ピーター・ライトの綿密な演出とオデット/オディール デビューを果たした吉田朱里の軽やかな踊り、新国立劇場バレエ団『白鳥の湖』

ワールドレポート/東京

関口 紘一 Text by Koichi Sekiguchi

新国立劇場バレエ団

『白鳥の湖』マリウス・プティパ、レフ・イワノフ、ピーター・ライト:振付、ピーター・ライト、ガリーナ・サムソワ:演出

ピーター・ライト版『白鳥の湖』(1981年初演)は、新国立劇場バレエ団では吉田都芸術監督のもとコロナ禍の試練を経て2021年10月に初演され、レパートリーにとり入れられた。吉田監督の舞踊体験にとっても大きな意味を持った作品と言われる。
今回の再演のオデット&オディールとシークフリード王子役は、米沢唯/福岡雄大、柴山紗帆/井澤駿、小野絢子/奥村康祐、吉田朱里/渡邊峻郁、米沢唯/速水涉悟という5組のキャストが組まれていた。私はオデット&オディールのデビューとなった吉田朱里が渡邊峻郁と踊った6月14日の公演を観ることができた。その後、6月17日の公演のカーテンコールでは、柴山紗帆と速水涉悟が2023/24シーズンよりプリンシパルに昇格する、と吉田都芸術監督より発表されたそうだ。

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渡邊峻郁 撮影:長谷川清徳

開幕冒頭、先王の葬列が舞台に現れる。チャイコフスキーは交響曲の方法を用いてバレエ音楽を作曲し、画期的な効果をもたらしたことが知られるが、このシーンも音楽とともに厳粛な空気が劇場を全体を包んだ。他のヴァージョンでは、オデット姫が白鳥の姿に変えられるシーンがプロローグとして置かれる演出もあるが、ピーター・ライトの演出は、主人公個人ではなく国の全体に関わる出来事が舞台に現れる。
第1幕は城の中庭で、父王を喪ったジークフリード王子を迎えて励ますために、友人で侍従のベンノ(中島瑞生)の努力により宴が開かれている。そこでは王子へ誕生日祝いとして弓・矢が贈られた。宮廷は、新たな王が即位し無事に統治を始めるまで、少し不安定な政治状況となっていることが、この催しに、急遽、姿を現した王妃(楠元郁子)の態度やベンノの献身的な心配りなどから感じられる。
他の多くの演出では第1幕は、村人たちも参加した屋外の誕生祝いの宴であり、ディヴェルティスマンとしてパ・ド・トロワ(王子の妹が参加するヴァージョンもある)が踊られ、やがてポロネーズとなり、次第に夕闇が迫ってくる・・・。そして青春の気ままな時は終わり、結婚して王として国を治めなければならず、孤独に陥ちる王子の心理が叙情的に描かれる。
ライト版はベンノと二人のクルティザンヌ(高級娼婦)のパ・ド・トロワの中に、結婚を命じられた王子のヴァリエーションが組み込まれ、宮廷の人々の前で踊られる。王子のために宴を盛り上げようとクルティザンヌ(廣川みくり、広瀬碧)を呼んだベンノの気持ちと、王になるために愛を知らずに結婚しなければならない王子の割り切れない気持ちがすれ違う中、二人は突然、飛来した白鳥に気を取られる。そしてクルティザンヌたちが招かれて宮廷で踊ったこともまた、やがて起こる悲劇の兆しを示唆しており、ライトの入念に考えられた綿密な演出が素晴らしい。

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廣川みくり、中島瑞生、広瀬 碧 撮影:長谷川清徳

第2幕はガリーナ・サムソワの演出により、オデット姫とジークフリード王子の出会い、愛の語らい、4羽の白鳥(飯野萌子、奥田花純、原田舞子、広瀬碧)、2羽の白鳥(廣田奈々、花形悠月)などが見事な群舞とともに踊られる。この日は木村優里の代役として踊ったアーティストの吉田朱里がオデット/オディールを踊った。吉田朱里は新国立劇場バレエ研修所出身で入団2年目、これまでは『ジゼル』のミルタ、『シンフォニー・イン・C』第4楽章プリンシパルなどを代役として踊っている。吉田朱里の身体の柔軟性がひときわ目を惹いた。ポワントのアーチの形もきれいだし、天性の軽やかさを纏った踊りが、初役の初々しさとともに印象的だった。

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吉田朱里、渡邊峻郁 撮影:長谷川清徳

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吉田朱里 撮影:長谷川清徳

第3幕は花嫁候補のハンガリー、ポーランド、イタリアの王女たち(中島春菜、池田理沙子、五月女遥)が登場して華やかに妍を競う。いずれ劣らぬ美貌の王女がリードし、それぞれの国の民族舞踊(チャルダッシュ、マズルカ、ナポリ)を踊って、華麗な美しさをアピールする。そしてこの幕のもう一方の主役は、踊る時の衣裳の重さの現れ方にまで細心の注意を払ったという豪華絢爛たる衣裳。布地もできる限り初演時と同じものを取り寄せたが、今日では手に入れることができないものもあったという。(美術と衣裳はフィリップ・ブロウズ)
英国風の重厚なゴシック建築の宮殿にふさわしい見事な衣裳を着けて、王妃を始めとする宮廷人たちが次々と現れ、技巧を凝らした花嫁候補の国の華麗な民族衣裳とともに、爛漫の花が咲き誇るかのように舞台に溢れて、現実の時間はどこかへ吹き飛んでしまった。そして魔術的な時間に包まれる中、ロットバルト男爵(小柴富久修)とオディールが登場する。するとジークフリードは、ジグソーパズルの最後のピースが埋まったかのように、オデットと見紛ったオディールの手を取り、喜びのあるれるグラン・パ・ド・ドゥを踊る・・・ついに悲劇の終幕が始まった。

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吉田朱里 撮影:長谷川清徳

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小柴富久修 撮影:長谷川清徳

第4幕では、ロットバルトは死神のマスクを着けて登場する。ジークフリードは絶望に打ちひしがれているオデットに許しを乞い、ロットバルトの「死」と決然と闘う。オデットは許しを与えるが、誓いが破られた報いには殉ずるしかない。ジークフリードの渾身の力がロットバルトを倒し、二人は、身体の死を超えて愛を貫くことにより永遠に結ばれた。努力が報われることのなかったベンノは、もう動くことのないジークフリード王子の身体を捧げ持って、その死を深く悼んだ。こうして、このエロスとタナトスのドラマは「悲しいハッピー・エンディングを迎え」(ピーター・ライト)たのである。
ジークフリード役の渡邊峻郁の精密で端正な踊りが、軽さが勝った時にはちょっと心許なく感じられてしまう吉田朱里をしっかりと支え、二人がともに息づいているかのような、なかなか好もしいバランスが保たれていた。これから踊り込んで経験を重ねていくと、さらに良いパートナーシップが発揮されていくのではないだろうか。
カーテンコールでは満員の観客から喝采とスタンディングオベーションが贈られた。これから大いに期待したいペアである。
(2023年6月14日 新国立劇場 オペラパレス)

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撮影:長谷川清徳

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吉田朱里、渡邊峻郁 撮影:長谷川清徳

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