物語の伝統と洗練された古典バレエ、ダンサーの優れた資質が活力と多様性を備えたバレエ団の"今"を提示した〈ロイヤル・セレブレーション〉

ワールドレポート/東京

佐々木 三重子 Text by Mieko Sasaki

英国ロイヤル・バレエ団〈ロイヤル・セレブレーション〉

『田園の出来事』フレデリック・アシュトン:振付/ほか

英国ロイヤル・バレエ団が4年ぶりに来日した。本来は2022年に予定されていた日本公演だが、コロナ禍による影響でバレエ団としての来日が見送られたため、昨年は選りすぐりのメンバーによるガラ公演として開催された。今回は14度目のフルカンパニーでの来演である。東京公演のプログラムは、バレエ団の伝統的な演目や注目の現代作品を組み合わせた〈ロイヤル・セレブレーション〉と、看板演目ともいえるケネス・マクミランの傑作『ロミオとジュリエット』の2種だった。ここでは、日本公演の幕開けとなった〈ロイヤル・セレブレーション〉を取り上げる。3回公演の初回を観た。

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『For Four』© Kiyonori Hasegawa

〈ロイヤル・セレブレーション〉は妙趣の異なる4演目で構成されていた。バレエ団のアーティスティック・アソシエイトを務める気鋭の振付家、クリストファー・ウィールドンによる4人の男性のための『For Four』で始まり、ファースト・ソリストとしても活躍中のヴァレンティノ・ズケッティによる4人の女性のための『プリマ』というこれも抽象的な小品が続き、バレエ団の創設振付家、フレデリック・アシュトンによる『田園の出来事』という1幕の物語バレエが上演された後、ジョージ・バランシンによる『ジュエルズ』より"ダイヤモンド"という古典バレエの様式を踏まえた作品で締めくくられた。

幕開けの『For Four』は、2006年、世界の男性スター・ダンサーをフォーカスした〈キング・オブ・ザ・ダンス〉公演のためにウィールドンが創作した作品で、アンヘル・コレーラ、イーサン・スティーフェル、ニコライ・ツィスカリーゼ、ヨハン・コボーの4人により初演された。ロイヤル・バレエ団に採り入れられたのは2022年11月と最近のこと。4人の男性が横並びでポーズを取る姿がシルエットで浮かび上がり、ダンスが始まった。一人のステップが隣のダンサーにリレーされていったり、向かい合って踊ったり、また鮮やかなジャンプや回転でそれぞれが妙味を披露するなど、スリリングな展開が楽しめた。この日のキャストは、ベテランのワディム・ムンタギロフとマシュー・ボールに、若手のアクリ瑠嘉とジェイムズ・ヘイという顔触れ。アクリ瑠嘉の鋭敏なステップやムンタギロフの伸びやかなジャンプが目に付いた。用いられたシューベルトの「弦楽四重奏曲第14番〈死と乙女〉」の味わい深い響きもあって、抒情的な雰囲気のある作品になっていた。

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『For Four』© Kiyonori Hasegawa

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『プリマ』© Kiyonori Hasegawa

対照的に、『プリマ』はズケッティが4人の女性ダンサーのためにサン=サーンスの「ヴァイオリン協奏曲第3番」の第3楽章を用いて振付けた最新作。この日は、フランチェスカ・ヘイワード、金子扶生、マヤラ・マグリ、ヤスミン・ナグディという4人のプリンシパルにより踊られた。シルエットで浮かんだ横一列の4人が、照明が当たる前方の床に歩を進め、踊り始めた。まず目を奪われたのは、鮮やかな色を使った四人四様の奇抜な衣裳だった(衣裳デザイン:ロクサンダ・イリンチック)。ロマンテッィ・バレエ時代の『パ・ド・カトル』の現代版を意識したのか、往年の優雅さとはかけ離れた技巧が駆使されており、4人のプリマたちは俊敏な回転や鋭い足さばきを難なくこなしていった。切り込むような回転をみせたナグディ、ドレスの裾の揺れを効果的に操った金子ら、皆、巧みだった。ストッキングなしの生足だったこともあり、彼女たちの脚力の凄さが際立った。

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『田園の出来事』© Kiyonori Hasegawa

『田園の出来事』は、ツルゲーネフの戯曲に基づき、アシュトンが1976年に手掛けた晩年の傑作である。上流階級の地主の別荘を舞台に、息子の家庭教師として招かれた青年により一家に生じる亀裂が、ショパンの音楽にのせ、バレエという台詞を用いて饒舌に綴られた。幕が開くと、家族らが集うイスラーエフ家の別荘の居間で、後方に庭が見える。ショパンの「『ドン・ジョヴァンニ』の"お手をどうぞ"による変奏曲」のワクワク感をそそるような音楽が効果的で(ピアノ:ケイト・シップウェイ)、登場人物がさりげなく紹介されていく。長椅子に寝そべる魅力的なナターリヤ夫人(ナターリヤ・オシポワ)、夫人に好意を抱き夫人に読み聞かせをする友人ラキーチン(ギャリー・エイヴィス)、ピアノを弾く養女ヴェーラ(イザベラ・ガスパリーニ)、机に向かう息子コーリャ(リアム・ボスウェル)、そして家政婦カーチャ(ルティシア・ディアス)と従僕マトヴェイ(ハリソン・リー)。初老のイスラーエフ(クリストファー・サンダース)が鍵をなくしたと大騒ぎし、皆が一緒になって探すと、ナターリヤが見つけて夫に手渡した。そんな平穏な生活が、若くて格好良い家庭教師ベリヤエフ(ウィリアム・ブレイスウェル)の出現で変調をきたす。遊び相手ができたように無邪気に喜ぶのはコーリャだけのようで、ヴェーラはベリヤエフに憧れを抱き、ナターリヤも彼に惹かれてしまう。ナターリヤにベリヤエフへの恋心をたしなめられて反発するヴェーラを、ナターリヤは思わず平手打ちしてしまい、後悔の念に駆られるが、自身もベリヤエフへの想い抑えきれずにいる。一方、家政婦のカーチャも彼に関心を示すが、戯れて一緒に踊るだけで執着はしない。ベリヤエフは椅子に置かれたナターリヤのショールを抱きしめているのを彼女に見つかってしまう。見つめ合った二人は互いの心を共鳴させるようにパ・ド・ドゥ(PDD)を踊り始めた。ベリヤエフはナターリヤに寄り添い、ナターリヤは彼に身体を委ね、その胸に飛び込んでリフトされるなど、次第に激しさを増していった。二人が抱き合っているところにヴェーラが戻ってきて、憤りも露わにナターリヤをなじる。ただならぬ状況を悟ったラキーチンは、これ以上の悲劇を食い止めようと、ベリヤエフと共に別荘を去る。ひとり佇むナターリヤの後ろ姿を見て、ベリヤエフは彼女の部屋着のリボンにそっとキスをし、彼女が胸に付けてくれた赤いバラを床に置くことで別れを告げ、無言で立ち去った。ふと振り返ったナターリヤは床の花に気付いて手に取り確かめるが、悲しみをこらえるように静かに花を床に落とした。互いを思い遣る切ない心情が余韻を残す、滋味深い幕切れだった。物語の展開を中心に書いてしまったが、ナターリヤの複雑な心の内を繊細に、身体表現も豊かに伝えたオシポワをはじめ、ナターリヤとの情熱的なPDDに加え、家庭教師という立場をわきまえた演技をみせたブレイスウェル、快活で真っすぐな性格のヴェーラを好演したガスパリーニ、渋みのある演技をみせたラキーチンのエイヴィスら、それぞれに味わいがあった。

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『ジュエルズ』より"ダイヤモンド"
© Kiyonori Hasegawa

最後を飾ったのは、バランシンが1967年に創作した『ジュエルズ』より"ダイヤモンド"(全編)。サンクトペテルブルク生まれのバランシンは、アメリカのバレエの礎を築き、音楽を視覚化した抽象バレエを創作した巨匠として知られる。『ジュエルズ』は、バランシンによる初の全幕抽象バレエで、フォーレの音楽による"エメラルド、"ストラヴィンスキーの音楽による"ルビー、"そしてチャイコフスキーの音楽による"ダイヤモンド"の全3幕からなる。中でもチャイコフスキーの「交響曲第3番」(第1楽章を除いた第2〜第5楽章)に振付けた"ダイヤモンド"は、ロシアの古典バレエの様式を踏まえ、プティパへのオマージュとして知られる。第3楽章を用いた男女のペアによる格調高いPDDはガラ公演でよく上演されるが、今回は群舞を含む全編が上演された。2本の豪華なシャンデリアが吊るされた舞台で、白いクラシック・チュチュで着飾った女性たちによるワルツで始まった。様々なフォメーションが整然と展開され、典雅な雰囲気を醸した後、プリンシパルの男女のペア、マリアネラ・ヌニェスとリース・クラークが登場。端正な身のこなしで、古典バレエの基本ともいえるポーズやステップを模範のように精確に繋いでいったが、そこに情緒を滲ませていたのはさすが。速いテンポの第4楽章には男女の群舞のほか、プリンシパル・カップルによるヴァリエーションも入るが、特にクラークが披露した爽快なマネージュや強靭な回転技は見事だった。最終楽章は全員参加によるポロネーズで、華やかに壮麗に締めくくられた。〈ロイヤル・セレブレーション〉は、物語バレエの伝統と洗練された古典バレエの世界に加えて、バレエ団の"今"も提示するという意欲的なプログラムだった。公演を通じて、バレエ団の多様性や活力、どのような芸術にも柔軟に対応するダンサーたちの優れた資質が実感できた。
(2023年6月24日マチネ 東京文化会館)

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『ジュエルズ』より"ダイヤモンド"© Kiyonori Hasegawa

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