開幕直前!KAATキッズ・プログラム2023 伊藤郁女振付『さかさまの世界』試演会@幼稚園レポート

ワールドレポート/東京

坂口 香野 Text by Kaya Sakaguchi

ヨーロッパを中心に活躍し、高い評価を得ている伊藤郁女(いとうかおり)振付・演出の『さかさまの世界』が、7月1日よりKAAT神奈川芸術劇場で開幕する。この作品は、2021年にフランスで子どもたちの想像力を集めて創作した作品の日本版。日本の子どもたちの協力を得て、新たに再構成したものだ。
開幕直前の6月16日、KAATの近くにある横濱中華幼保園での試演会と、伊藤への合同インタビューが行われた。

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「今日は、皆さんに最初のお客様になってほしいと思ってここにきました。みた感想をぜひ教えてください。感想を取り入れて練習して、本番に向けてよくしていきたいと思います。協力してくれますか?」
「はい!!」伊藤が問いかけると、子どもたちから、勢いよく返事が返ってくる。
劇場で、観劇後の子どもたちの反応を観察するのはおもしろいけれど、それとはまた全然違う。子どもにしてみれば、自分の幼稚園にダンサーたちがやってきて、さわれる近さで踊ったり語りかけたりしてくれ、しかも自由に感想を言ってほしいというのだ。反応がストレートで、まるで軽い爆発を食らうようだ。「どんどんどん!」とダンサーが声に出しつつ足踏みすると、そのエネルギーが子どもたちから「どんどんどん!!!」と何十倍にもなって返ってくる。

甥っ子や姪っ子と、見えない武器を構えて撃ち合う遊びをしたことがある。そんな遊びの拡大版のようなシーンがあった。顔の筋肉から背中、手足の指先まで表情豊かに鍛え上げられた4人のダンサー・俳優たちが、子どもたちとじかに関わりながらエネルギーを撃ち合うのだから、皆大喜びだ。
「やられちゃった、痛い! みんなから元気をもらってもいい?」「いいよ!」「じゃあ、今から取りに行くからここにください」とダンサーが声をかけると、子どもたちは大声で、大きな身振りで「元気」を渡す。。「わぁ!」「はい!」「まだあるよ!」。「元気」をもらえば、元気になれる。子どもとダンサーのやり取りを見ていると、かなりのことは、本当にそれで解決する気がする。でも、どんなに元気をあげても元に戻らないものもある。たとえば「死」――。

この作品は、異常な気候変動により、さかさまになってしまった世界を救おうとするヒーローたちの物語。世界を元に戻すには、子どもたちの「ひみつ」が必要だという。作品の最後に、子どもたちが語った様々な「ひみつ」が出てくる。
「『世界を救うのはカマキリ』だとか、『ロシア軍がころんで、ろうやが落ちてくる』とか、『僕は夢を変えられるけど、夜夢を見ているときは変えられないんだよ』という子がいたり。子どもの発想には強さがあります。子どもたちのイマジネーションに、大人がどう学んでいくか考える必要があると思います」と伊藤は語る。
アクロバットあり、ラップあり、お能や歌舞伎のようなシーンあり、子どもたちは最後まで食い入るようにダンサーたちを見つめていた。試演会後はダンサーを取り囲んで思い思いに感想を伝え、中には一緒に踊り出す子も。伊藤の合同インタビューは、会場をKAATの稽古場に移して行われた。

「幼稚園は子どもたちの家なので、劇場とはまったく反応が違いますね。これだけ大きなリアクションがあるときは、逆に冷静にならなければ。子どもと一緒になりすぎず、ダンサーどうしのきめ細かな関係を失わないようにする必要があります。子どもはみんなアーティストの先生だから」試演会の手応えについて、伊藤はこう語った。

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この作品の要は「ひみつ」。子どもたちの想像力に驚かされるひみつの数々は、伊藤がシルクスクリーンで自作した紙芝居を使って集めたのだという。
「夢と現実がさかさまになってしまうんですが、『ひみつ』を言うことで夢が夜に戻ってくれるという物語です。紙芝居の後で、みんながダンスのワークショップをしている間に、自分のひみつを教えてくれる『勇者ちゃん』は一人ひとり来てくださいとお願いしました」
日本版のクリエーションにあたっては、2022年12月、横濱中華幼保園と熊猫幼稚園の二カ所で、この紙芝居によるリサーチを行った。フランスと日本で集めた子どもの「ひみつ」は、傾向に違いがあったという。
「フランスの子どもは哲学的なことをパシッと言いますね。『私のひみつは、飛び回ってる』とか、『僕のひみつはどこにでもあるんだよ、頭とつま先以外は』とか。日本の子どものひみつは夢やお話になっていて、チェーンのようにつながっていたりする。『先生を水鉄砲で攻撃したら、お母さんが水鉄砲になって冷蔵庫に入っちゃった』とか。質問になっていたり、悩みを明かす感じのひみつも多いです」
実は今回の試演会の後にも「ひみつ」を教えにきてくれた子がいたという。「『年少さんは神様で、年中さんは獅子舞になって、年長さんになると龍になる。大人になると怖くなる』って教えてくれたんですよ。怖くなるとどうなるの?って聞いたら『龍が黒くなる』。その龍は『怖い夢をみてるとき』に通るんだそうです」
つくづく、子どもの想像力はすごい。
今回集めた「ひみつ」は、「自分だけの見方や感じ方で、他の人にシェアできていないもの。大人になると『世界観』になるようなもの」だという。
「私は小さい頃、自分はいつか宇宙人になる、だからプールの中で息ができると思っていました。そういうことが、今も作品を創造するときの根っこにあります」。「ひみつ」は想像力の糧になる。大人になっても忘れないでほしいと伊藤は語る。紙芝居のリサーチ活動の後、家の隅にテントを張ったりクローゼットの中に豆電球をつけたりして、自分だけの「ひみつの場所」をつくってもらった子も多いそうだ。

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尚、日本版では3名のダンサー(川合ロン、Aokid、岡本優)に、俳優の石川朝日が加わる。石川の、子どもに悩み事を打ち明けるような語り口が印象的だった。
「フランス版は3名のダンサーで上演しましたが、日本版では子どもに語りかける役がほしいなと思いました。リハーサル参加前に、朝日くんには自分の子ども時代に宛てた手紙を書いてきてもらったのですが、『僕は朝日です。一緒に舞台を作りませんか、KAATからギャラが出そうですよ』なんて、昔の自分に相談するような内容で面白かったですね」
石川がふと、おじいさんの死を語り出すシーンも印象深い。子どもたちの反応は独特で、それまでとは異なり、何か吸い込まれるような集中力を感じた。
「私の大好きな映画人ミッシェル・オスロが、『子どもは、わからなくても頭の中にプリントしている』と言っています。大人の事情や細かい状況はわからなくても、『死』はわかる。死をめぐる感情や感覚、においのようなものはわかっているんです。だから、子ども用の作品だからと子どもっぽくしてはいけない。大人の考えていることは、必ず子どもに伝わります」

伊藤は、KAATが2021年から主催している「カイハツプロジェクト」に参加している。これは、劇場が豊かな発想を生み出す場となることを目指し、自由で実験的なクリエーションのアイデアを開発するプロジェクトだ。現在、伊藤がKAAT芸術監督の長塚圭史とともに進めている「カイハツ」は、宮沢賢治のオノマトペなどを題材とした作品で、2025年に新作として上演することを目指しているという。
「子どもも大人も何かをつかめる、質の高い作品をつくっていきたい。ダンスは、踊る人と見る人の間で起こる対話なのです。ダンスを見ているだけで、脳の10%は踊っているときと同じ状態になるそうです。日本人はあまりダンスをみない、劇場に来ないと言われているけれど、子ども時代に劇場の魅力を知った子どもは、きっと大人になってからも劇場に足を運んでくれる。今回の『さかさまの世界』を『おさなごころをもつ4歳から150歳向けダンス作品』としたのも、そういう気持ちからです」と伊藤は語る。

試演会でも、子どもとのエネルギーのやり取りが目に見えるようで、それが対話ということかもしれない。ダンサーと観客の間に魅力的な対話が成り立っているからこそ、観客は引き込まれていくのだ。ダンサーたちはどのように「対話」を成立させているのだろう?

「『私を見て!』じゃなくて『見られてもいいよ』、『かかってこい!』じゃなくて『かかってきてもいいよ』。そういう構え方が大切です。合気道の構えですね。攻撃してきた相手のエネルギーを、一度受け入れてから相手に返す。攻撃をブロックすると、反動で自分も吹っ飛んでしまいますから。そういう構えは、ダンサーも役者はもちろん、オフィスで仕事をしているときも、道を歩いているときも大事。『私を見て!』というエネルギーを過剰に発していると、泥棒にあったり、人にぶつかられたりしやすいんですよ(笑)。
相手のエネルギーを受け入れては返すトレーニングを、ダンサーたちとよくしています。たとえば岡本優さんは、今まさに『何がかかってきても大丈夫』という身体になっている。世阿弥がいうところの、若い表現者のはなやかさの後に生まれる『まことの花』の片鱗が見えているダンサーなんですね。
対話できる身体性は、日本文化の深いところに根付いています。でも、最近はコロナ禍の影響もあって、対話をシャットアウトしてしまっている人が多いんじゃないかな。『見てもいいよ』『かかってきてもいいよ』という状態をつくると、みんなもっと幸せになれるんじゃないかなと思います」

子どもたちとのエネルギーうずまく対話を経て、作品はどのように発展しているのだろうか?「4歳から150歳向け」ダンス作品『さかさまの世界』、開幕はまもなくだ。
https://www.kaat.jp/d/sakasama

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