今年の冬に来日するウクライナ国立バレエが『雪の女王』日本初演などについて記者発表を行った

ワールドレポート/東京

香月 圭 text by Kei Kazuki

2023年12月〜2024年1月の開催が決定した「ウクライナ国立バレエ(旧キエフ・バレエ)」の冬の来日公演に向けて、記者発表が行われた。夏のガラ公演で来日中のウクライナ国立バレエ芸術監督の寺田宜弘とプリンシパルのニキータ・スハルコフとアナスタシア・シェフチェンコ、ソリストのカテリーナ・ミクルーハの4名が出席した。

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寺田宜弘(ウクライナ国立歌劇場バレエ芸術監督)写真提供:光藍社

芸術監督に任命されてから7ヶ月が経った寺田は「155年の歴史あるウクライナ国立バレエの芸術監督になるということは、とても名誉なことであると同時に責任もあります。戦争が始まり、5月には団員が20〜30人しかいませんでしたが、シーズン終了時には105名と増えていました。そして9月からは125名となっています。芸術監督として彼らの人生を預かっていかないといけません。残っている団員たちは10代、20代と若く、皆愛国心が強いです。自分の芸術をさらに素晴らしいものにして、より世界の人に愛してほしいと願う彼らと一緒に生きるということは、芸術監督として喜ばしいことです」と話した。
登壇したダンサーたちに戦争が始まってからのそれぞれの活動や思いについて質問が出されると、スハルコフは「キーウでは毎日空襲警報が鳴り響き、ミサイル攻撃は夜も行われています。それでも、私達は練習だけではなく、毎週数回の公演も行い、通常通りの仕事をしています。長年築いてきたウクライナのバレエの文化は、私たちがいなければ消えてしまうので、自分たちが頑張らなければいけないという使命感をもっています」と答えた。続いて、シェフチェンコは「私達が今、安全な日本にいても、自分の家族や親族はウクライナに残っているので、皆の心配をしない日はありません。私達がキーウにいるときは公演を続けて、私達を見に来る観客に喜びを与え、芸術の力で少しでも皆さんの気持ちが晴れやかになるよう、懸命に努めています。空襲警報のため避難所で一夜を過ごした後、たとえ一睡もできなかったとしても、バレエを続けなければならないと思っています。寺田さんや他の振付師の皆様のおかげで、新たな演目も加わり、それが私達のより良い成長に繋がっていると信じています」。ミクルーハは「朝起きるとウクライナ国外にいる両親に連絡して、〈昨夜の空襲警報があったが私は無事だ〉と伝えます。その後、劇場に行って練習や公演を行います。踊っているときは、多少なりとも気が晴れて、周囲で起こっていることを考えないでバレエに集中できます。それこそが私の支えなのです。夕方には必ず、キーウに暮らす祖父母にも電話して、何か必要なものはないか、皆無事かどうか電話で話します。これが私のキーウでの一日です。今回の公演を実現に導いていただいた関係者の皆様や、私がこのようにバレエを続けることを支えてくださっている皆様に感謝を申し上げます」と話した。
戦争勃発から昨年の暮れまでの活動について、スハルコフは「この一年半でいろんなことがありました。もちろん大変悲しい出来事が多かったですが、楽しい出来事もたくさんありました。この一年半で私達は三回も日本に来ることができて、それが一番印象に残っています」と回答した。シェフチェンコは「戦争が始まった当初は、一旦ウクライナ国外に避難しましたが、しばらくして、ウクライナに戻ってバレエを続けることを決心しました。私達は皆、自分の将来はどうなるのか非常に強い不安を持っていました。しかしバレエがあるからこそ、それが支えにもなってすべてを乗り越えることができました」とコメントした。また、ミクルーハは「侵攻が始まって1週間後、私はオランダ国立バレエに行きました。そこで1年間過ごした後、前回の来日公演の前に一旦ウクライナに戻ったときに、やはりここが私の居場所だ、ここにずっといたいという気持ちが強くなり、それ以来、私はキーウを拠点にしています」と振り返った。

長年ウクライナ国立バレエを鑑賞してきた熱心なファンの要望で、昨年度から始まったウクライナ国立歌劇場の芸術活動継続のための義援金は総額1700万9388円になり、劇場に贈られた。寺田は現代バレエ作品をカンパニーの新たなレパートリーとして取り入れる試みを始めた。これまでは、振付指導料や作品制作費がかかることやウクライナの観客の志向を考慮して、積極的には取り入れてこなかったのだという。「日本の多くのバレエファン、キーウの芸術を愛してくださる人々の力で、世界を代表するジョン・ノイマイヤーの『スプリング&フォール』とハンス・ファン・マーネンの 『ファイブ・タンゴ』という二つの素晴らしいバレエを上演することができました。それぞれのバレエ団から多くの協力もありました。日本、オランダ、ドイツ、ウクライナの四つの国がひとつになって素晴らしい環境を作っていただき、ウクライナの新しい舞台づくりができたと思っています」。この新しい2作品は今年5月にキーウで初演され、観客はこれらの新作を観て惜しみない拍手を送ったという。
ウクライナ国立バレエの団員たちには、国際舞台に登場する機会も与えられた。「シーズン終盤の6月の終わりに、ジョージア国立バレエ芸術監督のニーナ・アナニアシヴィリにご招待をいただき、ジョージアのトビリシ・バレエフェスティバルに参加しました。その後すぐにハンブルク・バレエ団50周年を祝う舞台に招かれ、パリ・オペラ座バレエ、ハンブルク・バレエの皆さんと一緒にウクライナの25名の団員たちが舞台に立ちました。このようなことはウクライナ国立バレエの歴史の中では一度もなく、ウクライナの芸術を世界の人に知っていただくことにつながる歴史的出来事だったと思います。私の人生のなかで、幸せな時間でした」と寺田は海外バレエ団との交流について話した。

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写真提供:光藍社

過去の旧キエフ・バレエ来日公演と比較すると、出演者の安否確認をはじめ、舞台セットなどの輸送問題、入国ビザ発行の問題、戦争による様々な物価高騰など、現在の国際情勢下での公演開催には何倍もの困難が生じるという。現在、キーウ発着の航空機がないため、団員やスタッフはキーウからポーランドのワルシャワまで12時間ほどかけてバスや電車で移動し、その後ドイツ経由などで約35時間以上をかけて来日するそうだ。また、今夏のガラに来日予定だったプリンシパルのオレクサンドル・オメリチェンコはウクライナ政府より招集令状が届いたため、今回の夏の公演に参加することができないなど、戦争の影響は大きい。このような厳しい状況の下での来日公演の意味について問われた寺田は「私たちが輝く場所は、舞台の上です。素晴らしい芸術の力で一日も早く平和の日が来るのを願いながら、私たちは毎日踊っています。戦争が始まって、一番最初の海外公演は日本でした。それは歴史に残る海外公演となりました。そして去年の冬、180人の団員たちが再び日本に行きました。これだけの人数が来日したのは奇跡だと思います。日本公演は私たちにとって一番大事な公演です。次回の冬の公演も団員一同感謝の気持をこめて、今まで以上にウクライナの芸術を多くの人に知ってほしいという気持ちで踊ると思います。多くのバレエファンの方々も、初めてバレエを見る方もいい思い出がたくさん作れる舞台になると思いますので、ぜひとも多くの日本の方々に公演を見に来ていただきたいと思います」と述べた。

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『雪の女王』ウクライナ国立バレエ/写真提供:光藍社

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『ジゼル』ウクライナ国立バレエ/写真提供:光藍社

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『ドン・キホーテ』ウクライナ国立バレエ/写真提供:光藍社

今冬のウクライナ国立バレエの来日公演では、次の三つの全幕バレエが上演される。劇場のオリジナル作品『雪の女王』日本初演のほか、日本からの義援金を使用して幕など舞台セットの一部を制作した『ジゼル』、そして、昨年の来日公演で好評となり、再演となった『ドン・キホーテ』。今回が日本初演となる『雪の女王』は2016年に制作されたウクライナ国立バレエのオリジナル・ファンタジー作品で、アンデルセンの童話をもとに、当時の芸術監督で2019年に急逝したアニコ・レフヴィアシヴィリが振付けた。音楽はヨハン・シュトラウスほかグリーク、マスカーニなど複数の作曲家の既存曲が使用されている。初演ではチャイコスキーの音楽が組み込まれていたが、戦争によりロシア人作曲家の作品は使用しないようにという政府からの要請で、昨年から音楽を作り変えてリニューアルされたものが日本でも上演される。キーウでは冬の風物詩として人気を呼んでいる作品だ。
各演目の主演には、劇場が誇るプリンシパルとして活躍するオリガ・ゴリッツァとニキータ・スハルコフを主軸に、若手の二人、24歳のイローナ・クラフチェンコと18歳のカテリーナ・ミクルーハも登場する。3演目で主演するクラフチェンコはリビウ国立バレエから移籍し、昨年の来日公演でも主演を務めた。一方、『ジゼル』と『ドン・キホーテ』の2演目で日本での全幕バレエ主演初披露となるミクルーハはキーウ国立バレエ学校を首席で卒業後、ウクライナ国立バレエに入団したがキーウが戦地となったため、オランダ国立バレエで精進を重ね、現在はウクライナ国立バレエに戻っていいる。アナスタシア・シェフチェンコは、『雪の女王』のタイトル・ロールの初演キャストを務め、冬の来日公演でも雪の女王役のほか『ジゼル』のミルタ役に出演が予定されている。バレエ公演は9都市10か所で開催され、バレエ団50名、指揮者、歌手、オーケストラ60名、スタッフ20名など総勢130名ほどで来日する。
冬の来日公演で三演目すべてに主演するスハルコフは「日本で演じる三つの演目は、それぞれ特徴があるので、その三つに主演することはアーティストとして非常に興味深く貴重な経験だと思います。侵攻が始まって、私達は皆変わりました。演じる役の中には必ず私自身も投影されているので、私自身が変われば、当然演技にも反映されてくるのは確かです。どこが変わったかというのは、まだ今は自分でもはっきりと言えないのですが、私の演技が変わったのは確かです」と語った。
冬の公演で雪の女王役を踊るシェフチェンコは『雪の女王』について「アニコ・レフヴィアシヴィリが振り付け、オレクシィ・バクランが音楽監督として既存の音楽を集めて構成しました。この作品は、たくさんの人間関係やカラフルな舞台美術も相まってとても華やかです。私達がウクライナで演じたとき、全ての会場は満員でした。ギリシャのアテネでも15回ほどの公演があり、好評でした。どの年齢の方にとっても、また家族でも楽しめる演目なので、日本の皆さんにも楽しんでいただきたいです。さらに主役だけではなく、2幕では、山賊などに扮したソリストたちが登場するので、彼らが踊るシーンも、とても見どころがあると思います」。
日本で全幕バレエ『ジゼル』と『ドン・キホーテ』に初めて主演するミクルーハは「主役を演じることには大きな責任を伴います。その重圧に負けないように、私自身も十分楽しみたいと思います。日本の観客の方々は非常に温かく観てくださるので、その気持ちに応えたいです。踊っている私達のエネルギーや私達の気持ちが、どれだけ観客の皆様に伝わるかという点にご注目ください」と抱負を語った。

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ニキータ・スハルコフ/写真提供:光藍社

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アナスタシア・シェフチェンコ/写真提供:光藍社

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カテリーナ・ミクルーハ/写真提供:光藍社

今後、劇場が目指すことについて、寺田は「戦争の中、団員一同ひとつになって、ウクライナの芸術を今まで以上に世界の人に見ていただくのが今の私たちの夢でもあります。日本に来るということは団員たちにとって夢のような世界なので、日本公演を今まで以上に大事にしていきたいです。団員たちは10代、20代で非常に若く、自国や文化を愛している素晴らしい団員たちです。きっと、彼らは次の世代に向けてウクライナの芸術を守ってくれると思います。去年の12月、日本に来る前にウクライナの8〜15歳の子供たちのコンサートを観たのですが、開演1時間前に空襲警報が鳴りました。しかし、30分後警報は解除となり、公演は無事始まりました。舞台で子供たちの目が輝いているのを見たとき、ウクライナの芸術は永遠に残ると確信しました。このような輝く目をもつ素晴らしい芸術家たちを大事にし、ウクライナのバレエを守り、今まで以上に素晴らしい劇場にしていきたいと思います」と語った。

記者からミクルーハに、一時期在籍していたオランダ国立バレエから、なぜウクライナ国立バレエに戻ったのかという質問があった。「オランダのバレエも有名でとてもいいと思いましたが、キーウに戻った理由は自分の故郷だからというだけでなく、ウクライナ国立バレエのレパートリーには昔ながらの古典演目もあれば、最近レパートリーに新しく加わった演目もある点がとてもいいと思うからです。そしてもう一つの理由は、やはり私は、ウクライナ国立バレエの指導者のもとで成長していきたいからです」と説明した。
冬の来日公演でウクライナが大変な時期に全幕3作の準備を進めるのは大変難しいのではないか、という記者からの質問に対して、寺田は「戦争の中、去年の5月から週2回のペースでバレエを上演しています。最も幸せな出来事は『バヤデルカ(ラ・バヤデール)』が上演できたことです。女性団員の出演が最も多い演目なので、この作品が上演できたということは、ほぼ100パーセント団員が揃ったという証明にもなるのです。冬に日本で上演するこれらの3作品は、今まで通りキーウでずっと上演し続けているものです。サイレンが鳴っても私たちはリハーサルを続けます。私たちの舞台を見に来てくださっている方々は、1か月のうちわずか2、3時間であっても戦争のことを忘れたいのです。観客の皆様に夢を与えるのが私たちの仕事であって、クラスでリハーサルをし、舞台の上で踊るということは、私たちにとってもその間だけ戦争のことを忘れることができるのです」。
ウクライナを取り巻く状況が厳しいなかでも、現代バレエをレパートリーに取り込れた意義について聞かれた寺田は「戦争の混乱のなかでウクライナの芸術が消えてしまえば、戦争が終わった後には何も残りません。芸術があるからこそ、国民の素晴らしさが残ると考えています。戦争の時代になぜ新しいものを作っていくかというと、芸術監督として残っている団員たちに夢を与えないといけないからです。昔からウクライナにある古典バレエとヨーロッパにあるその他のバレエをひとつにしていくことで、きっと新しいウクライナの芸術が生まれると思います」と話した。
寺田は「戦争の中、私が大変だと思ったことは一度もありませんでした。私が苦しいと思うと、すべての団員に夢を与えることができなくなってしまいます。たとえ空襲があっても、私はこの劇場と団員たち、そしてその家族を守っていかなければなりません。ですから、苦しいと思ったことは一度もありません。ハンブルク・バレエとオランダ国立バレエの2つの作品を制作し上演できたということは、私自身にとっても一歩前に進むことができたという思いを強くしました。そしてハンブルク・バレエ50周年ガラに参加できたことはウクライナ国立バレエにとって歴史に残ることだと思います。団員たちはハンブルクに10日間滞在することができました。その間、多くの団員達がジョン・ノイマイヤーの振付の意味や内情を自分の目で見ることができました。たった10日間でしたが、キーウに戻ってみると、団員たちの動きが変わりました。これは今シーズン、私にとって一番大きな収穫だったと思います」。ウクライナ国立バレエの団員たちと歩む寺田の目は、戦後の新たなビジョンを見据えている。冬に来日するウクライナ国立バレエの公演を楽しみに待ちたい。

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写真提供:光藍社

「ウクライナ国立バレエ(旧キエフ・バレエ)」

●2023年12月24日〜2024年1月6日
『ドン・キホーテ』(全3幕)
『雪の女王』《日本初演》
『ジゼル』(全2幕)
https://www.koransha.com/ballet/ukraine_ballet/2023-24/

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