バランシン、ドウソン、ノイマイヤーなどが踊られた2023年「ニューイヤー・バレエ」、新国立劇場バレエ団

ワールドレポート/東京

関口 紘一 Text by Koichi Sekiguchi

「ニューイヤー・バレエ」新国立劇場バレエ団

『A Million Kisses to my Skin』デヴィッド・ドウソン:振付、『眠れる森の美女』より グラン・パ・ド・ドゥ マリウス・プティパ:振付、『ドン・ジュアン』(抜粋)ジョン・ノイマイヤー:振付、『シンフォニー・イン・C』ジョージ・バランシン:振付

2023年、最初の新国立劇場バレエ公演「ニューイヤー・バレエ」の開幕を飾ったのは、英国人振付家はデヴィッド・ドウソンによる『A Million Kisses to my Skin』。ドウソンは英国ロイヤルバレエスクールに学び、バーミンガム・ロイヤルバレエ、イングリッシュ・ナショナル・バレエで踊った。1995年には「バランシンが踊りたい」という想いからオランダ国立バレエに移籍。さらに2000年にはウイリアム・フォーサイス率いるフランクフルト・バレエに移って振付に取り組むようになった。
バランシンは、幼い頃から習い踊ったプティパを中心とするロシア帝室バレエの豊かな経験と深い音楽的素養によって、彼独特のネオクラシック・スタイルのバレエを創造した。そしてバランシンに憧れていたドウソンは、バランシン・バレエの動きと音楽の関係を徹底的に分析、解体して新しいバレエの地平を拓いたフォーサイスのもとで本格的に創作を始めたわけである。

白く明るい舞台に3組のペア(米沢唯・渡邊峻郁、柴山紗帆・速水渉悟、小野絢子・中島瑞生)と3人のソリスト(五月女遥、中島春菜、根岸祐衣)が、バッハの「ピアノ協奏曲 第1番 ニ短調」を踊った。
コンチェルトの踊りにふさわしく身体が自由で伸びやかに展開し、縦横に出入りがあり、輝く照明が当てられた舞台に心地良いスピーディな踊りが繰り広げられた。動きそのものはクラシック・ベースで新奇をてらったものはないが、ダンサーの流麗なラインが滑らかに交錯して、音楽のうねりと和し、観客の感情を自ずと昂らせた。瀟洒なデザインの衣裳はプリンシパルの女性ダンサー、ソリスト、みんなブルーが配されていだが、それぞれに微妙に細やかな濃淡が付けられている。それが白い衣装の多い男性ダンサーと行き交って、穏やかなアクセントが付された美しいアンサンブルが舞台に現れた。
ダンサーにはもちろん、それぞれにこれまでのキャリアで結実した身体性がある。様々なジャンルにチャレンジして得た強靭さ、自身のクラシックを極めたたおやかさ、若さが発露する身体などが渾然となって、ドウソンが目指したクラシック・バレエの境界を発展させた美しさが踊られたことは、とても興味深かった。ただ同時に、ドウソンはクラシック・バレエの動きを攻撃的に解体して衝撃的な表現を創ったフォーサイス初期の作品について、どのように捉えているのだろうか、とも思ってちょっと聞いてみたくなった。

「A Million Kisses to my Skin」柴山紗帆、速水渉悟

「A Million Kisses to my Skin」柴山紗帆、速水渉悟
撮影:鹿摩隆司

「A Million Kisses to my Skin」米沢唯、渡邊峻郁

「A Million Kisses to my Skin」米沢唯、渡邊峻郁
撮影:鹿摩隆司

続いて英国ロイヤル・バレエのイギリス出身のプリンシパル・ペア、ヤスミン・ナグデイとマシュー・ボールが『眠れる森の美女』グラン・パ・ド・ドゥを格調高く踊った。英国ロイヤル・バレエにとって記念公演でいつも踊られてきた特別の演目である。また、ヤスミン・ナグディとマシュー・ボールは、今年6月に行われる英国ロイヤル・バレエの日本公演で『ロミオとジュリエット』踊る予定になっている。
続いて踊られたのはジョン・ノイマイヤーが1972年に、当時芸術監督を務めていたフランクフルト・バレエに振付けた『ドン・ジュアン』(抜粋)。音楽はグルックのバレエ音楽などを使っている。74年にはヌレエフがカナダ国立バレエ団でこの演目を踊ったという。アリーナ・コジョカル(ハンブルク・バレエ ゲストプリンシパル)とアレクサンドル・トルーシュ(ハンブルク・バレエ プリンシパル)が踊った。幕が開くと、闇の中に頭を抱えたような男が一人立っている。放蕩の果てに自分を見失ったドン・ジュアンである。かき揚げてもまた垂れてくる前髪を気にしているのか、物憂げな佇まい。上手から白い衣裳の女性が登場し、ドン・ジュアンと踊る。やがて女性が去ると、音楽が天国で奏でられているかのように軽やかに聴こえる・・・。死を意識したドン・ジュアンの心に映った女性とのシーンだという。シニカルなユーモアをも感じさせる作品で、なるほどスーパースターのヌレエフならぴったりの役柄である。トルーシュも演技的な表現力を持って踊り、コジョカルは女性の役を楚々と踊った。

「シンフォニー・イン・C」小野絢子、井澤駿

「シンフォニー・イン・C」小野絢子、井澤駿
Symphony in C, Choreography by George Balanchine, © The George Balanchine Trust.
撮影:鹿摩隆司

最後に上演された『シンフォニー・イン・C』は、2018年の「ニューイヤー・バレエ」でも上演されているが、改めて観ても圧巻だった。
まず音楽はジョルジュ・ビゼーの「交響曲第1番ハ長調」。弱冠17歳の時の作曲だというが、起伏に富んでいて実に表情豊か。楽章ごとのコントラストも鮮やかに溌剌として意気軒昂の若さが自ずと現れている。振付は、楽章ごとにプリンシパル二人(米沢唯・福岡雄大、小野絢子・井澤駿、池田理沙子・木下嘉人、吉田朱里・中家正博)とソリスト、コールドバレエを駆使して構成しているが、その構成力は天才としか言いようがない。じっくりと動きを組み合わせ重ね合わせながら、"クリスタル・パレス"を組み立てていく、さながらアーキテクトのような創作法の素晴らしさをまざまざと見せられた。周知のように当初は、1947年にパリ・オペラ座バレエのために振付けられ、色彩豊かな衣裳で踊られていたが、翌年、ニューヨーク・シティ・バレエで上演された際に、女性ダンサー全員が白いチュチュを着けて踊ることになった。その詳細は公演パンフレットの作品解説に書かれている。そう思って観ると、バランシンには珍しくちょっとコケティッシュなアクセントも見られ、フランス・スタイルで踊ったらそれもまた味わい深いだろうと思われた。
2023年は、コロナの呪縛から解放されて舞台芸術に本来の活気が戻ってくることを願わずにはいられない。
(2023年1月13日 新国立劇場 オペラパレス)

「シンフォニー・イン・C」吉田朱里、中家正博

「シンフォニー・イン・C」吉田朱里、中家正博
Symphony in C, Choreography by George Balanchine, © The George Balanchine Trust.
撮影:鹿摩隆司

「シンフォニー・イン・C」第2楽章 Symphony in C, Choreography by George Balanchine, © The George Balanchine Trust.

「シンフォニー・イン・C」第2楽章
Symphony in C, Choreography by George Balanchine, © The George Balanchine Trust.
撮影:鹿摩隆司

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