復帰を果たしたマチアス・エイマンを始め、6人のエトワールが華やかに踊った〈オペラ座ガラ〉―ヌレエフに捧ぐ―

ワールドレポート/東京

佐々木 三重子 Text by Mieko Sasaki

〈オペラ座ガラ〉―ヌレエフに捧ぐ―

『ライモンダ』より第3幕のグラン・パ、『白鳥の湖』より第3幕のパ・ド・トロワ ルドルフ・ヌレエフ:振付(マリウス・プティパに基づく)ほか

20世紀後半にバレエ界を席巻した稀有のダンサー、ルドルフ・ヌレエフの没後30年に当たり、〈オペラ座ガラ〉―ヌレエフに捧ぐ―と題したガラ公演が、彼がかつて芸術監督を務めたパリ・オペラ座バレエ団の選り抜きのダンサーたちによって行われた。バレエ団でヌレエフの薫陶を受けた "ヌレエフ世代" の元エトワール、フロランス・クレールが、ヌレエフが率いたグループ公演〈ヌレエフ&フレンズ〉のオマージュとして企画したもので、ダンサーの指導にも当たった。クレールは〈ヌレエフ&フレンズ〉に参加して世界各地を巡演しており、ヌレエフから学んだ技術や表現力だけでなく、バレエに対する真摯な姿勢も伝えたいという思いもあって、中堅や有望な若手ダンサー、計14人を選んだようだ。
エトワールは6人。筆頭は、しばらく舞台から遠ざかっていたが、今年5月に見事に復帰を果たした人気抜群のマチアス・エイマン。多彩な作品に挑戦し、躍進目覚ましいジェルマン・ルーヴェ。入団6年目にして早くもエトワールに任命されたポール・マルク。出産を経て6月に復帰したばかりの韓国出身のパク・セウン。残る二人は、この3月に同時にエトワールに任命された注目のオニール 八菜とマルク・モロー。特にオニール 八菜は、エトワールに任命された初の日本人ダンサーとして注目されていた。彼女は2016年にブノワ賞を受賞しているだけに、待ち望まれた任命だった。一方のモローは今年36歳。遅咲きのほうだが、幅広い作品を踊り込んでいる強みはある。ほかに、今年プルミエ・ダンスールとプルミエ・ダンスーズに昇進したダンサー各1人と、男女3人ずつのスジェが参加した。

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© Kiyonori Hasegawa

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プログラムは、AとBの2種で、いずれもヌレエフが振付けた作品や彼が踊った演目をメインに据えている。両方に共通しているのは、ヌレエフがマリウス・プティパ版に基づき振付けた『ライモンダ』第3幕のグラン・パで、AプロとBプロで異なるキャストを組んでいた。ほかにヌレエフが手掛けた古典としては、Aプロで『眠れる森の美女』より第3幕のパ・ド・ドゥと『白鳥の湖』より第3幕のパ・ド・トロワが、Bプロで『くるみ割り人形』より第2幕のグラン・パ・ド・ドゥがそれぞれ取り上げられた。最初に上演されたAプロを観た。

Aプロは『眠れる森の美女』より第1幕の "花のワルツ" で幕を開けた。プティパに基づき、クレールが4組の男女のペアのために振付けたもので、チャイコフスキーの音楽にのせて優雅に踊られた。オニール 八菜とマルク・モローのペアには短いソロが用意され、オニール 八菜は軽やかなフェッテで、モローは柔らかな跳躍で存在感を示した。"花のワルツ" で舞台を華やがせると、そのまま第3幕のパ・ド・ドゥに続けた。こちらはヌレエフの振付で、踊ったのはパク・セウンとジェルマン・ルーヴェ。パクは的確にポーズを決め、つま先の表情も豊かにオーロラ姫を踊った。ルーヴェは、パクを巧みにサポートし、ヌレエフ独特の細かい技が盛り込まれたジャンプや回転を爽快にこなした。古典作品の後は、現代作品の『オーニス』。オペラ座のダンサーだったジャック・ガルニエが、退団後に自ら創設したカンパニーのために、モーリス・パシェによる2台のアコーディオンを用いた音楽に触発されて創作した作品。アントワーヌ・キルシェール、ダニエル・ストークス、アクセル・イボの男性3人によって踊られた。アコーディオンが奏でる民謡調の音楽が心地よく響き、それに促されたように、白いシャツに黒いパンツで床に寝そべっていた3人が起き上がり、次第に活気を帯びて軽快に踊った後、再び床に寝そべって終わった。

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第2部は『ダンス組曲』で始まった。ジェローム・ロビンズが、バッハの無伴奏チェロ組曲を用いて振付けた男性ダンサーのためのソロ作品で、踊ったのはマチアス・エイマン。チェリストの福崎茉莉子が舞台上に置かれた椅子に座り、おもむろに弾き始めると、呼応するように赤い衣裳のエイマンも踊り出した。身体をしなわせ、弾けるようにジャンプもすれば、足踏みで拍子を取ったり、静かな曲調では内面的な表現をみせたり、さらにアスレチックな技もこなすなど、自在に踊った。エイマンのしなやかな身体性は健在で、彼の新たな一面を知る思いもした。
続いて、ヌレエフ振付による『白鳥の湖』より第3幕のパ・ド・トロワ。ヌレエフ版ではジークフリート王子を物語の中心に据える独自の演出が施されているそうで、舞踏会での"黒鳥のパ・ド・ドゥ"は、オディールと王子にロットバルトも絡むパ・ド・トロワとして繰り広げられた。オディールのオニール 八菜は、ロットバルトという後ろ盾がいるからか、毒々しさを強調しないものの、確固とした身体の動きに柔らかな腕の動きを織り交ぜ、王子をはねつけ、惹きつけと、王子の心を読み解きながら巧妙にその心を揺さぶった。コーダのフェッテで大技はみせなかったが、律動的な回転で高揚感を高めた。王子のマルク・モローは、オディールの手を取るなど近づくたびにロットバルトに遮られるため、戸惑いや疑惑を抱きながらも魅せられていく王子の心理を細やかに伝えた。ヌレエフならではの細かい足技も卒なくこなし、スケールの大きなジャンプやピルエットをみせた。ロットバルトのアントニオ・コンフォルティは、マントを揺るがせて二人の間に割って入り、オディールをリフトするなど、王子を挑発して愛を誓うよう仕向けていく。ロットバルトに用意されたヴァリエーションでは鋭いジャンプや力強いマネージュを披露した。パ・ド・トロワとして三者を絡めることで劇的効果は確かに高まった。

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第3部は、ヌレエフ振付の『ライモンダ』より第3幕の結婚祝賀会のグラン・パ。ライモンダはパクが、ジャン・ド・ブリエンヌはポール・マルクが踊った。冒頭、2組の男女のペアが現れ、続いてもう2組のペアが加わり、華やかな雰囲気を醸したところで、パクとマルクが登場。パクはやや緊張した面持ちだったが、身体の隅々まで巧みにコントロールして典雅な踊りを披露。手を打ち鳴らしてゆったりと踊る見せ場でも、一つ一つのパを丁寧に紡いでいった。マルクはパクとの息づかいも合い、さり気なくサポートし、軽やかにリフトした。難度の高い技も自信に満ちた足さばきで臨み、持ち前の鮮やかなジャンプや回転技をみせた。二人の踊りの間に、一人の女性のソロや男性4人によるアンサンブルも挿入されたが、快調なテンポというかスムーズな流れで進行し、惜しむ気持ちを残して終わった。こうして幕を閉じたAプロ。プログラム的には物足りなさを覚えたが、抬頭してきたエトワールたちの活躍が見られたのは収穫だった。
なお、2024年2月には、パリ・オペラ座バレエ団が新芸術監督、ジョゼ・マルティネスに率いられて来日する。エトワールに任命されたことや昇進をバネに成長するダンサーも多いので、彼らがどう成長するかも気になるところ。となると、今回の〈オペラ座ガラ〉―ヌレエフに捧ぐ―は、パリ・オペラ座バレエ団の来演に繋げる公演だったといえるだろう。ちなみに演目は、Aプロで第3幕のパ・ド・トロワしか上演されなかったヌレエフ版『白鳥の湖』全幕とケネス・マクミランの『マノン』という。来日が待ち遠しくなった。(2023年7月26日 東京文化会館)

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