スターダンサーズ・バレエ団「MISSING LINK」、鈴木稔と蓜島邦明が構築するノイズの嵐の中で乱舞する身体

ワールドレポート/東京

香月 圭 text by Kei Kazuki

スターダンサーズ・バレエ団

「MISSING LINK」第一部『01』第二部『Degi Meta go-go』鈴木稔:振付

スターダンサーズ・バレエ団による「MISSING LINK」を観た。カンパニーの常任振付家、鈴木稔と映画やテレビドラマ、ゲームなど多彩なジャンルの楽曲を手がける蓜島邦明のコラボレーションによるコンテンポラリー・バレエで、新作『01』と『Degi Meta go-go』の二部構成のプログラムだった。『Degi Meta go-go』は1997年に『KATSUO NI SILAGA』という題名で初演され、2001年にも「MISSING LINK」という同名プログラムで第一部『TUNE』(ツネ)、第二部『Degi Meta go-go』という構成で上演された。『Degi Meta go-go』単独では、2014年以来9年ぶりの上演となり、二部構成としての再演は2003年以来、20年ぶりのこととなる。深夜に放映されていたSF特撮テレビドラマ「NIGHT HEAD」で蓜島邦明が創作した劇伴音楽に鈴木稔が惚れ込み、1994年のさいたま芸術劇場開場を祝うオープニング・バレエ・ガラで自身の作品『ゲニウス・ロキ』の音楽を委嘱したのが二人の最初の共作だった。
「MISSING LINK」とは、「つながりが分断された部分」を指す。生物の進化の過程を調べるために化石をたどっていくと、化石が見つからない部分については進化の歴史があいまいになってしまう。そのような未発見の化石生物を「ミッシングリンク」と呼ぶ。鈴木は作品から隠された魅力をどれくらい発掘することができるか、観客一人ひとりに見方を委ねた。また「ダンサーが踊ることによって、外の世界と自己の内的宇宙の境界にある肉体についてあらためて再認識することになるだろう」ともインタビューで語っている。

緞帳が上がった舞台にはグレーの衝立8枚ほどが並んでいる。会場には配島邦明のBGMが流れている。「ジー」「ポン」というノイズ、弦をはじくような音、人の声、鳥のさえずりのような自然音といったように様々な音が組み合わさったもので、慌ただしく会場に駆けつけた観客は開演までしばしくつろいだ。観客の入場中から黒スーツ姿の鴻巣明史が「まずは音楽をお楽しみください」と書かれたプラカードを手にしてときどき現れ、舞台を何度も横切る。やがて看板の文言は「まもなく開演です」と変わった。蓜島邦明とバイオリニストの高木和弘はオーケストラ・ピットにおり、蓜島がそこで演奏しているのだった。鴻巣が蓜島と高木に「音楽スタート」の合図を送り、客席が暗くなった。衝立の向こうで大勢のダンサーたちが舞台を横切って歩いている。

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『01』野口煕子、仲田直樹  ©HASEGAWA Photo Pro.

最初に踊り始めたのは、ヌードカラーの透けたトップスを着たグループ。この公演の衣装はバレエ団ダンサーでもありレオタード・ブランド「stina」を手がける久保田小百合が担当した。ハミングや優しげな歌にバレエのレッスンのようなシンプルな動きのコンビネーションで構成され、ふんわりとした雰囲気の中にも妖艶な雰囲気が漂う。スターダンサーズ・バレエ団のブログによると、このグループは「Purely」と名付けられている。
そしてビートが徐々に強まっていき、70年代のソウルミュージックに切り替わっていく。トランペットの派手な音なども加わり、音響は華やかさを増す。そこに登場したのは、カラフルな衣装に身を包んだグループだ。女性は60年代のマイクロミニのAラインワンピースにカラータイツ、タイツと同色のトウシューズを履いている。男性は片方の袖だけ色を変えたトップスを着ている。グルーヴ感溢れるリズムに乗せて仲間と楽しそうに踊る若者たちの姿は、映画『サタデー・ナイト・フィーバー』のような世界観を醸し出し、ダンサーたちの中からジョン・トラボルタが出現しそうな雰囲気だ。シアン、イエロー、マゼンタなどの鮮やかな照明がディスコにいるかのような空間を演出している。ファンキーな音楽にポワントで踊るダンサーたちが最初はミスマッチのように思えたが、クラシック・バレエのコンビネーションを踊りながらもソウルミュージックのテンポ良いリズムに合わせながら踊っている。アカデミックな鍛錬を積んできたダンサーたちが踊るディスコ・ダンスはリズム感も抜群であることは言うまでもなく、背筋が伸びて手足の隅々まで神経が行き渡り、清潔感がある。このグループは「Fun」と呼ばれる。
彼らの中でソリストの4名(池田武志、喜入依里、林田翔平、渡辺恭子)は男女二組に分かれ、男性が女性の腕を後ろから包み込むように支えながら静かに踊り出す。ほの暗い照明の中で、クラシック・バレエのパ・ド・ドゥのアダージオのように女性の美しいポーズを男性が優しくサポートする姿が浮かび上がり、ジャズのニュアンスを醸し出す音楽も相まって、ムーディーで大人の魅力に溢れた洒脱な踊りを堪能した。無垢な子どものイメージの「Purely」のメンバーが成長すると、青春を謳歌しているかのような「Fun」を構成する若者たちとなり、さらに生涯の伴侶を見出すソリストたちへと成熟していく様は、人生そのものを象徴しているように思えた。
「Fun」のソリスト4名が踊る場面では衝立の裏の鏡面が観客側に向けられたが、この装置を移動し、場面転換の役割を果たしたのがゆったりとした白い衣装をまとった「Connect」と名づけられたグループだ。軽やかなソウルミュージックから一転、グレゴリオ聖歌や打楽器が激しく鳴り響くなど、彼らが登場するときには重厚な音になる。彼らは進行役の鴻巣の指示を受けて動くことが多かったが、蓜島のシンセサイザーと高木のバイオリンの生演奏に反応してインプロヴィゼーション(即興)を踊った。「Connect」のダンサーたちは床に横たわり前転するなど、重心を低くしたムーブメントが多かった。このグループのソリストの仲田直樹と野口煕子が生演奏に反応して生み出した動きは、うごめく有機体のように神秘的だった。男性が女性の頭に手を置いたまま彼女の頭をねじり回したり、互いの手をつないだまま様々なポーズを取っていくデュエット、そして鴻巣がメンバー一人一人に触れて互いの腕の輪と繋がる「リンク」を形成するような動きなど、このグループの名前が示すように「繋がる」動きも印象的だった。

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『01』©HASEGAWA Photo Pro.

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『01』渡辺恭子、池田武志  ©HASEGAWA Photo Pro.

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『Degi Meta go-go』早乙女愛毬  ©HASEGAWA Photo Pro.

第二部の『Degi Meta go-go』は、フランクフルト・バレエで研鑽を積んだ鈴木稔が、当時カンパニーの芸術監督だったウィリアム・フォーサイスから影響を受けたことが感じられる先鋭的な作品。第一部のディスコのラウンジでくつろいだ雰囲気から一転、ダンサーたちはボディーラインが露わになった青とシルバーの衣装に身を包み、工場の中にいるようなインダストリアル・ノイズが響く空間に颯爽と登場する。舞台背景はモノクロの格子模様で中央部が凸レンズ状に飛び出しているように見えるトリックアートを用いたもので、SF映画の異空間の中に身を置いているように感じる。男女のペアが一組ずつ登場し、スピード感溢れるデュエットを次々と披露する。彼らは互いに射るような目つきで向かい合う。男性が女性を支えるというより、二人が互いに極限まで体躯を伸展させ、バランスを失う寸前の地点で二人の手が繋がれるも、すぐに互いは反対方向へ体を伸ばす動きに入るといった具合で、タイミングを一歩間違えば共倒れになりそうなパートナーリングをどのペアも軽々とこなしていた。アラベスクした女性の手を取り、男性が女性の周りを一周するプロムナードも、女性の骨盤の傾きが古典の規範より大きいため、男性は膝を曲げかがんだ姿勢で一周していたのが興味深かった。女性ダンサーたちは皆スリムだが、しっかりと筋肉のついた身体でより上に脚を上げ、より高く飛び、より高速で回転する。特に、ポワントで垂直に地面を突き刺して電動ドリルのように何回転も回るピルエットには目を奪われた。彼女たちは力強い美しさを放っていた。一方、男性ダンサーたちが次々と現れて高い跳躍や回転といった数々のダイナミックな超絶技巧を見せていく下りも、ダンス対決のように会場は盛り上がった。男性ソリストたちの妙技が次々と繰り出される様を見ていると、バレエ・テクニックそのものも数十年の間に進化を遂げてきていることが見て取れる。「ピコピコ」と聞こえるコンピューター・サウンドに乗せて両腕を風車のように回転させながらダンサーたちが舞台を速足で横切っていく様はデジタル・ゲームの画面で無数の敵キャラクターが現れては消えていくように見えた。また、小さいガッツポーズを入れながらダンサーたちが舞台を横切っていく動きは、どこかユーモラスでゲームのキャラクターが進軍しているようにも見える。
鈴木の演出・振付はポップで遊び心に溢れていた。彼の思惑通り、観客はこの抽象バレエ作品で、幾何学的な軌跡を描きながら空間に次々と放たれていくダンサーたちの鍛え上げられた身体の美を堪能した。帰路の電車の振動音が『Degi Meta go-go』の音楽に似ていると感じるほど、脳内は蓜島の強烈なノイズに支配されたままだった。
(2023年3月2日 東京芸術劇場プレイハウス)

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『Degi Meta go-go』  ©HASEGAWA Photo Pro

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『Degi Meta go-go』東真帆、池田武志  ©HASEGAWA Photo Pro.

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