ジュニアのための「バレエ予備校」とは? アーキタンツ・トレーニング・プログラム(ATP)期末試験レポート

ワールドレポート/東京

坂口 香野 Text by Kaya Sakaguchi

数多くのオープンクラス・レッスンを提供している東京のスタジオアーキタンツは、2020年9月より海外のバレエ学校やカンパニーを目指す若手のための育成プログラム「アーキタンツ・トレーニング・プログラム」(ATP)を開講している。地元のバレエスクールをバレエの「母校」とすれば、ATPの位置づけは、いわば「予備校」だという。
3月末に行われたジュニアプログラムの期末試験の模様ととともに、生徒たちの現在地と目標をつなぐATPのあり方や教育について取材した。

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パ・ド・ドゥ

新国立劇場バレエ研修所を別にすれば、日本には国公立のバレエ学校が存在しないため、バレエダンサーを志す子どもたちの多くは海外のバレエ学校を目指す。海外留学のためには、アカデミックなバレエの基礎はもちろん、コンテンポラリー作品を踊りこなす力、身体への知識や英語力など、様々な力が必要となってくる。数多くのバレエスクールで努力が重ねられているが、留学に必要な知識やトレーニングをオールラウンドに提供する環境づくりはなかなか難しい。

スタジオアーキタンツは、2001年の発足当初から海外バレエ団などから講師を招いてレッスンを行っており、ダンサーや振付家との国際的なネットワークがある。スタジオ代表で2022年に他界した福田友一は、スタジオ20周年となる2020年に向け、このネットワークを若いダンサーの育成に生かしたいと、育成プログラムを構想していた。コロナの影響もあり、ATPは2020年9月に開講。海外のバレエ学校を目指すジュニアプログラムに加え、2021年には国内外カンパニーへの入団を目指すシニアプログラムも開講した。
「志望する高校や大学を目指すために、予備校に通う人は多いですよね。ATPは『こんなダンサーになりたい』『そのステップとしてこのバレエ学校に行きたい』といった個々の目標達成をサポートする、バレエの予備校のような育成プログラムです」と、プロデューサーの佐藤美紀は語る。

ATPでは、平日5日間のレッスンがあり、ピアニストが入る毎日2時間のバレエクラスと、1時間半の日替わりクラスの2コマ編成となっている。シニアは13時半から、ジュニアは放課後の時間帯、17時15分から始まる。日替わりクラスは、コンテンポラリーダンス、キャラクター・ダンス、ヴァリエーションやパ・ド・ドゥ、解剖学を含むボディ・コンディショニングのほか、栄養学や舞踊史、日本の伝統文化などの特別講義がある。また、スタジオアーキタンツのオープンクラスを自由に無料で受けられる。
入学オーディションは毎年2月、開講は4月で2年間のカリキュラムを推奨しているが、生徒の事情により受け入れや送り出しの時期は様々だという。
「ボリショイ・バレエ・アカデミーに留学中だったけれど戦争のために帰国した子もいます。地元のお教室の発表会が終わってからATPに参加したいという子、夏休み前に留学先が決まり学期の途中で海外へ行きますという子など、様々なケースに対応していますね」と佐藤。
ATPは「予備校」ゆえ、ミッションは生徒を志望校に向けて「送り出す」こと。生徒の出身校であるバレエスクールとは提携校として関わり、希望があれば、アーキタンツの招聘講師の派遣やバレエ以外のクラスのコーディネートなども行う。

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バーレッスン

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センターレッスン

さて、3月末に取材したのはジュニアプログラムの期末試験。14歳から18歳までの少年少女たちが、担当講師や保護者を観客としたパフォーマンス形式の試験に臨んだ。

ピアノ伴奏によるバー・レッスンに始まり、パ・ド・ドゥ、ヴァリエーション、キャラクター、コンテンポラリー......と、切れ目なく続く。
身体の角度を切り替えながらのタンデュからピルエットへ、柔らかなプリエからジャンプへ。すらりと長身の子も、小柄でバネを感じさせる子も、身体をすみずみまで使って、バー・レッスンでも「踊って」いる。
通常のオープンクラスでは、レッスンの動きは毎回違うが、ATPでは「タンデュの足の出し方」「ジャンプの着地」「ピルエット」といったテーマを決めて、同じ動きのバー・レッスンに、2週間ずつ集中して取り組む。今、生徒たちが踊っているのは、それらの動きから抜粋してつなげたコンビネーションなのだという。「ですから、みんな一度は踊ったことがある振りです。とはいえ、休みなくつなげて踊るのは難しいのですが、繰り返し練習するうちにスタミナも集中力もついてきます」と常任講師のマイケル・シャノンは語る。

シャノンは、ボリショイ・バレエ、バーミンガム・ロイヤル・バレエ、ウィーン国立バレエなどでプリンシパルとして活躍、アントワープ・ロイヤル・バレエ学校の芸術監督を務めた経験ももつ。
「ダンサー一人ひとりを、その子の望むゴールに向けて、どう育てていくか、シラバス(授業計画)は本当に大切です。故障のないようにバレエの基礎を見直し、しっかりベースをつくっていかなくてはならない。みんな様々なスクールから来ていますし、成長が早い子も遅い子も、長所も短所も違う。特にボーイズは、テクニックが足りない子も多かったのです。でも、お互いに競い合って、一緒に上手になっていく。その雰囲気がすごくいい。私自身が学びながら、ダンサーとして、芸術監督としての経験をすべて入れこんで教えています」
バーからセンター・レッスンまでは、皆端正な踊り方で、やはり身体能力の高い子や体型の美しい子が目立つが、パ・ド・ドゥからソロで踊るヴァリエーションへと進むと、一人ひとりの個性や意志が明確に見えてくる。得意なテクニックはもちろん、「海賊」らしいしなやかで強い上体の見せ方だったり、オーロラ姫の、指先に光がともるような繊細なポール・ド・ブラだったり......「この踊りが好き!」「ここを見せたい!」といった踊り手の声が聞こえてきそうなパフォーマンスだ。「いちばん大切なのは心で踊ること」とシャノンは語る。

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キャラクター

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コンテンポラリー

続いて民族舞踊を基本としたキャラクター・ダンス。マズルカの貴族的な美しさ、スパニッシュの力強さなど、曲によってスタイルの違いが明確に伝わってくる。パ・ド・ドゥでは少しぎこちなさが見えた男子生徒も、カッコよく女性をリードすることを楽しんでいるよう。女子生徒たちはスカートを使った振りに、女性的な魅力やかわいらしさが引き出されてみえた。
「キャラクター・ダンスは古典バレエに取り入れられているという意味でも大事ですが、身体のコーディネーションや音楽性を育てるのにとても役立ちます」とシャノン。キャラクター・ダンスの講師タチアナ・コズロバは、各々の踊りの文化的な背景を説明しながら教えているという。
「たとえばチェコのポルカは、お祭りの踊り。お母さんが縫ってくれたスカートを、私のがいちばんかわいいでしょ?と見せ合っているイメージですね。スペインやイタリアでは女性が強く、男性がひざまずいてスカートにキスするロマンチックな振りがあったりします。上半身を使いながら首や手足でリズムを取ったりと技術的に難しいのですが、イメージがわくとみんな楽しんで踊ってくれますね。ダンスの原点にある、歌い踊ることのピュアな喜びを大切にしてほしい」とコズロバ。

最後のコンテンポラリーは、講師のキミホ・ハルバートによる作品。オフバランスを利用した様々なステップやフロアワークなど、コンテンポラリー作品でよく使われる基本的なテクニックを見せつつ、インプロヴィゼーション(即興)も取り入れた振付だ。果敢に重力を使い、ダイナミックに動いていく生徒たちは、ヴァリエーションやキャラクターとはまた違った表情を見せる。
「コンテンポラリーダンスは、振付家によってスタイルが大きく違います。イリ・キリアンや、ネオ・クラシックのウヴェ・ショルツ作品など、様々なレパートリーを学ぶ機会が多いのもATPの特徴だと思います」と佐藤。

ノンストップで2時間弱の期末試験。最後まで集中して踊りきった生徒たちに、講師や保護者から温かい拍手が送られた。

尚、シニアプログラムのほうは、数日間の集中ワークショップ形式で一作品を仕上げるなど、カンパニーのオーディションやリハーサルを想定した実践的なクラスが多い。その一方で、オーディションでもまず注目される、バレエの基礎の見直しもじっくり行っているという。シニアの常任講師は、バーミンガム・ロイヤル・バレエのプリンシパルを務め、2022年より拠点を日本に移した佐久間奈緒だ。
「踊りにはパーソナリティが現れるので、自分の意思を、きちんと言葉でわかるように表現することも必要です。そういうことを繰り返し伝えているうちに、一人ひとりの個性が際立ってきて。この1年でシニアの子たちも大きく成長したなと感じています」。

ATP主任の原みなみは、運営にあたって特に重視しているのは「自立」へのサポートだと語る。
「バレエ学校を卒業しても就職先が見つからない場合もありますし、カンパニーに入れても、そこで生涯が保証されるわけではないので、プロとして立つためには、オーディションの応募からすべて自分でやらなくてはなりません。自分はどうしたいのか、そのためには何が必要かをそのつど明確にした上で、自分を律していく計画性も必要です。そして、不調や悩みは一人で抱え込まず、周囲の人や専門家に助けを求められることも、大切な自立なのです」
ATPでは現状と目標を明確にするため、定期的に面談を行っている。オーディション書類の書き方なども、根気よく指導するうちに、自分で書けるようになっていくという。卒業生の進路実績として、バレエ学校ではウィーン国立歌劇場バレエ学校、モナコ王立プリンセス・グレース・アカデミー、カナダ・ナショナル・バレエスクール、アントワープ王立バレエ学校、ボリショイ・バレエ・アカデミーなど。就職先としては、アメリカ、カナダ、フランス、ポーランドなど海外カンパニーのほか、新国立劇場バレエ団やKバレエカンパニーなどの国内の主要バレエ団が挙げられているが、それらは決してゴールではないのだ。
「進路までの道筋も様々です。日本の4年制大学に入ったものの、ダンスへの道があきらめきれず、シニアプログラムを卒業して海外のカンパニーに入った子もいますし、自分は実演家より研究者が向いているようだと気づいて大学を受け直した子もいます。どんな道でも、プロになるのは決して簡単なことではありません。精一杯打ち込み、100パーセント努力した結果を受け止め、送り出してあげる。講師の先生方も私たちスタッフも、そんな心持ちでいます。オープンクラスに来てくれた卒業生に近況を聞いたり、相談に乗ることも多く、卒業後もつながりは続いていますね」と原。

現在、ATPでは2023年度のクラスが始まっており、ATPの生徒だけが受講できる夏休みの特別クラスに、デニス・マトヴェンコをゲスト講師として迎えるなど、より多彩なプログラムを展開している。また、8月には途中入学オーディションを兼ねた3日間の公開ワークショップも予定されている。こちらは、ローザンヌ国際バレエコンクールでコンテンポラリー課題曲ゲストコーチを務めているヴェロニク・ジャンのクラスなど、バラエティ豊かな内容となっている。
世界に開いた窓のようなこの場から、どんなダンサーが巣立っていくのか、今後の動向が楽しみだ。
http://atp.a-tanz.com/

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