三つのカンパニーのダンサーたちが二つの新作とバレエクラス、ガラ公演を披露する「The Artists - バレエの輝き-」。この舞台をプロデュースする小林ひかると辻香織に聞いた

ワールドレポート/東京

インタビュー・進行=香月 圭

8月開催のガラ公演「The Artists -バレエの輝き-」を手がけるプロデューサーの小林ひかると辻香織(フジテレビ製作担当)に、チャレンジする公演の制作現場のこと、舞台の見どころなどについて話を聞いた。二人は2020年1月の「輝く英国ロイヤル・バレエのスター達」以来コンビを組み、多様なテーマを掲げたガラ公演をプロデュースしている。


―― 「The Artists -バレエの輝き-」の開催が近づいてきました。この公演にご出演のダンサーの方々は、今回の演目のリハーサルをどのように進めてきたのでしょうか。

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公演プログラムの印刷をチェックする小林ひかる

小林:ガラ公演に出演するダンサーは、自分の決められたカンパニーのリハーサル時間の合間を縫って、時間を見つけて別公演のリハーサルをしています。夏は皆休みに入り、特にプリンシパルたちは、他のガラへも出演するので、その調整がかなり大変です。

―― 各作品の進捗状況についてお伺いします。まず、ニューヨーク・シティ・バレエのタイラー・ペックさんの新作についてはいかがでしょうか。

小林:今秋、ノーザン・バレエでも彼女は別の新作を振付けるので、そのためにイギリスのリーズに来ていただきお会いしました。その前に、ニューヨークで彼女の舞台を拝見したときにもお会いしています。「The Artists -バレエの輝き-」の新作については、直近のリハーサル映像をタイラーが撮影してくれたので、それを拝見しています。

―― 映像から見た全体像のイメージはいかがですか。

小林:そうですね。彼女は仕事がすごく速い方で、自分が作る作品にもそのスピード感が反映されたのか、あっという間に完成させてしまいました。ニューヨークのバランシンのバレエ団で踊っているダンサーならではの味が出ており、彼女が探究する新しい動きも入っています。彼女の熱意や自分の意図が明確に見て取れる作品になっている気がします。踊りには作り手の性格が出るので、彼女の優しさなど、いい部分が凝縮されています。作品を作っていて楽しいとおっしゃっているので、彼女に新作を委嘱してよかったと思います。

――タイラーさんの新作に山田ことみさんと五十嵐大地さんくんをキャスティングされましたが、リハーサル映像をご覧になったご感想はいかがですか。

小林:大地くんは、はるばるロンドンからニューヨークに赴いてくれました。現地に着いたら「こんにちは、はじめまして。はい、それでは始めましょう」という感じで、すぐにクリエーションが始まりました。このときに撮影された映像を見ると「これほんとうに新作なの?」というくらいに、振りが彼の体になじんでいました。おそらく、タイラーが大地のクオリティをすぐに感知したのだと思います。大地にふさわしい動きを彼女が創り上げた、という感じの作品が、創作開始後わずか一時間で見えてきて、私も驚きました。大地もことみも、彼女が言った通りの動きがすぐに出来てしまうので、まるで「即興」という感じで創作がスムーズに進んで「こんなに簡単に進行していいのか、もっと練り上げたほうがいいのではないか」と悩むくらいだと、タイラーも言っていました。

――公演の予告映像は、カメラマンのアンドレ・ウスペンスキさんが撮影されたのですか。

小林:はい、そうです。彼は私が現役だったときに、一緒に踊っていたこともあります。最初は静止画撮影からカメラマンとしてのセカンド・キャリアをスタートしたのですが、YouTubeなどの動画SNSが興隆する時代を迎え、その流れに乗って、彼も動画制作を始めました。動画の面白さにも目覚めたようで、今、作品作りに励んでいます。

タイラー・ペック新作のリハーサル、山田ことみ、五十嵐大地-©Andrej-Uspenski.jpg

タイラー・ペック新作のリハーサル 山田ことみ、五十嵐大地 ©Andrej Uspenski

――ベンジャミン・エラさんの新作について教えてください。

小林:ベンの新作は、前半を英国ロイヤル・バレエのプリンシパルたちと作り始め、後半をノーザン・バレエのダンサーたちと作りました。二つのカンパニーのダンサーたちがコラボレーションしてできた作品なので、いろんな「色」が見えると思います。ある部分の振付をする場合、一人のダンサーとそのパートを通して作るのが普通ですが、今回はロイヤルとノーザンのダンサーとそれぞれ創作したものが混じっているので、おそらくベンの方も個々のダンサーから受ける刺激が変わるため、普通の振付の過程より複雑で難しかったと思います。一方で、異なるダンサーたちからそれぞれインスピレーションを受けたので、それが作品にプラスされたところもあり、彼自身も楽しく作っていました。作品はすべて作り終えています。内容はここであまりネタバレをしたくないのですが(笑)。タイラーとは正反対の、どちらかというと落ち着いたクラシカルな作品です。彼はダンサーのクオリティを大切にしているので、それがにじみ出るような作品になっています。

――クリストファー・ウィールドン振付の『赤い薔薇ソースの伝説』は昨年6月、英国ロイヤル・バレエで初演されたほか、アメリカン・バレエ・シアターでも、今年3月にアメリカ初演されました。このように、各国のバレエ団がいくつか集まって新作を共同制作しているのと同様に、ガラ公演もグローバル規模で制作されていますか。

小林:そうですね。バレエ団同士の共同制作は、プロダクションにかかる費用におけるリスクを分散することができるという利点があります。ガラ公演の場合、世に出していきたい振付家の創作作品を披露する機会を、地域にこだわらずできるだけ多く作ってあげたいのですが、その発表の場を作り出すのがかなり難しいのです。規模の大きいバレエ団では、有名な振付家でないと新作を作る機会がほとんど与えられないので、今回のようなガラ公演で新人の作品をお披露目する機会を設けて、彼らの名前が少しずつでも知られていくように、お手伝いをさせていただいております。

――ひかるさんが今回プロデュースしたベンジャミン・エラさんやタイラー・ペックさんの新作は、ご主人のフェデリコ・ボネッリさんが芸術監督を務めるノーザン・バレエの秋シーズンのトリプル・ビルでハンス・ファン・マーネンさんによる50年前の作品『アダージョ・ハンマークラヴィーア』と一緒に上演されます(タイラー・ペックはノーザン・バレエのために別の新作を用意した)。

ベンジャミン・エラの新作リハーサルにて、マヤラ・マグリ、マシュー・ボール、後ろにベンジャミン・エラ ©Andrej Uspenski.jpeg

ベンジャミン・エラの新作リハーサルにて マヤラ・マグリ、マシュー・ボール、後ろにベンジャミン・エラ ©Andrej Uspenski

小林:夫婦でパートナーであるため、私たちは常に話し合いをしており、視点が似ているため意見が食い違っても、お互いの意見を理解し合うことができます。若くて現役のダンサーである振付家は、バレエ界において非常に重要です。特に、女性の振付家はまだ数えるほどしか存在していません。そのため、才能のある新人を見つけたら、私たちは皆でサポートする必要があると考えています。振付家の育成を後押しするために、プロデューサーや芸術監督など関心のある方には、有望な新人のプロジェクトを共有し、彼らの活躍の場を広げる手助けをするべきだと、私たちは考えています。

――他の出演者たちのリハーサルはいかがでしょうか。

小林:彼らが踊る映像を拝見しましたが、ベースがしっかりしたダンサーたちなので、踊り慣れているものと初めて踊るものの両方とも、心配無用といった感じです。ダンサーたちのことを信頼しておりますので、パ・ド・ドゥや小作品は彼らにお任せしております。一方で、若手のダンサーに関しては、リハーサルをしっかり見てあげて、適切な指導を与える必要があります。

――この公演のプロデューサーであるお二人が出会ったきっかけはどのようなものでしたか。

辻:ひかるさんが引退される前に初めてお会いしたのですが、そのときは、ある別の企画をお持ちでした。結局その公演は未だ実現には至らなかったのですが、2020年1月のガラ公演「輝く英国ロイヤル・バレエのスター達」を開催するということが決まって以来、ご一緒させていただいております。

――辻さんはバレエを踊られていたそうですが、舞台の制作方面に進みたいというご希望を昔からお持ちだったのですか。

辻:いえ、幼い頃は踊ることしか考えていなかったので、過去の自分からは全く思いも寄らないことでした。私はダンサーとしては、残念ながらひかるさんのようなキャリアを築けなかったのですが、ずっと周りにダンサーがいる環境で育ったせいか「こういうことはもう少しうまくいかないのかな」と思うことがありました。私はほとんど日本で育ったので、海外で踊っていた方々が帰国して、日本の状況について様々な意見をおっしゃっているのを伺ったときに「日本と海外とでは状況が全く違うのか」と驚きました。いざ就職となった際、私の興味は「公演を開催するためには、どのように物事を進めていくのだろう」というところにあったのでしょう。最終的に、このようなバレエの舞台制作に関わることのできるお仕事を得られたことは、すごく幸運だと思います。

――お二人のお仕事の役割分担はどのようになっていますか。

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ガラ公演中に上演する映像の編集に立ち会う辻香織

辻:ひかるさんにはアーティスティック面を主にご担当していただき、その他諸々の事務や制作面は私が担当していますが、ひかるさんには制作の方も一部担当していただいております。お互いに持ちつ持たれつで、やるべきことを見つけたら、手が空いた方が率先してやるというスタンスです。ひかるさんはレスポンスがものすごく早く、時差の壁も感じることなく進んで来ています。ガラ公演というのは、一回の公演で結果を出さなくてはいけないので、短期集中型のプロジェクトといえます。例えば「時間や金銭面など物理的な制約があるから芸術面もこうしてください」とか、逆に「アーティスティックの観点から、こういうことをこれだけの短期間で達成する必要があるので、準備はこのように進めよう」などといった、ガラ公演特有のプロジェクトの進行の仕方があります。実は毎回、行き当たりばったりになりがちなところを頑張って乗り切らざるを得ない場面もありますが、臨機応変に進めるようにしております。

――舞台のプロデュースや公演を支える側からどんなことを感じますか。

辻:元ダンサーだった方々の職業選択の幅が、昔と比べると増えていると思います。例えば、現役ダンサーのときからモデルをされたり、アンドレ(・ウスペンスキ)のように写真を撮影したりと、皆さんがそれぞれ多彩な分野で活躍されています。一方で、バレエをやっていた人がビジネスの分野に進出して、プロデューサーという仕事をやっていくという流れも、今後さらに増えていくのではないかと思います。ひかるさんのように、芸術面もビジネス面も両方できる方が増えると、もっと実験的な新しい事業が増え、観る側にとっても楽しいことが起きてくるのではないかと思います。

――ひかるさんご自身もセカンド・キャリアを見据えて、スポーツサイエンスやビジネスを学ばれたのですね。

小林:はい。バレエ以外にもやりたいことがいっぱいありました。引退した当時は、バレエ界に携わることは確かでしたが、どの道に進むべきかは、はっきりしませんでした。そこで、引退する前から勉強し始めたスポーツサイエンスやコーチング、プロデュースの仕事など、いろいろチャレンジしていった過程で、現在はこれらの仕事を同時に行っています。

――ひかるさんは振付家の育成の支援などいろいろ尽力されていますが、そういった試みが、日本のバレエ界の現状を少しずつ変えてきていると思われますか。

小林:日本のバレエ界の課題は本当に難しいのです。外から見ていても、外国で当たり前のことが日本で当たり前ではないことがかなり多いので、その辺りのギャップが大きいのを知って、最初は結構ショックでした。それでも、誰かが何かのアクションを起こさないと、結局何も変わりません。最終的には国のサポートをもっと仰ぎたいところですが、今はそこにたどり着くまでの過程として、私も活動しております。おそらく、業界の皆様が感じていることは同じだと思いますので、その目的に向かって皆が少しずつ動き出せば、何かを動かせることができるのではないか、という望みを抱いています。各々それぞれの事情があるので、皆で力を合わせて、というところまでは簡単にはいかないかもしれませんが「自分が生きている間に少しでもまとまった動きになっていけばいい」と最近は思うようになりました。昔は血気盛んで、バレエの根本的な問題を解決し覆さなくては、と意気込んでいましたが、そこに到達するまでにかなり時間がかかりそうなので、できることを一つずつ積み重ねてやり続けるしかないと思っています。

――ニューヨークの舞台を見に行って、ダンサーたちに出演を交渉されるなど、国際的に活躍されているビジネス・ウーマンとして、どのように育児と仕事を両立されているのでしょうか。 

小林:毎日やることが多すぎて、頭の中はパンク寸前です(笑)。「この時間はこの作業をする」と決められない状態なので、仕事も育児も同時進行で、全部まとめてやるという感じです。でも、いろんなことをしているので、そのおかげで別の分野からもいろいろ刺激を受けて、新しいアイデアが頭に浮かぶことがあります。娘はまだ8歳ですので、イギリスの学校を少し早めに終わらせて、日本の小学校に一時帰国で体験入学させています。彼女が学校に行っている時間帯は、すべて仕事に充てることができます。

――「The Artists -バレエの輝き-」の見どころを教えてください。

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小林ひかる、文京シビックホールにて

小林:今回のガラは、2カ国で3つの、トップ中のトップのカンパニーの、そのなかでもトップのダンサーたちが集結しているので、ひときわ特別な公演になります。ダンサーの顔ぶれを見ると、何を踊ってもOKな素晴らしいダンサーが勢揃いしています。普段はあまり見られない作品も取り入れていますので、ダンサーたちの新たな一面が見えてくるでしょう。それから、現役ダンサーによる新作も今回一番の目玉の演目です。日本のバレエ団でも新作が生まれていますが、これから世界のバレエを担っていく人たちも紹介して、子供たちにも見ていただきたいと思います。
クラスでは、いろんな国のいろんなバレエ団のスタイルがあるということをご紹介したいと思います。実際に舞台を客席から見ていただければ、どのスタイルが自分の好みなのかというのが、かなりはっきりするようなクラスになると思います。若いダンサーの将来にお役に立てるように、クラスのほか、ダンサー自身のバレエ団のレパートリーや、クラシック・バレエの基本はまずこれらから学び始める、といった古典の名作もあり、バラエティに富んだ構成になっております。この公演には一回といわず、何度か足を運んでいただけると、若いダンサーの方々にとっては、今後、自分が進みたい道を決める際の手助けになるのではないか、という思いでプログラムを作っておりますので、皆様どうぞ奮ってお越しください。

――スタイルの違いというのは、誰が見てもわかるものですか。

小林:はい、もちろん。例えば、一つの同じパを踊るとしても、ダンサーによってもちろん違いますが、やはりそれぞれのカンパニーのスタイルというものがありますので、「具体的にどこが違うのだろう」という視点で見ていただけると、また別の楽しみ方ができると思います。なかでも、バランシンの作品は日本を含め各国で上演されておりますが、今回、バランシンの専門のバレエ団であるニューヨーク・シティ・バレエより本家本元のバランシンのダンサーが来日するので「これぞバランシン」という真骨頂の踊りが見られると思います。楽しみにしていてください。

――この公演の実現へ向けた思いをお聞かせください。

辻:小さい頃からガラ公演を観るたびに、スターが大勢揃っているのに、1人1人がパ・ド・ドゥだけで終わってしまうのが、子ども心にもの寂しく感じられ「もっと彼らを見ていたい」と思った記憶があります。今回の公演では、バレエクラスやグループ作品の新作といった、ひかるさんが考案された、かなり挑戦的なプログラムも盛り込みましたので、制作面を管理する私には不安がたくさんあり、公演開催に踏み切るまでいろいろ悩みました。しかし、裏を返せばそういった新しい企画こそが今回のガラ公演のユニークな点だと思います。自分のお気に入りのダンサーをずっとオペラグラスで眺めるもよし、スターが勢揃いしていっせいに踊るのを見比べるのも面白い機会だと思いますので、ぜひこの公演を楽しみにしていただけたらと願っております。皆様のご来場を心待ちにしております。

タイラー・ペック新作のリハーサルにて、左から滑川真希、山田ことみ、タイラー・ペック、五十嵐大地-©Andrej-Uspenski.jpg

タイラー・ペック新作のリハーサルにて 左から滑川真希、山田ことみ、タイラー・ペック、五十嵐大地 © Andrej Uspenski

「The Artists - バレエの輝き - 」

会期:2023年8月11〜13日
会場:文京シビックホール 大ホール
公式サイト:https://www.theartists.jp/
出演:マリアネラ・ヌニェス、ワディム・ムンタギロフ、マヤラ・マグリ、マシュー・ボール、金子扶生、ウィリアム・ブレイスウェル、五十嵐大地(英国ロイヤル・バレエ)/タイラー・ペック、ローマン・メヒア(ニューヨーク・シティ・バレエ)/キャサリン・ハーリン、アラン・ベル、山田ことみ(アメリカン・バレエ・シアター)
演奏:蛭崎あゆみ(ピアノ)、滑川真希(ピアノ)、山田薫(ヴァイオリン)、松尾久美(ピアノ))

ニューヨークで行われた山田ことみと五十嵐大地のリハーサル映像。タイラー・ペックの世界初演作品の振付の一部が見られる。(写真家アンドレ・ウスペンスキ撮影)

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