マニュエル・ルグリ、スヴェトラーナ・ザハロワを始めとする12名のスーパースター・ダンサーが一堂に会したガラ公演「スーパースター・ガラ2022」

ワールドレポート/東京

関口 紘一 Text by Koichi Sekiguchi

「スーパースター・ガラ2022」

パトリック・ド・バナ:芸術監督 マニュエル・ルグリ、スヴェトラーナ・ザハロワ、マチュー・ガニオほか出演

「スーパースター・ガラ2022」が、マニュエル・ルグリ、スヴェトラーナ・ザハロワを中心にパリ・オペラ座バレエのマチュー・ガニオ、ローマ歌劇場バレエのエレオノラ・アバニャート、英国ロイヤル・バレエのナタリア・オシポワ、マリアネラ・ヌニェス、ワディム・ムンタギロフ、元プリンシパルのエドワード・ワトソン、マリインスキー・バレエのダリア・パブレンコ、ダニーラ・コルスンツェフ他のスーパースター・ダンサー12名により開催された。コロナ禍の障害やロシアのウクライナ侵攻が勃発した中で、これだけのダンサーを日本の舞台に集めることは、なかなか困難なことだったろうと拝察する。今後、規模の大きな舞台芸術の招聘公演は、近年の情勢を慮れば、難しい条件下でなければ開催できないことになるのかもしれない。
ともあれ、「スーパースター・ガラ2022」はA・B二つのプログラムが上演された。両方の演目を見ることができたが、印象に残った舞台に触れておきたい。

Aプロの開幕は、マリアネラ・ヌニェスとワディム・ムンタギロフの英国ロイヤル・バレエのプリンシパル・ペアによる『白鳥の湖』より「黒鳥のパ・ド・ドゥ」。踊り慣れた二人の安定した舞台だった。続いて新国立劇場バレエ団の芸術監督吉田都と協力して新制作『ジゼル』を振付けた英国ロイヤル・バレエ出身のアラスター・マリオット振付『月の光』。クロード・ドビュッシーの名曲に乗せて、赤味の強いオレンジ色の衣裳を腰に纏ったマチュー・ガニオが、月光の中に浮かぶ様々な幻想を踊った。淡い光の中にガニオの麗しい身体が輝きを放ち、ひと時の宙の夢を味わうことができた。

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「月の光」マチュー・ガニオ
© 瀬戸秀美

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「スパルタスク」ダリア・パヴレンコ、ダニーラ・コルスンツェフ © 瀬戸秀美

レオニード・ヤコブソン版の『スパルタスク』(音楽はアラム・ハチャトゥリアン)は、マリインスキー・バレエのダリア・パヴレンコとダニーラ・コルスンツェフが踊った。1956年に初演されたハチャトゥリアンの音楽による進取の気概あふれるヤコブソンの意欲作である。ボリショイ・バレエのグリゴローヴィチ版の勇壮な作品とはまた異なった、深い人間の苦悩が込められているかのように感じられた。
英国ロイヤル・バレエのプリンシパルを2020年に引退してからも意欲的な活動を展開して注目を集めているエドワード・ワトソンは、アーサー・ピタ振付のソロ『インポッシブル・ヒューマン』(音楽ヘヴ・リー・ハーリング)を踊った。オーガニックな感覚のヘヴ・リー・ハーリングの歌とともにワトソンが、柔軟でしなやかな身体を自在に操った。優しい歌声とともに人間の未来に語りかけているかのよう。また、ワトソンはナタリア・オシポワとデュエットで、やはりピタ振付の世界初演『Somebody Who Loves Me』(音楽ジョージ・メリル、シャノン・ルビカン)、ウェイン・マクレガー振付『Ambar』(音楽ニルス・フラーム)を踊った。『Somebody Who Loves Me』は、派手な柄模様の入ったシャツとショートパンツで、オシポワはピンク、ワトソンは薄いグリーンを基調とした極めて軽快な衣裳で踊った。曲はホイットニー・ヒューストンの歌。明るく楽しく軽やかに愛する人と踊ることの喜びを舞台いっぱいに表した。

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「インポッシブル・ヒューマン」エドワード・ワトソン
© 瀬戸秀美

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「Somebody Who Loves Me」ナタリア・オシポワ、エドワード・ワトソン © 瀬戸秀美

2019年にウィーンで踊って以来、舞台に立っていなかったマニュエル・ルグリは、この舞台が最後となる、と言う。エレオノラ・アバニャートとシモーネ・ヴァラストロ振付の『Árbakkinn』(日本初演)を披露した。イタリア、ミラノ出身のヴァラストロは、昨年までパリ・オペラ座のダンサーとして踊りながら振付作品も発表してきている。『Árbakkinn』はパリ・オペラ座のレティシア・プジョルとアレッシオ・カルポーネのために振付けたデュエットだが、ルグリが気に入りミラノ・スカラ座のレパートリーに採り入れ、自身も踊りたいと望んだそうだ。音楽はアイスランド出身のオーラヴル・アルナルズの同名の曲で、島に住む老詩人の水についての詩の語りから始まる。ヴァラストロはその詩人の詩の内容ではなく、言葉のリズムに惹かれて創ったと語っているが、それは島の自然とともにに暮らす人間たちの持つ始原的なリズムだったのかもしれない。そのリズムとともにアバニャートが自由な動きを見せ、ルグリが関わり二人の関係が現れてくる。"Árbakkinn"とは「川岸」を意味するそうだが、岸辺の感傷だろうか、アバニャートが指で文字を書くような仕草も見られた。怒りや喜びといった生々しい感情が発露してくることはないが、成熟した噛み締めるような情感が二人の身体から漂ってきた。

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「Árbakkinn」エレオノラ・アバニャート、マニュエル・ルグリ
© 瀬戸秀美

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「Árbakkinn」© 瀬戸秀美

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「ランデヴー」エレオノラ・アバニャート、マチュー・ガニオ
© 瀬戸秀美

アバニャートはマチュー・ガニオとローラン・プティ振付の『病める薔薇』(音楽グスタフ・マーラー)と『ランデヴー』(音楽ジョゼフ・コスマ)を踊った。『病める薔薇』はマヤ・プリセツカヤが初演を踊っている。旧ソ連の政治が文化に強く関わる中でプリセツカヤは、1965年にアルベルト・アロンソ振付『カルメン組曲』、1973年にプティ振付『病める薔薇』、1976年にはモーリス・ベジャール振付『イサドラ』、1979年にはやはりベジャール振付『レダ』と、積極的に外国の舞踊家と創作を行っていた。一方、ローラン・プティは『病める薔薇』の前年には『ピンク・フロイド・バレエ』、翌年には『アルルの女』と活発な創作活動を展開している時期だった。そしてこのバレエが誕生した背景には、フランスの詩人、シュルリアリストのルイ・アラゴンの進言が大きく働いていたと言われている。18世紀イギリスの詩人、ウィリアム・ブレイクの詩「病める薔薇」にインスピレーションを受けて振付けられたバレエで、激しく愛されながら次第に滅亡していく美をマーラーの音楽とともに描いている。また、アバニャートとガニオはやはりプティ振付『ランデヴー』も踊った。意気揚々の若者がパリの裏町で出会った絶世の美女にナイフで喉をかき切られる、という衝撃的なバレエである。美が美であることの戦慄すべき極面が描かれている。

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「瀕死の白鳥」スヴェトラーナ・ザハロワ © 瀬戸秀美

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「瀕死の白鳥」© 瀬戸秀美

スヴェトラーナ・ザハロワは『瀕死の白鳥』(ミハイル・フォーキン振付、カミーユ・サン=サーンス音楽)、ダニーラ・コルスンツェフと『ジュエルズ』より「ダイヤモンド」(ジョージ・バランシン振付、ピョトール・チャイコフスキー音楽)、パトリック・ド・バナと『Digital Love』(パトリック・ド・バナ振付、ゲオルク・フリードリッヒ・ヘンデル音楽)を踊った。ザハロワもまた絶対美の探求者なのではないか。『瀕死の白鳥』は背中を向けてパ・ド・ブーレで登場するプリセツカヤ型だったが、胸には銃に撃たれたことを示す赤いルビーのブローチを着けたパヴロワ型だった。ザハロワの身体は、トゥのシナリ具合からチュチュの着き方と身体のバランス、指先からの脱力まですべて完璧だった。「ダイヤモンド」もまた、宝石の中の宝石と言うかのように一際、際立つ美しさを主張した舞台だった。ザハロワは、「絶対的な美」しか望んでいないのではないか、まさに美の追求者、今日のアンナ・パヴロワに見えた。

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「シェヘラザード」ダリア・パヴレンコ、ダニーラ・コルスンツェフ © 瀬戸秀美

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「シェヘラザード」© 瀬戸秀美

『Russkaya Solo』(カシヤン・ゴレイゾフスキー振付、ピョトール・チャイコフスキー音楽)はダリア・パヴレンコが踊った。白いロシアの衣裳に白いスカーフを手にしたソロ。弦楽器のメロディに乗せたスッテップが細やかな身のこなしと同調して、繊細な美しさを描いた。ロシアの素敵なエレガンスをいっぱい感じることができた。『シェヘラザード』(ミハイル・フォーキン振付、リムスキー・コルサコフ音楽)では、ダリア・パヴレンコとダニーラ・コルスンツェフが力強いステップを踏んだ。ただこの後の皆殺しのシーンと二人の関係はどのように繋がるのか、そこはあまり見えてこなかったと思った。
そしてトリはもちろん、マニュエル・ルグリのソロ『The Picture of・・・』(パトリック・ド・バナ振付、ヘンリー・パーセル音楽)だった。ヘンリー・パーセルのオペラ「ディドーとエネアス」のジェシー・ノーマンの歌うアリアとルグリの隙のない端正な身体が共鳴して、格調高く、愛の悲劇を明晰に描いた。ルグリが舞台に残した美しい軌跡は、永遠に日本の舞台に残るのではないだろうか。
(2022年11月24日Aプロ、11月26日ソワレBプロ 東京文化会館 大ホール)

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「The Picture of...」マニュエル・ルグリ © 瀬戸秀美

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「The Picture of...」© 瀬戸秀美

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