平田桃子と牧村直紀、馳麻弥と三木雄馬が踊った谷桃子バレエ団の『ドン・キホーテ』

ワールドレポート/東京

関口 紘一 Text by Koichi Sekiguchi

谷桃子バレエ団

『ドン・キホーテ』マリウス・プティパ/アレクサンドル・ゴルスキー、スラミフ・メッセレル:原振付、谷桃子:脚本・演出・振付、髙部尚子:再演出

谷桃子バレエ団の2023年新春公演『ドン・キホーテ』全3幕を観た。
バレエ『ドン・キホーテ』は、マリウス・プティパがボリショイ劇場からの依頼を受けて振付け、1869年に初演した。その後プティパは改訂上演しているが、1900年にはアレクサンドル・ゴルスキーが改訂を加えて、やはり、ボリショイ劇場で上演した。これが今日の『ドン・キホーテ』の多くのヴァージョンの基となっており、観客に愛され各国で上演され続けてきた。古典名作バレエ『ドン・キホーテ』がボリショイ劇場から生まれたことに、モスクワの人々は誇りを持っている、と聞く。
谷桃子バレエ団は、1965年に『ドン・キホーテ』をボリショイ・バレエのプリマだったスラミフ・メッセレル(兄アサフはボリショイ・バレエのバレエ・マスター、名教師。マイヤ・プリセツカヤはスラミフの姪)の構成・振付指導により日本で初めて上演している。谷桃子バレエ団の『ドン・キホーテ』は、ボリショイ・バレエの伝統の中枢から受け継ぎ、谷桃子が改訂を加えて完成したヴァージョンと言うことができるだろう。

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平田桃子、牧村直紀 撮影/羽田哲也

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2幕 夢の場 平田桃子 撮影/羽田哲也

プロローグはドン・キホーテ(小林貫太)とサンチョ・パンサ(岩上純)の旅立ち。第1幕ではキトリ(平田桃子・馳麻弥)と恋人バジル(牧村直紀・三木雄馬)の仲を認めず、金持ちの貴族ガマーシュ(市橋万樹・田村幸弘)と結婚させようとしているキトリの父ロレンツォ(井上浩二)などが登場して、コミカルなやり取り。エスパーダ(今井智也)、メルセデス(竹内菜那子・山口緋奈子)、トレアドールの踊りもあってバルセロナの広場は活気に溢れている。
第2幕は酒場のシーンから。結婚が許されないバジルは狂言自殺を図る。キトリを理想の女性のドルシネアと思い込んでいるドン・キホーテは、彼女の願いを聞き入れ、ロレンツォに迫り、二人の結婚を承諾させる。キトリを諦めきれないガマーシュは、ドン・キホーテと対決する羽目になったが逃げる。追うドン・キホーテは現実を見失い、夜の風車を化け物と思い込み、突入して気絶。しかし、夢の中では愛の妖精(齊藤耀・石川真悠)に射られて、ドルシネア姫と結ばれる・・・。倒れたドン・キホーテと介抱していたサンチョ・パンサは通りがかりの公爵に救われ、館に招かれる。第3幕は公爵の館。キトリとバジルの結婚式が始まろうとするが、ドン・キホーテは夢で結ばれたドルシネアと結婚すると言い張る。公爵は一計を案じ、ドン・キホーテに結婚を諦めさせるために「無名の騎士」(バジル)との決闘を仕組む。闘うドン・キホーテは拍車が絡まって倒れ、呆気なく敗れてしまう。騎士道精神に法って潔くキトリとバジルの結婚を認めたドン・キホーテは、やがてサンチョ・パンサを伴って再び旅立っていった・・・簡単にまとめるとこんな物語だった。芸術監督の髙部尚子は、演出の変更点を公演パンフレットに記しているが、ドン・キホーテとキトリとバジルの結婚に関わる部分を上手く補足している。

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竹内菜那子 撮影/羽田哲也

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牧村直紀 撮影/羽田哲也

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平田桃子、牧村直紀 撮影/羽田哲也

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馳麻弥、三木雄馬 撮影/羽田哲也

このヴァージョンの最終幕の公爵の館でドン・キホーテの決闘が行われる。ドン・キホーテは理想を掲げ騎士道精神に法って生きる人物だが、しばしば現実と幻想の境界が消えてしまう。目先の利益に右往左往するガマーシュやロレンツォの人物像とはコントラストを成しており、その点で原作小説のテーマをより映している。これは谷桃子版『ドン・キホーテ』の大きな特徴である。
そして「デェヴエルテスマンの宝庫」(髙部尚子)というべき見どころのあるダンスシーンが、次から次に繰り広げられる。第1幕のエスパーダとメルセデス、トレアドールの踊り、第2幕の酒場のエスパーダ、メルセデス、イスパンスキー(古澤可歩子・永倉凜)、ジプシー(田山修子・種井祥子)、夢の場のそれぞれのヴァリエーション(ドルシネア姫/平田桃子・馳麻弥、森の女王/森本悠香・中川桃花)、第3幕のボレロ(加藤未希、吉田邑耶・山田沙織、昂師 吏功)、また、ガマーシュが踊りでキャラクターを表現するシーンもあり、これらのヴァラエティに富んだ舞踊シーンが、物語の縦糸と巧みに編まれていく。

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山口緋奈子、今井智也 撮影/羽田哲也

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小林貫太、岩上純 撮影/羽田哲也

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平田桃子、牧村直紀 撮影/羽田哲也

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平田桃子、牧村直紀 撮影/羽田哲也

キトリを踊ったバーミンガム・ロイヤル・バレエのプリンシパル、平田桃子は、カンパニーの芸術監督カルロス・アコスタ版『ドン・キホーテ』でキトリを踊ったばかりであり、良いタイミングの舞台だったという。アコスタ版『ドン・キホーテ』は音楽にノリノリの息もつかせぬ展開となっている素晴らしいヴァージョンだ。また、バジルに扮した牧村直紀は、バレエダンサーになろうと思ったきっかけが、ABTのバリシニコフ版『ドン・キホーテ』だったそうだ。現在のABTのレパートリーはマッケンジー版だと思われるが、バリシニコフ版『ドン・キホーテ』は、特に、酒場のシーンで次第に酔いが回っていくバジルをバリシニコフが絶妙に踊る。これは絶品だ。アコスタ版の主役を踊ったキトリとバリシニコフのバジルに憧れていたダンサーが、ボリショイ・バレエの伝統を受け継ぐ『ドン・キホーテ』を踊っただけあって、活き活きとしたエネルギーが弾けるカップルとなった。バネの利いた牧村と手足が伸びやかでスラリと伸びる平田桃子の息の合った踊りが、この作品の持つ可能性を広げていくかのような舞台だった。

馳麻弥、三木雄馬 撮影/羽田哲也

馳麻弥、三木雄馬 撮影/羽田哲也

1月15日の公演では、当初、バジルは森脇崇行が踊る予定だったが、体調不良のため降板した。森脇の初役初主演に期待していたのでとても残念。急遽出演した三木雄馬がバジルを馳麻弥のキトリと踊った。馳は少しスロースターターかともみえたが、1幕広場の踊りあたりから本領発揮。バジルとガマーシュを操りながらのびのびとスピードに乗って踊った。三木雄馬はさすがに踊り慣れており、そつなくリードして全幕を踊りきった。
キトリの友だち二人(ピッキリア/前原愛里佳・永井裕美、ジャネッタ/星加梨那・奥山あかり)も、主役とともに役割を果たし、全体で舞台を盛り上げる。このバレエは特に、主役だけでなく出演者全員が明確な役割を果たして全体をもりあげることが重要。主役だけがどれだけ離れ業を放っても、全体の流れは盛り上がらないだろう。リアルにドラマティックに見せるバレエではないので、流れが流麗で魅力的で完成度があってこそエンターテイメントの力が発揮される。それをボリショイ・バレエの伝統が教えているのである。
(2023年1月14日、15日 東京文化会館)

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平田桃子 撮影/羽田哲也

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牧村直紀 撮影/羽田哲也

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牧村直紀 撮影/羽田哲也

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馳麻弥、小林貫太 撮影/羽田哲也

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2幕 夢の場 馳麻弥 撮影/羽田哲也

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馳麻弥、三木雄馬 撮影/羽田哲也

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