振付けた『Valse Fantaisie』。これはバランシンが1967年に振付けた『グリンキアーナ』の第二楽章のパートだったが、2年後に『Valse Fantaisie』として独立して上演され、その後もこの形が続いている。
谷桃子バレエ団で踊っていた竹内菜那子はピンクのチュチュで、セントルイス・バレエのゲストアーティスト上村崇人はグレーのボレロを着けてプリンシパルのペアとして登場。やはりピンクのチュチュを着けた4人の女性ダンサー(セントルイス・バレエ3人、寺澤梨花)とともに踊った。曲のリズムと一体となったシンプルなバレエの動きが澱みなく構成されていて、まるでダンサーたちの動きが音楽をリードしているかのような一体感が感じられた。竹内と4人の女性ダンサーがヴィヴィッドな踊りでフェミニンな感覚を表し、舞台の空間がピンクの色の華やかなワルツのラインに彩られて、観客席を魅了していた。堀内が「バランシン作品の音楽性が感じ取りやすい」として、自身のバレエの原点を伝えるために開幕の演目としているのであろう。
続いてブライアン・イノス振付『In Reel Time』(音楽はフリップ・ダニエル他)日本初演。イノスはセントルイス・バレエに3作品振付を提供しているが、『In Reel Time』はその最新作で昨年初演されたもの。イノスはヒューストン・バレエやコンテンポラリーのカンパニーのハバード・ストリート・ダンス・シカゴで、ベン・スティーヴンソン、ウィリアム・フォーサイス、イリ・キリアン、オハッド・ナハリンなどの作品を踊っており、20年以上にわたり振付家、教師として活躍している。「Ballet for the Future 2016」ではイノス振付の『Bloom』が上演されている。
真っ暗な舞台に大きな円形のスポットライトが次々と現れ、ダンサーたちが踊り、衝撃音とともに舞台が明るくなり全体が見渡せる、というオープニングだった。Reelとは映画のフイルムを巻いたものだそうだが、光と影によって人間たちが現れて活動し、ドラマが生まれさまざまに展開し、消えていく・・・。そうしたフィルムに映し出される光と影の世界をダンスにして表している、というふうに感じられた。セントルイス・バレエのポアントを履いた女性ダンサー6人と男性ダンサー2人が踊ったが、難しい動きは一切見せず、身体に優しい動きをユニゾンを多用して構成した流れるような洗練された舞台だった。スローモーションやクローズアップを感じさせたり、ダンサーとともにその影が踊っているように見えるシーンもあった。振付家は全く同じ個体が同じ動きをすることと二人のダンサーが同じ動きをすることは異なるのだ、とアナグロへの淡い郷愁を感じながら作ったのではないだろうか、とも思われた。音楽はパーカッションの曲が多かったが、最後はメロディアスな曲とともに二人の女性ダンサーがとても美しいデュエットを踊り、フェイドアウトするという見事なエンディングであった。セントルイス・バレエでは、2月にも再演しており、完成度のある落ち着いた舞台だった。

3徳家

徳家"Toya"敦 © Hidemi Seto

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Toya & Friends © Hidemi Seto

第2部は「Toya & Friends On Stage」で始まった。ニューヨークで30年以上に渡って活躍しているジャズミュージシャンの徳家"Toya"敦と仲間たちの演奏である。まずは、徳家"Toya"敦によるピアノ曲「Voice of Angels」。そして続いて踊られるバレエ『セントルイス・ブルース』の序曲<プレリュード「空色」>。Toya & Friendsのメンバーはギター南明男、ドラムス佐藤邦治、ベース金森佳朗、アルトサックス山崎ユリエである。
「セントルイス・ブルース」は、「ブルースの父」と言われたW.C.ハンディが1914年に作曲し、歌詞も付けて大ヒットし、今日ではスタンダード・ナンバーとなった名曲。中でもルイ・アームストロングとベッシー・スミスの共演はアメリカの音楽史上に名を残す名盤として有名である。日本でも笠置シヅ子が歌ったことで知られている。
バレエ『セントルイス・ブルース』を振付け、芸術監督として世界初演を果たした堀内元は、セントルイスで生まれた曲を題材にしたバレエで、「これが本当に自分たちの曲なんだと、お客様が誇らしく感じていらっしゃるのが伝わってきて、舞台との一体感があり、客席で見ていても感動しました」と語っている。そしてクラシック・バレエとジャズの「クロスオーバーシリーズ」を手がけている堀内にとって、バレエ『セントルイス・ブルース』は、ブルースとバレエの融合を目指した作品である。音楽は徳家"Toya"敦が「セントルイス・ブルース」を組曲として作曲・編曲し、音楽監督を務めた。演奏はToya & Friends 。

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「St.Louis-Blues」© Hidemi Seto

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「St.Louis-Blues」© Hidemi Seto

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「St.Louis-Blues」Olivia-Cornelius、堀内元 © Hidemi Seto

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「St.Louis-Blues」© Hidemi Seto

まず、元宝塚の男役トップスターの剣幸が登場して、"ここは都会の中のある酒場。さまざまな人生がある・・・"と語ってバレエが始まった。時系列で展開する具体的な物語があるわけではないが、失意を胸に秘めた赤いドレスの女(Zoe Middleton)を中心に、4組のカップル(Zoe Middleton/Charles Cronewett、Olivia Cornelius/堀内元、Lori Wilson/Michael Burke、Lauren Kot/Ethan Maszer)と二人の女性ペア(Abby Hannuksela/GwenVandenhoeck)が7つのシーンを踊る。群舞は黒いパンツに長い髪を靡かせた8人の日本人女性ダンサーがラインダンスのようにも踊り、それぞれの人生の背景を表す。男と女の駆け引きがあり、別れと再会があり、若いパートナーに手を焼く男性ダンサー(堀内元)が居たりして、緩やかにヴィヴィッドな時間が流れていく・・・。堀内元が登場すると、そのソフィストケートされた美しいステップは観客の視線を集約して際立つ。
女性ダンサーは色とりどりの衣裳にポワントを着け、男性ダンサーはサスペンダーに白いシャツと黒いパンツで軽やかに優美に、時に大きな動きもあり、ジャズダンス風の動きも採り入れて、流れるようにスムーズに踊って会場は、独特の、ここでしか味わうことのできないグルービーな雰囲気に包まれた。
ラストシーンでは、剣幸が登場し、「セントルイス・ブルース」を英語と日本語で力強く深い情感を滲ませて歌った。そして、日本とアメリカのアーティストたちが力を合わせて創った唯一無二の舞台は幕を降ろしたのである。
(2024年5月31日 目黒パーシモンホール 大ホール)

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「St.Louis-Blues」© Hidemi Seto

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「St.Louis-Blues」Zoe Middleton,Charles Cronenwett
© Hidemi Seto

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「St.Louis-Blues」© Hidemi Seto

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