キトリもバジルも、そしてドン・キホーテもキューピッドの祝福を受ける、心温まる物語 牧阿佐美バレヱ団『ドン・キホーテ』
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ワールドレポート/東京
関口 紘一 Text by Koichi Sekiguchi
牧阿佐美バレヱ団
『ドン・キホーテ』アザーリ・M・プリセツキー、ワレンティーナ・サーヴィナ:演出・振付(M・プティパ、ゴルスキー版に基づく)
光永百花、水井駿介 撮影/鹿摩隆司
コロナ禍の公演の厳しい規制が少し緩和されてきてから、『ドン・キホーテ』全幕の上演が相次いだ。エンタテインメントとしても大変に優れているグランド・バレエを上演しよう、という活気とエネルギーがバレエ界に蘇ってきたようにも感じられ歓迎したい。
牧阿佐美バレヱ団は、1989年にプリセツキー&サーヴィナ版『ドン・キホーテ』をレパートリーとしている。周知のようにアザーリ・プリセツキーは、20世紀最高のプリマ・バレリーナとも言われるマイヤ・プリセツカヤの弟。ボリショイ・バレエ団で踊った後、キューバ国立バレエ団に招かれて活躍。故国に戻り、振付を手掛け、教師としてもベジャールやローラン・プティのカンパニーで活動している。牧阿佐美バレヱ団には、他に『ロメオとジュリエット』『カント・ビタル』『椿姫』などの演出・振付を提供している。
プリセツキーの演出振付は、オーソドックスで大向こうを意識したような際立った手法を弄することはないが、ドラマの内容や性質をよく考えて創っており、独創性もある。それは『ロメオとジュリエット』の最後の墓場のシーンで、一瞬、二人が生きて会う場面を創って悲劇を高めていることからも分かる。(一緒にクレジットされているワレンティーナ・サーヴィナは主として「ドン・キホーテの夢」の場を担当した。)
今回の『ドン・キホーテ』公演は、トリプル・キャスト(キトリ/青山季可・バジル/清瀧千晴、阿部裕恵・大川航矢、光永百花・水井駿介、ドン・キホーテは保坂アントン慶)による3日間公演だった。私は17日と19日を観ることができた。
プロローグでは、『騎士物語』に熱中しているドン・キホーテのもとへサンチョ・パンサ(細野生)が追いかけられて逃げて来る。『騎士物語』に心を奪われているドン・キホーテは、サンチョ・パンサを従え、槍と盾、騎士の身支度を整えて未だ見ぬ理想の姫君、ドルシネアを探す旅に出る。ヴァージョンによっては、物語を分かりやすくするために、プロローグにドルシネア姫の姿をちょっと見せたり、映像を映したりするものもある。しかしプリセツキーの演出は、ドン・キホーテの心に浮かんでいるドルシネア姫を、現実の舞台には登場させないが、その熱烈な想いを演技で表現する。キトリ(ドルシネア姫・青山季可、光永百花)もまた、この奇妙な人物に特別な想いを寄せられていることに、不思議な因縁を感じる。ここはマイムと踊りによってうまく表現され、観客もドン・キホーテが恋人たちとどのように関わってくるのか、関心を持つことになる。
青山季可、清瀧千晴、保坂アントン慶、塚田渉 撮影/山廣康夫
撮影/鹿摩隆司
そしてキトリとバジルは、金持ちの求婚者、ガマーシュ(近藤悠歩)やキトリの父のロレンツォ(塚田渉)の厚かましい要求を逃れて、夜のタブラオに隠れたが、たちまち見つけられてしまう。追い詰められたバジルはキトリと示し合わせて狂言自殺を図ってロレンツォに訴える。さらに、キトリ=ドルシネア姫に深いシンパシィを持つドン・キホーテに詰め寄られたロレンツォは、ついに結婚を認める。
ここまでの展開は、エスパーダ(菊地研)、街の踊り子(三宅里奈・日髙有梨)、マタドール(石田亮一)、メルセデス(茂田絵美子・三宅里奈)そしてセキジリアと、スペインらしい情感があふれる踊りがほとんど絶え間なく繰り広げられて、活気あふれる舞台と観客は一体となっていた。
第2幕は夜。ドン・キホーテは、ジプシーの集団の首領(ラグワスレン・オトゴンニャム)にもてなされ、ジプシー女(田切眞純美)の踊りや人形劇を観ていて、現実と幻想の境界を失って風車を巨人と見誤って飛び込み気絶。そして夢を見る。ジプシー女の踊りは、ジプシーという存在の悲哀を秘めた踊りで良かった。
ドン・キホーテの夢は、森の女王(佐藤かんな・茂田絵美子)や妖精、キューピッド(米澤真弓)、そして憧れのドルシネア姫が登場する魅惑的なものだったが、サンチョ・パンサに揺り起こされて、にわかに現実を取り戻す。そして公爵に助けられて館に招かれる。
田切眞純美 撮影/鹿摩隆司
佐伯可南子、ラグワスレン・オトゴンニャム(ボレロ) 撮影/鹿摩隆司
茂田絵美子 撮影/鹿摩隆司
山本翔子(18日公演) 撮影/鹿摩隆司
米澤真弓 撮影/鹿摩隆司
第3幕では、キトリとバジルの結婚式が盛大に行われる。公爵の城の前庭には、大きなアーチとともにランタンが愛らしく飾られて、スペインの情趣あふれる夕べとなった。ここでキューピッドの踊りが踊られるのは、プリセツキー版の特徴だ。無骨な騎士道精神に生きるドン・キホーテだが、ドルシネア姫への強い憧憬が、期せずしてキトリとバジルを結びつかせた。キューピッドはその愛の結実を祝福し、ドン・キホーテとサンチョ・パンサを優しく旅立たせるのである。
グラン・パ・ド・ドゥは、芝居の部分もそつなくこなしてきた清瀧千晴は、テクニックをしっかりと美しく決め、見事に踊った。全体的にはちょっと優しいバジルだったが、動きは闊達だった。青山季可は落ち着いてプリンシパルの役割りを完璧に演じており、何を踊っても安定感がある。水井駿介は、力強さとともに脚の動きや運びの美しさが際立った。光永百花はバランスが良くすべてがチャーミング。表情も良く創っており、たおやかさも感じられる踊りだった。私は観ることは叶わなかったが、阿部裕恵・大川航矢のペアも大きな喝采を浴びたそうだ。全体に無理なくスムーズに物語が進行して、観客も湧いていたし良い公演だった。
(2023年2月17日・19日 文京シビックホール 大ホール)
清瀧千晴 撮影/山廣康夫
阿部裕恵、大川航矢(18日公演) 撮影/鹿摩隆司
青山季可 撮影/山廣康夫
高橋万由梨(森の女王。18日公演)
撮影/鹿摩隆司
石田亮一 撮影/鹿摩隆司
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