サラ・ラムのジュリエットとスティーヴン・マックレーのロミオ、カーテンコールでは長いスタンディングオベーションが贈られた、英国ロイヤル・バレエ団

ワールドレポート/東京

佐々木 三重子 Text by Mieko Sasaki

英国ロイヤル・バレエ団

『ロミオとジュリエット』ケネス・マクミラン:振付

4年振りに来日した英国ロイヤル・バレエ団。〈ロイヤル・セレブレーション〉に続くプログラムは、ケネス・マクミラン振付の『ロミオとジュリエット』だった。シェイクスピアの国の、そしてドラマティックな物語バレエを得意とするバレエ団の看板演目である。驚いたのは、東京で行われた7公演のジュリエットとロミオに、すべて異なるプリンシパルが配されていたこと。そうそうたる顔触れなので、記しておきたい。初日を飾ったのはサラ・ラム&スティーヴン・マックレーのベテラン組で、ヤスミン・ナグディ&マシュー・ボール、フランチェスカ・ヘイワード&アレクサンダー・キャンベル、ナターリヤ・オシポワ&リース・クラーク、アナ・ローズ・オサリヴァン&マルセリーノ・サンベ、マリアネラ・ヌニェス&ウィリアム・ブレイスウェルと続き、最終日は高田茜&平野亮一の日本人ペアが締めた。どの組も観たいが、ここでは初日のカップルを選んだ。

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© Kiyonori Hasegawa

シェイクスピアの戯曲によるバレエ『ロミオとジュリエット』には多くのヴァージョンがあるが、マクミランが1965年にロイヤル・バレエ団のために創作した版は、舞踊言語を巧みに駆使した演劇性豊かな作品として高い評価を得、今日まで広く親しまれている。舞台はモンタギュー家とキャピュレット家が敵対するヴェローナの街。
幕開け、モンタギュー家のロミオ(マックレー)がロザラインに想いを告げようとするが果たせず、友人のマキューシオ(ジェイムズ・ヘイ)とベンヴォーリオ(カルヴィン・リチャードソン)に慰められるシーンが描かれる。颯爽と登場するマックレーは、マントのなびかせ方からして格好良い。マキューシオのヘイは、キャピュレット家のティボルト(ギャリー・エイヴィス)を挑発するなど血気盛んな青年を好演。諍いから始まった両家の乱闘はヴェローナ大公により収められるが、モンタギュー公とキャピュレット公は反目し合ったままで、不穏な雰囲気を漂わせていた。ここからは、主役の2人が係る場面を中心に進めたい。

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© Kiyonori Hasegawa

ジュリエット(ラム)が登場するのは、人形を振り回して乳母と戯れるシーン。ラムはすばしっこく走り回り、乳母の膝の上に座るようなあどけない少女になりきっていた。両親に求婚者パリス(ニコル・エドモンズ)に引き合わされて戸惑い、乳母や母の陰に隠れようとするなど、ジュリエットの無邪気さや恥じらいを自然体で伝えていた。次の見どころは、ロザラインを追ってキャピュレット家の舞踏会にしのびこもうとするロミオとマキューシオとベンヴォーリオが踊るパ・ド・トロワ。3人は白タイツの脚をユーモラスに動かして、弾む心を表していた。ジュリエットは舞踏会でパリスとしとやかに踊るが、仮面を被ったロミオと目が合うと、二人は忽ち恋に落ちてしまう。ロミオがジュリエットの弾くリュートにのせて彼女の心に訴えるように踊れば、ジュリエットはパリスを退けてロミオと組んで踊りもした。ティボルトに訝しがられても、どうしようもなく惹かれていく様を、ラムとマックレーはスリリングに演じてみせた。ロミオから人々の関心をそらそうと、おどけた仕草で勢いよく駆け巡ったマキューシオの演技が見応えがあった。誰もいなくなった舞踏会場で、仮面をはずしたロミオとジュリエットが互いの心を確かめ合い、響かせ合うように踊るデュエットは、その後の"バルコニーのパ・ド・ドゥ(PPD)"へのプレリュードのように思えた。バルコニーで舞踏会の余韻に浸るジュリエットは忍び込できたロミオを見つけ、促されるまま庭に下りて一緒に踊る。マックレーはダイナミックなジャンプで飛び回り、回転も交えて胸の高まりを伝えると、ラムも彼に寄り添い、細やかな足さばきで応えた。繰り返されるリフトも美しかった。マックレーは肩にのせたラムがしなやかに背を反らして片脚を高く伸ばすのを支え、逆さにリフトしたり、肩にのせたままステージを駆けたりするなど、次第に燃焼度を高め、熱いキスを交わして別れた。若い恋人たちの情熱がほとばしるような瑞々しいPPDで第1幕は閉じられた。

ジュリエットとの恋で夢見心地のロミオは、以前のようにマキューシオらと戯れたりしない。自然と笑みがこぼれてしまうのを演じるマックレーは、可愛らしくもあり、見るのが恥ずかしくもあった。ロミオが市場で結婚式の行列と遭うのは暗示的。ロミオはジュリエットの手紙を乳母から受け取り、彼女が自分との結婚を承諾すると知り、喜び勇んで教会へ向かった。二人は僧ロレンスのもとで密かに結婚した。ロミオが戻ると、新郎新婦のいる市場はお祭り騒ぎ。ティボルトはロミオを見つけて決闘を挑むが、ジュリエットと結婚したばかりのロミオは闘いを拒み、友好の態度を示した。代わりにマキューシオが決闘を受けて戦うが、ロミオの方を振り向いた隙に、後ろから刺されてしまう。マキューシオは大丈夫だと気丈に振る舞ってみせるが、最期にティボルトとロミオをなじるように指差して息絶えた。真に迫るヘイの演技だった。衝撃のあまり理性を失ったロミオはマキューシオの剣を取ると、けしかけるティボルトと戦い殺してしまう。そこにキャピュレット夫人(エリザベス・マクゴリアン)が現れ、ティボルトの遺体にすがりつき、身悶えして嘆き、ロミオに剣を向けもした。ロミオが追放の身となったところで第2幕は終わる。

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第3幕は、目覚めたジュリエットとロミオの別れのPDDで始まった。出立しようとするロミオと出立させたくないジュリエットによる絶望的なデュエットである。憔悴した様子のロミオは必死にすがりつくジュリエットを抱きとめ、振り回して踊るが、そこにロミオの救いようのない無力感がにじみ出ていた。ジュリエットはロミオから離れまいと、がむしゃらにしがみつくことしかできない。せっぱ詰まった二人の狂おしい愛を伝えるようなラムとマックレーの演技だった。
両親からパリスとの結婚を告げられたジュリエットは激しく拒むが、両親は受け付けない。ベッドに座り、険しい眼差しで考え込むジュリエットに、人形遊びに興じたころの残像はもうない。ラムは、自分の意志を持ち、自ら行動する成長したジュリエット像を打ち出していた。僧パリスから仮死状態になる薬を授けられたジュリエットは、両親とパリスに結婚を承諾すると伝え、パリスに腕を取られて踊るが、その表情は虚ろで、つま先には拒否のニュアンスを滲ませていた。

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© Kiyonori Hasegawa

婚礼の前夜、ジュリエットは薬を手にして怯えためらうが、意を決すると一気に呑み干し、ベッドの上に横たわった。ここでもラムはジュリエットの心の揺れを繊細に伝えた。仮死状態のまま埋葬されたジュリエットだが、真相を知らずに墓室を訪れたロミオは、彼女の傍らで嘆くパリスを無言のまま短剣で刺し殺し、ジュリエットを抱えて踊った。ロミオの大きく開けた口からは悲痛な叫び声が聞こえてくるようで、動かぬジュリエットを抱きしめたり、彼女の腕を自分の身体に絡めたりする姿は何とも痛ましい。諦めたように彼女を棺台に戻すと、潔く毒をあおって死んだ。眠りから覚めたジュリエットは、パリスの遺体に気付いて怯え、次にロミオが倒れているのを見つけておののき、ロミオと同じように声にならない叫び声をあげた。希望を失ったジュリエットは、床に落ちていた短剣で自身の胸を刺し、棺台に這い上がり、ロミオの遺体に手を差し伸べるようにして息絶えた。哀しみが舞台を覆い、幕は静かに閉じられた。相手なしでは生きられないという思いが死を招いてしまったわけだが、ほかに救いようはなかったのか。二人を死に追いやったのは、本当は何だったのか。そんなことも問い掛けるような終わり方だった。

初日に主役を演じたラムとマックレーは日本での人気も高く、二人の共演も待たれていたようで、カーテンコールでは二人へのスタンディングオベーションが長く続いた。この日に出演したダンサーたちは、皆、適所適材で、バレエも演技も巧みにこなしていた。実際、言葉は話さなくても、ダンスや身振りから台詞が聞こえてくるようだった。市場の群舞は身分の違いなどに応じて踊り分けられていたし、マンドリン・ダンスでアクリ瑠嘉が鮮やかなソロを披露したのも印象に残った。また、ジュリエットの友人を務めた6人のうち、3人が日本人だったことにも驚かされた。現在、11人の日本出身のダンサーがいるそうで、平野亮一、高田茜、金子扶生に続いて、次に誰がプリンシパルに昇進するかも期待される。ともあれ、様々な意味で、バレエ団の底力を感じさせた英国ロイヤル・バレエ団の公演だった。
(2023年6月28日 東京文化会館)

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