抑圧された若者たちのエネルギーが爆発したマシュー・ボーンの『ロミオ+ジュリエット』

ワールドレポート/東京

香月 圭 text by Kei Kazuki

Matthew Bourne's ROMEO +JULIET

マシュー・ボーンの『ロミオ+ジュリエット』マシュー・ボーン:演出・振付

男性が白鳥に扮する衝撃的な『白鳥の湖』で一躍、脚光を浴び、古典バレエや映画、小説などの多彩なジャンルの原作を大胆に解釈した話題作を発表し続ける、英国の演出家・振付家マシュー・ボーン率いるニュー・アドベンチャーズの『ロミオ+ジュリエット』日本公演が4月に行われた。彼らの来日は、2019年『白鳥の湖~スワン・レイク~』公演より5年ぶりとなった。
『ロミオ+ジュリエット』の初演は2019年。イギリス全土の若い才能を発掘するニュー・アドベンチャーズの新プロジェクトによって、フレッシュなダンサーたちや新世代の振付家アリエル・スミスなどのクリエイターが新たに加わり、斬新なプロダクションが生み出された。今回の来日公演は昨年夏、ロンドンのダンスの殿堂サドラーズ・ウェルズ劇場との共同製作作品としての再演プロダクションだ。英国内のツアーの後、アメリカ、フランスでの公演を経て東京にやってきた。
ロミオとジュリエットはそれぞれ3キャスト(ロミオ役=パリス・フィッツパトリック、ジャクソン・フィッシュ、ロリー・マクラウド、ジュリエット役=モニーク・ジョナス、ハンナ・クレマー、ブライオニー・ペニントン)で、主演を務めるダンサーたちは別日に他の役でも出演している。筆者は4月13日マチネのフィッシュ=ペニントンのペアの主演を観ることができた。近未来における矯正施設「ヴェローナ・インスティテュート」に収容された若者たちという設定で、登場人物やストーリーも原作にとらわれないものとなっている。音楽は、プロコフィエフの原曲がテリー・デイヴィスの手によって軽快かつテンポよく編曲され、ボーンの脚本に沿って自由に使われていた。
舞台上には、鉄柵に囲まれた光沢のある白いタイルの壁の中央に窓付きドア、その左右に男女別の出入口がある。タイルの壁の両脇には金属製の階段があり、壁の上部も鉄柵をめぐらして左右に移動できる構造になっている。タイルの壁の向こうに降りる階段もある。この舞台セットは全く移動せず、ダンサーたちが椅子やベッドを運び込んだり、人物の移動のしかたで施設内の様々な場所に変化する。光沢のある壁はダンサーたちの影や照明の光を反射させる効果もあった。施設の若者たちの白い衣装が、終盤に赤く汚されていく様も鮮烈な演出だった。ニュー・アドベンチャーズ作品の美術を多数手がけてきたレズ・ブラザーストンのデザインによる。

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左より、パリス・フィッツパトリック、ジャクソン・フィッシュ(右端)©Johan Persson

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ロミオ(ロリー・マクラウド)とジュリエット(モニーク・ジョナス)©Johan Persson

ヒロインのジュリエット(ブライオニー・ペニントン)は施設で仲間たちと暮らしている。彼女は看守ティボルト(アダム・ガルブレイス)に目をつけられ、虐待を受けて、深く傷つけられている。この施設にロミオが両親に連れられて入所する。ロミオを演じるジャクソン・フィッシュはひねくれ者のように感じられ、裕福だが多忙な生活を送っているだろうと思われる両親の手には負えない青年として登場する。
ある日、施設内でダンスパーティが開かれ、ロミオとジュリエットは初めて出会い、瞬く間に恋に落ちる。二人がキスをしたまま床を転げまわり、バルコニーの柵を挟んで歩くくだりは、片時も離れられない恋人たちの沸き立つ感情が表れていた。全身を襲った初恋の熱情に浮かされるようにジュリエットに向かって突進するナイーブなロミオを、ジュリエットは全身で受け止め、彼を肩で支えて飛び立つかのように舞台を走り続ける。彼女もまた、ロミオの一途な愛情により、ティボルトに傷つけられた心がほぐれて全身全霊で彼を愛する。彼女もロミオと出会って真実の愛を実感したことだろう。ジュリエットを演じるペニントンは強い瞳が印象的で母性愛も感じさせ、現代らしい女性像を力強く演じていた。ロミオ役のフィッシュは、ジュリエットへの愛を情熱的に表現しながらも、一つ一つの動きを初めから終わりまで丁寧に踊り、どの瞬間を切り取っても体のラインが美しかった。
施設の仲間たちから二人は祝福を受けるが、泥酔したティボルトが乱入し、ジュリエットに愛を乞う。その様子を若者たちが嘲笑うと、ティボルトは怒りを爆発させ、マキューシオ(ロリー・マクラウド)に銃を向ける。その結果、マキューシオは命を落とし、ティボルトは若者たちの憎しみを買い、不幸の連鎖が始まる...。

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ロミオとその両親(ロミオ役はロリー・マクラウド)©Johan Persson

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ダンスパーティ ©Johan Persson

マキューシオは相棒のバルサザー(ハリー・オンドラック-ライト)と恋人同士という設定だ。また、女性らしいファッションを好む青年も登場するが、彼らの志向は大人たちから完全に否定される。この物語では、若者たちが自由に行動する自由を大人が抑圧したことから悲劇が生まれてしまった。「人間の多様性には寛容であれ」という作品のメッセージは、争いが止まない現実の世界で生きる私たちにも痛烈に響くものだった。

この作品では、ロミオとジュリエットを取り巻く人物たちの性格づけが細かくなされているのも興味深かった。看守ティボルトはトラウマを抱えた人物であることが示される。彼は幸福な環境で育った人間には見えない。愛することを知らない人間が他人を慈しむことなど不可能なのだ。ティボルトを演じたアダム・ガルブレイスが陰影を感じさせる難役を好演した。マキューシオは陽気で正義感が強く、施設の仲間の中でもムードメーカー的な存在だ。ロリー・マクラウドが魅力たっぷりなこのキャラクターを生き生きと演じた。血気盛んなマキューシオを落ち着かせていた恋人のバルサザーを演じたハリー・オンドラック-ライトは、後半、最愛の相棒を亡くした喪失感を、魂を込めたソロで表現した。物語の冒頭、ティボルトに連れ去られたジュリエットを心配する親友フレンチーを演じた釜萢来美もエネルギッシュな踊りで怒りを表現していた。マシュー・ボーンは、演じる人物がどのような過去を背負っているのかについてダンサーたちにも考えさせるそうだ。そのような役作りがダンサーたちの演技にも深みとリアリティを与えていた。施設の若者たちの軍隊調の運動シーンや、ダンスパーティでお仕着せの社交ダンスではなく本能の赴くままに踊る場面、そしてティボルトに対して怒りを増幅させるシーンなど、ダンサーたちが一丸となって踊る群舞は迫力があり、今を生きる若者たちのエネルギーが爆発していた。

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ティボルト、マキューシオ、バルサザー ©Johan Persson

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釜萢来美 ©Johan Persson

本作は2023年度英国舞踊批評家協会賞(ナショナル・ダンス・アワード)でロミオを演じたパリス・フィッツパトリックが「最優秀男性ダンサー」と「傑出したパフォーマンス:男性モダンダンス」の2部門でノミネートされた。また、2019年の初演でジュリエットを演じたコーデリア・ブレイスウェイト(「傑出したパフォーマンス:女性モダンダンス」)の演技と、ニュー・アドベンチャーズも「傑出したカンパニー」部門で候補に上っている。6月3日の発表が楽しみだ。
(2024年4月13日 東急シアターオーブ)
※舞台写真は東京公演のものではありません。

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