柴山紗帆と中島瑞生が順々と演技を深めていく様子が興味深かった、新国立劇場バレエ団『人魚姫』公開リハーサル

ワールドレポート/東京

佐々木 三重子 Text by Mieko Sasaki

新国立劇場『人魚姫~ある少女の物語~』公開リハーサル

新国立劇場バレエ団が、「こどものためのバレエ劇場2024」として7月に世界初演する『人魚姫~ある少女の物語~』の公開リハーサルを、4月17日、オペラパレスで行った。「こどものためのバレエ劇場」は、次世代を担うこどもたちに、優れたバレエ芸術に触れられる機会を提供しようと、2009年から実施しているもの。今回上演される『人魚姫~ある少女の物語~』は、新国立劇場バレエ団で22年間ダンサーとして在籍し、現在、振付家として活躍する貝川鐵夫が、良く知られたアンデルセンの童話をモチーフに振付けた全2幕のバレエである。
リハーサルでは、最初に舞踊芸術監督の吉田都が挨拶に立ち、「こどものためのバレエ劇場2024」に『人魚姫』が決まった経緯について語った。貝川はダンサーとして在籍中から、元舞踊芸術監督のデヴィッド・ビントレーの発案で始められたプロジェクト「NBJ Choreographic Group」で意欲的に作品を提供してきたと語り、そこで発表された『人魚姫』のパ・ド・ドゥが素晴らしかったので、これを「こどものためのバレエ劇場」で上演する作品に膨らませてもらうことにしたと説明した。

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柴山紗帆 撮影:阿部章仁

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貝川鐵夫、柴山紗帆 撮影:阿部章仁

リハーサルで披露されたのは、人魚姫のソロと、人魚姫と王子のパ・ド・ドゥ。踊ったのは柴山紗帆と中島瑞生だった。人魚姫のソロは、人魚姫が海底で地上から降り注ぐ光を見て憧れを抱き、地上に行ってみようと決意するまでの心の高揚を伝えるもの。光に向かって差し伸べた柴山の手の繊細な表情が印象的で、光から何かを受け取ったように手を下ろし、光に魅せられた心を弾んだステップで伝えた。一通り踊り終えると、次は貝川が注意を与えながら柴山に踊らせた。「常に気持ちを上へ上へと向けて、行きたいという気持ちを出して」、「私は行くんだという決意を、弦を弾いた音が広がっていくように表して」などと助言し、自ら踊ってみせたりすると、柴山の表現がどんどん変わっていった。

人魚姫と王子のパ・ド・ドゥは、王子が人間になった人魚姫と初めて浜辺で出会うシーンで踊られる。王子が生き生きと舞台を駆け回るように踊っているところに人魚姫が現れ、しばらくじっと見つめ合った後、互いに惹かれるものを感じて踊り始める。王子は人魚姫を優しくサポートし、恋心をうたい上げるように高くリフトした。貝川は、王子が最初にひとりで踊るところでは、「溺れているのを助けられて生き返った王子には、すべてが今までと違って見える。そんな生きる喜びをもっと感じて欲しい」と注文を付けた。人魚姫が戸惑って王子から離れようとするところでは、「人魚姫は逃げるのではなく、どこに気持ちを向けて良いのか分からないだけ。王子は人魚姫に、大丈夫だよ(安心して)、という感じで」など、ちょっとした仕草でも、どう演じるかを噛み砕いて説明した。また、「吹いている楽器と呼吸を合わせるように」といった呼吸に関する指示が多く、音楽と踊りと呼吸についての貝川のこだわりが感じられた。短いリハーサルだったが、貝川の指摘が具体的で分かりやすかったこともあり、二人とも演技を深めていた。

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撮影:阿部章仁

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中島瑞生、柴山紗帆 撮影:阿部章仁

質疑応答では、貝川は創作の意図や構想について、柴山と中島は作品との取り組みや役柄について語った。貝川は、『人魚姫』のバレエ化にあたって、アンデルセンが描いた物語の結末がとても気になったという。良く知られているように、人魚姫は王子を刺し殺すことができずに海の泡になって終わるのではなく、風の精になって、300年の間、天国に召されるまで空中を漂い続けるのだという。配布されたこの作品についての貝川のメッセージには、人魚姫は風の精霊たちから「親から愛しみを受ける子どもを見つけて私たちも微笑むと300年の試練は1年ずつ短くなる。逆に、親を悲しませる悪い子を見て涙を流すと1日ずつ長くなる」と教えられると書かれている。貝川としては、倫理観を問うようなこの結末を踏まえて、子どもたちの良い行いとはどういうものか、悪いこととは何かを考えて欲しいそうだ。「バレエでは、風の精になるところまでは描きませんが、それを想像することは大事です」と。〈ある少女の物語〉とサブタイトルを付けたことについては、バレエを観ている彼女たち一人ひとりが主人公のように感じてもらいたいからという。また、子ども向けの上演ということで、ナレーションを入れたりするケースもあるが、これについては否定的。「小学生への説明は要らないと思います。バレエとはこういうものだよと説明すると、かえって難しくなります」と述べた。

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貝川鐵夫 撮影:阿部章仁

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柴山紗帆 撮影:阿部章仁

柴山は、「リハーサルで貝川さんからいただいた言葉を解釈しながら、自分の中に落とし込んでいるところです」という。演じる人魚姫については、「海の中では無邪気で、可愛らしい部分もあり、好奇心旺盛という感じです。それが、人間界に行き、王子と出会い、成長していきます」と、ヒロイン像をふくらませていた。中島は、貝川の指示もあり、動くときの呼吸を意識しているという。「バレエは形で踊りがちになるので、足を一歩踏み出すにも、どういう意識でするのか、また、そのための呼吸をどうするかも考えます」と語った。王子を演じるに当たっては、品格を意識しているという。「王子には品格が備わっています。庶民というか普通の人とは違います。船が難破して溺れたのを救われ、まだ記憶が戻らない時でも、品格があるのです」と。また、「王子はすごく成長していくわけではありません」、「けれど、マインドが強くなり、ポジティブになっていく」、「皇族としての教育を受けてもいます」など、様々な角度から王子の役作りに取り組んでいる様子。公演までまだ3カ月ほどあるが、『人魚姫』がどのように仕上がるか、期待がふくらむ。貝川は、「言葉で難しく考えずに、劇場という空間をまず感じて欲しい」と訴えていた。

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中島瑞生 撮影:阿部章仁

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撮影:阿部章仁

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