クリスタル・パイトが語るキッドピボット『リヴァイザー/検察官』オンライン記者会見「劇場で観客の皆様と共に考える場を」

ワールドレポート/その他

香月 圭 text by Kei Kazuki

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演出・振付:クリスタル・パイト Crystal Pite
© Rolex by Anoush Abrar

クリスタル・パイト率いるカナダの舞踊団キッドピボット(KIDD PIVOT)が5月に初来日し、『リヴァイザー(REVISOR)/検察官』を上演する。この公演に先立ち、パイトをゲスト・スピーカーに迎えてオンライン記者会見が行われた。
クリスタル・パイトはカナダのバンクーバー出身で、バレエ・ブリティッシュ・コロンビア、そしてウィリアム・フォーサイス率いるフランクフルト・バレエでダンサーとしてのキャリアを積み、2002年に自身のカンパニー、キッド・ピボットを設立する。一方で、NDTのアソシエイト・コレオグラファー、サドラーズウェルズのアソシエイト・アーティストなどを務め、パリ・オペラ座バレエや英国ロイヤル・バレエなど世界中の名だたるバレエ団から委嘱された作品を含めると、これまで50を超える作品を創作している。2017年にはパリ・オペラ座のために振付けた『The Season's Canon』でダンス界のアカデミー賞と称されるブノワ賞を受賞した。
今回上演される『リヴァイザー/検察官』は、昨年、ローレンス・オリヴィエ賞で最優秀ダンス賞を授与された。日本で彼女の作品が上演されるのは、2019年のNDT日本公演で上演した『ザ・ステートメント(The Statement)』以来。この作品では録音した言葉に合わせて踊る斬新なアプローチで舞台芸術の新たな側面を提示した。キッド・ピボットはダンス愛好家だけでなく、演劇、映画、美術などの分野にも幅広い支持も得ている。チケットを入手困難なカンパニーだという。
会見では、招聘元の愛知県芸術劇場エグゼクティブプロデューサー/Dance Base Yokohamaアーティスティック・ディレクターの唐津絵理が『リヴァイザー/検察官』についてクリスタル・パイトに話を聞く形で進行した。オンライン画面に登壇したパイトは表情豊かで、上半身から繰り出される身振りや手の動きも雄弁だった。
「皆様、本日は『リヴァイザー/検察官』についてお話しする機会を設けていただき、大変光栄です。原作はニコライ・ゴーゴリが1836年にロシアで発表した戯曲『検察官』ですが、共同創作者の劇作家ジョナサン・ヤングと私は、政治的要素を扱う茶番劇をダンスという媒体を用いて動かしていくことに興味を惹かれました。
『リヴァイザー(REVISOR)』というタイトルは、原作の戯曲の『レヴィゾール』というロシア語から来ています。「REVISOR」という英語本来の言葉は「改訂者、校閲者」という意味で、文書などの校正にあたる人を指します。この作品に登場する「リヴァイザー」は下級の職員ですが、検察官に間違われることになります。彼はナレーターでもあります。この辺りはゴーゴリの原作にひねりを加えた部分です。私たちのダンス・カンパニーの名前にも入っている「ピボット」という言葉のように、「リヴァイザー」自身が少し方向性を変えることによって彼自身も変化していくというような流れになっています」

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© Michael Slobodian

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© Michael Slobodian

『リヴァイザー』創作のプロセスも語られた。
「ジョナサン・ヤングが原作をもとに脚色した台本があり、それをベースに8人のダンサーたちがそのボイス・オーバーの録音をしました。これが今回のサウンドトラックになっています。ダンサーたちはそれぞれ登場人物に扮し、ボイスオーバーで流れる言葉を口だけでなく体全体を使ってリップシンクしています。そのため、漫画のような独特のスタイルの動きが表現されています。後半はわかりやすいジェスチャーが極端に抽象化されることによって新たな意味が生み出されます」
物語や言葉から動き(ダンス)を生み出す手法についても解説があった。
「各ダンサーには俳優と同じように台本と彼らが演じる声のサウンドトラックを与え、そこからすぐに即興のプロセスに入ってもらいました。ダンサーはセリフ音声から言葉のリズムや流れを感じながら即興していきます。セリフから連想される、私達が普段行っているようなジェスチャーもどんどん付け加えられていきます。それをさらに形式化して極端なものにしたり脱構築していき、振付的なものにしていきます。私が一緒に協働するダンサーたちは皆、才能あふれる人ばかりなので、彼らから学ぶものは大変多いと感じます」
また、キッドピボット所属の日本人ダンサーの鳴海令那は「ダンサーたちのアイデアがいろいろ集まると、それがいつの間にか組み合わさって全く見たことのない世界が出来上がり、まるでマジックのようだ」と語っている。パイトにとっては創作の初期段階でも、ある程度作品の完成形が見えているだろうか。
「初期の舞台装置をセットしていない段階でステージを見て、舞台美術や照明などについていろいろ実験してみます。それによって最初のざっくりとしたイメージができ、それを頭の片隅に置きながらさらに数ヶ月かけてグループの皆といろいろと議論を交わして、ビジョンが固まってくるという過程を踏みます」
『リヴァイザー』の構成に関して、パイトは以下のように解説する。
「茶番劇である部分が作品の半分ぐらいを占めます。そのシーンはある意味特徴的で、万人にとってわかりやすいものにしたかったので、机や椅子・ランプなどの小道具や窓などの舞台美術、お決まりの要素ををしっかりと配置し、茶番劇ならではの漫画的な様式の表層をしっかりと表現することにしました。後半は茶番劇の表面下にあるものが真実だということを表現するために、わかりやすい芝居が脱構築されていきます。前半とはガラリと変わって何か神秘的な空間を作りたかったので、照明も大きく変化させています」

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© Michael Slobodian

社会的なテーマを取り上げるようになったきっかけについて。
「興味を惹かれるのは、人間とは何かといった人類にまつわる壮大な問いです。それがたまたま社会で起こっていることと共鳴するのは、偶然性も意図的な部分もあると思います。ちょうどこの作品を作っていた2016年、2017年頃はトランプ政権が誕生した時期でもあり、それと並行してロシア帝国の腐敗政治についてパラレルで考えたら面白いのではないかというような思いは確かにありました。特にウクライナ問題が顕在化した現状において、メッセージはさらに的確で力強いものになるのではないでしょうか。このような状況下で自由に創作ができるということに対して心から感謝しています」
彼女の創作のインスピレーションはどこから想起されるのだろうか。
「一緒に協働する皆さんからインスピレーションを受けることが多いです。周りにいる人たちと共にいろいろなことを議論することによってアイディアが膨らんでいきます。一つの作品に取り組むとリハーサルの段階を経て何年にも渡るツアー期間に入るので、そのテーマとずっと向き合うことになります。ですから、その根幹になるテーマについてはしっかりと吟味して慎重に選びます。自分たちにとって挑戦になるものだったり、喜びをもたらすものだったりと様々ですが、そのテーマとじっくり向き合うことによって、自分たちがその学びを得てより成長でき、私たちが共有する体験がより豊かなものになると考えています。

記者から、言葉を使わないという特質をもつ舞台芸術であるダンスについての見解を求められると、パイトは次のように述べた。
「今回の日本の公演では、英語のセリフの録音で日本語字幕を使用します。セリフのスピードが早く、難しい部分もあるかもしれませんが、それを通して日本の観客の皆様に楽しんでいただけたら幸いです。例えばある方はテキストと共鳴するかもしれないですし、また別の方は登場人物の動きに共鳴するかもしれません。ダンスというフォーマットが何か言葉を超えた普遍的なものにたどり着けるという考え方をとても大事にしています。また、言葉やテキストを用いることで、振付だけではたどり着けない領域や複雑さというものにアクセスできるのではないかと思います。ダンスとテキストの両方を大切にしています」
作品を観客に伝えることについて。
「創作の初期から最終段階まで、常に観客に作品をどう届けるかということを考えながら創作を進めます。私達の舞台は観客の皆様と繋がることによって何かが生成し変容する場であるということを意識しており、創作中もその可能性を常に探っています。この考察が創作の核になっていると思います」

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クリスタル・パイト、記者会見にて

ダンサーに対してどのような資質を求めるか、一緒に仕事するダンサーをどのように選ぶかという記者からの質問に対して、彼女は次のように述べた。
「ダンサーに関しては、まずクリエイティブであること。実験するのが好きでリスクを恐れないこと、度胸があること、そして様々な表現性を持っている人。石のように静止できるかと思えば、まるで骨がないかと思わせるほど水のように流れるような動きもできる人や、ガラスのような質感を表せるような人、パペットのような動きができる人、そして機械的なアイソレーションなどができたり、豊かで明晰な表現ができるダンサーの方々にひかれます。
しかしながら、精神面も重要です。お互い一緒にいて心地いいと思えるような関係性が築ける人たちと一緒に仕事をすることを一番大切にしています。カンパニーのダンサーたちとは付き合いも長いですし、家族のような関係です」

劇中の音楽の役割について。
「音楽という要素はとても重要だと思います。今回の作品では事前に録音したテキストを読み上げているものが主になりますが、普通のセリフをさらに操作して編集していき、音楽的なリズムをもつものに変貌させていきます。このように人間の声を電子的に操作したものも音楽と捉えています。音楽はパフォーマンスにおける時間の流れ方やスピード感、雰囲気作りに多大な影響を及ぼしているものだと思います。場面から感じ取れる感情や意味合いなどをサポートする要素として、映画的に音楽を用いています。反対に、無音の瞬間はすごくプレッシャーが高まり、ノイズのときとのコントラストも高まるのでそのような対比も重要だと思います。今回の音響チームのメグ・ロウさん、アレサンドロ・ジュリアーニさん、オーウェン・ベルトンさんには素晴らしい仕事をしていただきました」

創作から作品の発表までの期間において、最もやりがいを感じるときについて記者から質問があった。
「創作過程の中で解決法やインスピレーションが浮かんできたりする瞬間や、障害がありながらもそれを乗り越えたときは、光明が見えたように感じます。そのような小さなことの積み重ねで前進していき、チームとして自分たちのやっていることを肯定し、自信を持てるようになります。また、最初にジョナサンとテーブルに向かい合って議論しながら作品のアイディアを練るとき、リハーサルでダンサーと出会う、劇場入りして初めてその舞台を見る、そして初演に至るまであらゆる過程における最初の日も大事にしています。それらの初日は、私達の日常に希望に満ち溢れた新たな第一章を導いてくれるように感じます」

『リヴァイザー』が日本での公演で最後となる理由を記者からたずねられると、彼女は次のように返答した。
「バンクーバーで10月に世界初演される新作に取り組んでいるので、今はその新作に専念する時期に入っています。私のカンパニーでは、ほぼ4年おきぐらいのサイクルで次の作品を発表しています。そのため、『リヴァイザー』は今回のツアーで一旦幕を閉じることになります。この作品にも思い入れがあるので、親しい友達とお別れをするような寂しい気持ちではあります」

最後に、日本の観客に向けて、クリスタル・パイトは以下のようなメッセージを贈った。
「私のカンパニー、キッドピボットの初来日公演が実現できて、心から楽しみにしております。劇場で変容や救いなどいろいろなテーマについて考える場を皆様と作ることができればと願っています。皆様に舞台をお楽しみいただければこれ以上の喜びはありません」

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キッドピボット『リヴァイザー/検察官』

●愛知公演
2023年5月19日(金)19:00開演
愛知県芸術劇場大ホール

●神奈川公演
2023年5月27日(土)18:30開演/5月28日(日)14:00開演
神奈川県民ホール大ホール

公演特設サイト https://kiddpivot.dancebase.yokohama/

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