寺田宣弘が新芸術監督に就任したウクライナ国立バレエの『パキータ』、嵐のような喝采に迎えられた

ワールドレポート/東京

関口 紘一 Text by Koichi Sekiguchi

ウクライナウ国立歌劇場(国立バレエ、国立歌劇場管弦楽団、国立歌劇場)が来日し、オペラ『カルメン』バレエ『ドン・キホーテ』『第九』「新春オペラ・バレエ・ガラ」などの公演を23年1月15日まで行なった。
1月3日に開催された「新春オペラ・バレエ・ガラ」を観ることができた。
第1部は「名曲アリア・歓喜の歌」でウクライナ国歌「ウクライナは滅びず」「タラス・ブーリバ」序曲、『カルメン』より"ハバネラ"ほか。指揮はオペラ、バレエともにミコラ・ジャジューラ、演奏はウクライナ国立歌劇場管弦楽団、合唱はウクライナ国立歌劇場合唱団。

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写真:瀬戸秀美

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写真:瀬戸秀美

第2部は日本人芸術監督、寺田宣弘が着任したばかりのウクライナ国立バレエ団が、ウラジーミル・マラーホフ振付『パキータ』よりを上演した。マラーホフはウクライナ出身であり、ベルリン国立バレエの芸術監督を退いた後に、祖国のバレエ学校やカンパニーに協力を惜しまなかった、と聞く。
音楽はルドヴィッヒ・ミンクス。バキータはファースト・ソリストのイローナ・クラフチェンコ、リュシアンはプリンシパルのニキータ・スハルコフだった。クラフチェンコの真紅の唇が不屈の意志を秘めているかのようだ。スハルコフの靱やかな長い脚には意志を持つエネルギーが込められているかのようにみえる。マラーホフの振付は細やかに音楽と呼応して軽やかに歌っているようだ。
このカンパニーの来日公演で毎回感じることは、国立歌劇場管弦楽団の演奏で踊ることの素晴らしさである。音楽がダンサーの身体に入っている。ケレンのあるテクニックとはまた異なった、穏当なバレエの美しさと親しみが自然に現れている。登場するダンサーたちの身体と演奏される音楽の関係がごく自然に安定しているのである。招聘にはどうしても経済性が問われるので、近年は指揮者を招聘して、日本のオーケストラを指揮する方式が定着してしまったかに感じられる。もちろん、そこに高い芸術性は保持されている。しかし、やはり座付のオーケストラで踊っているのを見ると、ダンスと音楽の親和性を感じてしまうのである。

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写真:瀬戸秀美

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写真:瀬戸秀美

戦争と芸術は関係ない、という声も聞く。しかし、それは原理を言っているのであって、個々の舞台に直接に適用する話でない。そこには原理主義の弊も待ち構えているからである。観客個人は背後に砲撃を受けているダンサーたちの踊りと平時の踊りとを単純に同じ眼で観ることはできないだろう。僅にステップを乱したダンサーを見ると、彼女は楽屋に戻ったらすぐに家族の安否を確認する電話かけるのではないか、そんな想いも浮かぶ。
バレエは『パキータ』の結婚のシーンだけの上演であり、全幕の中ではディヴェルティスマンなので、ウクライナらしい音楽とダンスの豊穣のシーンが見られたが、特にドラマティックな展開はない。しかし、カーテンコールでアンコール曲のルイセンコ作曲「ウクライナの祈り」が歌われた直後、嵐のような喝采が巻き起こり、圧倒的なスタンディング・オベーションが出演者たちを迎えた。終始、胸にしっかりと手を当てて歌唱に参加した指揮者、ミコラ・ジャジューラの頑なにさえ感じられていた表情にも微かやな微笑みが浮かんだ。出演者たちは、日々空襲警報が鳴り響く中、地下に逃れたり舞台に戻ったりする身のすくむような恐怖の中でリハーサルをこなして、心を込めて歌い踊った。そうした祖国の戦火の渦中で開催されたウクライナ国立歌劇場のライヴパフォーマンスに、観客は胸を打たれ感動したのである。
(2023年1月3日 東京国際フォーラム ホールC)

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写真:瀬戸秀美

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写真:瀬戸秀美
写真提供:光藍社KORANSHA

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