ジョン・ノイマイヤーがハンブルク・バレエ団の芸術監督としては最後となる記者会見を行った

ワールドレポート/東京

佐々木 三重子 Text by Mieko Sasaki

バレエ界の巨匠、ジョン・ノイマイヤーがハンブルク・バレエ団を率いて来日。自身の芸術監督50周年を記念する日本ツアーを開始するに当たり、注目の若手プリンシパルたちと共に記者会見に臨んだ。バレエ団にとっては5年ぶり9度目の来日だが、ノイマイヤーは、1973年に就任した芸術監督のポストを2024年で退くことが決まっているため、この組み合わせでの来演は今回が最後になる。会見に出席したプリンシパルは、2018年の〈世界バレエフェスティバル〉にも出演したアンナ・ラウデールとエドウィン・レヴァツォフのカップルと、2021年の同フェスティバルに参加した菅井円加とアレクサンドル・トルーシュのペアに、初来日のイダ・プレトリウスの計5人。

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ジョン・ノイマイヤー photo/Ayano Tomozawa

最初にノイマイヤーが挨拶した。
「今回の来日は私にとって大変重要であり、かつ感慨深いものです。実は2021年にハンブルク・バレエ団の日本公演が予定されていたのですが、コロナ禍によってキャンセルせざるをえなくなりました。今年は私のハンブルク・バレエ団の芸術監督としては最後のシーズンになりますので、日本を訪れずにはいられない気持ちになりました。日本とは深いアーティスティックな関係を築いてきましたし、このアーティスティックな関係性はなくなることはないのですが、ハンブルク・バレエ団を仕切るポストでの来日は、残念ながら今回が最後になります」
「ハンブルクは日本から遠く離れていますから、日本に招致してくださるのはありがたいことです。そこで一番悩むのは、レパートリーをどうするかということ。とても難しい選択になります。ハンブルク・バレエ団はクリエイティブなカンパニーで、クリエイティブな監督がいることは、皆さんも認めてくださると思いますが、長い間、同じ監督であるからこそ、同じものばかり上演したくないという気持ちがあります。このバレエ団をいろいろな形で、いろいろな側面から体験してもらえるようなレパートリーを持ってきたいと考えました」
「話し合いの結果、一つはガラ公演のような〈ジョン・ノイマイヤーの世界〉にしました。ここに含まれるそれぞれの演目を全幕でお見せすることは難しいですが、パーツパーツを見ていただくことで、私のバレエを理解していただけるのではと思います。これまでもガラ公演は行いましたが、中身は異なります。今回も私ノイマイヤーが皆様のために、"Edition 2023"として選んできました。いくつかの演目はご覧になった方もいらっしゃるかもしれませんが、異なるキャストですので、新たな目で見ていただきたいと思います」
「もう一つのプログラムは『シルヴィア』(音楽:レオ・ドリーブ)です。バレエの歴史においても、バレエ音楽としても、とても貴重な作品です。かのチャイコフスキーが、ドリーブの音楽を聴いていたら、もう『白鳥の湖』の音楽は書けなかったろうと語ったと伝えられるほど、ドリーブの音楽は素晴らしいのです。私の『シルヴィア』は1997年にパリ・オペラ座バレエ団のために振付けたものですが、パリでの初演後、すぐにハンブルク・バレエ団で上演し、他のカンパニーでも上演してきました。オペラ座のために創作したのですが、菅井円加が踊るのを見て、彼女のために創ったのではないかと思えるほど、彼女にピッタリな役だと思いました。それほど質の高いシルヴィアを演じてくれたのです。ここにいるイダ・プレトリウスも今回シルヴィアを演じますが、彼女の演技にも驚かされました。彼女はデンマーク出身で、いつも笑顔でとてもチャーミングなダンサーなのですが、この役を演じた瞬間、まるでアマゾネスのように力強い姿をみせてくれました。彼女の先祖のバイキングの血が騒ぎだしたのではないかと思うほどでした(笑)」
「『シルヴィア』のパ・ド・ドゥ(PDD)は〈ノイマイヤーの世界〉に入れましたが、『アンナ・カレーニナ』のPDDも入れたいと提案しました。このガラ公演に含まれているのはどれも重要な作品で、いろいろ予期せぬことを発見できるという意味でも重要な作品です。こちらのヒロインはアンナ・ラウデールが踊りましたが、本当に見たこともないようなアンナ・カレーニナを演じてくれました。その『アンナ・カレーニナ』はNHKが収録しましたので、まもなくご覧いただけるようになると思います。〈ノイマイヤーの世界〉の中のこのPDDを、全幕の予告編のように見ていただければと思います」

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photo/Ayano Tomozawa

ノイマイヤーは、コロナ禍という「非常に難しいチャレンジングな時期」について振り返った。彼は、仕事をすべて止めるなどありえないと思い、コロナの感染対策に従い、ハンブルク・バレエ・センターの両側に窓のある広いスタジオで、1時間のクラスを6人限定で10回行う形で稽古を始めたという。そして、これができるのなら創作活動を続けられる、新しい作品を創ろうと思ったと語る。こうして2020年に創作されたのが、シューベルトのピアノ曲を用いた『ゴースト・ライト』で、中止になった2021年の日本公演の演目になっていた作品である。ゴースト・ライトとは、スポットライトを浴びるパフォーマンスが終わり、ステージに生身の人間がいなくなった時に舞台に灯されるランプのことだそうだ。コロナで世界中の劇場が閉鎖される事態になったからこそ誕生した作品である。「『ゴースト・ライト』の中のPDDも〈ノイマイヤーの世界〉に入れました。ご覧になると、どこか能を思い出すのではないかと思います。能は私のパフォーマンミングの一部でもあるので、まるでゴーストが現れたかのように現れるのです。実際の能の動きを示しているのではありませんが、能のコンセプトは感じていただけるのではないかと思います」

『シウルヴィア』について、従来の版とは大きく異なるという。「私の版はとてもモダンなスタイルになったと思います。力強い女性が、バレエダンサーの集中力を持って、自分の野心や目的のために頑張っていく。そういう女性を描いています。一方、この作品の男性のほうは若くてとてもシャイで、なかなか自分の恋焦がれる女性に近づけないのです。シルヴィアは、少しずつ成熟した女性になっていくのですが、女性としての自分の本当の気持ちを語るにはちょっと遅すぎる。最後のシーンは、この二人が長い年月を経て再会するPDDで、お互い後悔の念を抱いています。美術のヤニス・ココスは、ミニマリスティックな素晴らしいセットを作ってくれました。日本人のお客さんなら、その素晴らしさを分かっていただけるでしょう」と期待を滲ませた。

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アンナ・ラウデール photo/Ayano Tomozawa

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エドウィン・レヴァツォフ photo/Ayano Tomozawa

ここでマイクは会見に同席したダンサーたちに渡された。アンナ・ラウデールは「また日本にこられて嬉しいです。日本で再び踊るのを心待ちにしていました。今回は〈ノイマイヤーの世界〉で『くるみ割り人形』と『アンナ・カレーニナ』のPDDを踊ります。『シルヴィア』全幕ではディアナという狩りの女神を踊ります。シルヴィアにとっては嫌な役です」と微笑んだ。エドウィン・レヴァツォフは「皆さんにお会いできるのを本当に嬉しく思います。昔の仲の良い友だちに再会するような気持ちです。〈ノイマイヤーの世界〉では『アンナ・カレーニナ』のPDDと、ジョンがベジャールのために創った『モーリスのために』を踊ります」と。

イダ・プレトリウスは「初めての日本なので、とても興奮していて、なかなか眠れませんでした。今朝も日が昇った時に窓を開けたら、日差しが一杯。ここに来られて幸せです。〈ノイマイヤーの世界〉では『アイ・ゴット・リズム』のPDDを踊ります。シルクハットを被って踊る、楽しい作品です。ジョンが紹介してくれましたが、『シルヴィア』では主役を踊ります」と張り切っていた。

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イダ・プレトリウス photo/Ayano Tomozawa

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菅井円加 photo/Ayano Tomozawa

次は活躍ぶりが伝えられる菅井円加。「皆さん、お久しぶりです。今回はジョンを先頭に、ハンブルク・バレエ団のプリンシパルとして、カンパニー全体で来日できたことを本当に嬉しく思います」と前置きして、「母国で『シルヴィア』を踊らせていただけるのは、私にとって本当に大きなことです。『シルヴィア』の最後のPDDは、私の一つのドリーム・ロールといいましょうか、ずっと踊っていけたらいいなと思っています。音楽が素晴らしくて、聴いているだけで体が勝手に動き出してしまう感じです。音楽が伝えてくれる何かを私の身体で表せたらと思います」と語った。家族や友だち、お世話になったバレエの先生など皆に『シルヴィア』を観てもらおうとしているそうで、「そのように自分でプレッシヤーを作ったせいもありますが、今から緊張しています。カンパニーのメンバーは全員、日本が大好きで、こうしてパフォーマンスできるのを楽しみにしているので、皆さんにも楽しんでいただいて、素敵な時間をシェアできたらと思っています」と締めくくった。菅井は〈ノイマイヤーの世界〉では『キャンディード序曲』と『シルヴィア』のPDD、『ゴースト・ライト』と『マーラー交響曲第3番』PDDを踊る。

最後になったアレクサンドル・トルーシュは、「〈ノイマイヤーの世界〉では、アリーナ・コジョカルと『椿姫』のPDDを、円加と『シルヴィア』のPDDを踊ります。『シルヴィア』全幕ではアミンタの役を演じます」と控え目だった。

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アレクサンドル・トルーシュ photo/Ayano Tomozawa

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菅井円加 photo/Ayano Tomozawa

質疑応答に移って最初の質問は、〈ノイマイヤーの世界〉に『作品100――モーリスのために』が含まれていることに触れて、作品の創作意図や、互いに唯一無二の振付家といえるベジャールとの親交についてだった。
「私が初めてベジャールに会ったのは、フランクフルト・バレエ団の芸術監督を務めていた時です。ベジャールは公演のためにフランクフルトに来ていました。私はその公演を見てとても感銘を受けました。若い人たちのためにとても踊りやすい作品だけれど、バレエのテクニック自体はあくまでクラシックで、しかも今の時代に関係性のあるサブジェクトで表現していました」
「1974年に私がハンブルク・バレエ団でマーラーの交響曲第3番をバレエ化しようとしていた時のことです。マーラーの長大な曲をオーケストラがピットの中で演奏し、舞台の上でバレエを踊るのかと、劇場側と議論になっていました。そんな時、ベジャールがこの交響曲の振付を考えていることを知り、興味を持って直ちに彼のいるブリュッセルに向かいました。すぐに意気投合してしまい、強い友情を感じました。そうしたら、ベジャールは互いのカンパニーを交換しないかと持ち掛けてきたのです。自分のカンパニーに少し飽きてきたからと言って。私がベャールのカンパニーで、彼がハンブルクのカンパニーで、一年間それぞれ創作するのはどうか、そうすれば互いにリフレッシュするだろうと。何とも突飛なリクエストです。私はハンブルクの芸術監督になったばかりの頃で、残念ながら応えることはできませんでした。カンパニーの交換はできなくても、私たちは振付を交換しました。私は彼のカンパニーに作品を振付け、彼は私のために、イヨネスコの戯曲に基づく『椅子』を、マリシア・ハイデと私のために改訂振付けしてくれました。そうこうするうち、ベジャールの70歳の誕生日の記念ガラに、私はサイモン&ガーファンクルの「オールド・フレンズ」と「明日に架ける橋」を用いて『作品100――モーリスのために』を創りました。二人の男性によるPDDですが、これは彼の作品と私の作品を合体させたようなものになりました」

次の質問は、1978年に設立したハンブルク・バレエ学校が、技術や表現力だけでなく、人間性も示せる優れたダンサーを輩出していることを踏まえ、バレエ学校やナショナル・ユース・バレエを通じてのダンサーの育成事業やその成果についてだった。
ノイマイヤーはメンターや教師でありたいとは思っていないとして、自分の仕事はあくまで創作であり、自分の存在理由はクリエイションにあると強調し、その中心にあるのはコミュニケーションだと指摘した。
「私が京都賞を受賞した時のスピーチのタイトルは、<ダンスは感情の生きた形である>でした。ダンスを踊るためにはある程度テクニックが必要ですし、クラシックのテクニックを学ぶことは、ダンスをするためにも身体のためにも最も基本的で一番良いトレーニングの方法と思います。シカゴの近郊でモダンダンスのダンサーと出会った時のことです。踊っていたのは『空っぽのバスケット』という作品で、空っぽのバスケットは空っぽのままでいるだろうというようなことを伝えるものでした。私が求めるクラシック・バレエは、これとは全く違うと思いました。バレエは劇場のステージで踊るもので、劇場はステージにいる側とお客さんがコミュニケーションを取る場であり、何かを感じ合う場であると思っています。それを理解していないと、何かを感じ取ることはできませんし、作品を創ることもできません。私には私のアイフォンがどのように機能するのかなど全く理解できませんし、何らかの感情が生まれることもありません。ということは、アイフォンの作品を私は創れないと思います。共鳴できること、創れること、そうした感情や理解といったことが、クリエイションや作品に繋がっていくのだと思います」
「私たちの学校は、生徒たちにとって"空っぽのバスケット"にはならないと思います。このバスケットには自分たちが学び理解してきたこと、自分たちが感じるものがたくさん詰まっていなければなりません。私たちの学校では、卒業する時に自分たちが創った作品を小さな劇場で発表するという課題が与えられています。踊りだけでなく、照明や衣裳も自分たちで決めなければなりません。これは、すべてを総合して、お客さんに向けてのコミュニケーションを作っていくということを感じて欲しいからなのです。私は意識的に何かを教えようとかしたことはありませんが、私自身の行動を通して、また正直に話し合うことで、私から自然に学んでもらいたいと思っています」

次は気になる芸術監督を退いた後のプランについて。創作は続けるのかと聞かれた。
「ハンブルク・バレエ団で50年、毎年創作を行ってきて、自由になりないという気持ちになったことはあります。例えばここいるアンナにはこれを、イダにはこれを創るのだったら、円加にはこれを踊ってもらいたいというように、(芸術監督は)カンパニーというファミリー全体のことを考えていかなければなりません。自分勝手に、自分のことだけを考えて過ごせればいいなと思いもしましたが、本当にそれでいいのかと自問自答しているうちに50年が過ぎてしまいました。50年間、毎年新しい作品を創ってきましたし、これからも創り続けたいと思います。新しい芸術監督にも是非依頼していただきたいと思いますし、ハンブルク・バレエ団のレパートリーに私のこれまでの作品が残っていって欲しいと思います。ですから質問への答はイエス。私はこれからも作品を創り続けます」ときっぱり答えた。この2月24日に84歳の誕生日を迎えたノイマイヤー。旺盛な創作意欲は衰えることがなさそうだ。

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photo/Ayano Tomozawa

ハンブルク・バレエ団
ジョン・ノイマイヤーの世界 Edition2023 / シルヴィア

ジョン・ノイマイヤーの世界 Edition2023 3月2日(木)〜3月5日(日)
シルヴィア 3月10日(金)〜3月12日(日)
会場:東京文化会館
https://www.nbs.or.jp/stages/2023/hamburg/

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