バレエピアニスト蛭崎あゆみインタビュー「優れた音感を持つダンサーたちの舞台を楽しんでほしい」

ワールドレポート/東京

インタビュー=香月 圭

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撮影:津留崎徹花

新国立劇場バレエ団のバレエクラスやリハーサルなどの現場で、カンパニー・ピアニストとして活躍中の蛭崎あゆみに、どのようにダンサーと音楽を通して緊密なコミュニケーションを取っているのか、ピアニストの視点からたっぷりと語ってもらった。また、8月開催の「The Artists - バレエの輝き ‐」の出演についても話を聞いた。

―― 「the Artists-バレエの輝き-」のプロデューサーをされている小林ひかるさんから「バレエクラスの伴奏を舞台上でお願いします」というオファーを受けたときのお気持ちをお聞かせください。

蛭崎:最初にお話いただいたときは、すごく面白い企画だと思いました。一方でとても難しいだろうとも感じました。私はクラスとリハーサルの両方を弾くバレエピアニストの仕事をしていますが、普段クラスの伴奏をカンパニーで弾くときは、ダンサーのコンディションを上げれば、それでバレエピアニストの仕事は完了します。彼らを精神的にも身体的にも上げた状態へ誘うのがクラスの目的なので、彼らが満足すればそれで終わりです。今回の演目では、舞台に上がる前のトレーニングであるバレエクラスをあえてお客様にお見せしてご満足いただくのがねらいである、というところがすごくエキサイティングだなと思いました。そこで、ピアノでどのようなサポートが可能か、アイデアを練っているところです。ダンサーたちにとっても、これは演目でありながらも、この後に踊る作品のためのアップを真剣にしなければいけないという点で、とてもチャレンジングな作品になるだろうと思います。

―― 今回の舞台上でのレッスンでは、英国ロイヤル・バレエのソリストとして活躍しているベンジャミン・エラが教師を務めます。彼とは初の組み合わせかと思いますが、事前に何か準備をされるのでしょうか。

蛭崎:初めての教師の方とのクラスについては、普段から特に準備はしていません。私自身は、先生がアンシェヌマンを出した時に感じたものを弾きたいという思いがあり、それがこの仕事の醍醐味で、エキサイティングで楽しいと感じる点です。先生のお考えや、こういう性質のものが欲しいという、彼(女)の希望が詰まったアンシェヌマンを見た時に「この曲が似合うな」とその瞬間に浮かんだ一期一会の曲をその場で弾く、という流れが結果的に楽しい演奏になることが多いです。今回、そこまでできるかどうかはまだ分かりませんが、ベンさんと話し合って、これから詳細を決めていこうと思います。

―― 今回のガラ公演のクラスのデモンストレーションでは素晴らしいダンサーが勢揃いしますね。

蛭崎:ピアニストに対してインスピレーションを与えてくれるダンサーの方々がいらっしゃるときは、良いエネルギーをいただいて、即興演奏がどんどんいい方向に盛り上がっていきます。今回はスターばかりのクラスですから、彼らから刺激をもらって即興演奏も上向いたらいいなという希望は持っております。優れたダンサーは音をつかむ力が抜群で、音とじゃれ合ってくれているのがわかります。そうするとこちらも「私の弾いているテンポはこれでいいのだな」という自信がついて、もっといい演奏になっていくという流れになります。それがダンサーの音楽センスではないかと思います。音の取り方というのは人によって様々です。今回の舞台は優れた音感を持つ人たちが集まったレッスンになるので、全員の動きが揃うわけではありませんが「この人はこうやって踊るからすごく素敵に見えるな」とか「あの人は音とじゃれ合っているように見えるな」など、そのような見方も楽しめるのではないかと思います。

―― バレエのスタイルはロシアやフランス、イギリス、アメリカなど国や地域によって異なると言われていますが、このような流派の違いについてピアニストの視点からはどのように感じられますか。

蛭崎:ダンサーの方々はいろいろ感じるかと思いますが、私自身の感覚では、ロシアだけは特別に違うと思います。どちらかというと、教師としての個性の違いの方が私にとっては大きいと感じます。私は現在、イギリスの影響が大きいと思われるクラスで弾いており、音楽のメロディーのフレーズが前に進む力で振りをリードするというのが私のイギリスのスタイルです。それに対して、ロシアでは音が振りについていくという感じがします。いわば音がダンサーをサポートしてあげるようなイメージです。音がダンサーをリードするか、あるいはダンサーを音でサポートして、少し後ろからケアしてあげるようなところが音楽家として一番違いを感じるところです。すごくマニアックな見解ですね(笑)。

―― すごく面白いお話です。次にリハーサルでのピアノのことについてお伺いします。例えば全幕物の作品の場合、本番はオーケストラが演奏しますが、普段のリハーサルはピアノなので、オーケストラの楽器とピアノとでは、楽器が出す音の響きが違うと思いますが、リハーサルで心がけているのはどのようなことでしょうか。

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提供:新国立劇場

蛭崎:リハーサルを弾いているピアニストが常に気をつけていることは、オーケストラでできないことは絶対にピアノでもしないように心がけています。例えばダンサーから「ここを速く、遅く」とか「最後はもう少し待ってほしい」などという様々な注文が来ると、ピアノ一台だけだったら対応出来てしまいます。しかし、オーケストラでは指揮者がダンサーと奏者の間に入って、多種多様な楽器を持つ奏者を演奏させなければいけないという状態で、しかも最終的にダンサーにとっても観客が聞いても心地良い音楽として成立させるためにはどうしたらいいかというところまで考えると、ピアノのリハーサルではどのように弾くべきかということが見えてきます。新国立劇場では、このようなことを徹底的に考えた上でリハーサルを行っています。例えば「本番ではここは弦楽器の音になるから弦のように」あるいは「ここはファンファーレの小節だから管楽器のような響きを出すように」などということを常に頭の中に思い浮かべながら、ピアノで弾くということを心がけています。

―― バレエピアニストの方々は舞台裏でも本番直前までダンサーに付き添っていらっしゃいますが、この仕事のやりがいとはどんな点でしょうか。

蛭崎:私は、縁の下の力持ちのような役割を担うピアニストの仕事が大好きです。ロケットの打ち上げに例えると、打ち上げまでは宇宙飛行士たちと準備を重ね、打ち上げが無事完了したところを見上げて感動する、というような仕事だと思います。準備が滞りなく行われ、本番も成功して拍手をいただけると良かったなと思い、大きな喜びを感じます。

―― バレエのレッスンCDをシリーズでリリースしていらっしゃいますが、テーマを設けて毎回異なる世界観を表現されていらっしゃるのでしょうか。

蛭崎:一枚のCDを最初から最後まで使い終わったときに、体がきちんと引き上がっているように導きたいという思いは毎回持っています。1巻を出してからもう15年になるので、これらのCDは私の年表みたいな感じですね(笑)。昔のCDを聞くと当時、ダンサーが好きだった音楽や、その時代の流行や雰囲気というものが感じられて「こういう弾き方していたのか。こんな選曲したのか」と、そのときのことを懐かしく思い出します。

―― レッスンCDをBGMとして聞かれる方もいらっしゃるそうですね。

蛭崎:「BGMで聞いています」といろんな人に言っていただくのは大変嬉しいですが、少し恥ずかしいです(笑)。バレエレッスンのCDというのは、本来は耳で聞くのではなく、ダンサーが筋肉で聞くものだと思っています。クラスのときの辛い体勢で筋肉が痙攣しながらも耐えながら聞く、というような場面を想定しています。ユーザーの皆様から「疲れているときでも踊らされるCD」と言っていただけるのがありがたく、そのようなお言葉をいただけると嬉しいです。

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指揮者のポール・マーフィーと。2023年6月上演の新国立劇場バレエ団『白鳥の湖』ピアノ舞台稽古のオケピット内にて 提供:新国立劇場

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提供:新国立劇場

―― バレエピアニストに憧れる方も多いかと思われますが、この道を目指す方へのアドバイスをお願いできますでしょうか。

蛭崎:バレエピアニストさんは現在、たくさんいらっしゃいますが、日本では今、バレエもすごく盛り上がっていますし、いいピアニストはいつでも必要とされています。この仕事に自分が合っているか合っていないかというのは、実際にやってみないと分からないと思います。この公演を見に来ていただいて、スターダンサーたちを見ながら、まさに「バレエピアニストとはこんな仕事をするのだな」ということも観察できます。この舞台を見て「こんなお仕事を絶対にやってみたい!」という情熱があったら、この道に進むことを試してみてはいかがでしょうか。

―― 今回の公演の見どころを教えてください。

蛭崎:人気ダンサーによる名作のパ・ド・ドゥの数々をお楽しみいただけると同時に、クラスの演目では、レッスンでするようなシンプルな動きこそ、美しい人がやると本当に美しく見えるものです。バレエファンの方々にとっては、そういった点もすごく楽しめるポイントだと思います。バレエクラスの存在を知らない方がいらっしゃるかもしれませんが、そういう方が華やかなパ・ド・ドゥの前に必ずトレーニングを行っていたのだということを知っていただくと同時に、そのトレーニングすらも、すでにアートの世界なのだということも分かっていただけると思います。このトレーニングと本番は全く別物ではなく、本番まで繋がっていくような形のものなのだな、というところを見て実感していただけると思います。そのような過程を楽しんでいただけるように、私も頑張ってアイデアを出していきたいと思います。

―― 素晴らしいダンサーの方々との共演を楽しみにしております。本日はありがとうございました。

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撮影:鹿摩隆司

The Artists -バレエの輝き-

会期:2023年8月11〜13日
会場:文京シビックホール 大ホール
公式サイト:https://www.theartists.jp/
出演:マリアネラ・ヌニェス、ワディム・ムンタギロフ、マヤラ・マグリ、マシュー・ボール、金子扶生、ウィリアム・ブレイスウェル、五十嵐大地(英国ロイヤルバレエ)/タイラー・ペック、ローマン・メヒア(ニューヨーク・シティ・バレエ)
/キャサリン・ハーリン、アラン・ベル、山田ことみ(アメリカン・バレエ・シアター)
演奏:蛭崎あゆみ、滑川真希、松尾久美(ピアノ)/山田薫(ヴァイオリン)

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