ワディム・ムンタギロフが6月に刊行した自伝について、「The Artists - バレエの輝き - 」公演について、大いに語った

ワールドレポート/その他

インタビュー=香月 圭

6月に自叙伝「FROM SMALL STEPS TO BIG LEAPS」を刊行したワディム・ムンタギロフは、英国ロイヤル・バレエ団の来日公演を無事終えたばかり。自身初となる著書について、また8月開催の「The Artists -バレエの輝き‐」のことや、昨秋『うたかたの恋 -マイヤリング‐』で人生に苦悩するルドルフ皇太子を演じたときの役づくりなどについて、話を聞いた。

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ワディム・ムンタギロフ、自叙伝を手に

―― 6月に刊行された自叙伝が大変好評だそうですが、執筆を決意したのはいつ頃ですか。

ムンタギロフ:実は、パンデミックの時期に始まりました。ロックダウンの間は、皆が家でじっとしていたからです。80歳になるロンドンの友人、リンダに「電話でいろんなことをお話してもいいですか」とお願いすると、彼女は話し相手となってくれました。こうして彼女にいろんなことをお話ししていたところ、ある日彼女はこういったのです「まあ、よくしゃべるのね。話したいことがいっぱいあるんじゃない? コロナ禍のことについては、どう思う?」と。こうして、全てが始まったのです。初めは、コロナ期の日記のような感じで、本を出そうとか、そういうことは考えていませんでした。このようにして、僕はロックダウンで自宅に閉じ籠められて、どう感じているのか、などについて説明するようになりました。

―― コロナ期の記録が自伝の刊行という企画に発展した理由はなんですか。

ムンタギロフ:この語りを始めてから、ほぼ1年の月日が経とうとしていた頃、子ども時代の話題に遡ることにしました。彼女は僕の話を録音し、書き留めることを楽しんでいました。そして「どの版元もこれを出版したがらないとしても、少なくともどこかで書き留められるべき。後で両親のために翻訳してあげればいいのでは」という助言をくれました。本を出版するという目的や計画など最初はなかったのですが、彼女の言葉に後押しされて、出版を考えるようになりました。
出版の準備がすべて整うまでには、約3年かかりました。パンデミック前には、英国ロイヤル・バレエ友の会に属する版元が数社あったのですが、コロナ収束後、数社は廃業し、残りの何社かは物事がコロナ以前のように戻るかどうかわからないので、リスクは取れないということでした。そこで、ある個人出版社のところへ行ってみると、それ以後はとてもスムーズに事が運び、困難を感じることもありませんでした。僕のライフストーリーを語り、それを出版できたのは、時間がたくさんあったからです。

―― 今回の自伝で工夫したところはどこですか。

ムンタギロフ:他の伝記を見ると、本にはたくさんの写真がありました。そこで、僕も特別なエピソードについて語るページには写真を入れたいと思いました。読者の方がその話を読んだ時に、同時に関連する写真を見て、それがどうだったかを想像して欲しかったのです。例えば、ロシアのダーチャ(菜園つきの別荘)について僕が語るとすると、その写真があれば、僕が話していることについて、写真が雄弁に語ってくれるというわけです。

―― その本には、どんなエピソードが書かれていますか。

ムンタギロフ:僕のこれまでの人生すべてについて、つまり、僕の幼少時代から英国ロイヤル・バレエ団での日々に至るまで、です。僕はチェリャビンスクで生まれ育ち、そしてペルミ・バレエ学校に進学し、ローザンヌ国際バレエコンクールに参加し、それからロンドンへ移りましたが、これも人生におけるもう一つの大きな変化でした。それから、ロイヤル・バレエ・スクールを卒業後、イングリッシュ・ナショナル・バレエに入団しました。そして、英国ロイヤル・バレエ団に移籍したことなど、僕がプロのバレエ団に入団して以降のことが、すべて書かれています。公演の日にはどのように準備をするのか、自分に降りかかる過大なプレッシャーやストレスをどのように発散しているのか、大きなバレエ団での仕事や海外での仕事、別のカンパニーでの客演についてなど、僕が経験してきたことが、ほとんどすべて書かれています。真実はこの本にある通りで、隠しごとは何もしていません。この本では極めて卒直に語っています。なぜイングリッシュ・ナショナル・バレエを退団したのか、なぜ英国ロイヤル・バレエ団へ移籍したのか、そういったこともすべて含まれています。それから、パンデミックの時の日記も掲載されています。

―― 本にはベンジャミン・エラさんのエピソードもあります。あなたのクラスメートでもあり、ルームメイトでもあったそうですね。

ムンタギロフ:そうです。ベンは僕がロンドンに来て以来、とても助けてくれました。彼に初めて会ったのは、ローザンヌ国際バレエコンクールのときでした。ロンドンのロイヤル・バレエ・スクールに僕が転校してきたとき、彼がいたのでびっくりしました。それから僕たちはルームメイトになりました。ベンはとてもいい人で、穏やかで優しい性格です。

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『チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ』© Andrej Uspenski

―― 8月のガラ「The Artists - バレエの輝き - 」にベンさんの新作で出演されます。

ムンタギロフ:今回の創作は、彼にとっては簡単ではなかったと思います。なぜなら、僕たち3組のカップルは皆プリンシパルで、6人全員が揃うという時間を見つけることは、とても難しいのです。ベンは半年以上前に創作を始めました。英国ロイヤル・バレエ団のシーズンの合間を縫って、この部分を少し、あの部分を少し、という感じで創作を進めていきました。創作は困難を伴い、課題も多くあり、努力もたくさん必要としました。何人か揃ってリハーサルをしようとしたこともありましたが、誰かがその日に出演したり、誰かが公演前日のため休みを取りたいということで、全員揃うのは不可能でした。そこで、男女のカップル単位でクリエーションに取り組んでいきました。作品の全体像を感じるには至っていませんが、8月に東京に戻って来たときに仕上がるでしょう。全員が揃った時に、それぞれのピースをつなげ合わせれば、どんな感じかが分かると思います。

―― この公演では金子扶生さんがパートナーとなりますね。

ムンタギロフ:彼女はとても素敵です。英国ロイヤル・バレエ団では、一緒に踊る機会はそれほど多くはないのですが、海外では共演の機会が増えています(英国ロイヤル・バレエ団の大阪公演では金子扶生と『ロミオとジュリエット』全3幕を踊った)。ロンドンではジョージ・バランシンの『シンフォニー・イン・C』やフレデリック・アシュトンの『二羽の鳩』など、一幕だけのワン・アクト・バレエを一緒に踊りました。(小林)ひかるプロデュースの夏のガラでは『シンデレラ』と『コッペリア』のパ・ド・ドゥと、ベンの新作を踊ります。

―― ロイヤル・オペラ・ハウス シネマシーズン 2022/23『シンデレラ』のパートナーはマリアネラでした。

ムンタギロフ:パートナーとなるダンサーには皆それぞれ個性があり、僕にとって特別な存在です。パートナーが変わると、僕の感じ方も変わります。人々はバレエ団内のダンサーの組み合わせについて、「マリアネラの相手はワディムだ」という感じで、ほとんど変わらないと考えているようです。実際、ロンドンで僕はたいていマリアネラと踊っていますが、今回のガラでは扶生と踊り、マリアネラは別の相手と踊ります。(ガラ公演のプロデューサー 小林)ひかるのアイデアというのは、いつもの組み合わせのカップルをシャッフルしたいということだと思います。実際、この公演でのパートナーはいつもと少し変わります。12月に僕は牧阿佐美バレヱ団『眠れる森の美女』公演にゲストとして東京に戻ってきますが、その時はまた、マリアネラと踊ります。

―― 今回のガラでは『コッペリア』も踊ります。

ムンタギロフ:ベルミ・バレエ学校にいた頃、毎年学年末に、学校全体で『コッペリア』全幕を学校の発表会で上演していました。僕は若かったので、主役は演じていませんでした。英国ロイヤル・バレエ団では2019年に出演しています。『コッペリア』は音楽がとても好きで、振付も新鮮に感じます。ですから、この演目を踊れるということにわくわくしています。ガラ公演では踊り慣れている演目を踊るのが普通ですが、今回はベンジャミン・エラの新作や、踊る機会の少ない『コッペリア』そして『シンデレラ』も、いつもと違うパートナーと踊るので、挑戦しがいがあります。

―― 観客の前でバレエクラスを行う「ルーティン」というプログラムもあります。

ムンタギロフ:僕たちはいつものバレエクラスのルーティンをするだけですが、今回はベンジャミン・エラがクラスを指揮するので、彼の腕にかかってくると思います。彼からどんなコンビネーションの課題が僕たちに与えられるか、といったところにご注目ください。
英国ロイヤル・バレエ団で公演がない日は、エネルギー全開でクラスを受けます。たくさんジャンプをして、自分自身を鍛えて、テクニックを改善していくことに主眼が置かれます。一方、公演がある日は出番に備えて、体を温め、体の調子を整えます。観客の方々にとっては、ダンサーたちがどのようにしてウォームアップをするのかをご覧になることができて、面白いのではないかと思います。このガラのデモンストレーションでは、バーとセンターでのレッスンをフルで行うという構成になるのではと思います。バレエクラスの時間もいっぱいありますので、皆様にお楽しみいただけるのではないでしょうか。
バレエクラスでコンビネーションを踊る時には、ピルエットの途中などで体が落ちることもあります。なぜなら、調子を整えている最中だからです。観客にとって面白いのは、舞台裏で起こっていることを目の前で見られることです。舞台に出る前に、ダンサーたちが美しい王女や王子に変身していく様をご覧いただけます。

―― このガラでは、アメリカン・バレエ・シアターやニューヨーク・シティ・バレエのダンサーたちも参加します。

ムンタギロフ:アメリカのダンサーたちの姿はInstagram や YouTubeでしか見られないものですが、生の舞台で彼らが踊るのを見られるということは、とても素晴らしいことだと思います。実際にお会いして話してみると、印象もまた変わるものです。仕事のときだけではなく、ランチや夕食、そしてコーヒータイムに集まって一緒に過ごしている間に、個性豊かなダンサーたちの素顔を少しずつ知っていくことになります。こうして、いつも新しい出会いを楽しんでいます。

―― あなたの自叙伝に「ヴァドリーム Vadream」というニックネームの由来について触れている箇所がありますね。

ムンタギロフ:それは学校時代に溯ります。ペルミ・バレエ学校とロイヤル・バレエ・スクールでは、先生がいつも僕たちに「女の子とパートナーを組んで踊る時は、君たちはジェントルマンであるべきだ」と言っていたのです。「女の子のことをしっかり気にかけて、彼女たちを楽しませないといけない」といつも言われていました。だから、僕はいつもそのルールに従っています。パートナーを組んで踊る時は、誰と踊ろうと関係なく、できる限りベストの状態で相手と向き合います。バレリーナたちはストレスを感じたり、ナーバスになったりすることがあります。そんな時、僕はいつも彼女たちをリラックスさせて、明るい気分にさせてあげようと努めます。そして、彼女たちが心地よくいられるよう、良いパートナーであろうと努めています。このように、僕はただ彼女たちが求めるままに応じているだけですが、彼女たちは僕のことを「ヴァドリーム Vadream(夢のような相手であるワディム)」と呼んでいるというわけです(笑)。でも、僕は単にやるべきことをしているだけなのです。

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『白鳥の湖』(© Andrej Uspenski

―― 昨年秋に、英国ロイヤル・バレエで上演されたマクミラン振付『うたかたの恋 -マイヤリング - 』のルドルフ皇太子の演技で、 第23回英国ナショナル・ダンス・アワード(英国舞踊批評家協会賞)「最優秀男性クラシック・ダンサーにおける傑出したパフォーマンスの部」でノミネートされました。

ムンタギロフ:2ヶ月に渡ってこの作品に取り組みましたが、どこにも出かけられず、『白鳥の湖』や『ジゼル』など他のバレエを同時に踊ることも許されず、このバレエに集中することを余儀なくされました。ドラマチックな作品ですが、とても気が滅入るストーリーで、精神的にも肉体的にもとても過酷な作品です。心の問題を抱えた不安定な人物になりきって、相手役を痛めつける演技をしなくてはなりません。そしてさらに不幸なことに、朝、稽古場へ向かう時でさえも、すでに憂鬱な気分になり、日常生活にも支障をきたすほどでした。夢の世界のイノセントな王子を演じるのとは全く異なる経験でした。
リハーサルでは先生といろいろな点を直していくので、何かがうまくいかない時は一旦止まって、それを直して再び踊ってみます。『ジゼル』や『くるみ割り人形』のリハーサルでは、主に技術的なことを先生から指摘され、その部分を修正すれば、それでほぼ万々歳です。しかし『うたかたの恋 -マイヤリング - 』のリハーサルでは、その登場人物を演じてもいるので、踊りを止められると、それまで演じていた人物の気持ちの流れが途中で切れてしまいます。先生のアドバイスを冷静に受け入れて再び踊り、演技に没頭している最中に再び止められたりということを繰り返していくのは、この作品ではなかなか難しいことでした。その代わり、本番では、最良の時間を味わいました。マクミランの『マノン』や『ロミオとジュリエット』のときと同様に、幕が上がると一つのシーンから次のシーンへと自然に演じることができ、その物語をただ生きている、という風に感じられたのです。

―― ルドルフ皇太子を演じるということは、やはり特別な体験だったのですね。

ムンタギロフ:『うたかたの恋 -マイヤリング - 』の公演が無事終わりましたが、次の古典作品に戻った時に、ステップひとつすら、ろくにこなせなくなっていたのです。マクミランのあらゆる作品において言えることですが、登場人物の役作りにおいて、アーティストとしては格段に成長しますが、テクニックの上達は見込むことができません。そこで「王子になるにはどうしたらいいか。クラシックのステップをどうしたら上手くできるようになるか」ということをもう一度学び直しました。
「あなたはクラシックのダンサーですか、それともネオ・クラシックですか、それともコンテンポラリーのダンサーですか」とよく聞かれますが、「あなたはマクミラン・ダンサーですか、それともアシュトン・ダンサーですか」という質問もありだと思います。なぜなら、彼らの作品は古典作品とは全く異なるスタイルですから。バレエクラスでは扱われることがない、これらのスタイルを身につけるのは簡単なことではありません。ダンサーの中にはこれらの作品をただひたすら踊ってみたいと思う人たちも多く、英国ロイヤル・バレエ団でこうした特色のあるレパートリーを踊ることができて、とても幸運だと思います。

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『ロミオとジュリエット』© Andrej Uspenski

―― 舞台を観に来てくださる日本のお客様へメッセージをお願いします。

ムンタギロフ:劇場へ足を運んで私の踊りを見て応援していただき、本当にありがとうございます。普段は日本からこんなに離れたヨーロッパにいるのに、それでも日本のお客様には僕の動向をフォローして応援していただき、本当に感謝しています。日本にはこれから何度も戻ってきます。ですから「さよなら」という感じではなく、これが最後の舞台になるとも感じていません。日本に戻ってくると、皆様からの愛が感じられて、いつも幸せです。ある地域の公演では、上演しているバレエがどんな作品なのかを、お客様が理解していないように感じることもあるのですが、日本のお客様は本当にバレエの知識が深く、僕を応援してくれるのがわかります。どうか素敵な夏をお過ごしください。そして、皆様の健康と幸せをお祈りします。僕はさらに精進を重ね、日本のお客様にお楽しみいただけるように頑張ります。

The Artists -バレエの輝き-

会期:2023年8月11〜13日
会場:文京シビックホール 大ホール
公式サイト:https://www.theartists.jp/
出演:マリアネラ・ヌニェス、ワディム・ムンタギロフ、マヤラ・マグリ、マシュー・ボール、金子扶生、ウィリアム・ブレイスウェル、五十嵐大地(英国ロイヤルバレエ)/タイラー・ペック、ローマン・メヒア(ニューヨーク・シティ・バレエ)
/キャサリン・ハーリン、アラン・ベル、山田ことみ(アメリカン・バレエ・シアター)
演奏:蛭崎あゆみ、滑川真希、松尾久美(ピアノ)/山田薫(ヴァイオリン)

「FROM SMALL STEPS TO BIG LEAPS」

Vadim Muntagirov (ワディム・ムンタギロフ)/著
Grosvenor House Publishing Limited
https://shop.roh.org.uk/collections/ballet-books/products/vadim-muntagirov-from-small-steps-to-big-leaps-book

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