才能が開花し、多くの舞台を経験しつつ成熟していくダンサーたちを観た「横浜バレエフェスティバル 2023」

ワールドレポート/東京

香月 圭 text by Kei Kazuki

横浜バレエフェスティバル 2023

第1部 フレッシャーズ・ガラ『グラズノフスウィート』振付:遠藤康行、『エスメラルダ』よりエスメラルダのヴァリエーションほか、第2部 ワールドプレミアム『タリスマン』グラン・パ・ド・ドゥ、『ジゼル』第2幕よりグラン・パ・ド・ドゥほか、第3部 ワールドプレミアム『No Man's Land』振付:リアム・スカーレット、『リーズの結婚』よりグラン・パ・ド・ドゥほか

2015年からコロナ期の2020年を除いて毎年開催されている横浜バレエフェスティバルは、新進気鋭の若いダンサーから国内外のバレエ界で活躍するプロフェッショナルまで年令もキャリアも様々なダンサーたちが一堂に会し、クラシックからコンテンポラリーまで幅広いジャンルの作品が上演される贅沢なガラ・コンサートだ。
二山治雄(元パリ・オペラ座バレエ団契約団員)や管井円加(ハンブルク・バレエ団プリンシパル)をはじめ、モンテカルロ・バレエ プリンシパルの小池ミモザなどはフェスティバルの常連組だ。井関エレナ(ベルリン国立バレエ)、中島耀(ドレスデン国立歌劇場ゼンパー・オーパー・バレエ)などの新世代ダンサーも早い時期からこのフェスティバルの舞台に立っている。出演頻度の高いメンバーがいることで、観客も家族を応援するような気持ちで毎年舞台を見守ることになる。また、世界トップレベルのゲストダンサーたちの演目では、彼らの揺るぎないテクニックに裏打ちされた、奥行きのある表現力に触れ、観る側の感性も豊かになる。
次世代育成を掲げる横浜バレエフェスティバルでは、小学校3年生から20歳までのジュンヌバレエYOKOHAMAのメンバーと出演者オーディション選出メンバーもプロとともに舞台に立った。プロダンサーとしてのキャリアを目指す若いダンサーたちと、スターダンサーたちがこうして共演することによって、観客はダンサーが歩んでいく道程に思いをはせることができる。若い彼らはこの舞台に向けてテクニックを磨き、本番で最善を尽くしたことが観る側にも伝わった。彼女たちが今後どのように成長していくかが楽しみだ。

今年の第1部 フレッシャーズ・ガラは、華やかな『グラズノフスウィート』(振付は芸術監督の遠藤康行)でスタートした。横浜出身の井関エレナと、2017年に設立された小学校3年生から20歳までのジュニアで構成されるジュンヌバレエYOKOHAMAのメンバーの5名(山下栞、山下沙羅、小林咲穂、朝倉凛、バーンズ慈花)が登場した。井関は横浜バレエフェスティバルへの出演が2019年、2021年、2022年に続き今回が4回目となり、2018年ヴァルナ国際バレエコンクールで3位となるなど、卓越したテクニックの持ち主。井関は頭の先からつま先まで神経が行き届き、緩急のつけ方、優雅な腕の運び、一際長い片足ポワントのバランスなど見事な踊りを披露し、観客を惹き付けた。ジュンヌバレエYOKOHAMAのメンバーは、ジュニア期ならではの高い柔軟性を活かしたポーズや軽やかさ、機敏さなど個々にきらりと光るものが多々あった。

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『グラズノフスウィート』(振付:遠藤康行)井関エレナ、ジュンヌバレエYOKOHAMA/撮影:フォトクリエイト 白井力丸

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『エスメラルダ』よりエスメラルダのヴァリエーション 中島耀/撮影:フォトクリエイト 白井力丸

続いて横浜バレエフェスティバル出演者オーディションで選出された4名が登場した。〈『海賊』第1幕よりギュルナーラのヴァリエーション〉を披露した水上怜香の踊りには、溌溂としたパワーがみなぎっており、〈『眠れる森の美女』第3幕より〉を踊った藤原仁椛はオーロラ姫の優雅さが感じられた。八木映利香は〈『くるみ割り人形』より金平糖の精のヴァリエーション〉で細かい脚さばきを丁寧に行った。〈『白鳥の湖』より黒鳥のヴァリエーション(プティパ版)〉を踊った遲澤杏は、オディールの妖艶さをうまく表現していた。

中島耀による〈『エスメラルダ』よりエスメラルダのヴァリエーション〉は緩急をつけた踊りで、意志の強さを感じさせる魅惑的なジプシーの娘という人物像を浮かび上がらせた。中島は2016年の出演者オーディションに合格し、翌2017年と二年連続でオーディションにも出演した。モナコのプリンセス・グレース・アカデミー在籍中には、2022年ローザンヌ国際バレエコンクール新人振付賞を受賞したスクールメイト、ルカ・ブランカの作品をコンクールの舞台で披露。アカデミー卒業後はドレスデン国立歌劇場ゼンパー・オーパー・バレエに入団、今後の活躍が期待される。

遠藤康行振付によるコンテンポラリー作品『L'Éternité -アルチュール・ランボーの永遠より-』では、「詩人」(ランボー)が「永遠」と対峙する様を描いている。10代のランボーは「永遠が見つかった! それは海、そしてそれに溶け合う太陽」と、いとも簡単に「永遠」を見つけたと主張する。早熟だった青年詩人の大胆さや率直さを、遠藤ゆまがダイナミックな踊りで表現した。「永遠」を演じた4名(斉藤真結花、三宮結、周藤百音、田中優歩)は「詩人」と同調したり、彼と挑むように対立したりと、目まぐるしく表情を変える波のように様々な動きを見せた。

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『L'Éternité -アルチュール・ランボーの永遠より-』(振付:遠藤康行)ジュンヌバレエYOKOHAMA/撮影:フォトクリエイト 白井力丸

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『タリスマン』寺田翠、大川航矢/撮影:フォトクリエイト 白井力丸

第2部 ワールドプレミアムの筆頭は寺田翠と大川航矢による『タリスマン』グラン・パ・ド・ドゥだった。2017年モスクワ国際バレエコンクールで披露したこの演目で、大川は金賞、寺田は銅賞を受賞した。現在、牧阿佐美バレヱ団ファーストソリストとして活躍する大川の高く軽やかな跳躍は、観客を一気に神話の世界へと誘った。この風神の役は、かのニジンスキーも演じたという。寺田のロシア仕込みの大きくしなる上半身となめらかなポールドブラが見事だった。

ダンサー、振付家、映像作家の大宮大奨による自作自演のコンテンポラリーダンス作品『Jinen』は、自然(「じねん」とも読む)と人間との調和を念頭に置いて創作された。水平や垂直方向に円を描くように上半身や下半身を自在に動かす振りが特徴的だった。
新国立劇場バレエ団プリンシパルの小野絢子と福岡雄大は〈『ジゼル』第2幕よりグラン・パ・ド・ドゥ〉を踊った。小野は生気のないウィリーと化したジゼルとして登場したが、彼女を裏切ったアルブレヒトを許そうとする慈愛に満ち、人間の乙女だった片鱗がかすかに残っているように見えた。福岡は苦悩するアルブレヒト役に没入していた。彼が小野を抱えるリフトは、まさにウィリーが暗闇でふわりと漂うかのような浮遊感があった。

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『ジゼル』小野絢子、福岡雄大/撮影:フォトクリエイト 白井力丸

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『ライモンダ』第2幕よりパ・ド・ドゥ(振付:タマラ・ロホ)加瀬栞、仲秋連太郞/撮影:フォトクリエイト 白井力丸

第3部ワールドプレミアムのトップバッターはイングリッシュ・ナショナル・バレエ(ENB)よりリード・プリンシパルの加瀬栞とファーストアーティストの仲秋連太郞で、タマラ・ロホ振付〈『ライモンダ』第2幕よりパ・ド・ドゥ〉を関東圏で初披露した。19世紀半ばのクリミア戦争期、イギリスの軍人ジョンと婚約中のライモンダが同盟国オスマン・トルコ帝国のアブドゥルと恋に落ちるシーンである。二人の気持ちの高まりが、アクロバティックなリフトによってドラマチックに描かれている。加瀬の上半身の動きには気品があり、仲秋演じるアブドゥルのエキゾチックなダンスも見応えがあった。

モンテカルロ・バレエ団プリンシパルとして長年活躍を続ける小池ミモザの〈『Core Meu』よりCorri〉はジャン=クリストフ・マイヨー振付作品。小池は南イタリアのタランテラの音楽に乗せて鮮やかなブルーのドレスの長い裾を始終翻し続け、地中海の波のうねりのような動きを表現した。彼女の長い腕と上半身の動きは妖しい美しさを放っていた。

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『Core Meu』より Corri(振付:ジャン=クリストフ・マイヨー)小池ミモザ/撮影:フォトクリエイト 白井力丸

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『No Man's Land』(振付:リアム・スカーレット)高橋絵里奈、ジェームズ・ストリーター/撮影:フォトクリエイト 白井力丸

『No Man's Land』は早世したリアム・スカーレットの振付作品でイングリッシュ・ナショナル・バレエ(ENB)で2014年に初演された。今回披露されたパ・ド・ドゥでは第一次世界大戦で戦地に送られた恋人を思う女性の姿が描かれている。女性(高橋絵里奈/ENBのリード・プリンシパル)のもとに恋人もしくは夫の幻影(ジェームズ・ストリーター/ENBのファースト・ソリスト)が現れて彼女に優しく寄り添う。恋人の体に絡みつく彼女の足が扇情的で、伴侶を奪われた女性のやつれた表情や苦悩を高橋がリアルに表現していた。リストのもの悲しい音楽に乗せて高橋とストリーターが紡ぐデュエットは哀切さを感じさせる。戦争が続く限り、このような風景は世界のどこかで続いていくのだ。

このガラのトリを飾ったのは菅井円加(ハンブルク・バレエ団プリンシパル)と二山治雄(元パリ・オペラ座バレエ団契約団員)の人気ペアによる『リーズの結婚』よりグラン・パ・ド・ドゥだった。恵まれた身体能力を持ち、空中で静止するかのような飛翔、軸がぶれない回転など揺るぎないテクニックを持つ二人は息もぴったりで、田園で楽しげに戯れる若いカップルを生き生きと演じた。

ダンサーたちが世代を超えて勢揃いし、紙吹雪が舞い踊るフィナーレは夏の打ち上げ花火を思わせる華やかさだ。熱い夏の舞台を終えたダンサーたちは、新シーズンに向けてそれぞれの場所に旅立っていく。来年の舞台で彼らの素晴らしい踊りを観るのが、今から待ち遠しい。
(2023年8月6日 神奈川県民ホール)

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『リーズの結婚』よりグラン・パ・ド・ドゥ 管井円加、二山治雄/撮影:フォトクリエイト 白井力丸

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「横浜バレエフェスティバル2023」フィナーレ/撮影:フォトクリエイト 白井力丸

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