Noism0/Noism1「領域」に見た、世代の異なる舞踊家たちによる「静」と「動」の巧みな表現

ワールドレポート/その他

香月 圭 text by Kei Kazuki

Noism0/Noism1「領域」

『Silentium』金森 穣:演出振付、『Floating Field』二見一幸:演出振付

「領域」と題したNoism0/Noism1夏公演を見た。第一部がNoism Company Niigata 芸術総監督の金森穣による演出振付作品『Silentium』で、Noism0 の金森と井関佐和子(同団国際活動部門芸術監督)の二人が出演した。そして第二部がLa Danse Compagnie Kaleidoscopeを率いる二見一幸による演出振付作品『Floating Field』。Noism1メンバー10名が出演した。

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Noism0『Silentium』金森穣、井関佐和子/撮影:篠山紀信

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Noism0『Silentium』金森穣、井関佐和子/撮影:篠山紀信

金森の作品『Silentium』とはラテン語で「沈黙・闇」を表す。エストニアの作曲家アルヴォ・ペルトの楽曲《Tabula Rasa(タブラ・ラサ)》の二曲目の楽曲タイトルが、そのまま舞踊作品名となっている。「タブラ・ラサ」とは「何も刻まれていない石板」を意味する。Noism Company Niigataでは、アルヴォ・ペルトの楽曲は5月の「黒部シアター2023春」の前沢ガーデン野外ステージでの『セレネ、あるいはマレビトの歌』や『Fratres I』(2019年)、『Fratres III』(2021年)で採用された。なかでも「Silentium」は2004年、Noism 設立の年に『black ice(第三部 black garden)』の終曲として用いられて以来の登場だという。この楽曲では、ヴァイオリンなどの弦楽のシンプルな響きを軸に、時折挟まれるプリペアド・ピアノ(グランドピアノの弦にゴムや金属などを挟んだり乗せたりして音色を変えたもの)のくぐもった音が、チャイムのように聞こえる。グレゴリオ聖歌などの古楽や宗教の研究に没頭し、その成果を自身の音楽にも取り入れ、東方正教会へ入信もしたアルヴォ・ペルトの音楽は、聞く者の心に敬虔な感情をもたらす。「Silentium」の物悲しい短調の響きには、興奮を鎮め、理性を呼び起こすような冷静さが感じられる。

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Noism0『Silentium』金森穣、井関佐和子/撮影:篠山紀信

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Noism0『Silentium』金森穣、井関佐和子/撮影:篠山紀信

開幕前、舞台左手に脚の長い燭台にろうそくが灯され、右手に砂山のようなものが白く光る景色が広がっている。一旦、緞帳が降り、再び上がると、この小山には上から米粒が砂時計のように落ち続けた。『Fratres I』『Fratres III』でも登場した米の演出である。この米の滝からは「無限に続く時間」が感じられる。さらには、Noism Company Niigataの拠点である「米どころ 新潟」の豊穣さを象徴するのかもしれない。凪のように静かなペルトの音楽のリズムは、白糸の滝のような米粒の垂直の流れにとても合っていた。
紗幕の向こう、舞台中央よりやや右手寄りに、金箔に包まれたような衣装の金森と井関の二人が抱き合って、オルゴール人形のように揺れていた。紗幕が上がると、金髪がトレードマークである井関は黒髪になっていたのが分かり、二人は双子のようにも見えた。衣裳はA-POC ABLE ISSEY MIYAKE デザイナーの宮前義之が担当した。彼はアルヴォ・ペルトの楽曲から「静謐な銀河空間の中で輝き続ける光の舞」を想起したという。
ヴァイオリンの高音域の軋み音が響き渡る空間のなか、金森が井関をしっかりと包んで、一心同体となりゆっくりと泳いでいくように移動していく。繋がれていたように見えた二人は、独立した動きも始める。井関の影のように金森も彼女と同じ動きをするシークエンスもあり、金森がアラベスクなど井関の美しいポーズをしっかりと支えるパートナーリングも息が合っていた。二人が離れて別の動きをしていても、互いの気配は常に感じているようだった。
ろうそくが灯された舞台に、金の衣裳を纏った二人が重心を落として擦り足で移動すると、薪能の舞台で踊る演者のようにも見える。前の動きがゆっくりと終わり、次の動きがいつの間にか始まり、宇宙飛行士が無重力空間で遊泳しているような動きが展開していく。金箔が体に張り付いたような衣裳から時折のぞく井関のつま先が際立って美しかった。それ以外の身体の線は隠されていて見えなかったので、二人の踊りのラインがもうすこしはっきり見えたら、とも思った。しかし、金森が井関を抱えるリフトでは、二人が上下に積み重なって、複雑な造形美が表れた。二人が肘を曲げた片腕を前にして向かい合っている姿は、東南アジアの幻想的な影絵芝居の人形のようにも見えた。
舞台美術のクライマックスでは、米の滝が4つ出現した。井関が米の落下に手を差し伸ばす様子、そして金森が米粒を頭部に浴びる様からは、何かを祈念する心が感じられた。舞台上方からグレーの壁の一部が下がって来る演出があったが、筆者は舞台を「和」の空間として観ていたため、繊維が透ける和紙のようにも見えた。人生の黄昏を思わせる暗い茜色の終盤の照明も印象的だった。音楽と照明は舞台の終わりに向かって収束していったが、金森は井関を後ろから抱きかかえ、井関は宙に両足が前に曲がったまま、宙に浮いたような姿勢で幕は閉じられた。この幕切れからは、豊穣の郷、新潟でNoism Company Niigataを立ち上げた二人が、これからも舞踊活動を続けていく決意を宣言したかのように感じられた。

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Noism1『Floating Field』庄島すみれ、中尾洸太/撮影:篠山紀信

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Noism1『Floating Field』撮影:篠山紀信

第二部の『Floating Field』では、Noism1の10名が二見一幸とのクリエーションに挑み、彼らの若いエネルギーを観客が十分に体感する作品となった。堂本教子デザインによる黒スーツ、あるいは上着なしのブラウスやシャツと黒パンツの衣裳をまとったダンサーたちは、いつもより大人っぽく見える。舞台右手にいた中尾洸太が足元の巻物を蹴ると、白く光るシートが左側の下手まで広がる。そこに坪田光と庄島すみれがトップスピードでシートの上に飛び出し、アクロバティックな絡みがスタートする。続いて後ろにいた残りのメンバーも動き出す。シートはもう1枚加わり、舞台を左右に横切る方向や、舞台奥と手前を結ぶ縦方向で敷かれるなど、「領域」が浮遊するように絶えず変化していく。そのライン上で舞踊家たちがソロ、デュオ、群舞などを繰り広げる。10名で繰り広げるユニゾンは、さすがにNoismメソッドで訓練されただけあり、統一された美が宿る。一人のダンサーの動きが時間差で次のメンバーへ感染していくような群舞や、隣のダンサーと繋がって10名横一列になり、一体化して大波のように動くスケールの大きい動きも、作品の良いアクセントとなった。ダンサーたちの肉体の可動域の広さを活かした上半身のひねりも大きく、見応えがあった。人生は一人の時間や友達やパートナーと過ごすひととき、チームでひとつのものに取り組む期間などを経て、次のフェーズへと流転していくものだが、この舞踊では一人の人間が青年期に体験する歩みを活写しているようにも見える。二見の舞踊言語は、一度の鑑賞ですべてを記憶に留めることができないほどの多様性を帯びていた。
7Chatoによる音楽では、場面を切り替える契機として、様々な効果音が使われていた。疾走していたダンサーたちが音の切り替わりに反応してピタッと静止する様が、アニメのキャラクターのように見え、舞台の非現実的な世界に引き込まれた。特に印象に残ったシーンは、舞台中央を左右に区切るようにシートを置き、スイッチのような「カチッ」とした音で青と黄色の照明が左右で切り替わるという演出だった。中盤でドメニコ・スカルラッティの音楽に合わせた抒情的な群舞も挟まれていた。
Noism2リハーサル監督を務める浅海侑加は、Noism1 の舞台に久々に演者として登場したが、彼女の踊りからは作品世界への没入度が一際大きいと感じられた。終盤では、舞台中央に十字にシートが置かれる。シートは外側を折りたたまれ、さらには白く光る領域が四つ葉のようになった。この中心点に浅海侑加が立ち、その周りを残りのNoism1メンバーが取り囲む。浅海を中心に全体が収縮し、海中のイソギンチャクの如くスパイラルになびく様が美しい。中央部に集まったダンサーたちのパワーが放たれて一斉に外側に散っていくような動きからは、彼らの若さ溢れるエネルギーがいかに大きいかが感じられた。

Noism0/Noism1による夏公演は、世代の異なる舞踊家たちによる「静」と「動」の巧みな表現を堪能した一夜となった。
(2023年7月14日 めぐろパーシモンホール)

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Noism1『Floating Field』中央上、浅海侑加/撮影:篠山紀信

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Noism1『Floating Field』撮影:篠山紀信

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