何でもかんでも叩いてリズムをかき鳴らす『STOMP ストンプ』は会場を笑いと熱狂の渦に巻き込んだ

ワールドレポート/東京

香月 圭 text by Kei Kazuki

『STOMP ストンプ』

13年ぶりとなる『STOMP ストンプ』日本公演初日を観た。夏休みということもあって、客席は親子連れで賑わっていた。
『STOMP ストンプ』はイギリスのミュージシャン、ルーク・クレスウェルと演出家・作曲家・俳優のスティーブ・マクニコラスの二人がリズムや演劇、コメディ、ダンスを融合させたオリジナル作品だ。1991年にエジンバラ・フェスティバルで初演されるや、世界的なセンセーションとなり、1994年には英国のローレンス・オリヴィエ賞を受賞した。ニューヨークのオフ・ブロードウェイでは29年間におよぶロングラン・ヒットとなった。
今回の来日公演では、ニューヨークでタップダンサーとしても活躍する櫻井多美衣が、宮本あこに続き2代目の日本人パフォーマーとして凱旋公演を果たした。ストンパーは大きな道具を抱えて舞台狭しと歩き回り、演奏しながら大きくジャンプしたりと、肉体的にハードなパフォーマンスを要求される。櫻井は一際小柄だが、タップダンス出身ならではの抜群のリズム感を活かして、パワフルでキレのいい演技で会場を沸かせた。

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『ストンプ』8月16日公演より
左からエイドリアン・ラコトンドラハオ、櫻井多美衣、フィリップ・バチェラー、ジョン・ギャビン
©taro

舞台には上段の金属格子網にバケツやたらい、鍋、ブリキ製のゴミ箱などが取り付けられ、「工事中」「交通安全」などの各種標識も貼り付けられている。ドラム缶なども置かれ、観客はニューヨークのような大都会の街の片隅へと誘われる。
1人の掃除人風のパフォーマーが、デッキブラシで床を履きながら登場して『Stomp ストンプ』がスタートした。シャカシャカ、トントンといった音が次第にリズミカルになり、彼は掃除に専念するというよりも、いかに心地いいリズムの音を出すかに集中している。この意識のずれこそが「ストンプ」の面白いところだ。学校の掃除の時間に、清掃用具で大きな音を出したり、チャンバラなどをすると普通は先生から怒られるのに、この舞台ではそれが許されるのか!?  といった戸惑いを、子どもたちをはじめとする観客が感じながらも、ストンパーたちの演奏に思わず引き込まれていく。いつも行儀よくしていることを余儀なくされる、窮屈な既存の社会への強烈なアンチテーゼとも取れる。
続いて2人目のパフォーマーが登場し、仲間に「ヨウッ!」と挨拶して、1人目とは異なるリズムでデッキブラシを操る。さらに3人目、4人目...とパフォーマーが続々現れ、合計8名が舞台に揃い、デッキブラシを用いて、それぞれ独自のリズムを演奏する。バラバラなはずのリズムが、全体として見事なアンサンブルとなっている。大柄な男性(ジェイミー・ウェルチ)が両手にデッキブラシを逆さに持ち、柄の先端を床に打ち鳴らす勇壮なソロ演奏もあった。
床に砂が撒かれると、デッキブラシで奏でる音色や靴音が変わった。普段の生活で使う日常品がいかに楽しい音を出すかという視点で、エンターテイメントを徹底的に追求したのが、この舞台のユニークな点である。

タップダンスに手拍子を組み合わせた「ハンズ・アンド・フィート」では、リーダーのフィリップ・バチェラーが自身による圧巻のパフォーマンスを披露した後、自分の手拍子を真似るように観客にリクエストを出した。彼が要求する手拍子のリズムが段々速く複雑になり、終いには足鳴らしや指スナップまでも入れるように言われると、脱落する観客が大多数となり、会場からは苦笑が漏れる。バチェラーは「皆、出来てないね!」というジェスチャーで観客をいじり、客席との掛け合いで会場の一体感を高めた。
意表を突かれたのは、キッチンの流し台の天板を首からぶら下げ、棒で叩いたり、引っ掻いたり、水を入れたコップや鍋を鳴らしたりする大男4名のマーチング隊の演奏だ。なるほど、こんな音の出し方もあるのかと感心した。

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『ストンプ』8月16日公演より
左からフィリップ・バチェラー、櫻井多美衣、ジョン・ギャビン ©taro

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『ストンプ』8月16日公演より ©taro

モップを手にしたパフォーマー2名が、床に散らばった砂や水を掃除しに舞台に現れた。そのうちの1人のモップの毛量は通常の2、3倍あり、とても重そうだ。掃除しにくそうなこのモップが登場しただけで会場は笑いに包まれ、粗忽者を演じるアラン・アスンシオンは、操作を誤って顔にモップを被ってしまい、観客のさらなる笑いを誘った。このとぼけた役は、日本のお茶の間で子どもたちに大人気だったザ・ドリフターズにおける志村けんが果たした役割に近い。
ソフトパイプの演目では、パフォーマーたちがしゃがんで太さや長さも様々なパイプを床で叩いて、いろんな高さの音を出している。ボケ役のアスンシオンが持つものは、短くて小さいパイプで、音が高く可愛い音色が目立って、音楽のいいアクセントになる。彼が調子に乗って、ガタイのいい強面の演者の頭をパイプで叩き、彼の怒りを買うというくだりは、アメリカのアニメ「トムとジェリー」のコントのようで面白かった。

「トローリー」という演目では、スーパーのカートに体重を預けて舞台を横切ったり、カート同士をぶつけ合ったりしてのパフォーマンス。これも日頃、子どもがやってみたいと、心の奥で思っていることかもしれない。
スーツケースをぶつけ合ったり、乱暴に積み重ねたりすることで生まれる音を活かしたパートもあった。空港職員であれば全くのNG行為だが、これが許されるのは『ストンプ』ならではのパフォーマンスであり、見ていて痛快だ。

ブリキのゴミ箱の円形の蓋を中世の騎士の盾のようにして両手に持ち、華麗に舞ったり、隣の演者と蓋同士をぶつけ合ったりする踊りはエネルギッシュだった。とりわけ、自身が振付家でもあるエイドリアン・ラコトンドラハオによる、飛び蹴りで回転する技など、高い身体能力から繰り出される武術的なダンスには抜群のキレがあった。
宙吊りになったパフォーマーたちが、ムササビのようにジャンプして、高い位置にある無数のたらいや鍋、ゴミ箱の底を次々と叩いていく演奏も、スケール感が増して見応えがあった。この演目では忍者のように空中を舞い、櫻井多美衣も大奮闘した。
リーダーのバチェラーが中心に立ち、その周りを他のパフォーマーがボウルや鍋などを持って歩き回り、それをリーダーが次々と棒で叩く「ポルターガイスト」と呼ばれるパートでは、物が浮遊しているように見えた。これは新しい視覚効果を狙った企画と思われる。上級の技になると、パフォーマーたちが物を投げ合い、空中に舞っている間に、バチェラーがスティックで叩いて音を出すという演技も見られた。
日本のものよりずっと大型だという、アメリカの巨大トラクターのタイヤを演者たちが浮き輪のように被り、それを前後左右に大きく揺らしながらスティックで叩くパートも迫力があった。
また、ニ本の長い棒を床に打ち付けたり、二組の演者で棒を打ち合う殺陣のようなシーンもあった。一歩間違えば大怪我に繋がりかねない危険を伴うパフォーマンスだが、スピード溢れる演技には観客は手に汗を握った。

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『ストンプ』8月16日公演より
ジェイミー・ウェルチ ©taro

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『ストンプ』過去公演より ©Steve McNicholas

派手なアクション・シーンの一方で、マッチ箱をこすったり叩いたりして鳴らす小さな音の演奏も面白かった。不器用な一人がマッチ棒を床にばら撒いてしまうエンディングに、観客はくすくすと笑う。
横一列に並んだ演者たちが暗闇でリズミカルにライターを灯したり消したりする演目では、ライターの蓋を開閉するカチカチッという音だけが響く静寂の空間となり、会場は教会の礼拝に参加しているような厳かな雰囲気に変化した。
新聞紙を使うパートでは、紙面を触るシャカシャカした音と咳払いを組み合わせた演奏や、新聞紙をちぎりながらの和やかなショートコントもあり、子どもたちも楽しんでいた。新聞紙は巡業地によって紙の材質が異なるために、音も変化するということで、来日公演では演者たちが日本の新聞紙を手にしていたが、日本語が読めないので紙面を逆さにして読んでいるフリをしている姿に、笑いがこみ上げる。

日常の物からいかに楽しい音楽を作って観客を楽しませるか、というアイデアは日常生活のあちこちに隠れているのだと『ストンプ』を観て、つくづく痛感した。新しい音を求めて日々取り組むクリエイターとパフォーマーたちの探究は、今後も続いていくのだろう。
理屈抜きで童心に返って、心の底から笑ったのは何年ぶりだろうか。劇場からの帰り道で、ある家族の母親が「家でお茶碗や鍋を叩きたくなるよね」と子どもたちに問いかけると、彼らは満面の笑顔で大きくうなずいていた。筆者も自宅でコップを箸で叩き、ストンパーの真似事を試したことは言うまでもない。
(2023年8月16日  東急シアターオーブ)

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『ストンプ』過去公演より ©Steve McNicholas

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『ストンプ』過去公演より ©Steve McNicholas

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