ENBのリード・プリンシパルとなった加瀬栞が「横浜バレエフェスティバル2023」「SHIVERバレエコンサート2023 」(京都・福岡開催)に出演する、イギリスの活動と日本公演について聞いた

ワールドレポート/東京

インタビュー=香月 圭

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イングリッシュ・ナショナル・バレエ(ENB) リード・プリンシパルの加瀬栞が、昨年に続いて今年も「横浜バレエフェスティバル2023」に登場し、日本初演となるタマラ・ロホ振付『ライモンダ』第2幕よりパ・ド・ドゥをENBのファースト・アーティスト 仲秋連太郞と披露する。さらに京都・福岡での「SHIVERバレエコンサート2023 」では、二山治雄と『ラ・シルフィード』よりパ・ド・ドゥ(ブルノンヴィル版)を踊る。ENB前芸術監督タマラ・ロホから厚い信頼を寄せられて昇進を重ねてきたキャリアや、今回の出演について話をきいた。

ーー 昨年「横浜バレエフェスティバル2022」に初登場されました。

加瀬:実家が横浜にあり、「横浜バレエフェスティバル2019」を拝見させていただき、出演のオファーをいただきましたが、その時はあいにくスケジュールが合わずにお断りしました。それ以来、毎年お誘いいただいておりましたが、ようやく去年「横浜バレエフェスティバル2022」に出演が叶い、とても嬉しかったです。

ーー 元バーミンガム・ロイヤル・バレエ プリンシパルの厚地康雄さんと『眠れる森の美女』第3幕より グラン・パ・ド・ドゥを踊りました。

加瀬:厚地さんとは以前も何度か一緒に踊らせていただいたことがありますが、優しい方でパートナーリングもお上手です。積極的にコミュニケーションを取ってくださるので、一緒に踊っていてすごく楽しいです。共演のたびに感謝の気持ちが湧いてきます。

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横浜バレエフェスティバル2022「眠れる森の美女」グラン・パ・ド・ドゥより厚地康雄と ©フォトクリエイト

ーー 去年は「京都バレエ プティ・コンセール」(SHIVERバレエコンサートの前身)にもご出演されました。ダンサーたちが大勢集まり、豪華な競演を繰り広げる大規模な「横浜バレエフェスティバル」と、100名程度のお客様がダンサーたちと同じ舞台上から至近距離でダンサーを見ることができるライブ感覚の小規模な「SHIVERプレミアム」の双方のエッセンスを凝縮した公演でした。舞台上でのバレエクラスのデモンストレーションの後、ガラ・コンサートの部で衣装をつけたダンサーたちによるパフォーマンスがあり、ダンサーたちも加わってのトークもありましたが、こちらの公演に出演された感想をお聞かせください。

加瀬:バレエクラスをお客さんに見ていただくという機会はこれまであまりなかったので、緊張しました。でも、クラスレッスンですごく体が温まった状態ですぐに本番のパフォーマンスに移るという流れが、ダンサーの側からもすごくよかったと思います。公演だけを見ていただくだけでなく、クラスもありトークコーナーもあり、カジュアルな感じで見ていただけるのがすごくいいなと思います。会場も和やかな雰囲気でした。

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2022年7月開催 京都バレエ プティ・コンセール クラスショーイングより ©フォトクリエイト

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2022年7月開催 京都バレエ プティ・コンセール クラスショーイングより 厚地康雄と ©フォトクリエイト

ーー この形式の公演が、今年から「SHIVERバレエコンサート」という名称になりました。昨年に続き今年も京都で開催され、福岡公演は初めてとなります。栞さんは今回もご出演され、福岡を訪れるのは初めてだそうですね。

加瀬:はい。京都と福岡での「SHIVERバレエコンサート」では、二山治雄くんと『ラ・シルフィード』よりパ・ド・ドゥを踊ります。彼とは仲良くさせていただいており、今回が初共演となるので、とても楽しみです。

ーー 「SHIVERバレエコンサート 2023」では、YBCコンクールの上位入賞者たちによるエキシビションもあります。

加瀬:コンクールや発表会以外での舞台の経験というのは、なかなかないですよね。ですから、こういった機会で舞台に出ることで成長できると思いますし、若いダンサーたちにとっては、とてもいい経験だと思います。

ーー 「横浜バレエフェスティバル2023」では、同じカンパニーのファースト・アーティストの仲秋連太郞さんとタマラ・ロホ振付による『ライモンダ』第2幕よりパ・ド・ドゥを踊ります。この新しいヴァージョンは、今夏が日本初演となるそうですね。

加瀬:5月にENBの『ライモンダ』がマドリッドで上演されたばかりですが、そのときタマラに「日本の公演で『ライモンダ』をお客さんにぜひお見せしたい」というお話をさせていただいたところ、すぐに「いいよ」と快諾していただきました。このヴァージョンの衣装は、普通のクラシック・チュチュではなく、ENBから衣装をお借りすることになっています。

ーー 仲秋連太郞さんはENBの新シーズンからジュニア・ソリストに昇進されますね。彼はどんなダンサーだと思われますか。

加瀬:体の使い方がすごく綺麗で、とても力強いダンサーです。最初のロックダウン明けぐらいからずっと『ライモンダ』のリハーサルをしていたとき、彼はライモンダの婚約者ジョン・ド・ブリヤン(プティパ版ではジャン・ド・ブリエンヌ)の恋敵、オスマン帝国の王子アブドゥル(プティパ版ではアブデラクマン)役で、そのときにずっと一緒に練習していたパートナーでした。しかし、再びロックダウンとなり、一緒に踊る機会がなくなってしまいました。ですから、今回、彼と踊ることができて、すごく嬉しいです。

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ーー タマラ・ロホさん振付の『ライモンダ』はクリミア戦争の兵士を支えるナイチンゲールを彷彿とさせるヒロインのようですね。従来のプティパ版における中世の十字軍時代のストーリーとは異なります。

加瀬:ロックダウンになる直前の2020年1、2月頃から初期のクリエーションに携わっていましたが、2022年1月の初演まで制作に2年ほど時間を要しました。初めのうちはストーリーを明確に演じるのがすごく難しく、様々なことをタマラに質問したり、先生方と話し合ったりして自分の頭の中でクリアにしていきました。この作品で昇格させていただいたので、とても思い入れがあります。

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リード・プリンシパル昇格  ©Johan Persson

ーー この『ライモンダ』の2022年1月18日の初演で主役を務め、1月21日の終演後、タマラ・ロホさんから舞台上でリード・プリンシパルに指名されました。このときのお気持ちはいかがでしたか。

加瀬:昇格すると思っていなかったので、最初はびっくりしました。タマラからは「自分が思った通りに踊ってくれて嬉しかった」というお言葉をいただきました。

ーー 「横浜バレエフェスティバル2023」では、ENBのリード・プリンシパルの高橋絵里奈さんと栞さんが共演されます。

加瀬:絵里奈さんは、私がENBに入団した時から第一線で活躍されていた方で、私たち後輩のことをいつも気にかけてくださり、自分の経験を惜しみなく私達に教えてくださいます。私がコール・ド・バレエだったときには一緒に舞台に立っていましたが、今回のような形で共演させていただける機会はあまりないので、楽しみにしております。

ーー ENBのリード・プリンシパルになられてからの変化はありましたか。

加瀬:先生方とより近い距離でお話ができるようになったと思います。

ーー タマラ・ロホさんが2012年に芸術監督になってから、栞さんは2013年ソリスト、2014年ファースト・ソリスト、2016年のパリ・オペラ座のツアー公演でプリンシパルに任命され、そして、去年1月リード・プリンシパルへ昇進されました。

加瀬:プリンシパルになるまでは早く昇格させていただいたのですが、その後、大怪我をして、復帰したのにまた怪我をして、ということを何回か繰り返してしまい、信頼を失いかけていた矢先にリード・プリンシパルに昇格させていただきました。タマラがディレクターだった時代に2回も舞台で昇格を発表されたのは私だけです。バレエ団内での口頭での発表だけではなく、舞台でもお客様の前で昇格をさせていただくというのは、ダンサーにとっては本当に特別なことです。怪我を繰り返していた間も私を信じてずっと待っていてくださって、とても嬉しかったです。彼女には本当に感謝しています。

ーー 6月に開催された第12回ジャクソン国際バレエコンクールでは、シニア男性部門で佐々木嶺さん、そしてシニア女性部門で徳彩也子さんがそれぞれ金賞に選ばれました。栞さんも2014年大会にてシニア女性部門で優勝されましたが、その時のお写真が今回、会場に飾られていました。出場されたときの思い出はありますか。

加瀬:ジャクソン(国際バレエコンクール)は2週間と会期も長く、出場者もたくさんいました。ソロを5曲も用意する必要があり、これほど短期間に集中してソロをたくさん踊る機会はあまりないと思います。リハーサルは1日あたり1人1時間だけしかなかったので、多くのヴァリエーションを毎日続けて練習していくのが大変でした。バレエ団の全幕物の公演では、いろんな場面で踊りを見せられる一方で、コンクールでは1曲で全てを出し切らなくてはいけないというプレッシャーがあります。苦労も多かったですが、いろんな人にお会いすることができたので、コンクールに出場してよかったと思います。

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©フォトクリエイト

ーー このコンクールへの出場はバレエ団の方から勧められたのでしょうか。

加瀬:そうですね。ソリストのときにタマラに出場するように言われました。

ーー タマラ・ロホさんはサンフランシスコ・バレエの芸術監督に任命され、ENBの新たな芸術監督には元ゼンパー・オーパー・バレエ(ドレスデン国立歌劇場バレエ)芸術監督のアーロン・S・ワトキンさんが就任しました。

加瀬:8月から彼の任期が公式に始まり、現在は、前任バレエ団の仕事と半分ずつのような状態ではあると思いますが、彼のヴィジョンは非常に明確で、いろいろなことが変わりました。彼とはこれから正式にお話しさせていただきますが、彼はダンサーのことを考えてくださっているので、いい方向に進んでいると感じます。

ーー ENBには日本人のダンサーが高橋絵里奈さんと栞さん、ファースト・ソリストの猿橋賢さん、去年2022年にスペイン国立ダンスカンパニーから移籍されソリストとしてご在籍の大谷遥陽さん、そして今回の栞さんのパートナーを務めるファースト・アーティストの仲秋連太郞さんなど、大勢いらっしゃいます。日本人ダンサー同士の交流はありますか。

加瀬:そうですね。皆でよく一緒にご飯を食べに行ったりしています。

ーー ENBでは6月からクリストファー・ウィールドン振付の『シンデレラ・イン・ザ・ラウンド』を上演していました。円形舞台のロイヤル・アルバート・ホールの上演なので「イン・ザ・ラウンド」というフレーズが付いているのですね。

加瀬:私は「シンデレラ」を踊るのが大好きで、どのヴァージョンでも深い世界観を感じます。2015年にKバレエカンパニーに客演させていただきましたが、熊川哲也さんの振付は熊川さんのオリジナルのストーリーに加えて音と振りがマッチしており、踊っていてすごく気持ちよかったです。2019年にウィールドン版の初演のときも主演しているほか、義姉クレメンティーン役も演じています。今回出演したロイヤル・アルバート・ホールは広くて綺麗で、踊っていて素敵な劇場なので、初めてこの円形版で踊ることができて嬉しかったです。今でもまだ夢を見ているみたいです。

ーー タマラ・ロホさんは女性振付家の発表の機会も積極的に設けていたようですね。栞さんと同僚のダンサーのスティナ・クアグブーアさん振付『テイク・ファイブ・ブルース』が配信中ですが、コンテンポラリーダンスの表現者としての栞さんの魅力も伺い知ることができました。この作品には仲秋連太郞さんも出演されていて、彼の踊りも格好良かったです。ジャズ風の洒脱なこの作品に出演された感想を教えていただけますか。

加瀬:『テイク(・ファイブ・ブルース)』は、ロックダウン明けに作られた作品です。彼女は創作にあたり「難しく考えすぎずに楽しんで踊れる作品を作りたい」と言っていましたが、実際その通りで、私たちも踊っていてとても楽しい作品になりました。実は、スティナはENBを退団したのですが、以前はバレエ団の一員だったので、出演するダンサー全員のことを熟知しています。ダンサーたちは皆、彼女とコミュニケーションが取りやすいので、アイデアを出し合っていい雰囲気で作品が作れたのではないかと思います。お客様も一緒になって楽しめる作品でもあり、機会があればまた踊りたいなと思います。

ーー 映像は正面だけでなく、いろんな角度から撮影されていましたね。

加瀬:1日10回ぐらい通して踊らなくてはならなかったりと、撮影は大変でした。最後の方は頭がクラクラしました(笑)。

ーー ENBではウィリアム・フォーサイスの作品なども上演されていますね。

加瀬:私に対して「純粋なクラシック・ダンサー」というイメージを持っていらっしゃる方が多いと思いますが、その固定概念を破りたいと思っています。「自分がどれだけできるか」などと尻込みせずに、何事もゼロから始めようと思いました。フォーサイスさんの振付でもそれぞれ全く違う雰囲気の二作品『Playlist (EP)』と『Blake Works I』に出演しましたが、いろいろなことを学ぶことができ、音に合わせて踊るので、すごく楽しい経験でした。

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Playlist  ©Laurent Liotardo

ーー 現在リハーサルされている作品について教えてください。

加瀬:9月からの新シーズンで、サドラーズ・ウェルズ劇場にてバランシンの『テーマとヴァリエーション』とデヴィッド・ドウソンによる『Four Last Songs』、そしてアンドレア・ミラーによる『結婚』(音楽:ストラヴィンスキー)からなるトリプル・ビルが上演されます。私は『テーマとヴァリエーション』とデヴィッド・ドウソン作品にキャスティングされています。ドウソンの作品は初めてで、今、振り写しの段階ですが、楽しみにしております。

ーー 2021年に完成した新スタジオ Mulryan Center for Danceは窓が大きく、開放感が感じられるスタジオですね。

加瀬:以前は広いスタジオが1つと小さいスタジオ1つしかありませんでしたが、現在は、大きいスタジオが4つと、下の階に舞台公演ができるプロダクション・スタジオがあります。舞台に立つ前に照明をつけてリハーサルができ、とても大きいスタジオです。フィジオ(理学療法室)や大規模なジムもあり、あらゆる設備が整っていて、ダンサーのために作られた建物という感じです。一昔では考えられない進化を遂げています。

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Take Five Blues 公演後

ーー イングリッシュ・ナショナル・バレエスクールはその建物内にあるのですか。 

加瀬:スクールのためのスタジオは3つあり、私達と一緒に引っ越す予定でしたが、まだこちらに来ておりません。このスタジオは現在、ミュージカルの練習などの貸しスタジオとして使われています。

ーー お仕事とプライベートはどのようにバランスを取っていらっしゃいますか。

加瀬:昔は「バレエだけ」という感じで、今思えば、殻に閉じ籠もっているような時期もありましたが、最近はお友だちとご飯食べに行ったりしています。レッスンは皆一緒にしていますが、作品のリハーサルは主役だけで極めて少人数なので、同僚の方たちともっとコミュニケーションを取りたいと思うようになりました。そこで、ダンサーのちょっとしたパーティーなどにも積極的に参加するようにしています。

ーー 最後に栞さんの舞台を見に来るお客様へのメッセージをお願い致します。

加瀬:日本では踊る機会が少ないので、このような場を与えてくださって光栄です。私がイギリスで踊っているところも、いつかお客様に見ていただけたらと思います。日本での舞台を見ていただいて「ENBの公演を観にイギリスに行ってみよう」と思ってくださったら、すごく嬉しいです。

◆横浜バレエフェスティバル2023

・公演 2023年8月6日(日) 14:00
神奈川県民ホール(大ホール)
https://shiver.jp/yokohamaballetfes2023/

◆SHIVER バレエコンサート2023

・京都公演2023年7月29日(土)15:00/ロームシアター京都(サウスホール)
・福岡公演2023年7月30日(日)17:00/ももちパレス・福岡県立ももち文化センター(大ホール)
https://shiver.jp/shiver_concert2023/

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