パリ・オペラ座のマリオン・バルボー主演の『ダンサー・イン・Paris』が9月15日より公開される

ワールドレポート/東京

関口 紘一 Text by Koichi Sekiguchi

パリ・オペラ座バレエのプルミエール・ダンスーズ、マリオン・バルボーが初めて主演した映画『ダンサー イン Paris』が9月15日より劇場公開され、順次全国で上映される。
監督はダンスに深い関心を持っているセドリック・クラビッシュ。彼は『スパニッシュ・アパートメント』『パリのどこかで、あなたと』などで知られるが、パリ・オペラ座のエトワールを追ったドキュメンタリー『オーレリー・デュポン 輝ける一瞬に』を手がけており、パリのバレエ界に精通している。

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© Abcdfefghijklmn Opqrstu Vwxyz

『ダンサー イン Paris』では、現在、パリ・オペラ座バレエのコンテンポラリー・ダンスの中心的ダンサーとして活躍している、マリオン・バルボーが主役のダンサー、エリーズ役に扮している。
冒頭シーンはバレエ『ラ・バヤデール』の開幕直前の緊迫感あふれる舞台裏。主役のニキヤに扮したエリーズ(マリオン・バルボー)が緊張の面持ちで出番を待っていると、彼女の恋人のダンサーが寄り添って、励まし、固まりがちな身体を和らげるようにキスをする。いよいよ本番となり、エキゾティックなインドを舞台とした寺院の踊り子の恋をめぐるバレエが始まる。そして、エリーズが舞台に上がろうとした時、舞台裏で恋人のダンサーが女性と睦み合っていた。衝撃を受けたまま舞台に出るエリーズの顔にサッと踊り子を表すベールが被せられ、音楽が奏でられエリーズのニキヤは、壮麗なインド建築の寺院を背景に、動揺を抑えて踊り始める・・・。舞台は進行して「影の王国」のシーンとなり、戦士ソロルと踊るエリーズがジャンプして着地した瞬間、足首を激しく痛め崩れ落ちる・・・ただちに幕が下ろされ、スタッフが慌てて駆け寄った。
ダンサーにとって最も重要な本番の舞台で起こった衝撃的な事故が、速いテンポのスリリングな映像で表された。

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エリーズ(マリオン・バルボー)

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ジョシアーヌとエリーズ

マリオン・バルボーは2018年末に、パリ・オペラ座のプルミエールダンスーズに昇進して、栄光のエトワールへの昇進が期待されていた。彼女は、クラシック・バレエのダンサーとして順調に成長してきたが、最近はオペラ座のほとんどのコンテンポラリー・ダンスにキャスティングされている。ただ、パリ・オペラ座では、コンテンポラリー・ダンスを踊ってエトワールに昇進したダンサーはいない。
『ダンサー イン Paris』の主役エリーズは、オペラ座の現役ダンサー、マリオン・バルボーのキャリアと近い立場に居るダンサーという設定である。エリーズはちょっと以前のバルボーであり、バルボーは過去の自分に戻って、心身ともに痛手を負ったエリーズを演じる。また、この映画は、コンテンポラリー・ダンスの振付家・作曲家のホフェッシュ・シェクターが本人役で出演して音楽も担当しており、フランスのブレイクダンサー、メディ・バキもまた、本人役で出演している。この映画は、現実とフィクションを巧みに重ね合わせることにより、今日のダンサーが直面している問題をクローズアップして描き、リアリティを高めている。

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エリーズ

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父アンリとエリーズ

足首をひどく痛めて病院に担ぎ込まれたエリーズは、医師に少なくとも2年間は踊ることはできない、と宣告された。バレエと恋を失ったエリーズは、ただ一人、かつて経験したことのない難題に直面させられ、人生の岐路に立たされることになった。そして医師や親身になって治療する療養士ヤンの言葉に、改めて自身の身体について深く考えさせられることになる。
エリーズはバレエから俳優に転向した友人サブリナに相談し、誘われるままに彼女のパートナーの出張料理人のアシスタントとして、ブルターニュのアーティストたちに練習の場を提供するレジデンスに住み込む。またある時、メディ・バキの鮮烈なブレイクダンスを見て、クラシック・バレエとはまったく異なったダンスに遭遇する。バレエダンサーだった母の影響を受けてバレエを始めたエリーズは、優れた才能を認められてパリ・オペラ座バレエ学校に入学した。クラシック・バレエの美を信じて一心に努力してきて、今、心身の挫折を味わっているエリーズは、変幻自在な身体能力の極限を極めるアクロバティックな動きによって、自由に身体の音楽を奏でるメディ・バキのブレイクダンスを見て、何か新しい希望を感じた。

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ニキヤに扮したエリーズ

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ヤンとエリーズ

やがて、レジデンスにパリ・オペラ座で『The Art of Not Looking Back』などを上演しているホヘッシュ・シェクターのカンパニーがやってくる。そのメンバーの中にはメディ・バキがいた。そしてエリーズは、彼らのカンパニーに加わり、独自のクラスや練習方法や自由でエネルギッシュな創作の過程に参加し、足首の怪我をケアしつつ、不安や恐れといった感情から次第に解放されていく。同時にメディ・バキとエリーズの愛も育まれていく。
カンパニーのメンバーが海辺に集まって、夕陽が沈み暗闇となった海を見ながら描かれるエリーズとメディ・バキのスマフォの明かりを使った愛のシーンは、リリカルでとても美しい。まるで『ラ・バヤデール』の影の王国のシーンのように、メンバーのダンサーたちは、コール・ド・バレエのように闇の中に踊り、エリーズとバキがかわす心身が一体となった美しいキスが、スマフォの明かりで闇の中に浮かび上がる、感動的シーンだった。

エリーズはバレエへ導いた母を早くに失い、弁護士の父の下で成人した。しかし、父は根っからの言葉人間で、身体によるダンスを全く理解しておらず、挫折したエリーズは気持ちを伝えることができない。しかし、身体は次第に回復し、エリーズは、ホヘッシュ・シェクター・カンパニーの創作に参加し、パリの公演で踊ることが決まった。クラシック・バレエのダンサーとして活躍してきたエリーズは、心身ともに挫折を味わったが、そこから自身の身体の深部を見つめ直し、新たな出会いを得て立ち直ることができるのか。カンパニーのパリ公演は間も無く幕が開く・・・。

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ホフェシュ・シェクターとエリーズ

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セドリック・クラビッシュ監督の演出は念入りで、エリーズの身体にカメラが潜り込んでいるように密着してディティールを逃さず描いている。彼女は3人の男性と関わりを持つが、その中のナディ・バキと愛し合うようになるまでの描写は自然で、エリーズの心に湧き上がる情感の全てをほぼ完璧にとらえて表現しているように思えた。エリーズに愛情のこもった忠告を与える、レジデンスのオーナーで若い頃足を痛めて杖をついているジョシアーヌ、サブリナのパートナーで出張料理人のロイヒル、そしてエリーズの父親アンリといった脇役も味がある演技で好演しており、ダンスの一体感が映像に溢れ出ているようだった。
現役のパリ・オペラ座のバレエダンサー、マリオン・バルボーの存在の魅力の全てが鮮やかに描かれた、素敵な映画である。

「ダンサー イン Paris」

9月15日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下、シネ・リーブル池袋ほか全国順次公開

監督:セドリック・クラピッシュ
振付・音楽:ホフェッシュ・シェクター
出演:マリオン・バルボー、ホフェッシュ・シェクター、ドゥニ・ポダリデス、ミュリエル・ロバン、ピオ・マルマイ、フランソワ・シヴィル、メディ・バキ、スエリア・ヤクーブ

【原題:EN CORPS/2022/フランス・ベルギー/フランス語・英語/日本語字幕:岩辺いずみ/118分/ビスタ/5.1ch】
配給:アルバトロス・フィルム、セテラ・インターナショナル
後援:在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ、UniFrance/French Film Season in Japan 2023
© 2022 / CE QUI ME MEUT MOTION PICTURE - STUDIOCANAL - FRANCE 2 CINEMA Photo : EMMANUELLE JACOBSON-ROQUES
公式HP : www.dancerinparis.com

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