シューベルトの歌曲に乗せて愛と死を紡いだ Noism『Der Wanderer―さすらい人』

ワールドレポート/東京

香月 圭 text by Kei Kazuki

Noism Company Niigata

『Der Wanderer―さすらい人』演出・振付:金森 穣 音楽:シューベルト

Noism Company Niigataでは、昨年9月に新潟市が新たに定めたレジデンシャル制度に基づく活動が始まった。井関佐和子が国際活動部門芸術監督、山田勇気が地域活動部門芸術監督となり、金森穣が芸術総監督として全てを統括する新体制となった。『Der Wanderer―さすらい人』は新生Noismの第一弾として放たれた作品だ。これまで統一されたメソッドで鍛錬を積んだ舞踊家たちの集団性を活かした作品を発表してきたNoismだが、今回は11名の個々のメンバーに焦点を当ててシューベルトの21の歌曲に金森穣が振付けた。

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『さすらい人』撮影:篠山紀信

舞台手前と奥に、左右一列ずつたくさんの赤い薔薇が並んでいる。舞台左には、家具作家の近藤正樹による曲げ木のパーツを組み立てたオブジェが、舞台の地面から天井へとうねるように広がっている。冬の凍てつくような風の音が聞こえ、木のオブジェは風にさらされて枝がしなっているような大木に見えてきた。ほどなくして、白いワンピース姿の井関佐和子が舞台を左右へ横切り、観客を背にして舞台奥の黒い出口に向かって歩く。カウンター・テノールのような声質をもつアルト歌手のナタリー・シュトゥッツマンの歌唱による表題曲『さすらい人』が流れ、「どれだけさまよえど、自分は一人だ」という孤独感が提示される。
トランクを手にした山田勇気が視線を落とし、とぼとぼと舞台をあてもなく彷徨う。他のダンサーたちもうなだれて歩き回る。井関は彼らの間を縫うように動き、彼女は彼らの気配を感じているが、うつむいている彼らには井関の存在など見えていないようだ。彼女だけが出入りする黒の出口は冥界のようであり、彼女は霊魂のような存在なのだろうか。さすらい人の群衆は去り、山田は木のオブジェの根元に腰を下ろし他の演者たちの動きを見つめ続ける。その姿は周囲の人間の人生を見つめながら名曲の数々を生み出したシューベルトの姿とも重なる。

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『蝶々』糸川祐希/撮影:篠山紀信

Noism1メンバーによるソロ・パートでは、生きる喜びに満ちた若者たちの様々な愛の形が明るい調子の歌曲に乗せて展開していく。
一人が踊っている間に他の演者も舞台を横切ったり、踊りに加わったりする。そして次の場面では脇役だった舞踊家がソロを踊る。まるでオムニバス映画のようにシーンごとに主人公が入れ替わり、個々の人生で起こる愛のドラマがクローズアップされ、彼らが懸命に生きる様が途切れることなく続いていく。野原を飛び回る蝶のごとく高く飛び回ったり、無邪気に薔薇をむしり取る若者(糸川祐希)はいろんな女性に目移りしているかのようだ。「童(わらべ)はみたり 野なかの薔薇(ばら)...」の和訳歌詞(原詩はゲーテ)が日本でもおなじみの『野ばら』では、演じた庄島すみれの花びらを思わせる手の動きが印象的。足を横に高く挙げた美しいポーズで地面にしっかりと根を張ったようなバランスを取り、棘があり強い意志をもつ薔薇のように見えた。そのほか、休むことも忘れて疾風怒涛のように愛を求めて駆け抜ける青年(『憩いのない恋』坪田光)、意中の恋人の姿を美しい手話で描写する女性(『愛の歌』庄島さくら)、自らの才能への自信に満ち溢れる若者(『ミューズの子』中尾洸太)が登場し、若い舞踊家たちのエネルギーが舞台空間にほとばしった。

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『野ばら』庄島すみれ/撮影:篠山紀信

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『ミューズの子』左より、庄島すみれ、樋浦瞳、中尾洸太、糸川祐希、庄島さくら/撮影:篠山紀信

前半のソロのシーンではソプラノの歌手を中心とした曲構成で、若者は薔薇を手に幸福の絶頂に到達したかに見えた(『至福』樋浦瞳)が、テノールの歌手による『狩人』では曲調も短調へと移行し、怒りを全身にみなぎらせた女性(杉野可林)が登場する。永遠に成就することがない恋愛に苦悩している姿だろうか? それ以後のソロのシーンでは熱情に駆られた若き日の描写は影を潜め、満月の光を全身で受け止めて愛に満たされたように恍惚とした表情を浮かべ、薔薇を植える女性(『月の夕暮れ』三好綾音)や、赤子を抱いているかのように大切なものを慈しむ女性(『ナイチンゲールに寄せて』井本星那)が現れる。『セレナーデ』では山田勇気と同じ服装の白シャツに黒いベストとズボン姿の男性が4人現れた(中尾・坪田・樋浦・糸川)。ステージの四隅に跳躍する様は波が岩にぶつかり砕け散ったようにダイナミックだった。ソロの場面でそれぞれ個性豊かな愛を踊った4人は、ユニゾンのパートで一糸乱れぬ精緻さを見せた。

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『ナイチンゲールに寄せて』井本星那/撮影:篠山紀信

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『セレナーデ』左より、坪田光、糸川祐希、樋浦瞳、中尾洸太/撮影:篠山紀信

後半に入り、『彼女の肖像』からは暗い音色の歌曲に呼応するように、冥界の女神のような存在の井関が再び現れる。彼女の腕から指先までのしなやかな動きは、第一部の青年たちの生命力とは異質の、熱量を持たない精霊の世界を体現していた。照明も明度が落ちて薄暗い。これまでずっと木の根元に座って周囲の人々の様子を傍観していたさすらい人の山田勇気が立ち上がる。彼が踊る場面にはテクニックを駆使した派手な動きはあまりないが、懸命に生きようとする人間をリアルに感じさせる(『鴉』)。その表情はどこか悲しげで、舞台前後の横ニ列に並んだ赤い薔薇より手前で踏みとどまる。晩年に近づくにつれ、病気がちでふさぎこんでいたというシューベルトの苦悩がその舞踊に現れる。『糸を紡ぐグレートヒェン』では絶望した表情の庄島さくらと庄島すみれが向き合い、互いの鏡像のようにすべての動きやタイミングが完全にシンクロしたデュエットを踊り、観客を圧倒した。二人は薔薇の列から前にはみ出して崩れ落ち、息絶えてしまった。薔薇のラインは生死を分ける境界線なのだ。

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『彼女の肖像』井関佐和子/撮影:篠山紀信

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『糸を紡ぐグレートヒェン』左より、庄島すみれ、庄島さくら/撮影:篠山紀信

続く『魔王』では、父が子どもを抱えている。傍らに立つ魔王は優しい声で子どもに自分のほうへ来いと誘いかけ、子どもは魔王のささやきを恐れてますます強く父親にしがみつき、父親は「何も聞こえない、大丈夫だ」と子どもを安心させようとする。馬の駆け足を示すピアノの連打に合わせて三人が仰向けで痙攣する動きがユニークで子どもが感じる恐怖感を煽る効果があった。やはり歌詞をよく知っている曲では、物語の世界が見事に視覚化された振付の妙をよりはっきりと感じることができた。
『死と乙女』では生きる気力を失ったかのような女(井本)が男(糸川)にしなだれかかっている。この女性は先ほどの『魔王』で命を奪われてしまった子どもの母親だろうか。この二人も薔薇のラインを超えて命尽きる。『月に寄せて』に登場した男性二人(中野・樋浦)は親友同士だろうか。片方は死期が近いのか、女性の励ましにも取り合わず「私の分も生きてくれ」と相棒に言い残す。彼らもまた寂しく世を去る。『トゥーレの王』では生きるのが苦しくなった女性(杉野)をもう一人の女性(三好)が引き止めようとする。床に寝転んだ体勢を通過する動きも散見されるのは死を目前にしているからか。観客に背を向け、グラン・プリエをさらに低くしたような達磨のような姿勢で振り子のように左右にゆっくりと揺れる動きが印象に残った。『さすらい人の夜の歌』で、山田は胸や腿、尻を叩いて動かなくなった体に鞭打って最後の力をふり絞る。彼が力尽きる前に冥界の死者、井関と組んだデュエットでは、彼女の姿が見えないまま知らず知らずのうちに冥界に入り込んでいくかのようだった。『影法師』では井関以外、全員が薔薇のラインの外側で生き倒れており、最後に残った山田も息絶える。数々の死を冷静に見守ってきたはずの冥界の案内人である彼女が、手で目を覆い苦悩の表情を浮かべた。かつて彼女自身も皆と同じように人生を謳歌し、冥界に下る他人へ共感するからだろうか。
暗転の後、再び舞台は明るくなり、『夜と夢』の珠玉の調べに乗せて、4本の薔薇を抱えた11名の演者全員が横一列に並び、1本ずつ舞台に薔薇を植えていく。この世に生を受け、人生を終えた人々への鎮魂の思いが赤い薔薇に込められていた。この日見た数々の場面の舞踊に自身の人生の一部も確かに存在していると感じたのは、私だけではないだろう。
(世田谷パブリックシアター 2023年2月24日、26日)

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『魔王』左より、坪田光、樋浦瞳、糸川祐希/撮影:篠山紀信

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『トゥーレの王』三好綾音、杉野可林/撮影:篠山紀信

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『影法師』井関佐和子、山田勇気/撮影:篠山紀信

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『夜と夢』撮影:篠山紀信

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