新国立劇場バレエの『マクベス』がまもなく世界初演される、 米沢唯×福岡雄大のリハーサルをレポート

ワールドレポート/東京

坂口 香野 Text by Kaya Sakaguchi

野心に身を滅ぼす男の運命を描いた『マクベス』は、シェイクスピア劇の中でもきわめて人気が高い作品のひとつだ。黒澤明監督の『蜘蛛巣城』をはじめ、翻案や映像化も数多い。
その『マクベス』を、英国ロイヤル・バレエ団出身の気鋭の振付家ウィル・タケットが新国立劇場バレエ団のために振付ける。4月29日開幕の「シェイクスピア・ダブルビル」でアシュトン振付の『夏の夜の夢』とともに世界初演される予定だ。

3月23日、新国立劇場小ホールにて、ウィル・タケットと米沢唯(マクベス夫人)、福岡雄大(マクベス)による公開リハーサルが行われた。

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撮影:阿部章仁

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撮影:阿部章仁

「今回は、2つのシーンを見ていただきます。まずは戦場からの夫の帰りを待つ、マクベス夫人のソロ。続いて、マクベスとマクベス夫人のパ・ド・ドゥです。このシーンでマクベスは、初めて『自分が次の王になる』という魔女の予言を夫人に話します。物語がお客様にわかりやすいよう、舞台上に王冠が登場します。バレエ化するにあたって、カットしなくてはならないシーンもあるので、シェイクスピアに詳しい方、特に『マクベス』ゆかりのスコットランド出身の方には先に謝っておきますね」
タケットがてきぱきと説明をした後、舞台上でピアニストの蛭崎あゆみが演奏を始めた。スコットランド出身のジェラルディン・ミュシャによる音楽は、陰鬱さの中にきらきらとした光を感じさせるような美しい曲だ。小刻みなポアント・ワークで、米沢が音もなく舞台上に進み出る。空気がしんと冷えていく気がした。
期待と不安の間でゆらめくような、優雅な動き。斜め上方を仰ぎ、手のひらに光を受けるようなポーズが印象的だ。黒鳥のようにゴージャスな悪女でもなく、マノンのように無邪気でもない、容易ならぬ雰囲気である。トウで立った姿勢から反り返りつつ回転する、危うくも美しい動きが目に焼きつく。

「移動はもっと角度を深く、空間を使って......そう!」
「反りながら、そこでボディもぐるっと回転させる。腕で円を描くように。回りはじめはゆったり時間をとって、その後はタイミングを速く」
「そこはもう少し後ろに反って。背中の向こう側に意識を向けて。動きが難しくなっちゃってごめんね。でも、すごく良くなってるよ」
タケットが流れを止めて、米沢に指示を出す。わずかな角度やタイミングの差で、動きがシャープに明確になっていく。一つひとつの動きを見ると技術的な難易度の高さがよくわかる。

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撮影:阿部章仁

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撮影:阿部章仁

続けてパ・ド・ドゥのシーンが始まった。ソロの最後、米沢がトウで滑るように後ろへ下がったところへ、戦場から帰ってきたマクベス・福岡が登場する。

福岡には、パワフルで男性的、女性のサポートにおいては盤石の安定感という印象があった。この日ももちろん技術的にはその通りで、振付けられたばかりとは思えないほど、複雑なリフトを次々とこなしていた。その一方で、どこか夫人に頼っているような、かすかな甘えのようなニュアンスが見えた。米沢のほうは福岡の頭上高々とリフトされつつ、彼ではなくはるか遠くを見つめる目をした瞬間があって、ぞくりとした。

行き場のない情熱を抱えた、燃えるような目をした妻。強く有能ではあるが、どこか小心者の夫。その二人が目の前で激しく求め合っている......。
漠然ともっていたマクベス夫人とマクベス像が、急に生々しく、目の前に現れた印象である。

「マクベスの登場で、夫人の歩みがスローダウンするんだけど、ロマンティックになりすぎないように。フォーマルすぎる感じがするので、もっとリラックスして、お互いを求め合っている感じが出るように」
タケットはパ・ド・ドゥの前半で止めて、その場で振りの変更や調整を行っていく。
「雄大、彼女を下ろす動きから次のフレーズまでなめらかにつなげて。ここは動きをひとつカットして時間をつくろう。そのほうが大きく動けていいよね」

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撮影:阿部章仁

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撮影:阿部章仁

腕を引っ張り合いながら回転する流れを何度か練習する。二人の動きには粘りがあり、米沢が福岡を、それこそ蜘蛛の糸で絡め取っているようにも見える。
「その回転、ちょっとうまくやりすぎてる。昨日のほうが動きが大きくてよかったな。ズルせずに最大限身体を使って」
タケットは「lovely!」「gorgeous!」(素晴らしい)や「sorry!」を連発しつつ、時々容赦ない。

パ・ド・ドゥ後半では、魔女の精霊役の清水裕三郎が舞台上に王冠を運んできて「マクベスが次の王になる」という魔女の予言をビジュアル的に伝える。米沢・マクベス夫人が福岡・マクベスに王冠を深々とかぶせ、濃厚なキスを繰り返す。思わず生唾を呑んでしまったのは、私だけではないと思う。
「唯、王冠をかぶせる動作は、マクベスの顔までしっかり包み込むように。OK、とてもよかったよ」
ここで公開リハーサル終了。会場は熱い拍手に包まれた。

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撮影:阿部章仁

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撮影:阿部章仁

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ウィル・タケット 撮影:阿部章仁

続いて質疑応答。まずはタケットへ、黒澤明の『蜘蛛巣城』の影響について質問があった。タケットは、マクベスを下敷きにした『蜘蛛巣城』を見たのがきっかけで、シェイクスピアの『マクベス』に興味をもったという。
「『蜘蛛巣城』の影響は大きいです。そのほか、『リア王』を下敷きにした黒沢映画『乱』の中で、王に恨みをもつ女性が虫をつぶすシーンがすごく好きで。マクベス夫人のイメージに重なると思っています」
尚、今回使われるミュシャ作曲のバレエ音楽『マクベス』は15分〜20分程度のものなので、ミュシャのピアノ曲などを組み合わせて編曲。約1時間のバレエ作品に仕上がる予定だ。

マクベスとマクベス夫人の関係、人物像について、踊っていてどう感じるかという質問に対して、米沢は「ソロからパ・ド・ドゥへとつながるので、最初のソロでマクベス夫人のキャラクターや生き方を見せなくてはいけないなと感じています」と語った。
「パ・ド・ドゥは、おもにウィルさんと雄大さんが試行錯誤しながらつくっていらっしゃって、私は今まだ、雄大さんに振り回されながら目を回している状況なので......(笑)。雄大さんと対等に、そして最後は雄大さんを取って喰べられるような女性になれるよう、もう少し頑張っていこうと考えています」。

福岡は「実は昨日振付がかなり変わったので、今日は振りのことしか考えてなかったんですけど......」と明かしつつ、次のように語った。「複雑な夫婦関係だとウィルさんから説明がありました。僕はどちらかというと従う側です。昇進を望んでいるのに王様になれないという葛藤など、いろいろなものを抱えた人物なので。これから本番まで、振付がどんどん進んでいきますので、ウィルさんの描こうとしているものをうまく表現できるよう、精進していきたいと思います」。

タケットは、「この夫婦関係には明らかにヒエラルキーがあるんです」と語った。
「マクベス夫人のほうがもともと階級的に上なんですね。マクベスは戦士として有能だったから、彼女と結婚することができた。『ロミオとジュリエット』は十代のカップルの初恋を描いていますが、この二人は年齢的にもっと上で、夫婦として身体の関係もある。その上で惹かれ合っているのです。

夫婦が再会するパ・ド・ドゥのシーンでは、おそらく夫人は戦闘の雰囲気をたたえたまま帰ってきた夫をとてもセクシーで魅力的だと感じて、彼を肉体的に欲していると思います。そういった緊張感をパワフルに描きたい。夫婦の肉体関係を示唆するシーンは、シェイクスピアを題材にしたバレエの中でもほとんどなくて。『オセロ』では少しある程度でしょうか。夫婦関係をダンスで示していくのは難しいけれど、ほかにない演出がつけられるのではないかと考えています。」

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福岡雄大 撮影:阿部章仁

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米沢唯 撮影:阿部章仁

ダンサーとして、この作品はどんなところがチャレンジになりそうか、との質問に対して、福岡は次のように答えた。
「『マクベス』をバレエ化すること自体すごいことですし、新しい作品を生み出すことは劇場の歴史の一ページを刻むという作業になるので。そういう名誉な作品でマクベスを踊れること自体がチャレンジです。バレエというものに課題はつきないので、どんな作品を踊るときも、いつでもチャレンジですね」

米沢は「いつでもチャレンジ、私もそうですけれど」と答えつつ、この作品についてはマクベス夫人という役柄を踊ることがチャレンジだと語った。
「さっきウィルさんがおっしゃっていた『ロマンティックにならないように』というのが大きな課題です。恋する少女の役はかなりやってきていますが、このようなセクシャルな生身の女性をしっかり演じることは、私にとってチャレンジなので。人生をかけて演じたいと思います。頑張ります!」

「バレエファンでない人へのおすすめポイントは?」という質問に対して、タケットが今回の公演「シェイクスピア・ダブルビル」の魅力について語った。
「『夏の夜の夢』と二演目で上演できることがとてもいいなと思っています。『夏の夜の夢』は軽やかで美しい、とても親しみやすい作品で、妖精のような、魔法のような雰囲気をまとっています。『夏の夜の夢』と、その正反対に位置する作品『マクベス』を同時に見られることが、今回の公演の大きなポイントですね。
『マクベス』はたくさんの人が死ぬシーンがあります。バレエにおとぎ話のようなイメージを持っている方が多いとすれば、そのイメージを壊す作品になれるのではないかと思っています。私の仕事は『マクベス』をいかにわかりやすく伝えるかということ。それを今一生懸命やっています。このふたつの作品が、バレエというだけでなくひとつの大きな演劇体験として、お客様に届くといいなと思っています」

福岡は「バレエをしていく上で、ダンサーでありプレイヤーでもないといけないと思っている」と語った。
「今回は特にプレイヤーの要素が強い作品だと思います。ウィルさんはバレエだけでなく様々な舞台作品を振付けている。剣で戦う指導ひとつでも、芝居として非常にリアリティがあります。バレエを知らない方、芝居が好きな方にも楽しんでいただけるような作品になると思います」

「お二人に全部話していただいてしまったんですけれど......」と米沢。
「『夏の夜の夢』のキラキラした明るく美しい世界も、『マクベス』のダークな世界も人間のひとつの真実だと思います。いつの時代も男女の関係はあり、憎しみも殺し合いもあるので......。どんな方にもどこかで共感していただける、刺さる何かがある。そういう舞台になればいいなと思っています」

まだ振付の序盤にも関わらず、きわめて濃密な公開リハーサルであった。もはや、本番が楽しみでしかたない。

https://www.nntt.jac.go.jp/ballet/shakespeare-double-bill/

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撮影:阿部章仁

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