21世紀に日本人の振付家によるグランド・バレエが誕生する、東京バレエ団×金森穣『かぐや姫』リハーサル

ワールドレポート/東京

佐々木 三重子 Text by Mieko Sasaki

東京バレエ団が振付家の金森穣と3年掛かりで創作しているグランド・バレエ『かぐや姫』の最終第3幕がほぼ完成したのを受け、10月6日、バレエ団のスタジオで記者やバレエ関係者に第3幕の通し稽古が公開され、あわせて金森の囲み取材が行われた。

第2幕は、道児と一緒に宮廷から逃亡しようとしたかぐや姫が捕えられたところで終わった。これに続く第3幕は、かぐや姫が思い出にふけっているうちに眠りにおちるシーンで始まった。光の精たちに起こされたかぐや姫は、道児の幻を見て喜びのあまり抱きつくが、光の精たちに引き離される。今度は帝や大臣たちの幻が現れ、かぐや姫を悩ます。光の精たちはせわしく動き回りながら、道児たちを連れ去っていき、かぐや姫は悪夢から覚める。ここでは、光の精たちの群舞が底知れぬパワーを感じさせた。

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photo/Shoko Matsuhashi

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場面は一転。育ての親である翁は、かぐや姫に4大臣の誰かと結婚するよう申し渡す。翁が大臣たちにかぐや姫を差し出そうとすると、教育係の秋見は大臣たちに空の宝箱を渡し、結納品を献上するよう促す。かぐや姫を我がものにせんと競い合う大臣たちの凶暴さをはらんだ踊りは見もので、にらみ合う目力にも凄みがあった。宮廷を歩き回る傷心のかぐや姫の前に帝が現れる。かぐや姫は自分を強引に求める帝を退けながら、帝の孤独を思い遣りもする。やがて帝は身を引き、かぐや姫は宮廷から出て行く。帝とかぐや姫の成り行きを懸念する正室の影姫が宮廷を狂おしく駆け回る姿は痛々しく映った。

そこからは滅びゆく世界が一気に描かれる。竹やぶで結納品を探す大臣たちと村人たちの戦い、その戦いで傷ついた緑の精を助け起こすかぐや姫、道児に身重の妻がいるのを知ったかぐや姫の衝撃、帝を筆頭とする大臣たちと道児を筆頭とする村人たちの戦い。かぐや姫の声にならない悲鳴で人々がその場に倒れると、光の精が現れる。目を覚ました人々はそれぞれに己を恥じる。許しを乞う翁に別れを告げ、かぐや姫は月へ帰っていく。

この日のキャストは、かぐや姫は秋山瑛、帝は大塚卓、道児は柄本弾、影姫は沖香菜子、翁は木村和夫で、4大臣は宮川新大、池本祥真、樋口祐輝、安村圭太が務めた。衣裳も装置もなしの通し稽古だったが、ダンサーたちは感情表現も巧みに、力のこもった演技をみせていた。本番では更に磨きのかかった演技が期待できそうだ。

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囲み取材に応じた金森は、今回のように3年という長い時間をかけて創作するのは初めてといい、その利点について語った。「幕ごとに3期に分け、それぞれの幕につき、2週間、2週間、そして3週間というふうにリハーサル期間を設けて進めてきたので、合計9回くらい東京バレエ団に来ています。東京バレエ団と一緒にするのは初めてだったので、芸術監督の斎藤友佳理さんをはじめスタッフの方々も含めて、お互いを知り、どういう体制がベストなのか探るなどして、互いの息の合わせ方みたいなものが、この2年7か月の間に深まっていった。そのような信頼しあえる関係性を築けたというのが一番大きかったと思います。もし一気にやっていたら、作品を創って上演することはできたでしょうが、それ以上の関係性を築けたかどうか」と感慨深げに語った。

『かぐや姫』は、宮廷の人々と村人たちの無残な戦いの後、かぐや姫が月に帰るシーンで幕となる。金森は、ある種のカタストロフィで終わるのは古今東西から人間が取り憑かれる物語の構造ではあると指摘した上で、『かぐや姫』で提示したかったのは、むしろカタストロフィ後のことだという。「すべてが夢として回帰していき、記憶に変わっていく。我々はあらゆるケオティックなことを体験して、悲嘆を感じ、苦悩を感じるわけですけれど、人間にはそれを乗り越えていく強さがあり、それは記憶になる。ただ、その記憶が希釈されてれ忘れ去られたときに、人間はまた同じことを繰り返す。それが人間の性(さが)。『かぐや姫』で一番表現したかったのは、このことです」と強調。「観客の皆さんに、何故かというメッセージを具体的に届けると、ああ、そういうメッセージですねと分かってくれる。けれど、それは忘れるんですよ。でも、問いを投げ掛けられると、その問いは残るのです。だから、観客の一人一人に問いたい。かぐや姫は何のために来て、何を背負って月に帰ったかということを。答えは一人一人それぞれでしょう」

振付けにあたっては、ダンサーのエネルギーや存在に触発されることもあったという。「3年前に台本を書いて、音楽(ドビュッシー)を聴きあさって、妄想が膨らんできて、いろいろ決めていくのですが、最終的には、実演家たちがいてくれることで物語がさらに深まり、飛躍していきました。それが振付けの醍醐味で、まさにそれを味わえました。道児という役を考えたのは柄本弾がいるからで、働き者というキャラクターは弾をイメージして書いています」という。帝役の大塚卓については、「存在感のある、素晴らしい舞踊家です。彼の持つ影や物哀しさ、孤独感といったものは、帝という役を深めてくれている」と語り、第3幕で帝とかぐや姫の踊りの場を増やしことも明かした。

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かぐや姫をダブルキャストで務める秋山瑛と足立真里亜については、「二人ともすごく魅力あるダンサーだが、持っているイメージや、それぞれの強い部分と弱い部分はすごく対照的です。互いの演技を観るでしょうから、そこからインスピレーションを得て、より成熟していくといいと思う」。沖香菜子については、「影姫のような役を演じたことがないというのは、僕にとっては意外でした。バレエ団で一人の振付家がずっと振付けていると、ある程度、役が決まってきてしまう。外からの振付家が入ると、そのことにより新しいものが発見できる」と、外部の視点を入れることの利点を指摘した。

翁の役は、第1幕の初演時は団長の飯田宗孝が務めたが、昨年逝去したため、今年4月の第2幕の初演から木村和夫に代わった。「飯田先生と木村さんが持っているエネルギーは違う。飯田さんは太陽のようで、木村さんは影、月みたいなね。第2幕、3幕は翁の影の部分が増すので、木村さんが元来もっているものが活きてくるが、第1幕の温かい太陽のような、あどけなさの残る翁像は、木村さんは演技で消化してくれないと」と注文をつけた。一つの役に対して誰しもプラスの部分とマイナスの部分を持っているもので、そのマイナスの部分をいかに補うか、いかにプラスに転じていくかは、演技の本質でもあると言う。なお、黒衣に関しては、飯田の体調を考慮して後見として付けたそうだが、自身の作品でしばしば用いることもあり、最初の台本にはなかった黒衣の役割りが次第にふくらんでいったという。黒衣は、目に見えない力のようなものだが、かぐや姫だけには見えている。黒衣は、宇宙に存在するとされるダークマターや宇宙を満たしているダークエネルギーのようなもので、我々の存在や星々の均衡を保つ闇の力を示唆するものと捉えているようだ。

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4人の大臣たちの競演については、ようやく振付が仕上がったところなので、その振付を高度なレベルで実践するだけでなく、役作りも深めて欲しいという。「ただ踊るってことだけになると、格好よくするのに慣れているから、どうしても格好よくなってしまう。それでもいいんだけれど、少しおどけてる人がいても良いのではと思うんです。4人とも個性が違うから、もっと醜悪な感じとか、ちょっとボケた感じとか、それぞれの大臣像を出していってくれると、より面白くなると思います」と期待している様子。

『かぐや姫』は純粋に舞踊という観点からみても楽しめる作品だと金森は自負する。「パ・ド・ドゥやパ・ド・トロワもあれば、パ・ド・カトルにパ・ド・サンク、さらに多彩な群舞と、全部の舞踊の要素を盛り込んである。一晩の中に、これだけ様々なダンスを採り入れていて、なおかつ物語があり、色々な主題もある。これは楽しめる、と僕は思う。東京バレエ団だけど、金森穣はコンテンポラリーダンスだからと、見ないのはもったいない。バレエとコンテンポラリー、双方のお客さんが満足できるものになっていると思います。21世紀に日本人の振付家によるグランド・バレエが誕生するということの意義を共有しに、ぜひ劇場にきて欲しい。私としては、手応えはあるのです」とアピールした。

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photo/Shoko Matsuhashi

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