オリジナルのキャラクターを登場させてテンポ良く進行した金森穣による『かぐや姫』第2幕

ワールドレポート/東京

佐々木 三重子 Text by Mieko Sasaki

東京バレエ団

『スプリング・アンド・フォール』ジョン・ノイマイヤー:振付/『イン・ザ・ナイト』ジェローム・ロビンズ:振付/『かぐや姫』第2幕 金森穣:振付

4月末に開催された〈上野の森バレエホリデイ2023〉の一環として、東京バレエ団が趣向の異なる現代の作品によるトリプル・ビルの公演を行った。メインは、金森穣が、日本発のグランド・バレエとして東京バレエ団と共に3年掛かりで取り組んでいる『かぐや姫』第2幕の初演。2021年秋に初演した第1幕に続き、このほど第2幕が完成されたもので、今年10月には第3幕を仕上げ、全3幕を通して披露する予定である。ほかに上演されたのは、ジョン・ノイマイヤーがドヴォルザークの弦楽セレナーデに振付けた『スプリング・アンド・フォール』と、ジェローム・ロビンズがショパンのピアノ曲に振付けた『イン・ザ・ナイト』。3回公演の初日を観た。

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「スプリング・アンド・フォール」Photo:Shoko Matsuhashi

最初に上演されたのは『スプリング・アンド・フォール』。ハンブルク・バレエ団を率いるノイマイヤーが、ドヴォルザークの「弦楽セレナーデ ホ長調」を用いて1991年に振付けた作品で、東京バレエ団は2000年にこれをレパートリーに採り入れている。英語のタイトルには「春と秋」「跳躍と落下」という多義的な意味があり、7人の女性ダンサーと10人の男性ダンサーにより踊られる抽象バレエである。
冒頭、大胆な筆致の墨絵のような背景の前で、静止している男性ダンサーたちの姿がシルエットで浮かび上がった。群舞のダンサーが去ると、残された秋元康臣がゆるやかに踊り始めた。男性2人の踊りが加わり、秋山瑛のソロが続き、男女それぞれの群舞や、男性同士が激しくぶつかりあう場面や、男女がペアになって抒情豊かに踊るなど、変化に富んだシーンが展開された。終始、芯のある踊りで要所を引き締めた秋元と、ソロで凛とした存在感を示した秋山が際立ち、この二人がしっとりと紡いだデュエットも印象に残った。モノクロームの墨絵のような背景が、曲調や踊りのシーンに応じて緑や赤みがさすなど色調を変化させたのも効果的で、詩情を深めていた。

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「スプリング・アンド・フォール」Photo:Shoko Matsuhashi

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「スプリング・アンド・フォール」Photo:Shoko Matsuhashi

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「イン・ザ・ナイト」Photo:Shoko Matsuhashi

『イン・ザ・ナイト』は、ミュージカル『ウエスト・サイド・ストーリー』の振付けで知られるロビンズが、ショパンの4曲の「ノクターン」にのせて、3組のカップルが繰り広げる異なる情景を連ねて構成したもの。半世紀も前に創られた作品だが、東京バレエ団としての初演は2017年である。舞台上のピアノ(松木慶子)の生演奏にのせて踊られた。星空をバックに1曲目のカップルを踊ったのは中島映理子と宮川新大で、柔らかで伸びやかな動きで互いの心を高揚させていき、若さと瑞々しさで印象づけた。
シャンデリアが吊るされた舞台で踊る2曲目のカップルは、民族調の衣裳を着た金子仁美と安村圭太。リフトを交え、流れるように滑らかにステップを繋いでいき、落ち着いた大人の雰囲気を醸してみせた。
星空をバックにした3曲目のカップルは上野水香と柄本弾。これまでのカップルと同様、男性が女性をリフトし、抱えたままターンしたりしたが、仲睦まじく寄り添うどころか反発し合い、相手から顔をそむけたり、左右に去ってしまったりと、倦怠期のカップルにありがちなドラマを生々しく演じてみせた。
4曲目では3組のカップルが次々に登場し、互いに挨拶を交わしたり、パートナーを変えて踊ったりした後、男性が女性をリフトしたまま退場して終わる。異なる男女のあり様をさり気なくスケッチしてみせた洒落た作品だった。

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「イン・ザ・ナイト」Photo:Shoko Matsuhashi

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「イン・ザ・ナイト」Photo:Shoko Matsuhashi

最後は『かぐや姫』第2幕。
金森穣は、平安初期に書かれた『竹取物語』をもとに、月から遣わされたかぐや姫をめぐる物語に、今日的な問題を織り込み、新たな登場人物も加えてドラマを大きくふくらませて提示している。音楽はクロード・ドビュッシーで構成されている。
第1幕は山村が舞台で、竹から生まれ、「翁」のもとで育てられた「かぐや姫」が、村の童たちと遊びながら美しく成長し、孤児で働き者の「道児」と恋に落ちるが、欲深い翁により宮廷へ送られるまでが描かれた。
舞台を宮廷に移した第2幕は、全10場から成る。舞台の正面後方に大きな階段が設えられ、二層の構造になっているが、他に大きな装置はなく、抽象的でシンプルそのもの。天井から吊るされたランタンのような照明が東洋的な雰囲気を醸していた。赤い花弁が降り注ぐ中で始まった第1場は「影姫」。影姫は金森が「かぐや姫と相映し合う鏡のような存在」として新たに創出した人物で、幼くして身売りされ、帝の正室に迎えられたものの帝に愛されることなく、孤独を抱えているという設定である。演じたのは沖香菜子で、打掛けを脱ぎ、赤と黒の交じった総タイツ姿で、見えない相手を威嚇するように脚を大胆に振り回す様は強烈なインパクトを与えた。続く第2場「見せかけの愛――偽りのパ・ド・サンク」で、影姫は自分にへつらう4人の大臣たちを従えるように振る舞い、高くリフトされたが、大臣たちに翻弄されているようにも映った。沖は影姫の胸の内の狂おしさを全身で表現し、宮廷に到着したかぐや姫には射貫くような鋭い眼差しを向けた。

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「かぐや姫」第2幕 Photo:Shoko Matsuhashi

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「かぐや姫」第2幕 Photo:Shoko Matsuhashi

第3場は「宮廷の男たちーー噂の美貌」。かぐや姫の美貌に眩惑された宮廷の男たちは、襲いかかるように争って彼女に迫った。飢えた獣のような烈しい男性群舞は見応えがあり、男たちに手渡されるかぐや姫が怯え戸惑うのも無理はないと思わせた。かぐや姫を演じたのは秋山瑛で、打掛けを脱ぎ、白の総タイツで踊る姿は清らかな美しさを放っていた。「帝」が階段の上に現れ、かぐや姫の方に下りて来る。「幼くして即位した孤独な権力者」という設定の帝を務めたのは大塚卓。権力者としての威厳を示するように、肩をそびやかし、肘を張り、重心を低めに取り、角張った大仰な仕草で踊ったが、そこに家臣たちに尊敬されておらず、疎んじられているという虚しさも感じられた。帝はかぐや姫に惹かれるが、大臣たちに引き離される。
第4場は「宮廷の女たち――野放図な姫」。かぐや姫は優雅に整然と舞う女性たちに目を奪われ、その中に加わろうとするが、秩序を乱すばかりで、教育係の「秋見」(伝田陽美)にたしなめられた。無邪気で天真爛漫に振る舞えるかぐや姫を、影姫はうらやまし気にながめていた。
第5場は「秋見の教育――かぐや姫の抵抗」。秋見は宮廷の作法を厳しく躾けるが、自由奔放に育ったかぐや姫は我慢できずに翁(木村和夫)に助けを求めた。だが、宮廷に来て欲深さを増した翁はかぐや姫を叱りつけ、手を上げる始末。翁のこの豹変ぶりには驚かされたが、孤立無援の身と知らされたかぐや姫の嘆きも伝わってきた。ここではドビュッシーの「12の練習曲」より第1曲〈5本の指のために〉が使われたが、「ド、レ、ミ、ファ...」と奏でられる指使いの練習のような音楽が秋見の指導と絶妙にマッチしていた。

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「かぐや姫」第2幕 Photo:Shoko Matsuhashi

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「かぐや姫」第2幕 Photo:Shoko Matsuhashi

第6場は舞台が変わって「貧しい山村――村八分の道児」。働き者だった道児(柄本弾)は、かぐや姫を失った悲嘆のあまり働こうとせず、村人たちの慰めも受け付けないため、村人たちに見放されてしまう。
第7場は宮廷に戻り、「詩(死)――眠れぬ姫たち」。ここで使われるのが、ドビュッシーがピエール・ルイスの詩の付随音楽として作曲した「ビリティスの歌」より第12曲〈朝の雨〉。眠れない夜、影姫の愛読する詩集を読んでいるかぐや姫と、その様子をながめていた影姫が、いつのまにか響き合うように一対となって踊り始めた。詩に込められた悲しみや孤独に寄せて、かぐや姫と影姫はそれぞれの鬱積した思いをいたわり合うように身体で綴っていった。

第8場は「夜の帳(とばり)の中でーー孤独のパ・ド・トロワ」。互いに近しいものを感じて惹かれあう帝とかぐや姫に、彼女に嫉妬する影姫が加わり、3人はもつれるように絡みあって踊り始めた。緊張感溢れるパ・ド・トロワで、帝がかぐや姫の手をつかむと、影姫が割って入ろうとし、かぐや姫はそれをすり抜けるように帝の後ろに回るなど、振りは緻密に組み立てられており、踊り続けるうちに3人それぞれが抱える孤独や苦しみが滲みでてくるように思えた。ここで用いられた音楽は無伴奏フルートのための「シランクス(パンの笛)」だったが、フルートの音はまるで尺八のように響いた。

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「かぐや姫」第2幕 Photo:Shoko Matsuhashi

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「かぐや姫」第2幕 Photo:Shoko Matsuhashi

第9場「迫る闇〜抗えない力」で、かぐや姫が自分の後を追って宮廷に忍び込んだ道児を見つけると、そのまま第10場「道児との再会〜逃亡劇」に続いた。道児がかぐや姫を高々とリフトし、掲げられたかぐや姫が手足をしなやかに伸ばす姿は、柄本と秋山の息の合った共演により、溢れ出る二人の熱い思いを雄弁に物語っていた。二人は宮廷からの逃亡を企てるが、黒衣の闇の力により阻止されるという展開はスピーディー。見失った道児を求めて突き進むかぐや姫だが、阻むように立ちはだかる帝や宮廷の人々を前にして泣き崩れてしまう。
以上が金森版『かぐや姫』の第2幕である。原作の『竹取物語』では、かぐや姫の求婚者たちが難題を課せられて苦労する話が詳述されているが、金森はそうしたエピソードを省いた。代わりに、帝や影姫、秋見、大臣などオリジナルなキャラクターを創り出し、それぞれの人物像に焦点を当てている。そして、一見きらびやかな宮廷だが、その実態は虚飾に満ちていることも浮き彫りにしてみせた。主な舞台装置がスケルトンのような大階段だけだったのは、空疎な宮廷を象徴していたのかもしれない。第2幕もテンポよく進行しただけに、第3幕で物語がどのように結実するのか、今から楽しみだ。
(2023年4月28日 東京文化会館)

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