ウクライナ国立バレエ「Thanks Gala 2023」は日本の観客へ感謝を込めて贈られた

ワールドレポート/東京

香月 圭 text by Kei Kazuki

ウクライナ国立バレエ 「Thanks Gala 2023」


『パキータ』より N.ドルグーシン:振付 『森の詩』よりパ・ド・ドゥ V.ボロンスキー:振付、『Ssss...』より E.クルグ:振付、『シルヴィア』第3幕よりパ・ド・ドゥ J.ノイマイヤー:振付 『ファイブ・タンゴ』H.V.マーネン:振付

ウクライナ国立歌劇場の新春来日公演から半年後、夏に再来日したウクライナ国立バレエによる「Thanks Gala 2023」を見た。バレエ団の本拠地キーウでは、現在も空襲警報が鳴ればリハーサルや公演を中止して避難所に駆け込むといった日々が繰り返されている。キーウに残った勇敢な団員たちはウクライナの芸術を絶やすまいと日々奮闘中だ。
キエフ・バレエと呼ばれていた時代から彼らの公演を長年鑑賞してきた日本の熱心なファンは、彼らの苦境を救援すべく寄付を呼びかけた。そうした活動が実を結び、日本各地から集められた義援金は約1700万円にも上り、ウクライナ国立バレエに届けられた。
今回の公演は、応援してくれた日本の観客に謝意とウクライナ国立バレエの現状をいち早く伝えたいという団員たちの熱い思いがほとばしった舞台だった。日本の観客も大きな拍手で彼らの舞台を称え、会場がひとつになった。
この公演に客演したハンブルク・バレエのアレクサンドル・リアブコ、そしてワガノワ・バレエ学校の教師を務めてきたデニス・マトヴィエンコはともにウクライナ出身で、ウクライナ国立バレエ芸術監督の寺田宜弘とはキーウ国立バレエ学校の同窓生として親交がある。寺田からの呼びかけにすぐさま応じた彼らの故郷愛にも胸が熱くなる。

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『パキータ』より オリガ・ゴリッツァ、ニキータ・スハルコフ photo:瀬戸秀美 写真提供:光藍社

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『パキータ』より photo:瀬戸秀美 写真提供:光藍社

オープニングは『パキータ』で開幕した。赤と黒のチュチュを身に着けたダンサーたちが軽やかなステップを踏みながら勢ぞろいし、舞台が一気に華やいだ。弓なりに背中を反らすポーズなど、手足の長い彼らはどの角度から切り取っても絵になる。
パキータを演じたオリガ・ゴリッツァはステップのひとつひとつにジプシーの娘にふさわしい情熱とパワーを感じさせる。パキータの結婚相手リュシアンを演じたのはウクライナ国立バレエの看板スター、ニキータ・スハルコフ。安定したテクニックでジャンプや回転などを決め、手足の流麗な動きでスペイン風の伊達男を格好よく演じた。
パ・ド・トロワでは、ウクライナ国立バレエの有望な若いダンサーたちが颯爽と登場した。避難先のオランダから帰国し、ウクライナ国立バレエに再加入した若干18歳の新星カテリーナ・ミクルーハは、清新さ溢れるヴァリエーションを披露した。ミクルーハは日本のテレビでも特集されるなど将来が期待される逸材で、今年の冬のウクライナ国立バレエ来日公演では、『ジゼル』と『ドン・キホーテ』の主演が控えている。
24歳のアレクサンドラ・パンチェンコのヴァリエーションは落ち着きや安定を感じさせる踊りだった。二人をサポートするダニール・パスチュークは整ったプロポーションで重力を感じさせない跳躍を披露した。

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『森の詩』より photo:瀬戸秀美 写真提供:光藍社

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『森の詩』より イローナ・クラフチェンコ、ヤロスラフ・トカチュク photo:瀬戸秀美 写真提供:光藍社

第2部は『森の詩』より第3幕2場のパ・ド・ドゥから始まった。森の妖精マフカを裏切った青年ルカ―シュのもとにマフカの幻が現れる場面だ。この作品は有吉京子の漫画『SWAN』にも登場することでも知られる。
マフカ役のイローナ・クラフチェンコはしなやかな腕の動きが風に揺れる木々の枝のように美しい。ルカ―シュ役のヤロスラフ・トカチュクに抱えられて彼女が高く掲げられる数々のリフトは、哀調を帯びた音楽に乗せて抒情性を高めていた。ウクライナ国立バレエの今年の冬公演では、クラフチェンコも全3演目(『ジゼル』『ドン・キホーテ』『雪の女王』)に主演することになっており、楽しみだ。

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『Ssss・・・』アナスタシア・マトヴィエンコ、デニス・マトヴィエンコ photo:瀬戸秀美 写真提供:光藍社

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『Ssss・・・』アナスタシア・マトヴィエンコ、デニス・マトヴィエンコ photo:瀬戸秀美 写真提供:光藍社

続いてウクライナ出身のデニス・マトヴィエンコと夫人のアナスタシア・マトヴィエンコがエドワード・クルグ振付による『Ssss...』を披露した。2013年にシュツットガルト・バレエで初演された作品で、2018年ノヴォシビルスク劇場のバレエ団の芸術監督だったデニス・マトヴィエンコのためにソロが追加された。
ピアニストの近藤愛花が舞台後方にてショパンの夜想曲を演奏しているが、その甘美な響きとは全く無関係に、デニスとアナスタシアは息が合わない、ぎくしゃくしたデュエットを展開していく。この作品では、制御不能な自分の内面の感情や相手との関係性の複雑さなどが現代的に表現されているように感じた。

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『シルヴィア』第3幕よりパ・ド・ドゥ シルヴィア・アッツォーニ、アレクサンドル・リアブコ photo:瀬戸秀美 写真提供:光藍社

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『シルヴィア』第3幕よりパ・ド・ドゥ シルヴィア・アッツォーニ、アレクサンドル・リアブコ photo:瀬戸秀美 写真提供:光藍社

次にジョン・ノイマイヤー振付『シルヴィア』第3幕より、ハンブルク・バレエのプリンシパルとして世界各地で活躍してきたシルヴィア・アッツォーニとアレクサンドル・リアブコのカップルが、狩猟の女神ディアナに仕えるニンフ=シルヴィアと羊飼いのアミンタの再会のシーンのパ・ド・ドゥを踊った。今年3月のハンブルク・バレエ来日公演でも菅井円加の主演が話題になった演目だ。
初めての出会いから数十年後の遅すぎた再会と別離を描写したパ・ド・ドゥだったが、アッツォーニとリアブコによる情感溢れる踊りによって、シルヴィアとアミンタの離れがたい二人の心の葛藤の物語に感情移入させられた。

プログラムの最後は、ハンス・ファン・マーネン振付の『ファイブ・タンゴ』だった。1977年にオランダ国立バレエにて初演され、アストル・ピアソラのタンゴ曲を使用した5部構成の作品である。7組のカップルがタンゴのニュアンスを加えた様々な踊りを展開していく。男性ダンサー6名を従えてゴリッツァが悠然として踊る2曲目では、女王さながらの貫禄を兼ね備える紅一点の彼女に目が釘付けになった。続く3曲目の男性ソリストのソロでは、スハルコフが鞭打つような打楽器の音に合わせて、鋼のようにしなやかな体躯で舞台狭しとマネージュを繰り出した。
ダンサーたちにとって新たなチャレンジである、この新作を踊った彼らの表情が生き生きして見えたのが印象的だった。新生ウクライナ国立バレエの希望の光をそこに見たように思った。
ウクライナ国立バレエ(旧キエフ・バレエ)」は、冬にオーケストラを伴い劇場公演として来日を予定している。日本初演作品『雪の女王』や、新制作『ジゼル』など、意欲的なプログラムでバレエ団のさらなる新しい姿を見せてくれることだろう。
(2023年8月4日  東京文化会館 大ホール)

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『ファイブ・タンゴ』オリガ・ゴリッツァ、ニキータ・スハルコフ photo:瀬戸秀美 写真提供:光藍社

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『ファイブ・タンゴ』オリガ・ゴリッツァ photo:瀬戸秀美 写真提供:光藍社

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『ファイブ・タンゴ』オリガ・ゴリッツァ、ニキータ・スハルコフ photo:瀬戸秀美 写真提供:光藍社

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『ファイブ・タンゴ』 photo:瀬戸秀美 写真提供:光藍社

■「ウクライナ国立バレエ(旧キエフ・バレエ)」冬公演来日情報

https://www.koransha.com/ballet/ukraine_ballet/
「雪の女王」「ジゼル」「ドン・キホーテ」
●2023年12月23日(土)〜2024年1月14日(日)
●東京、埼玉、群馬、大阪、京都、和歌山、岡山ほか 全国9都市17公演
東京国際フォーラム、東京文化会館、昌賢学園まえばしホール、ウエスタ川越 ほか

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