Noism0/Noism1 「領域」公演で二見一幸振付作品に挑む 浅海侑加、中尾洸太、坪田光、庄島さくら インタビュー

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インタビュー=香月 圭

りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館を拠点に活動するNoism Company Niigataでは、19年目のシーズンとなる夏の公演で金森穣、二見一幸によるダブルビル「領域」を上演する。Noism 芸術総監督・金森穣は今回Noism0 のための新作『Silentium』で、自身と井関佐和子によるデュエット作品を披露することになっている。一方、Noism1は二見一幸をゲスト振付家に迎え、『Floating Field』と題した新作に挑む。浅海侑加、中尾洸太、坪田光、庄島さくらの4名のNoism1メンバーに話を聞いた。

ーー 二見さんの創作はどのように進んでいますか

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『Floating Field』リハーサルでNoism1に指導する二見一幸
© Ryu Endo

坪田:とても刺激的です。穣さんと二見さんの作品の作り方が通じるものがある中でも、真逆だなと感じることがあります。穣さんは何か出来事を作っているように見えますが、二見さんは「波を作っている」とおっしゃっています。

中尾:二見さんは首都圏で活躍されるクリエイターの方で普段から限られた時間と空間の中でクリエーションをされているからでしょうか、まずラフスケッチをダンサーに施して次回に見直します。全体像を最初に作り、それがある程度できてきたら細かいところに入るという作り方です。Noismだと通常は一個一個、積み木を積み上げるように進んでいきます。

浅海:今まで多く踊ってきた穣さんの作品と違うプロセスで作品が出来上がってくることや、新しい動きを覚えるのが私自身久しぶりに踊るからか、大変だと感じる面もあります。二見さんが自らたくさん動いてくださって振りを渡してくださるので、それを見てチャレンジすることによって未知のところに向かっていくのが楽しいです。

庄島:振付が始まってから、あっという間に完成してしまったという感じで、そのスピードに驚きました。カウントが決まっていないパートもあり、皆で合わせるときの合図となるような音がなかったりして、あうんの呼吸というか、感覚を研ぎ澄まし、お互いの呼吸を読むようなところが結構あり、学ぶところが多いです。

ーー 『Floating Field』という作品タイトルを想起させるようなイメージは湧いてきていらっしゃいますか。

中尾:"Floating"という言葉は、フロート(浮遊)しているということなので、何か定まったものではないと思います。"Field"というのは「場所」の意味なのか「分野」を表しているのか、Noismと二見さんという二つのフィールドなのか、いろいろ想像します。その"Field"が浮遊していて、煙みたいに交わっていく状態を「Floating Field」と言おうとしているのではないかと思います。「フロート」とは、動きが浮遊しているというよりは、Noismと二見さんの風合いがうまく煙のようにフロートしてるという捉え方をしています。

ーー 5月20日、21日に富山県黒部市で開催された「黒部シアター2023春」での公演で、野外劇場「前沢ガーデン野外ステージ」で金森穣さんによる演出振付作品『セレネ、あるいはマレビトの歌』が上演されました。出演されたご感想はいかがですか。

庄島:初めて野外ステージという舞台で踊って、劇場の中で踊るのと全然感覚が違いました。最初にリハーサルしたとき、黒部の自然の中で自分がちっぽけな存在に感じ、穣さんからは、自然の中で踊ると何も隠せないということと、野外であるからこそ自分をもっと大きく見せるようにと助言をいただきました。やはり表現の仕方も屋内とは違うんだなと感じました。今回はすごくいい経験になりました。

浅海:私はNoism2のリハーサルのため新潟に残っていたので、黒部のステージに出演しませんでしたが、本番は見に行けました。皆すごくかっこよかったです。

中尾:毎朝みんなで一緒にクラスをやるのですが、クラスの一番最後にやるNoismの立ち方があります。今回の練習場にはウッドデッキのバルコニーがあり、穣さんがクラスの最後でパッと外へ出て、立ちました。そのとき、穣さんだったらこの場所でどう踊るのかが、彼の背中を見たら全部わかった気がしました。舞台で踊る時は、目の前にいるお客様と空間と一緒に踊ってる人と対峙して集中していました。

坪田:野外で踊っている最中、虫や照明、風など外からの情報量が多くて、その中で踊ってるときに自分の中で守りに入ってしまう瞬間があって、それがすごい悔しかったです。もっと攻めて冒険したかったです。

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『Floating Field』リハーサルにて、左より庄島さくら、杉野可林、二見一幸、横山ひかり © Ryu Endo

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『Floating Field』リハーサルにて、坪田光、庄島すみれ © Ryu Endo

ーー 皆さんの経歴についてお伺いします。

坪田:くるみダンスファクトリーという地元の教室でミュージカルのダンスやモダンダンスを中心にヒップホップにタップなども習っていました。在籍中、YAGPのアンサンブル部門とソロの方でも出場して、ジョフリー・バレエ・アカデミーのスカラシップをいただいて留学しました。バレエ団のトレーニー(研修生)でしたが、Noism2のように、毎朝Noism1と一緒にバレエ・クラスをするのではなく、研修生だけで毎日バレエ・クラスがあって、ほぼバレエ漬けの日々でした。このカンパニーはクラシック・バレエがメインのカンパニーなので、コンテンポラリーのクラスは少しだけでしたが、そこで僕は初めてコンテンポラリー・ダンスに出会いました。

ーー モナコのプリンセス・グレース・アカデミーのサマー・スクールでフリーデマン・フォーゲルのお兄さんのローランド先生やルカ・マサラ校長のボーイズ・クラスを受けたそうですね。

坪田:その頃はバレエを始めてまだ3年位だったので、こてんぱんにしていただきました(笑)。サマースクールは2週間程度でしたが、ずっと学校の中で寝て食べてという生活でした。

ーー洸太さんは英国ロイヤル・バレエ団の中尾太亮さんの弟さんですね。あなたがコンテンポラリーダンスに惹かれた理由はどういったことですか。

中尾:中学3年生のときに第10回エヴァエフドキモワ記念エデュケーショナルバレエコンペティションでビルギット・カイル舞踊財団からスカラシップをいただいて、マンハイムバレエアカデミーに3年間留学しました。コンテンポラリーの授業は1年時は学校側の都合で授業がなく、2年生のときには週2回程度でした。隣町のカールスルーエ・バーデン州立劇場の芸術監督をしている先生がこの学校にいらっしゃったので、その劇場専属舞踊団の『くるみ割り人形』『白鳥の湖』『ロミオとジュリエット』などの舞台に駆り出されていました。2年生のときの学校のコンテンポラリーの先生から、コンテンポラリーの方に進むように強く勧められて、自分でもいろいろ調べ始め、初めて見た動画がキリアンの作品でした。踊っている人よりも作品を作ったキリアンに興味が俄然湧きました。生の舞台で見た初めてのコンテンポラリー作品が、オハッド・ナハリンの『デカダンス』です。バットシェバ舞踊団ではなくて、別のカンパニーによる舞台でした。これを見て「コンテンポラリーダンスをやらなくてはいけない」という義務感のような思いに駆られました。3年生に進級すると、朝クラスが終わるとヴァリエーション・クラス、次はパートナーリング・クラスとずっとクラシック・バレエの授業ばかりで、コンテンポラリーの授業はなく、学校公演などでコンテンポラリーの作品を踊ることは数えるほどでした。そこで、YouTubeで動画を見漁ってその真似をしてということを一年間ずっと繰り返しました。コンテンポラリーは独学でNoismに来ました。

ーー浅海さんは山口美佳バレエスクールで学ばれていて、その卒業生にローザンヌの解説で有名な山本康介さんがいらっしゃいます。彼のご指導も受けていらっしゃったのでしょうか。

浅海:そうです。その後、留学エージェントの開催するオーディションツアーに参加して、イギリスの4校受けた中でランベール・スクールの印象も良かったし、授業もよかったので、そこがいいなと思って決めました。バレエではパ・ド・ドゥのクラスもありましたし、コンテンポラリーではグラハムとかカニングハムの先生も学校にいらっしゃいました。外部の先生の授業も多く、フロア・ワークやGAGA、振付けするクラスや音楽の授業もあったりと盛りだくさんでした。その学校には3年間通い、レポートを書いたり、プレゼンテーションなども行って、ランベールの卒業と同時に提携校のケント大学の学士号も取得しました。

庄島:私は高校3年生で進路を考えるときに、ギリギリまで留学するか他の道に行くに行くか迷っていました。最終的には留学をしてもいいのかと迷っていた私を両親とバレエ教室の先生がチャレンジしてみたらと背中を押してくれたのもあり、卒業する半年前とかに留学希望の学校にオーディションビデオを送りました。18歳だったのでなかなか入れてくれるところが少なかったのですが、チューリッヒの学校からオーディション合格のお知らせをいただいたので、留学を決めました。3年間チューリッヒで学んだあと、オーディション回りをして、スロバキア国立バレエに採用されました。

ーーこちらのバレエ団ではYouTuber「ちあこちゃんねる」の本田千晃さんと同僚だったのですね。

庄島:そうですね。私がバレエ団に入団してから5年後に千晃ちゃんも入団しました。双子の姉妹のすみれと私はスロバキア国立バレエに10年在籍して、2014年からデミソリスト、2020年からソリストとして踊っていました。

ーー さくらさんとすみれさんは、この間の『Der Wanderer-さすらい人』も鏡のようにシンクロしていた踊りがすごいと思いましたが、お二人のキャリアがずっと同じなのは偶然なのでしょうか。

庄島:オーディション回りをしているとき、どちらか一人が採られるということはあることなので、一人だけ受かって別々になることも覚悟していました。スロバキア国立バレエもNoismも、二人一緒に採用していただいたので、自然と二人でずっと一緒に踊っているという感じですね。

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『Floating Field』リハーサルにて、浅海侑加 © Ryu Endo

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『Floating Field』リハーサルにて、三好 綾音、中尾 洸太 © Ryu Endo

ーーNoismに入った経緯について教えてください。

坪田:Noismのことは高校生ぐらいのときから知っていました。でも僕はダンスを始めたのが遅かったので、将来ダンサーにはならないと思っていました。でも、留学したときに周りのいろんなダンサーの人たちを見て、自分も一回ダンサーになることに挑戦してみようと思って、自然とNoismにメールを送っていました。Noismのオーディションを受けたいと申し出たときに、ちょうどNoismのサマースクールがあるので来てくださいと言われました。ソロを踊るのかなと思ってちゃんと準備していったんですけど、サマースクールが全部終わって穣さんに呼び出されて、「来たいの? いいよ」と言われました。

中尾:最終学年のときに、ネザーランド・ダンス・シアター2とフランスのプレルジョカージュ・バレエのオーディションを受けました。この二つのカンパニーだけ面白そうと思い、CVを送りました。コンテンポラリーダンスを独学でしか学んでこなかった僕も呼んでくれました。多分フランスのオーディション会場の方だったかと思いますが、元Noismのメンバーだった台湾人のチャン・シャンユーと偶然会ったのです。最終選考まで残ったアジア人が2、3人だったこともあり、彼と仲良くなりました。そのとき彼は急に日本語で話しかけてきて「実はNoismにいたんだよ」という話をしてくれました。それ以降はコロナで全部オーディションがキャンセルになり、学校も閉鎖となったので、日本に一時帰国することになりました。Noismのトレーラー動画を全て見て、キリアンのときと同じで作品を創作した人に興味を持ち、応募資格の年齢に達していませんでしたが、Noism2と同様のオーディションを受けました。クラスを受けてソロを踊り、面接がありました。

浅海:私の場合は、留学中に同期に日本人の子がいたのですが、彼女がNoismの『PLAY 2 PLAY』のDVDを持っていて、それを貸してもらって見たのがきっかけです。最初は未知の世界を目の当たりにしてショックを受けましたが、Noism2の研修生があるということを知ったので、Noism2に応募しました。オーディションはクラスをして、Noismのレパートリーをその場で覚えてそれを踊って、最後に面接という感じでした。

庄島:スロバキアにいるときは大体、週に2、3回くらい公演があって、毎日のスケジュールをこなしていくことで精一杯でした。ところが、コロナが始まって劇場が閉鎖されてしまい、家でずっと籠もっていたときに、もっと踊りの幅を広げたいとコンテンポラリーに興味を惹かれる自分がいました。コンテンポラリーについてはすごく苦手意識がありましたが、だからこそ挑戦したいという気持ちもありました。帰国するということも頭をよぎった頃、Noismの映像を見て、こんなに美しく、強く踊る集団がいるんだとすごく驚きました。そのようなことがきっかけでNoismに興味を持ち、CV(履歴書)を送り、すぐに返事をもらえたので、すみれと2人でオーディションを受けました。私達はプライベート・オーディションで、朝のカンパニーのクラスを一緒に受け、その後にソロを踊って面接という形でした。

ーー市民対象などのワークショップなどの講師をされている中で、何か気づきなどは得られますか。

浅海:私は初級クラスを担当しています。全く踊ったことのない方にも身体の動かし方を説明するので、難しいと感じる事もあります。ワークショップ後のアンケートを拝見すると、「自分の身をもってNoismの動きを体験したので、これからの作品の見方がちょっと変わりそうです」という感想を持たれる方は結構いらっしゃいます。

中尾:Noismに来て、僕は呼吸するように穣さんと佐和さん(井関佐和子)を吸収していったので、踊りを言語化して理解するということはしてきませんでした。しかし人に舞踊を教えるときに言葉で説明する必要のある機会が訪れ、考えなくても言葉が自然に出たときに「自分はこんなふうに考えてたんだ」と改めて気づかされました。

坪田:僕は時々、洸太くんのアシスタントに入ったりします。さくらさんは普段の朝のバレエクラスも最近受け持っています。

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『Floating Field』リハーサルにて、中尾 洸太、庄島すみれ © Ryu Endo

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『Floating Field』リハーサルにて、左より糸川祐希、杉野 可林、横山ひかり © Ryu Endo

ーー Noismのキャリアの中で最も印象に残っている作品と将来の展望についてお聞かせください。

坪田:Noism2のときの2年目の定期公演『Complex〜旧作と新作の複合による』が自分にとって一つの転機になった公演でした。穣さんがNoism2に久しぶりに振付けすることになり、(浅海)侑加さんがNoism2の稽古監督だったんですが、大変だったと思います。今後は振付をもっとやりたいです。作品をいろいろ作ることによって気づくことがいっぱいあり、それがすごく楽しいです。ダンサーを客観的に見るという、ダンサー目線とは反対の方向から見ることに興味を惹かれます。また自分の作品を自由に作り出せることは心地よいと感じます。

中尾:僕にとっては『FratresⅢ』が一番好きな作品です。音楽の世界でヴァイオリニストやピアニストが楽譜通りに曲を弾くように、振付家が見せたい世界観や伝えたい言葉などをダンサーはもう一度自分の身体を通して、起こす作業を献身的に行っていかなくてはなりません。最も作品から献身性を求められたと感じたのは『FratresⅢ』で、その感覚はこの作品が群を抜いて強かったです。
Noismの面接のときから僕は穣さんに「振付家になりたいんです」と啖呵を切ったので、それ以来、何かある度に穣さんにその話を持ち出されます。もちろんダンサーとしては、穣さん・さわさん(金森穣+井関佐和子)を越えたいし、上を目指せるだけ目指すということは大前提ですが、その上で自身の作品を生み出したいです。キリアンや穣さんに興味を持ったように、自分がどう考えて今この作品を作るのか、ということを思考するのが楽しいです。そのための糧として今、頑張って踊っています。

浅海:私の中で思い出深い作品は『NINAー物質化する生け贄』です。身体と精神の感覚が新しいゾーンに到達した作品でした。その経験があったからこそ、メソッドのトレーニングの理解がもう一つ深まったという気がします。Noism2のリハーサル監督としては、オープンクラスやアウトリーチなどでもっとNoismの活動について知っていただけるよう、そのような取り組みに力を入れていきたいです。Noism2のメンバーに教えたり、伝えるために私も踊り続けたいですし、できることをできるだけやりながら、進み続けたいと思っています。

庄島:Noismのメソッドを初めて見たとき、皆が振付のように綺麗にトレーニングしていく様に驚きました。ずっとクラシックをしてきた私にとっては、最初は筋肉の使い方など全くわからず、無我夢中で取り組んでいきました。皆の姿勢や意識の持ちかたなど、新しく学ぶことがたくさんあり、日々成長できるように頑張っています。そうした日々の鍛錬は刺激的で、今自分があの日見たメソッドを日々取り組んでいるのは、少し不思議な感覚です。
思い出深い公演は、記憶に新しい『セレネ、あるいはマレビトの歌』です。海外にいるときも屋外で公演はありましたが、特設ステージのようなところで踊っていたので、今回のような環境では初めてで、外からの刺激やお客さんとの向き合い方も劇場での舞台とはかなり違ったので面白かったです。
遠い未来のことは予想もつかず、今は自分のリズムで成長してもっと上達したいということしか考えていません。公演で私の存在を目に留めてくれた方たちがもう一度劇場に足を運びたい、と思うような舞台を作れたらなと思っています。

ーー皆様の今後の舞台を楽しみにしております。本日はありがとうございました。

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浅海侑加 撮影:松崎典樹

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中尾洸太 撮影:松崎典樹

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庄島さくら 撮影:松崎典樹

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坪田光 撮影:松崎典樹

Noism Company Niigata 2023 夏・新作公演
「領域」

新潟公演:2023 年 6月30日(金)〜7月2日(日)
りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館〈劇場〉
東京公演:2023 年 7月14 日(金)〜7月16 日(日)
めぐろパーシモンホール〈大ホール〉

Noism0『Silentium』演出振付:金森穣
Noism1『Floating Field』演出振付:二見一幸

Noism0/Noism1「領域」特設サイト
https://noism.jp/field/

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