生と死が隣り合わせになっている「母」の鮮烈なイメージがさまざまに描かれ圧巻だった、ピーピング・トム『マザー』

ワールドレポート/東京

関口 紘一 Text by Koichi Sekiguchi

PEEPING TOM 『MOEDER』

ピーピング・トム『マザー』

ピーピング・トムは、ベルギーのダンス・カンパニーで<フレミッシュ・ウェーヴ>として注目を集めたアラン・プラテルのLes Ballets C de la B のメンバーだった二人(ガブリエラ・カルーソ/アルゼンチン、フランク・シャルティエ/フランス)が2000年に結成した。ポスト・ピナ・バウシュとも言われており、パリ・オペラ座の2022/23シーズンにも招聘されている。
世田谷パブリック・シアターでは、2009年以来4回ピーピング・トムの日本公演を行なっている。彼らの家族をテーマにした3部作は『ジャルダン』『サロン』『土の中』(2009年日本公演)であり、その後『ヴァンデンブランデン通り32番地』(2010年日本公演)、『フォー・レント』(2014年日本公演)という小さなコミュニティを舞台とした作品を発表。そしてまた、新・家族3部作(『ファーザー』2017年日本公演『マザー』『チャイルド』)を製作している。今回公演の『MOEDER(マザー)』は、2020年3月に日本公演が予定されていたが、コロナ禍により中止されたもの。

0206-ppt_2357-photo-片岡陽太.jpg

撮影:片岡陽太

0206-ppt_3408-photo-片岡陽太.jpg

撮影:片岡陽太

家族経営の古びた小さな美術館のようなスペースが舞台。家族の写真や絵などが展示されている。小さなホールのような感じだが、奥には透明のアクリル窓があり、その向こうにまた一室がある。そこは、赤ん坊の育児室になったり、病室になったり、録音スタジオになったり、葬儀が行われたりする。用途の判然としない、奇妙な空間がある舞台だ。『マザー』は、特定の「一人の母親についての物語ではなく、複数の母親についての物語」のため、いくつもの場所を表す空間が必要になった」と説明されている。
その部屋での女性の死と見送りのシーンからこの舞台は始まる。死の悲しみから溢れ出た涙がフロアにあふれているのだろうか。水はどこにも見えないが、開幕からずっと水が流れる音が聞こえている。登場人物は、フロアが水浸しになっているかのような仕草を続ける。歩くたびに足が床の水に浸る音が聞こえ、更には倒れてぐちゃぐちゃになるまで続く。この水は見えないが音だけが水の存在と流れを表し、登場人物が水と格闘を繰り広げるパフォーマンスは圧巻だった。冒頭から観客を舞台空間へと引きずり込んで離さないだけの力があった。
これはパンフレットに記されているフォーリー・アーティストというさまざまな道具を使って効果音を作る技術者と、ダンサーのコラボレーションだろう。摩訶不思議な印象だったが、女性の出産という一つの命からもう一つの命を生み出す、という存在のあり方とは逆の関係である。また、亡くなった赤児の鳴き声が聞こえ続けるというようなぬぐいがたい喪失感も連想され、非常に興味深かった。ただ、これもパンフレットによれば、「マザー、私の中の最初の音」という詩句から発想されたそうだから、意識されざる胎内の記憶を表しているのかもしれない。
出産は女性の宿命であり、死と隣り合わせの恐怖にさらされる。出産の喜びと肉体を痛めつけることを表しているのか、下腹部を血で濡らした防護服を着た助産婦が、両手に大きな手袋をはめて、蟹のように絶望的に踊るさまは衝撃的だった。
また、短距離走のスタートの時のようなポーズの彫刻は、ダンサーが演じていた。お掃除のおばさんが頬ずりしたりして女性ならではのユーモアを表したが、彫刻化されていたためにか、床で激しく暴れまわり、ついには白い布を掛けて棚の中に仕舞われてしまった。ここには母と子の関係が含意されていたのではないだろうか。
東京で一般公募した出演者が美術館の観客としてが登場することがあるが、家族とは接触しない。額に入った臓器の絵画の裏を一心に覗きこんでいた。そして、その絵画から壁に血が滴った。
生と死が隣り合わせになっている母の鮮烈なイメージがさまざま描かれていたが、男性のものとは異った、女性の地の底から湧き上るようなエネルギーが舞台を覆い尽くし圧倒された。時折、歌われる歌も効果的だったし、舞台美術や音響や照明なども高度な技術が使われており緻密な舞台だった。頭が硬くなってしまっている私のようなものには、一度の鑑賞ではなかなか理解して語りきれないのである。
(2023年2月6日 世田谷パブリックシアター)

0206-ppt_3549-photo-片岡陽太.jpg

撮影:片岡陽太

0206-ppt_3593-photo-片岡陽太.jpg

撮影:片岡陽太

記事の文章および具体的内容を無断で使用することを禁じます。

ページの先頭へ戻る