「The Artists ‐バレエの輝き‐」に出演する英国ロイヤル・オペラ・ハウス管弦楽団ヴァイオリニスト山田薫インタビュー

ワールドレポート/その他

インタビュー=香月 圭

8月に開催される「The Artists ‐バレエの輝き‐」で英国ロイヤル・バレエ団ソリストのベンジャミン・エラ振付による世界初演作が上演される。この作品でシベリウスの音楽を、ヴァイオリニストの山田薫とピアニストの松尾久美が舞台上で生演奏する。山田は英国ロイヤル・オペラハウス管弦楽団の第一ヴァイオリンのサブ・プリンシパルを務めている。オペラ・ハウスのオーケストラ・ピットが彼女のいつもの定位置だが、英国ロイヤル・バレエのアシュトン版『シンデレラ』ではヴァイオリン弾きの役でダンサー達とともに舞台に立った。その初日の模様は世界各地の映画館で中継され、日本でも「英国ロイヤル・オペラ・ハウス シネマシーズン2022/23」で6月中旬に公開された。

ーー英国ロイヤル・バレエの『シンデレラ』では、ヴァイオリン弾きの役としてロイヤル・オペラハウスの舞台に登場して演奏されましたね。今回のご出演の経緯をお聞かせください。

© Sam Simpson

© Sam Simpson

山田:ステージ上で弾く役が第一ヴァイオリンでは二枠あり、オーケストラの団員内で出演者の募集がありました。私はぜひやってみたいと思って手を挙げました。第ニヴァイオリンからはキム・ソヨンさんととクセニア・ベレジナさんが交代で出演されました。ウォーミングアップをして舞台の上で弾かなければいけないので、荷が重いと感じる方もいらっしゃったのかもしれません。私はむしろチャレンジが好きな方なので、やらせていただきました。

ーー演技指導はありましたか。

山田:演技については「何もするな」と言われました。アグリー・シスターズ(二人の義姉)が絡んでくるシーンでは、彼らをスルーしてあまり大きな反応はしないように指導されました。日を追うごとに二人の演技はものすごくエスカレートしていき、笑いをこらえるのが大変なくらいでした。義姉役のギャリー・エイヴィスさんがネックレスを回すシーンでは、私達の近くにどんどん寄ってきて第二ヴァイオリンに少し当たってしまったので、それからは少し抑え気味になりました(笑)。

ーーヴァイオリン弾きやダンス教師などの衣装について、衣装デザイナーのアレクサンドラ・バーンさんが「これらの衣装は18世紀の貴族と現代のロカビリー少年をミックスしたようなイメージだ」とコメントしていました。実際に衣装をお召しになっていかがでしたか。

山田:採寸してオーダーメイドで作っていただいたので、とても着やすく、きれいなエメラルドグリーン色でかっこいいデザインの衣装でした。普段、私達はオーケストラピットの中では黒の衣装しか着られないので、とても嬉しかったです。かつらは確かにロカビリー調でしたが、私は「ビーバップ・ハイスクール」のリーゼントの不良少年を思い出してしまいました(笑)。

『シンデレラ』ヴァイオリン弾きの役のかつらをつけて

『シンデレラ』ヴァイオリン弾きの役のかつらをつけて

『シンデレラ』ライブ・シネマ中継の際、ヴァイオリン弾きの役で一緒にステージで共演した第ニ゙ヴァイオリンのクセニアと

『シンデレラ』ライブ・シネマ中継の際、ヴァイオリン弾きの役で一緒にステージで共演した第ニ゙ヴァイオリンのクセニアと

ーーオーケストラの同僚の方やバレエ団のダンサーの方々からの今回のご出演についてのご感想はいかがでしたか。

山田:舞台上にマイクアップもされていない二台のバイオリンだけで、オペラ・ハウスのどの辺りまで聞こえているのかなと思っていたのですが、オーケストラの同僚からは「劇場全体によく響いてるよ」という温かいお言葉をいただきました。バレエ団の方たちとはふだん共演できないのですが、「薫さんを舞台の上で見られて楽しい」とダンサーの方々が声をかけてくださいました。個人的に(高田)茜さんと親しくさせていただいていますが、今回の『シンデレラ』では舞台の上で彼女と一度共演させていただくことが叶いました。彼女が踊っているのを袖で見てから自分も舞台に登場したのですが、感激して涙が出そうでした。

ーー英国ロイヤル・バレエの日本人ダンサーの方々との交流はありますか。

山田:オーケストラの日本人団員は他にいないので、ロイヤル・バレエ団の日本人コミュニティーに入れていただいております。特に茜さんは私のランチタイム・リサイタルやオペラ・ハウスで開催したリサイタルやオペラ公演にもご来場いただいております。彼女からはインスピレーションをたくさんいただいています。

ーーバレエの演奏の他にオペラの演奏もあり、忙しそうですね。

『シンデレラ』舞台リハーサル(オーケストラピットから撮影)

『シンデレラ』舞台リハーサル(オーケストラピットから撮影)

山田:歌劇場のオーケストラはオペラもバレエも演奏するので、舞台上のダンサーや歌い手などの演者の方々と違って、続けて登板するときもあるので、そういった面ではちょっと大変です。『シンデレラ』のときは半分くらいは役者としてステージで演奏しましたが、『シンデレラ』の全曲を弾きたかったので、残り半分の公演日はオーケストラピットの中で弾いていました。舞台上で義姉たちのモチーフを弾いてからあらためてピットの中で演奏したときに、その旋律が出て来て感無量でした。思い切って出演してよかったと思います。

ーー休日にはバレエの公演などをご覧になりますか。

山田:このオーケストラの勤務形態はバディーシステムといって、交代でシーズンの60パーセント、70パーセントぐらいを担当しています。休日には家族と家で過ごす時間を持ちますが、さらに時間が取れそうなときは、オペラやバレエの公演など見たいものを観劇するようにしています。

ーー子供のときにバレエを習っていらっしゃったそうですね。

山田:バレエは大好きで、3歳から始めて11歳ぐらいまで習っていました。4羽の白鳥の役をやらせていただいたのは今でも覚えています。ロイヤル・オペラ・ハウスの管弦楽団に入団して王立歌劇場で初めて『白鳥の湖』を弾いたときは感動しました。幼い頃はバレリーナかヴァイオリニストになりたいと思っていたのですが、母が「バレエは持って生まれた素質もある程度大切」と言っていましたし、実際、バレエ教室には、いかにもバレリーナになるんだなと思わせるような生徒さん達がいらっしゃいました。結局、音楽教室の方が忙しくなってきたので、バレエを止めて、ヴァイオリンを選んで今に至ります。それでもバレエの映像を見たりするのは大好きでした。

ーーロイヤル・オペラ・ハウスのオーケストラに入団された経緯を教えてください。

山田:以前、私はロイヤル・フィルハーモニック管弦楽団に在籍していました。交響楽団は海外のツアーが多いので、子供がいると家を長期で空けたりするのは難しかったです。その点、オペラハウス付属のオーケストラだとツアーがないのです。日本ツアーは四、五年毎にありますが、それ以外には長期間ツアーに出るということがないので、私のファミリースタイルにも合うし、レパートリーの面でも大好きなオペラとバレエの演目で構成されているのが魅力でした。

ーーロイヤル・オペラ・ハウス管弦楽団では第一ヴァイオリンのサブ・プリンシパルとして在籍されていらっしゃいます。

山田:このオーケストラには現在、No.1のポジションであるコンサートマスターが二人いて、それに続くNo.2とNo.3で、私はその次のNo.4です。オーケストラの演奏のときはファースト・デスクにコンサートマスターとNo.2、セカンド・デスクにNo.3とNo.4が座ります。私はセカンド・デスクかファースト・デスクに座ります。たいていはセカンド・デスクが定位置ですが、No.2の誰かが病欠などの際は、No.2の位置につくこともあります。また、No.2の場所にいて、コンサートマスターが何らかの理由で来られないということになると、急遽コンサートマスターとして団員をリードする立場になります。私自身はコンサートマスターの後ろに座ることが多いのですが、コンサートマスターの後ろに座って、そのリーダーのメッセージを後ろにも伝えていくという、皆の架け橋になるような、とてもやりがいのあるポジションです。

ーー ロンドンに行かれるまでの経歴をお聞かせください。

山田:桐朋音楽学園の高校・大学を卒業後、ロンドンのロイヤル・アカデミー(王立音楽院:Royal Academy of Music)の大学院に留学しました。その後、ギルドホール音楽院学校で一年間修士号を取るために学びました。

ーー 「The Artists ‐バレエの輝き‐」ではベンジャミン・エラさんの新作でピアニストの松尾久美さんと生演奏を披露されますね。

山田:(インタビュー当日の)翌週にベン(ジャミン・エラ)やダンサーたちと一緒に会うことになっています。彼らは来日公演を直前に控えてそのリハーサルで本当に忙しそうです。一緒に演奏するピアニストの松尾久美さんも桐朋学園のご出身で、面識もありますが、今回が初共演なのでとても楽しみです。

リハーサルでデスクパートナーと

リハーサルでデスクパートナーと

ーー シベリウスの曲が使われるそうですね。

山田:シベリウスのヴァイオリンとピアノのための4つの小品、5つの小品、6つの小品の中から、何曲かピックアップして並べられているのですが、その中には私も知らなかった曲もあり、素敵な選曲だと思います。最近は特別なことがない限り、ピットの中でオ-ケストラの曲しか弾いていない私自身にとっても、この曲を練習するのが楽しいです。

ーー ベンジャミン・エラさんのこの世界初演作では英国ロイヤル・バレエのプリンシパルが勢揃いし、その舞台で演奏されるわけですが、抱負をお聞かせください。

山田:英国ロイヤル・バレエの舞台でも見られない豪華な顔ぶれで、その舞台でご一緒させていただくのは本当に光栄です。彼らに見とれすぎないようにと思っております(笑)。ロイヤル・オペラ・ハウスのリンバリー・シアターという小規模ホールで、パンデミック前に一度パム・タノヴィッツの振付作品で、舞台で弦楽四重奏を弾かせていただいたことがあります。そのときは、間近で(金子)扶生さんと(アクリ)瑠嘉くん、それから今年の2月の公演では、中尾太亮くんの結構大きなソロ・パートの伴奏をさせていただきました。ベンの新作の振付がどのような感じなのか今はまだ想像もつかず、私の舞台上の立ち位置がどの辺りなのかもまだわかりませんが、オーケストラピットの中で伴奏しているのとは違い、同じ舞台の上ならではのコラボレーションが可能なのではないかと思います。ダンサーの方々の邪魔にはならないように務めつつ、音楽で何かを付け加えることができたらいいなと思っております。

ーー 最後に、今後の展望をお聞かせいただけますか。

山田:これを機に、ダンサーの方々ともっといろんなコラボレーションができたらいいなと思います。茜さんともいつか一緒に何かできたらいいねと話しています。ヘンデルなど古楽(アーリーミュージック)にも興味を持っておりますので、そちらの方面のレパートリーも増やしていきたいです。また、時間が許せば、自分でコンサートをオーガナイズして弾いてみたいと思っています。

ーー 夏の舞台を楽しみにしております。本日はありがとうございました。

The Artists -バレエの輝き-

会期:2023年8月11〜13日
会場:文京シビックホール 大ホール
公式サイト:https://www.theartists.jp/
出演:マリアネラ・ヌニェス、ワディム・ムンタギロフ、マヤラ・マグリ、マシュー・ボール、金子扶生、ウィリアム・ブレイスウェル、五十嵐大地(英国ロイヤルバレエ)/タイラー・ペック、ローマン・メヒア(ニューヨーク・シティ・バレエ)
/キャサリン・ハーリン、アラン・ベル、山田ことみ(アメリカン・バレエ・シアター)
演奏:蛭崎あゆみ、滑川真希、松尾久美(ピアノ)/山田薫(ヴァイオリン)

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